第5話 ダナン、ノール
第5話 ダナン、ノール
「ルース兄さま、バルト様はどこまで行かれるのかしら?」
「この先の検閲所に用があるらしいので、そこまで送ってもらう事になっている」
「ふうん、面白いかなあ」
「まあ、我々にはつまらんだろうな。しかし国としては大切な場所だ。邪魔するなよ」
「大丈夫ですわ。邪魔するほど興味ありませんもの。でもお尻の為に降りますわ」
「やれやれ、大事な仕事をしている場所もお尻の為か」
検閲所とはどのような所かと思っていると、いつの間にか国境の柵が始まり塀になった。この柵はどこまで続いているのだろうかと気になって来る。
そしてもっと気になるのは何故か塀に沿って人が並んでいる。
「ルース兄さま、この方達は何なのかしら?」
「さあ、分からんな。後で聞いてみよう」
長い行列を尻目に、検閲所に着くとルース兄さまは早速降りてバルト様の方へ向かった。
先導もここまでなので改めてお礼を言うのだろう。そう言えば私もマーシャさまとコレットさまにお礼を伝えて欲しい。
バルト様は検閲所の中で誰かと話をしている。
終わるまで待つ間に塀に沿って並ぶ行列が何なのか聞こう。
「あの、この行列はなんですの?」
怪訝な顔をして見られた。何か変な事聞いたかしら。
「あー、この行列は検閲所の待ち行列だ。申請書を書いてから呼び出されるまでここで待たないといけないんだ」
「ふーん、それはご苦労様です」
「なんと、ねぎらってくれるのか。お嬢様お優しい」
その方は並んで待つのが本当につらかったのか、労いの言葉が心に染みたらしく涙ぐんでいる。
検閲所に入るとちょうどルース兄さまとバルト様が話をされているところだった。
「それでは、必ず我が家の蔵から運びますのでそれでヴェルナー様に」
「ルース兄さま、どうなさったの?」
「バルト様の酒を飲んでしまったので我が家の秘蔵の酒を何本か送ろうと思ってな。伯爵様、侯爵様へのおもてなしに使う用の酒だ。それでヴェルナー様におもてなしすればバルト様の株も上がると言うもの」
確かにゆうべの遠慮のない飲みっぷりはこれくらいしても罰が当たらない。
「ゆうべは兄がすみませんでした。それと、マーシャさまとコレットさまにはまた是非お会いしたいです」
マーシャさまとコレットさまの名を口にした途端バルト様の顔が緩む。幸せが伝わって来る。
「いつでもお越しください。二人ともお待ちしていますよ」
バルト家の方達は本当にいい人達だ。女神様のご加護がありますように。
そうして私達を手厚くもてなしてくれたバルト様は去って行った。
「さて、そろそろ我々も行くか」
ルース兄さまはそう言って馬車に戻ろうとしたが私はこの検閲所が凄く気になっていた。
まず外にずっと並ぶ人。先頭の人に聞くと申請書を出してから何かが終わるまであそこで待機しているらしい。
しかも泣くほどつらいらしい。でも検閲所の中では人がほとんどいなくて、なのに端にいる人は暇そうにしている。
「ルース兄さま、ここは何故こんな変な事になっているのでしょう?」
「分からん。分からんが部外者の我々には分からなくても仕方ない。ここにはここのルールがある」
私達の話を聞いていたのか奥から責任者らしき男性が出て来た。そう言えば検閲所で働く男性も女性もどこか統一された服装で分かりやすい。
「どうかされましたか?」
責任者の男性はルース兄さまと同じくらいの歳に見えるが爽やかに笑みを浮かべながら近付いて来た。
「いえ、検閲所の外で随分待たされてる人がいて可哀想だなあと」
「書類の審査が終わってませんからな」
机の上に置かれた申請書と広げられた資料を見てうんざりするような顔をした。
「なるほど、それなら仕方ない」
ルース兄さまは余計な事に口を突っ込むなと言わんばかりに私より先に返事をした。
「審査はとても時間が掛かるものなんですか?」
ルース兄さまを無視して問い掛ける。
「過去の取り引きの有無、間隔、その正当性、量や金額、前回未納の税金など調べらなければならない事が山程ありますからね」
「でしょうな。さ、シェリル。そろそろ行かねば。我々は行くべきところがあったろう?」
ルース兄さまが腕を掴んで私を引きずって行こうとする。
「ありがとうございます、最後にもう一つ、あの方は何故暇そうなのですか?」
「あれは担当が異なるからですね。貴金属や穀物布などの加工品毎に専門家がいるのですよ」
「ああなるほど、これですっかり分かりました。子供のように根掘り葉掘り聞く妹にご親切にして下さりありがとうございます。さ、シェリル、行くぞ」
ルース兄さまは強引に私の腕を引っ張って外へ連れ出した。中では説明してくれた男性を呼ぶ女性の声が聞こえる。
「ダナン様、この書類にある金は私の担当ではないですよ」
「ルース兄さま、昨日は賊に立ち向かいましたよね?」
「ああ、助けが必要そうだったからな」
「今のこの状況、助けが必要ではありませんか?」
「助けるのは我々の役目ではない」
「根本的な解決はそうかも知れませんが、日々の忙しさに追われほんの些細な事にすら気付かない人に手を差し伸べるくらいは良いのではないでしょうか」
「ええい、面倒なやつめ。なら一人で行って来い。それと、絶対に我が家門を口にするな」
「はーい」
ルース兄さまを説得出来た。
私は検問所に入り、先程説明してくれたダナン様を呼んだ。
「ダナン様」
分厚い書類をめくり色々と調べ物をしていたダナン様が呼びかけに気付き、顔をあげた。
「あれ?お帰りになったのでは?」
「少しだけお話しても良いと許可が出ましたので」
「それで、何でしょう?」
「書類の申請をして許可を待つ方々、あの方達はここで待っていただく必要はないのでは?」
「まあ、そうですが申請の確認が終わって許可が出たらすぐに通さないと」
「では、書類を受け付けたらその証拠に番号の付いた割り札を渡すのはどうでしょう?」
「ですがそれだといつ終わるか分からない」
「なので審査の終わった割り札を掲げておけば今どれくらいまで進んでいているかも分かるので待つ方も他の用事が出来るのではないでしょうか」
「なるほど!それはいい考えだ!」
割札なら簡単に出来るし、検問所を通る時には別途本人確認すれば良い。
「他にも改善出来そうな所はあると思いますが、まずは割札から手を付けると、検問所の外で待たれている人を無くせますので追い立てられる気分が無くなりますよ」
「早速取り掛かろう」
「あ、1つ忘れていました」
私は外に出て花を摘んで瓶に挿した。
それを執務机の邪魔にならない所に置いた。
「ダナン様、毎日公務お疲れ様です。時には花を愛でて心にゆとりをお持ち下さい」
そう言って検問所を出た。
シェリルが去った後、ダナンは花瓶を取り、令嬢の事を思い出しながらじっと花を見詰めた。
セバスチャンがドアを開けてくれる。
「少しだけお手伝いして来ました」
ルース兄さまに言うと、ルース兄さまは散らかった書類の整理でも手伝ったと思ったのか、笑いながら馬車に引き上げてくれた。
「それは良いことをしたな」
「それと、花を花瓶に活けて差し上げました。心にゆとりが持てるように」
「おお、それはいい。心にゆとりを持ち、冷静でいる事こそが何事も成功する条件だからな」
ルース兄さまの言葉には重みがある。あれこれ好き勝手な事を言うのではなく、花を差し上げれば良かったのかも知れない、と反省した。
「所で、このままヴェルナー家に向かうのですか?」
「いや、父上から王立史書館に行って調べ物を頼まれている」
「へー、史書館なら王都にもあるじゃないですか」
「もちろんだ。ただし、王都の史書館にないものもあるし、王都の史書館では調べられぬ事もある」
「それは?」
「史書館では入退出はもちろん書物の謁見も記録が残る。つまり、調べている事がバレる、と言う事だ」
「内緒で調べる、と言う事ですね」
「ああ、子爵と言えど安泰ではない、と言う訳だ。お前もいつか片棒を担ぐかも知れんがその時は何も知らぬ顔ですましておくんだぞ」
「これ、今の状況じゃないですか!ワクワクして来ましたわ!」
「あー、シェリルを喜ばせてしまったか」
ルース兄さまと話し込んでいるうちに、いつの間にか王立史書館に着いた。
本館の屋根は巻貝のようにぐるぐると巻かれていて、ところどころに明かり取りの窓がある。
ルース兄さまに付いて玄関を入るとヒゲを生やしたいかにも堅物と言った紳士が立っていた。そう言えば検閲所の人の服装と同じだ。
兄さまが受け付けで入場のサインをした。私はセシル・ラングラインとサインすれば絶対にバレないのに、と思ったけれど口には出さなかった。
ルース兄さまは冗談が通じない。きっと大きな声を出してヒゲの紳士に追い出される。
「ノール様はどこかしら」
史書館の女性が誰かを探している。そんなに広くない史書館で隠れるとは隠れんぼの天才か、なんて事を考えているとヒゲの紳士が話し掛けてくる。
「一階と二階まで閲覧可能です」
ふむふむ、全部見られるわけではないのね。ちらとルース兄さまがサインを書いた申請書に説明がある。
王族と公爵は最上階の四階、侯爵はその下の三階、子爵は二階、男爵は一階、それと一階の一部は誰でも見られるみたい。
多分地下は王族しか閲覧出来ない禁書。王族の秘密とか王子様の呪いの類いは禁書扱いね。
ルース兄さまはさっさと二階へ登って行った。私はあいにく興味がなかったので一階の誰でも閲覧可能な部屋に行く事にした。
太陽の光で本が焼けてしまわないように日陰が作ってあるが静かで絶妙に暖かくて眠りに誘われる。
壁際の棚をゆっくりと見て回ると、難しそうな題名が並びめまいがする。この場所に居続けるのは危険だ。私の本能がそう言ってる。
一角だけ見て出るとあからさまに暇を潰したみたいに取られると困るので、せめて壁をぐるりと回ってから出る事にした。
部屋の真ん中には仕切りがあり、向こう側に行くとテーブルもあった。なるほど気に入った本があれば座って読めるのね。
私には気に入る本を探すと言う事が無理そうだったけれど。あ、仲間がいた。
本を開き一生懸命読もうと努力したものの、本の魔力で眠らされてしまった幼い王子。
あ、この子がノールなんじゃない?助けてあげましょう。
「ノール」
そっと囁く。もちろん返事はない。
「ノール」
「ん」
ちょっとだけ反応した。
「ノール、ここで禁書を広げてはいけませんよ」
「んん、女神様」
ああ、女神様。私も女神様になりました。嬉しい限りです。
「ノール、気を付けなさい」
これ以上は笑いを堪えるのは無理だ。私はそそくさと部屋を出ようとドアに向かった。
かたっ
後ろから音がする。あの子、起きたかしら。
振り返った。
「女神様」
私は笑いを必死に堪えて微笑みを作って部屋を出た。




