12 ランク+型
僕と光とセリアの人間組はダイニングで、キュピとヘレとフェイルの精霊組はリビングでそれぞれ夕食を頂いた。人間組の料理はいつもどおりだったが、精霊組の方は食べやすいように一口サイズに作られたり、切り分けられたりした料理が並んでいた。光がいろいろと工夫を凝らして作ってくれていたものだ。
今はそれらも食べ終わり、一息ついている。
「実に満足の行く出来だったわ」
ヘレが、キッチンで食器を洗っている光の近くで、出された料理を絶賛していた。
「どうもありがとう」
手放しで喜ぶヘレの様子に、光も満更ではない様子だ。
光の料理を頂いた残りの面々は、隣のリビングで僕とセリアはお茶を飲みながら、フェイルとキュピは転がって、思い思いにくつろいでいる。
「これだったら向こうの世界でもお店を開けるわ」
二人の話は、いつの間にか料理屋を開く話になっている。
「向こうでもって、私はお店を開いているわけじゃないから」
「えぇ〜。そんなもったいないこと言わずに、やりましょう」
「そんなこと言われても、ヘレの世界には行けないし」
「それはセリアの魔法でどうにでもなるわ。この味は絶対に向こうで通用する。英雄様を育てた味として売り出せば、広告としても申し分ない。四大陸制覇も夢じゃないわ」
「別にお店を出すつもりもないし、浩一を育てたわけでもないし、大陸制覇なんて夢だって」
「やるのよ。やらないと、泣いてやるんだから」
「どんなに言われても無理です」
「……うわぁーん」
ほんとに泣き出してしまった。ヘレの目からは、大粒の涙が嘘みたいに流れ出している。
「えっ、ちょっと、ほんとに泣かないでよ」
それを見た光は、洗剤の泡をつけた手を体の前でオロオロとさ迷わせている。
「うっわぁーん!」
さらに大きな声を出して泣き続けるヘレ。
「泣かないで。私が悪かったから」
「うっ、ぐすっ……」
光が優しい声で慰めると、ヘレも声を上げて泣くのをやめた。
「それじゃ、やってくれる?」
「えっと、それはちょっと、難しいかなー」
困惑の表情を浮かべながらも光は、断りの返答をする。何を言われても光の気持ちは動かなかった。
「ちっ、ダメかよ」
「何で舌打ち?」
ヘレは顔を背け、光はまっすぐに厳しくヘレを見つめる。
不穏な空気が流れ出したところで僕は、聞き耳を立てるのをやめた。そして、向かいのソファに座っているセリアに声をかけた。
「世界を移動するのは、そんなに簡単なことなんですか?」
「そうでもないよ」
セリアの反応は、ヘレの言葉よりも否定的だ。
「自分のいる世界と移動先の世界は、基本的に性質の違う世界。だからまず、こちらの魔法が移動先の世界で通用することが必要になる。そうでないと移動のための魔法が届かないの。届かなければ、もちろん移動は出来ない。届いたとしても次に移動する場所を指定しないといけないから、移動先の世界の目印を自分のいる世界から探さないといけない。前提として、この二つのことができないと移動はできないの」
「その前提があれば、どこでも移動は可能なんですか?」
「基本的にはね。後は、移動する世界までの魔力と組んだ式を維持できれば移動できるよ」
ちょっと聞いただけでは、魔法が通用する世界ならば移動できそうだ。ただ、魔法を届けるとか目印を探すとかは難しい気がする。
「そう言えば、なんで浩一の上に出てきたんだろう?」
セリアが、ポツリと呟いた。
僕は、その言葉に首を傾げる。
「本当はね、捕獲する精霊の魔力を目印にしていたの。私の世界で魔力の性質はわかっていたからね。だけど、精霊の所じゃなくて浩一の所に出ちゃった。なんでかな?」
「近くに精霊がいた?」
「それはないよ。この世界についてすぐに魔力探知をして、精霊を探したからね。その時に近くに反応はなかったの」
「それじゃ、魔力が似てたとか」
「それもどうかと思うな。確かに似ている魔力の持ち主もいるよ。だけど、全く同じなんてことはない。だから、目印にしていたんだから。目印として不確実なものを使うのは危険だもの」
魔力については、間違いがなさそうだ。
「それなら、式を間違えたというのは?」
「それは、まあ、ありえるかな。世界移動の魔法式は、かなり複雑だし、使う魔力の性質も限定しないといけない。でも、ちゃんと発動したから問題になるほどの間違いはなかったと思うよ」
そこでセリアは、口を閉じて考えるしぐさをした。
「次元を越えているうちに式の構成に変化が出たとか、かな?」
そのまま、目の前のテーブルの上に転がっているキュピに視線を向けた。
「キュピは、どう思う?」
その声に反応したのか、転がっていたキュピがその動きを止めた。そのままゆっくりと顔を向ける。丸い体が、体が小刻みに震えていた。
「何か知っているね」
セリアの目が細められ、その目がキュピをにらみつけた。
キュピの震えが止まり、微動だにしなくなる。
「式の維持はキュピの仕事だったものね。知らないはずがないよね」
セリアがそう言うと、キュピが再び震え出した。
「さあ、おとなしく吐きなさい。知っているのね?」
セリアが、キュピに顔を近づけながら尋ねた。
キュピの体が、縦に何度も振られる。
「じゃあ、移動場所が予定と変わったのは、次元を越えているうちに式に変化が出たから?」
キュピの体が、横に何度も振られた。
「式に変化はなかったの?」
キュピの体が、一度だけ縦に振られた。
「それじゃあ、式に問題はなかった?」
キュピの体が、再び縦に振られた。
セリアが、首を横に小さく傾ける。
「外的要因じゃないの?」
キュピの体が、縦に振られた。
「外的要因ではないとすると、内的要因。……キュピが原因?」
キュピが、申し訳なさそうに視線を正面から外しながら、ゆっくりとうなずいた。
それからセリアは、少しの間動きを止めて黙り込んだ。
「……そっか。それならそれでいいでしょう。でも、今後はしっかり仕事をしてよ」
そう言ったセリアは表情を元に戻し、聞いたキュピは再びテーブルの上を転がり出した。
それでいいらしい。傍目には怒っているように見えたのだが、理由を聞いてしまえば水に流してしまうようだ。僕にはどんな理由があったのか、今のやり取りからでは理解できなかった。生まれた時から一緒にいるパートナーだから、多くを語らなくとも理解できるのだろう。
「結局、問題は解決したんですか?」
「うん。解決、解決。簡単に説明すると、キュピの独断による進路変更だね」
セリアは、笑って答えた。キュピは、相変わらず転がっている。
これだけを聞くとなんだか意思の疎通が、かなりすごいみたいだ。キュピは言葉を話すことが出来ず、セリアは一方的に聞くことしかできないのに分かり合っている。
「英雄様ー」
僕がセリアとキュピのことに感心していると、ヘレの呼ぶ声がした。と思ったら、首に圧迫感が加わる。
「英雄様は賛成よね?」
僕の顔のごく近く、目の前にヘレの顔があった。白い体を僕の首に巻きつけて、目の前から見つめてくる。
「ちょっと、浩一は関係ないでしょ」
遅れて光が、リビングに入ってきた。
「関係あるわ。英雄様にも協力してもらう予定なんだから」
ソファに座った光をヘレは、口を開けて威嚇した。その様子に光は一瞬、背中を引いて動きを止める。
「そんなにおいしかったのか?」
いつも食べている僕としては、そこまで光が褒められていることに驚きと嬉しさがあった。しかし、どう考えても光の料理は、家庭料理の範疇にある。ヘレの言うような、実際に店を開くことは考えていない。
「おいしかったわ。だから言っているのがわからないの?」
肯定と共に疑問で返されてしまった。
光の表情をうかがってみると、困惑の表情を浮かべていた。
ヘレが言っていることは、単純な話だ。理解もできる。ただ、あまりにも急な話だし、そもそも光にそんな気はないと思う。
本来は、二人で解決して欲しい話なのだが、話を振られてしまっては放っておくわけにもいかないだろう。
しかし、ここでずっと言い合いをしていた二人の話を聞いても、平行線をたどるだけなのは目に見えている。
僕は、ソファの上で頭と尻尾を投げ出して横たわっているフェイルに目を向ける。
「フェイルは、光の料理はどうだったんだ?」
「ん〜」
フェイルはまず、体を動かさずにかわいく唸った。体を丸め、その場でゆっくりと回転してこちらに顔を向ける。そして、再び頭と尻尾を投げ出して横たわった。
「おいしかったよ〜」
「店を開けるくらいに?」
「それは〜」
そこで言葉を区切り、首をスローモーションのようにゆっくりと傾ける。
「知らな〜い」
ある意味、予想通りの反応だ。何の役にも立たなかった。
光がフェイルに近づき、その顔を覗き込んだ。
「何でそんなに動きが遅いの?」
そして、疑問を口にする。確かにそのことは僕も気になっていた。しかし、今問題にすることでもないし、本人も何も気にしていないようなのでたいしたことではないと思っていた。
「ん〜」
フェイルは、やはり間延びした返事をした。
「魔力の調整中〜、だからだよ〜」
魔力の調整は、精霊の中に存在する魔力の性質において、必要な性質を補い、不要な性質を排出する行為だ。
「大丈夫なの?」
「ん〜」
心配する光にフェイルは、横たわったままで動かずにいる。別に、苦しそうな様子はない。横になって、楽にしているだけに見える。
「調整中は、おとなしくしているのが一番よ。そんなことよりも英雄様は、賛成なの?」
ヘレが、さっさと話を戻した。僕の首を圧迫する力が、心なしか強くなったように感じる。
「セリアは、どうでしたか?」
僕は、フェイルにした質問をセリアに繰り返した。
「おいしくいただきました」
そう言ってセリアは、一礼して見せた。
「店は?」
「そっちのことは詳しくないからわからないけど、出せるんじゃないかな。でも、こっちの世界と向こうの世界じゃいろいろ勝手が違うから、時間も準備もかなり必要だと思うよ」
なかなか良い意見をいただけた。
「キュピは、おいしかったか?」
今度は、テーブルの上を転がっているキュピに尋ねた。
キュピは、転がるのをやめてテーブルの上に立ち、僕にくちばしを向けた。
「キュ!」
一声鳴くと、一度だけ体を縦に振った。
「店を開けると思うか?」
「キュウ?」
この質問には、体を斜めに傾けた。
「わからないか?」
「キュ」
今度は、体をはっきりと縦に振る。
こんなもので十分だろう。一通りの意見は出揃った。
「英雄様?」
ヘレが視線で訴えてくるが、今はそれを無視する。
「みんなの意見はこんな感じだけど、光の意見は?」
僕は、当の本人に視線を向けて尋ねた。
光はそれに少し考えるように視線を外し、それから僕の視線を受け止めた。
「やっぱりそんなこと考えられないよ。料理だってまだまだだと思うし、いろいろやってみたいし、セリアたちの世界のことは知らないし、お店を開きたいとは思わない」
軽く首を振る光は、少し申し訳なさそうな顔をしている。
光の言葉を確認した僕は、首に巻きついているヘレに視線を戻す。
「そういうわけだから、諦めてくれ」
僕の結論は、そういうことになる。本人がやる気のないことをやれと言うわけにはいかない。賛成も反対もしない。相談に乗ったり協力をしたりはするが、基本的には本人の意思に委ねなければいけないと思う。
「むー」
ヘレの頬が、膨らんだ。納得していない様子だった。
「だったらね、これでどう?」
そう言ったヘレの体が輝き、強い光を発した。その光に目をしかめた僕は、光の収まった時、驚きで何も口にすることが出来なかった。
「ふふふ、どうかしら?」
僕の目の前に、いや、正確には僕のひざの上に美女が座っていた。白く清らかな髪が腰の辺りまで伸び、整った顔立ちに納められた美貌が笑みを形作り、紺色の生地の薄いワンピース一枚に隠された豊満な胸や細い腰が僕の体に押し付けられ、僕の首に腕を絡めて吐息の感じられる近い距離にいる。
「お願い、聞いてくれないかな?」
ヘレの声が、耳元で聞こえる。
「……ヘレ、なのか?」
僕の問いに目の前の美女は、微笑むだけだ。
「聞いてくれたら、いろいろお礼もしてあげる」
そう言って、僕と密着している腕と体をさらに絡ませてくる。美女の身につけている銀色のブレスレットが、カチャリと触れ合う音がした。
その状況に僕は、頭がおかしくなりそうだったが、何とかとどまっていた。それは、地獄から怨敵を見つめるような視線が向けられていたから。
光の視線が、いや、その存在自体が僕に恐怖を与えていた。黒い何かが、体から立ち上っているように見えてしまう。あれはもう鬼か悪魔の類ではないだろうか。
「ねぇ、英雄様ぁ?」
美女から発せられる甘い吐息に、僕の体が冷たく凍っていく。背中を嫌な汗が流れ落ちていく。汗ばむ体が、煉獄に焼かれるように熱を持ち、心臓が早鐘を叩く。すでに思考は、悪い結果ばかりを考え出し、負の連鎖に陥っていた。
鬼が立ち上がり、一歩ずつ近づいてくる。その一歩が、僕に恐怖を与えてくる。
「浩一」
僕の名前が呼ばれた。その一言で僕の体感温度が一度下がる。だが、僕はその場から逃れられない。
僕を呼ぶ声に気づいた美女も振り返った。
「あ、ら」
そして、表情に笑みを貼り付けたまま固まった。音を立てずに、静かに僕のそばから離れて後ずさりする。美女が僕から遠ざかり、鬼と一対一の状況を作り出してくれた。
「何を、やってるの!」
僕の額めがけて鬼の平手打ちが、今までに見たことのない勢いで繰り出された。平手打ちされた僕は、ソファと共に床の上に盛大にひっくり返ってしまった。
◇
「ごめんなさい」
ヘレが、頭を深々と下げて謝っていた。
「私のほうこそ、ごめんなさい」
光も謝罪の言葉を口にしていた。
「もうそのぐらいでいいでしょ、ね?」
セリアが、いつまでも謝り続ける両者の間に仲裁に入った。
キュピとフェイルは、その状況に安堵しているようだった。
リビングのソファの上には、二人と三体が座っている。ちなみにヘレは、まだ人の姿をしていた。ソファには空きがないため、僕は床の上に座っている。なんとなく正座だった。
「それにしても驚いた」
セリアが、ヘレに視線を向けた。
「まさか人型になれるなんて。ランク4なの?」
「そうよ。そのぐらい当たり前でしょ」
「そっか、そうよね」
それを聞いたセリアは、手の平を頬に当てて首を傾けた。そのままフェイルに視線を向ける。フェイルはソファの背もたれに、埋もれるように寄りかかっていた。
「フェイルのランクはいくつ?」
「ランク2だよ」
「まあ、そのぐらいだよね」
「そのぐらいだよ」
セリアが、フェイルの答えにうなずき返す。
「ランクって何ですか?」
光が、疑問を口にした。
これにはヘレが、答えを返す。
「精霊の能力の目安よ。ランク0からランク6までの全部で七段階あって、基本的に数が大きくなるほど高い能力を持っていることを表すのよ」
「ヘレはランク4だから五段階目……、結構高いんだね」
指折り数える光は、ヘレのランクに感心していた。
対するヘレは、どうでもいいことのように答える。
「ランクは人間が勝手に決めたものだから、精霊の中では別に重要なものではないわ。でも、人とかかわるのには便利だから、精霊の中でもかなり広まっているんだけど」
人は、何でも区切りや格を付けたがる。あいまいなものを、その存在を忌避する傾向がある。自分の分からないものは、恐怖の対象になるから少しでも理解できる形に収めたかったのだと思う。
そういう意味で精霊は、一番の対象かもしれない。セリアたちの世界では、人の最も身近な存在でありながら、自分たちとは全く異なる存在。過去に大きな禍根があっても不思議ではないだろう。
「キュピは、いくつですか?」
「ランク5」
尋ねる光にセリアは、視線をテーブルの上に合わせて、腕を組んだ姿勢で答えていた。
「どうかしたんですか?」
そのセリアの様子に光が首を傾げてしまう。
「ん、ちょっと予想よりもランクが高いと思ってね」
「誰の?」
首を傾げた光が、再び疑問の声をあげる。
「ヘレのなんだけど」
それにはヘレの眉がわずかにつり上がった。
「私のどこを、そんなに疑ってるのかしら?」
足を組み替え、背を反らして胸を張り、不敵な笑顔をセリアに向ける。
しかしセリアは、不満を表すヘレを視線に入れることはなく、姿勢をそのままに考え込んでいる様子だった。
「今まで位置を入れ替える行為は、魔力の含有量がほぼ同量の物を入れ替えている。この世界に精霊が入れ替えで来たと聞いた時は、低ランクだろうと思っていたの。だから、ヘレがランク4なのはちょっと予想とは違うのよ」
「予想なんでしょ? だったら、外れるのもありじゃない?」
表情から不満を消したヘレが、軽い調子で言った。
「今までの傾向を無視した結果なの。普通の予想が外れるのとはちょっと違うかな」
「入れ替えた物の魔力の含有量が、豊富だったというのはどうですか?」
今度は光が、自信のなさそうに首をひねりながら意見を言った。
「入れ替えられた物は、そんなに貴重な物だったの?」
光の意見は、セリアの疑問に返された。
「それは、……そうでもないです」
入れ替えられた物は、学校にあったモニュメントや大岩だから僕も光もよく知っている。そんな貴重な材質で作られていた物ではなかった。
「ランク4は、精霊の中でも珍しくないけれど、それでも上位に属するランクなの。普通の、ありふれた物が、ランク4の精霊ほどの魔力の含有量があるとは思えない。そういう物もなくはないと思うけど、それならば何かしらの不思議な力が宿っていると思う」
セリアは、腕を組んで悩んだままだ。誰も次の言葉が出てこない。
場の停滞。思考が、淀んだ空気のように動かない。
こういう時は、裕也がいてくれると助かる。新しい情報を持ってきて、新しい視点を与えてくれる。この場にいないのに頼っても仕方がないのだが。こういうのをない物ねだりと言うのだろう。
「今考えるには情報が足りないでしょう」
僕にはそう思える。
「予想が間違っていたのか、何か別の要素があるのか、確定できるものは何もないんじゃないですか?」
必要な情報が揃っていなければ、答えを導き出すことはできない。人は足りない部分を想像で補うことができるけれど、それにも基礎的な知識や情報が必要だ。精霊や魔法に僕の常識を当てはめるのは難しい。推測はできるが、それを口に出すのはためらわれる。
セリアが、難しい顔をしてため息をついた。
「確かにそうなんだよね。魔力の性質やどんな魔法やスキルを使ったのかは現場の痕跡から調べられたんだけど、その精霊の目撃証言はないし、どこのどいつなのかも全く見当がついていないの」
「そんな状況で追って来たんですか?」
少し驚いた。あまりにも突飛な行動に思える。
「被害が、だんだん大きくなってきていたから。このままにしておくわけにはいかなかったの。何より、こういうことは私の仕事だからね」
セリアは、胸を張って笑顔で言い切った。
「まあ、なんとかできるよ」
その言葉を聞いた僕は、なぜか不安になってきた。セリアの実力を知らないからだろう。根拠のない自信に見えてしまう。なんでもかんでもこの人に任せるのは、無理があるのではないだろうか。
「キュウー!」
突然キュピが、今まで聞いたことのない甲高い声で鳴いた。両翼、二対四枚の翼をすべて広げて、威嚇するように両足を踏ん張っている。
「来たね」
それを見たセリアは、すぐに立ち上がり、玄関に走った。その後をキュピも飛んで追う。
「どうしたんですか?」
僕もセリアに続いて、玄関へ向かった。
「精霊に動きがあった。学校に仕掛けた式に反応があったの」
セリアが、勢いよく玄関の扉を開いた。その扉をキュピがいち早く通り抜け、家の前の道路の中央で強い光を発した。その光が収まった後には、巨大な鳥が、四枚の翼を広げて存在していた。
セリアは、その巨大な鳥の背に飛び乗った。
「行くよ、キュピ」
「キュ」
セリアの言葉に巨大な鳥の姿になったキュピが、一声鳴いて答える。
「待った!」
僕は、大きな声で静止の声をかけた。
「僕も行きます!」
セリアは、僕の表情を横目で見つめる。
「これは私の仕事だから、浩一は家にいなさい。それに、ついて来ても加護の使えない浩一は何もできないよ」
セリアは、腕を振って僕を制した。
セリアの言葉は、単純な事実だ。精霊に相対することのできない無力な現実。だからこその命令口調でもある。
しかし、それは少し前までの事実であり、今は過去だ。
「学校の中のことは、僕のほうが詳しいです。それと、……」
僕は、体の中に流れる力を意識し、それを自分の管理下におく。そして、別の力を形作る。
僕の手の平の上に小さな地球儀のような白い球体が現れた。少し前に教えてもらった加護の力の一つ、レーダーだった。
「加護だったら、もう使えます」
セリアは、瞳を大きくさせて驚きの表情で僕の手の平を見た。
「さすが、浩一」
そして、称賛の声をあげた。
「それなら、サポートぐらいは頼みましょう」
僕はセリアにうなずき、そのままキュピに近づいた。
「ちょっと待って、それなら私も」
振り向くと、光とヘレ、フェイルも外に出ていた。
「さすがに光は、連れて行けないかな」
セリアは、光の申し出を困惑の表情で否定した。
僕も光の行動には戸惑うしかなかった。光にはここまで積極的に行動する理由はないはずだ。
「なぜ?」
だから、受け入れがたいものだったから、僕は尋ねてしまった。
「えっと、お、女の勘!」
聞かれた光は少し瞳を泳がせたが、すぐに口を開き、はっきりとそう答えた。
僕は光に一つ、大きくうなずいた。
「分かった」
「ええー!」
僕の了解を聞いて大きな声をあげたのは、僕と光以外の全員だった。
「何で今ので『わかった』なんて返せるの?」
セリアが、キュピの上から前のめりになって聞いてきた。
「直感は、時として大きな結果を残すことがあります」
美術や音楽などの芸術が良い例だろう。
「やるのは精霊の捕獲だよ。勘でどうにかなる問題じゃないわ」
ヘレが、首を振って諭すように言った。
「実際に行動するのはセリアです。僕と光は、それほど動くこともない」
何をすればいいのか分からない僕らには、セリアの指示を待つしかない。
「相手の精霊が襲ってきたら、とっても危険よ」
「危ない場所までは近づかない。光だけじゃなくて、僕もね」
いくら加護が使えるようになったと言っても、すべてが使えるわけではない。危険なのは光とさほど変わらない。
僕は、セリアを見上げた。
「光も今までの話は聞いて理解しています。その上で言っているんです。心配するなとは言えませんが、信頼はしてください」
「そう言われてもね」
セリアの表情は、苦笑いだ。
「私一人で二人も面倒を見るのは大変だから、難しいかな」
「セリア、一人でなければいいんですか?」
状況を見守っていた光が、顔を上げた。そして、ヘレに視線を向ける。
「一緒に来てもらえないかな?」
「私?」
突然に話を振られたヘレは、目を丸くした。
「私には関係ない話でしょ?」
面倒そうに話すヘレは、光の話を聞く気配は、全くない。
「……明日の朝食は、私のお勧め品を出そうと思うんだけど」
「乗った!」
雰囲気と表情が、百八十度転換した。食べ物につられた格好になる。
「大船に乗ったつもりで私に任せなさい」
「お願いします」
笑顔で胸を張るヘレに光は、頭を下げる。そして、そのままひざを曲げて腰を下げ、フェイルに向き直る。
「フェイルは駄目かな?」
「わかんない」
フェイルは、首を横に振る。どうしたらいいのか迷っているのか、それとも、何をするべきか自分の取るべき行動が分からないのだろうか。そんな様子に見える。
「……帰ってきたら、特製のお風呂に入れてあげる」
「行くよ!」
元気良く返事をするフェイルは、明るい雰囲気を身にまとい、瞳をキラキラ輝かせている。そう言えばフェイルは、温泉が好きと言っていた。
「うん」
光は、その返事をしっかりと聞いてから立ち上がり、セリアを見上げた。
「こんな感じでどうでしょうか?」
「見事としか言いようがないかな」
セリアは、唖然としていた。しかし、それも束の間のこと。一度息を吐き、大きく息を吸い込んで表情を引き締める。
「もう向こうは動いているから、急ぐよ」
「はい」
セリアの声にそれぞれうなずき返した。




