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異世界英雄式のつまらない解き方  作者: 四四 カナノ
第一件 異世界からの訪問者
11/71

11 加護+魔力

 軽い気持ちだった。それは、何気ない気持ちだった。そんな重苦しい感じを受けるような言葉ではなく、面白おかしくなるような言葉でもなく、普段と何も変わりない言葉で言ったはずだった。

 そのはずだったのに、なぜか全力疾走をすることになった。

 走る僕の前には、上空を軽やかに飛んでいるキュピがいる。僕は町の中で、空を飛ぶキュピを全力で追いかけている。キュピの飛ぶ速度はとても巧妙で、僕が追いつけるギリギリのところを飛んでいた。

 日の落ち始めた時間。少しずつ空の色が赤く染まっていく。

 多くの人の流れは帰宅に向かっていた。上空のキュピに特別興味を持つような人はいないが、一人で息を荒くしている僕は少し目立っていると思う。

「キュ!」

 キュピが、一声鳴いた。見ると自宅に向かう道に向かっている。やっと、この追いかけっこも終わりのようだ。

 キュピとの追いかけっこが始まる前に交わされた会話は、次のとおりである。

「魔力の使い方を教えて欲しい」

「それじゃあ、全力で走ってみよう」

 以上である。ちなみに前のセリフは僕で、後のセリフはセリアのものだ。

 その後、着替えて、準備運動をしてから走り出した。

 この全力疾走にどんな意味があるのか説明を受けていない。ついでに、どれだけ走ればいいのかも教えられていない。終わりの知らないマラソンは、精神的にきつい。

 キュピが上空から旋回しながら降りてくると、そこは自宅の前で、セリアが立っていた。

「おつかれさま」

「……」

 僕は、それに答えるよりも息を整えることに精一杯だった。普通に立っているのもつらい。口の中が血の味で満たされていて、心臓の鼓動をはじけるように感じる。

 セリアは、僕のその様子に満足そうな表情を浮かべた。

「よしよし、かなり体力つけたのね。予想よりも時間がかかったよ」

「……」

 自主的に体力をつけたわけではない。たまたまそういう環境におかれているだけだ。

「すぐに次を始めるからね」

「……」

 休みはないらしい。

「ところで、お水飲みたい?」

「……」

 その問いに僕は、無言でうなずいた。

「絶対に飲んじゃ駄目だからね」

 絶対に駄目だそうだ。わざわざ聞いておいて否定で返さないで欲しい。水を飲むことを想像し、期待してしまった。

 それからセリアは、僕の家の庭に上がる。

「次の準備は出来ているから、グズグズしないでね」

「……」

 セリアの言葉にしたがって、僕も重い足取りで庭に上がった。

 僕の家の庭は、塀と家に挟まれた間の空間に、芝生が敷き詰められただけの代物だ。以前は花が植えられていたりして、美しく彩られていた。しかし、今はそれらも取り除かれ、その名残に花壇のように煉瓦で区切られた所が見られるだけだ。

 庭についてみると、そこにはヘレとフェイルがいた。

「……二人は、何を?」

 息の整ってきた口から何とか声を絞り出した。

「暇だから、見物しに来たわ」

「来たよ」

 ヘレが言い、フェイルが続ける。

 それから庭にはバケツが二つ置かれている。近づいて中を見てみると水が張られていた。

 セリアは、バケツを挟んで向かい側に立った。

「飲んじゃ駄目だよ」

「……飲みません」

 いくらのどが乾いていてもバケツで飲むつもりはない。

「これで何をするんですか?」

「ですかー」

 僕の後を続けるのはフェイル。本当に見物客だ。

「魔力操作の練習だよ。普通は、いきなりこんなやり方はしないんだけど、浩一は経験があるから何とかなるかなと思って。いきなりでいってみようかと」

 普通じゃない方法らしい。走らされたのもその一環かもしれない。

 セリアは、バケツを指差した。

「この中に片方ずつ手を入れて」

 僕は地面にしゃがんで、言われたとおりに水の中に手を入れた。熱を持った体に冷やりとした感覚が気持ち良い。

「そのままの体勢で目を閉じて、自分の心臓の動きを意識して」

 セリアの言うとおりに目を閉じた。走らされた後だから心臓の鼓動を感じるのは簡単だ。それほど意識しなくとも感じられる。大きく、激しい鼓動が、ドクドクと連続している。

「心臓の動きと呼吸を合わせて。大まかに合わせるだけでもいいから」

 速い鼓動に呼吸を合わせる。呼吸を連続して繰り返す。少しずつ体が楽になっていく。

「心臓から少しずつ手の先まで感覚を研ぎ澄ませて。体の中にある動きを感じるように」

 心臓の鼓動が大きいためか、手に意識を集中すると血の流れのようなものを感じる。脈を取る時も手首を使うのだから血の流れというのも間違いではないだろう。

「動きを感じたら、その動きを両手に向けるように意識して」

 バケツの中にある自分の両手に意識を向ける。動きと意識を同じ向きにするように。

「手を入れている水に違いはある?」

「……特には」

「どんな小さいことでもいいんだけど、本当にない?」

 再度問われてしまうと迷う。手を入れている水は、同じ物だと思うし、仮に感じていることがあっても勘違いの範囲だろう。

「右のほうが、冷たいような、気がする……」

 あえて違いを挙げるならばそんなところだ。気のせいだと思うが。

「じゃ、右の水をつかむように意識して。実際に手は動かさないで、意識するだけ」

 右手を意識すると力が込められたような、何かにまとわれるような感覚がある。セリアの言葉が、意識せずに楽に理解できる。

 右手の感覚が、少しずつ全身に行き渡る。

「右に意識を向けたままで左から右に、体の中で感じる動きを操作する」

 左手に感じる感覚を全身から右手へ向かわせる。

 左半身から右半身へ。

 右半身から右腕へ。

 右腕から右手の平へ。

「そのまま、つかんで!」

 僕の右手の感覚は、とても大きくなった。バケツの中の水を片手でつかめるような錯覚がある。意識だけでつかめるような気がしてしまう。

 ゆっくりと意識した。感覚と動きを右手でつかむように、ゆっくりと意識した。

 何か音がした。とても小さな音。とても近くで、とても小さな水音がした。何かが破裂したような気がする音だ。

「目を開けていいよ」

「……」

 セリアの指示に従ってまぶたを上げると、目を閉じる前とは違うことが起こっていた。

 バケツの中が光っていた。右手を入れているほうの水が光っている。何かの明かりが映りこんでいるわけではなく、確実にバケツの中で白い光が明滅を繰り返している。

「いきなりここまでいくとは思わなかったな。さすが浩一」

 セリアは、驚きながらも笑顔を浮かべた。

「これは?」

 右手を動かして良いのか、このままのほうが良いのか、どうしたらいいのか判断できずに自然と尋ねていた。

「これは、魔力が結晶化した物、ミスト。魔法を使うために集めた魔力が、完全に使用されなかったりした時にできることがあるの。霧みたいに漂って淡い光を放つようになった、見える魔力。放っておくとすぐに消えちゃう」

「動かしても大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫」

 僕は、バケツから手を出してそっと立ち上がった。

 水の中では変わらずにミストが漂っている。

「自力でミストを作るのは大変なんだけど、かなり密度がありそうだね」

 セリアが、バケツの中を覗き込みながらうなずいている。

「そのミストもらっていい?」

 バケツに近づきながら聞くのはフェイルだ。体を小刻みに震わせている。飛びつきたいけど我慢している小動物といった感じだ。こういう姿は、本当に動物にしか見えない。

「いい?」

 首を傾けて、もう一度訊いた。

「いいよ」

 セリアは、バケツから一歩下がって答えた。

「おおー」

 大げさに感動を表現した後、フェイルはバケツの中に飛び込んだ。フェイルの丸い背中とふっくらした尻尾が水上で回転している。

「というわけで、魔力操作の練習は終了します。わかったかな?」

「なんとなくは」

 本当になんとなく分かった感じだった。魔力を集めた実感がない。集めている時の感覚は覚えているが、体には余韻も何も残ってはいなかった。

「人の魔力操作って、面倒なのね」

 ヘレが、ボソリと感想を述べた。

「精霊と比べたら、人は魔力を感じるのが下手だからね。いろいろ工夫しないと身に付かないの。これは体の構造の話だからどうしようもない」

「空気中の魔力はどうするの?」

「魔力に感じるのに慣れれば、自然と捉えられるようになるよ」

「なんとも、気長なことね」

「それは、個人差があるから。すぐに捉えられるようになる人もいれば、長くかかる人もいる。時間がかかったほうが基本を長く勉強できていいと思うけどね」

 セリアとヘレの魔力談議を聞きながら、僕は目を閉じた。

 心臓の鼓動を意識する。

 体の中の動きを意識する。

 動きの流れを確かめながら、意識する。

 動きが、体の全体を流れていることが分かる。感じられる。太い流れや細い流れが、体の中と外を取り巻いている。

 体の表面を意識し、動きの向きを操作する。

 薄皮のような流れが、体にまとわりつく。

 すると、その薄皮のような流れにぶつかる別の流れを感じた。一瞬だけの、なでるような弱弱しい感覚が、連続してある。

 流れの意識を外側に、ぶつかる流れの先に向ける。

 そして感じたのは、とても細い糸のような流れ。短くちぎれたものや長く漂うもの、絡まったものや枝分かれしているものなど、多種多様な流れ。そのすべてが、とても細く、緩やかに、僕の周囲を流れている。

 意識をさらに外側へ広げる。

「浩一、ストップ、ストップ。それはやりすぎ」

 セリアが、突然静止の声を上げた。その静止で、僕の意識も途切れてしまった。

 目を開けると、背伸びをして僕の顔を正面から覗き込んでいるセリアがいる。

「そんなに自分の魔力を放出しちゃ駄目だよ。疲れちゃうからね」

「そうなんですか」

「そうなんですよ。いきなり張り切るのは無理の元だからね、気をつけなさい」

「……はい」

 僕自身は無理をしている気は全くなかったのだが、そう見えているのならばそうなのだろう。

「それで、いきなりどうしたの?」

 セリアは、キョトンとした瞳で首を傾げた。

「別に魔力の使い方を覚えるのは悪いことじゃないけどね」

 僕が急に魔力に関心を持ったことを不思議に思っているようだ。何も説明しないで始めてしまったから、当然の反応ではある。これを突然始めたのはセリアなのだが。

「加護は、体の一部みたいに使えるものだって聞いたから、何かの拍子に使ってしまったら危険だと思ったので。ある程度対処できるようになっておこうかと」

 加護は、自分の力量や意識を超えた力だと思う。それを制御できない状態でいるのは、周囲の者を傷つけてしまうかもしれない。光や裕也、知らない人や建物などを不意の行動で傷つけてしまうかもしれない。そういう事態は、望まない。絶対に避けたいことだ。

「誰から聞いたの?」

「ヘレから」

 セリアは、首だけを回してヘレに視線を向けた。

「そうなの?」

「そう聞いてるわよ」

「誰から?」

「四代目覇王から」

 キョトンとするセリアと黙るヘレ。

 一瞬流れる微妙な空気。

「ヘレって、覇王の関係者なの?」

 覇王は十年戦争において、精霊の軍の中で最も力のあった者の呼び名だ。その関係者というと十年大戦の経験者か、家族とか知り合いとかだろうか。その前に、精霊に家族という関係性は存在するのだろうか。

 ヘレが、セリアから視線を外した。

「別にそういうわけじゃないわ。同郷ってだけよ」

 そう答えただけで、それっきり口を閉じてしまった。

 詳しく聞かないほうがいいのだろう。覇王の話は、戦争と無関係ではないことだろうし、話したくないことは聞かないでいい。

 しかし、聞きたいことは別にある。

「それで、魔力の使い方を知っておきたかったんだけど、肝心の加護の能力が何なのか知らない。どんなものなのか教えて欲しいんだけど」

 魔力の使い方よりもこっちを知ることのほうが重要な気がする。どんなものか分からないと不安になるし、不安を抱えるのは好きではない。だから、知っておきたい。

 加護は歴代の勇者や覇王が、一人一つずつ作ってきたものということだった。ならば、決まった形が存在するはずだ。

 セリアは、ヘレに視線を向けた。

「ヘレは知ってる?」

「三代目覇王のまでなら聞いたわ」

「私も浩一が作ったのと勇者のならいくつか知っているんだけど、詳しくは知らないのよね」

 セリアは、困ったように表情を曇らせて、頬を指でかいた。

 僕にとって嫌な流れとなった。加護について、はっきりしたことは分からないらしい。

「なぜ?」

「浩一は、ほとんど加護の力を使わなかったから、私が見る機会はあまりなかったの。それに加護は、戦争の要になっていたから。能力を敵に知られないようにするために、その内容はほとんど伝えられてない」

 さらに、ヘレが付け加える。

「実際に戦場で出くわしてれば知る機会もあっただろうけど、私は戦いに興味はなかったし、戦いに出たヤツも勇者と覇王に出会って生き残ってるヤツは少ないはずだし、すべてを知ってるヤツなんてまずいないよ」

「……それでも、少しは知っているのなら、それを教えて欲しい」

 僕にとってちょっと困った流れになったが、全く知らないのよりはいいはずだ。

「オッケー、わかったよ」

 セリアは、うなずいた。

「まずは、そうだね、数からいこうか。浩一の前までは、勇者と覇王、共に八代までいた。そこに浩一を含めるから、全部で十八種類の力が作られている」

「十八? 十七でなく?」

 歴代の加護を得た者は十七人なのだから、一人一つずつ作って十七になると思う。

「浩一は光と闇で二種類作れたからね」

 光の加護と闇の加護でそれぞれ数えるわけだ。二種類の加護を持てば、作れる能力の数も二つになる。

「それで、光と闇の加護ではそれぞれ傾向があるの。光の加護は、形のある物が作られる。手に持つ武器とかね。闇の加護は、力そのものが作られる。魔法みたいなもの」

 武器と魔法。それぐらいの傾向が分かっているのならば、ある程度は判断の材料になる。光の加護が、道具のようなものならば使わなければ危険ではないだろう。逆に闇の加護は、力そのものだから危なそうな印象がある。

「私が知っている光の加護は、翼、グローブ、レーダー、鎖かな。闇のほうは、体を強化する力と異なる魔力を融合する力。ほかに、たぶん剣とか盾とかもあると思うけど、確かなところはわからない」

 名前を聞いてすぐに判断できるものもあるが、それらは加護なのだから軽く見ないほうが良いだろう。

「ヘレが聞いたのは?」

「私が聞いたのは、初代が作ったのが、接している者に魔力をぶつける力。二代目が、魔力を斬撃として飛ばす力。三代目が、魔力を放出して焼き尽くす力。この三種よ」

 ぶつけるとか、焼き尽くすとか、危険な言葉が続いている。

「その話をしてた時のあいつは、身を守るような力を作ることを考えてたみたいだったわ」

 ヘレの最後の言葉は、ちょっとだけ僕を安心させてくれた。危ないものばかりとは決まっていないようだ。それでも戦闘を考えたものばかりではありそうだが。

「光の加護のそれぞれの効果は?」

「うん。翼は、そのものずばり飛べる。グローブは、怪力を発揮する。レーダーは手の平サイズの球体で、見えないものとか遠くのものが映し出される」

 ここまでは、予想の範囲内だ。

「鎖は、ちょっと曲者。これと闇の加護の異なる魔力を融合する力は、浩一が作った加護なんだけどね……」

 淀みなく説明していたセリアの言葉が止まった。

「基本的に鎖は、別々の光の加護を合成して新しい加護を作る効果。でも、その加護だけだと闇の加護に効果が及ばないから、闇の加護で異なる魔力を融合する力を作った。その二つを使って、光の加護と闇の加護を同時に使用できるみたい。鎖を使って光の加護同士を合わせるとかなり形の違う物が出来上がるの。その状態から闇の加護を使ったりもできる」

 鎖そのものを使用するわけではないようだ。それぞれの加護をつなぎ合わせるような考えでいいのだろう。

「そのおかげで、どれが合成の加護で何が基本の加護なのか見分けがつかないの。鎖と一緒に使ってなかった加護は基本でいいんでしょうけど、鎖と一緒に使っていると私にはわからないのよ」

 セリアは、両手の平を上にして左右に広げ、お手上げの様子を示した。

「じゃあ、剣と盾っていうのは鎖と一緒に使ってたんですか?」

「そう。剣はその時々で長さや大きさが違うし、盾も形が変わるし、ほかにドリルが出てきたり、地図が出てきたりするの。何が出てくるのかわからない、何が出てきても驚かないって感じかな」

 全部で十八種類の能力があるということだが、鎖の効果のおかげでそれ以上の数の能力があるらしい。一言で説明するには厄介な効果だった。その効果も記憶を失う前の僕意外に説明しきれなさそうだ。

 庭で話をしていると金属のこすれる音が玄関のほうから聞こえてきた。僕の家の門扉は、古くさびついているから開閉をする時にどうしても金属特有の音が響いてしまう。

 振り返って誰が来たのか確認すると、そこにいたのは光だった。

「夕食の準備、出来たよ」

 今日はすぐに学校に戻るというセリアにあわせて、早めに夕食を取ることになっていた。

「できたのね!」

 それに反応してヘレが、ぴょんと小さく跳んで光に近づく。

「う、うん」

 ヘレの動きにあわせて一歩、光が後ろに下がった。多少は慣れたのだろうけれど、面と向かってはまだ難しいみたいだ。

 僕は、落ち着きのないヘレの首根っこをつかみ、持ち上げた。

 ぐるりとヘレの顔と体が動き、強烈な視線で僕をにらんだ。

「何なのかしら?」

 ヘレは、いきなり捕まえられて怒り心頭の様子だ。

 僕はヘレをつかんだまま、庭を歩く。

 大した意味はない。

「まあ、お連れするという方向で」

 そんな言い訳一つで僕は、さっさと光の家へ向かった。

 ちなみにフェイルは、まだバケツの中に顔を入れたまま尻尾を振って回転していた。


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