第6話 ヴェルナー家
第6話 ヴェルナー家
馬車が少し小高い丘の上のヴェルナー家に到着すると、既に玄関先に迎えの人達がいた。
これはびっくり。ただ間違いの手紙をお返しするだけのお尻の痛い旅だと思ったのに。
ルース兄さまが馬車を降りて一同に向かう。私は言いつけ通り馬車の中から人々を見た。
グリス伯爵とアリア伯爵夫人。
事前知識があると助かるわあ。
マーシャさまから教わっていない二人がいる。でも何故か知ってる。
検閲所で会ったダナン様。史書館で見たノール様。何と言う偶然。
ノール様はアリア様に何かをお話しになって、こちらに向かって駆けて来る。
やば、見つかるとお父さまに叱られる。
私は頭を引っ込めた。馬車が揺れる気配。そっと上目遣いに見上げると馬車の窓からノール様が覗いてた。
「きゃーっ!」
思わず声をあげた。本当はびっくりしてない。だってこっちに駆けて来るし馬車が揺れるし、絶対覗かれると思った。
けど、なんて言うの?期待に満ちた子供の顔を見たら期待通りにしてあげなきゃいけないでしょ?
ノール様は慌てて馬車から飛び降りた。
すぐにドアが開く。ルース兄さまが立っている。
「シェリル、お前もご挨拶しなさい」
あら、ルース兄さまは方針転換したのかしら。
「わーい、覗くだけなんてつまらないものね」
お兄様に降ろしてもらい横に突っ立ってるノール様を見た。
スカートの裾を摘んで腰を落とした。
「ノール様、ごきげんよう」
ルース兄さまと皆のところへ向かう。ノール様も慌てて走って行きヴェルナー家に並ぶ。
「妹のシェリルです」
「初めまして、シェリル・ラングリスです」
スカートの裾を持ち、腰を落とした。
「グリス・ヴェルナーだ。この度は息子のグレイグが大変な間違いをしてすまなかった。それに対してラングリス家の対応、非常に感謝する」
「あなた、そんな面倒な事は後回しにして私にも名乗らせてちょうだい。アリア・ヴェルナーよ。シェリル様が我が家に来てくれて本当に嬉しいわ」
シェリルは首を傾げてペコリと挨拶を返す。
ん?シェリル様?何故様を付けるのかしら?
「ダナン・ヴェルナーです。先ほどはどうも。おかげで行列も全て解消しました」
ダナン様。どうしてこんなに偶然が続くのかしら。
「ダナン、もう顔見知りなのか?」
「ええ、昼間お二人で検閲所にいらして、色々と助けていただいたんです」
「いえいえ、ほんの少し花を飾って差し上げただけですわ」
あんまり余計な事を言うと嫌われるからもう黙ってて!
「ノール・ヴェルナーです。さっきは驚かしてごめんなさい」
そうよ、なんでわざわざ驚かした?
「それと、女神様なの?」
「なんだ、ノールまで知り合いなのか?」
「うん、史書館で」
「寝ていらしたので怒られる前に起こして差し上げたのです」
もー、黙ってて。ルース兄さまがお父さまにある事ない事報告しちゃうじゃない。
「今日はグレイグが仕事でいないから、ゆっくりして行くといい。明日の朝には改めてグレイグも紹介出来る」
ヴェルナー伯爵様がそう気遣ってくれる。
知ってるんだよねー。でもあんな再会だと絶対にルース兄さまの報告が怖い。
でも、今はそんな悲しい未来の事は忘れて楽しまなくっちゃ。
ただの手紙の返却のはずだったのに、ステキなお菓子さえいただければ良かったのに、泊めていただけるなんてステキ!
アリア様が一緒にお風呂に入ろうと言ってくださる。昨日はサウナだったけど、このお屋敷には浴槽があるらしい。さすが伯爵家。
しかも、何人か一度に入れる大きさなんですって。さすが伯爵家。
ここで私は閃いた。昨日のマーシャさまのおもてなし、とても感動したの。お土産に香料入りの洗髪料もいただいて、今日はこれでアリア様をおもてなしする!
私褒められる、整髪料をいただいたマーシャさま褒められる、もちろんその夫たるバルト様の株が上がる。これくらいしても昨日のおもてなしのお礼にはならないけれどやっちゃう!
アリア様は一人くらい女の子が欲しかったけど三人共男でうんざりしてたんだって。
流石にそんな事は誰にも言えず胸の奥に閉じ込めていたけれど誰にも聞かれないお風呂でならと一緒にお風呂に入る提案をして下さった。
「アリア様、今夜は私を娘と思ってください」
「あら、なんて嬉しい事を言ってくれるのかしら」
おかげ様でアリア様がヴェルナー伯爵と初めて出会った時の話とか、再会の時の話とか、二人できゃっきゃうふふした話とかエミリーとのお茶の場で興奮したり悶絶したりするくらいの土産話が出来た。アリア様、本当にありがとうございます。
アリア様に戴いたドレスを来て、お化粧をしてもらってダイニングに入ると、ヴェルナー伯爵様が感嘆の声を漏らされた。
「ほう、じゃなくてレディを褒める!」
アリア様がダナン様とノール様をけしかける。ドレスとお化粧のおかげとは言え、私の魅力が大幅にアップしてる事は間違いない。
「ああ、あまりにも美しいので見とれてしまいました」
「シェリル様、綺麗です!」
席に着くとヴェルナー伯爵様がグラスを持ち上げる。
「きっかけは間違いだったけれど、おかげでこんなに美しいご令嬢に来ていただけて嬉しい限りだ。今宵は楽しみましょう」
これ、最高の賛辞じゃない?もう、エミリーに見せたーい。
ゆっくりと食事が始まり、幾種類もの野菜が少しずつ盛られたサラダと薄くスライスした魚にドレッシングが掛けられているのが来た。
前菜からして子爵家とは違う。こんなにたくさんの種類の野菜をちょっとずつ使うと彩りは良いけれど残った野菜をどうするのか心配になる。
そしてお魚。これは王都から少し離れたヴェルナー領ならではだと思う。海が近くて新鮮なお魚も手に入りやすい気がする。
「このお魚はヴェルナー領の名産なのですか?」
エミリーの土産話を収集する。
「よくお分かりで。さすがシェリル嬢」
ん?ヴェルナー伯爵様、当てずっぽうですけど?
「我が領は魚だけはたくさん取れるんだ」
ダナン様はお詳しいのかそう口にする。
「なるほど、こんなにおいしいんですもの、このお魚をメインにしたお料理とかヴェルナー料理としておもてなしに使えますね」
昨日のマーシャさまのおもてなしが私の視点を全ておもてなしに向けてしまう。
「さすがシェリルちゃん、私もさっきシェリルちゃんにおもてなしされたところよ」
「アリア、令嬢にちゃん付けはどうなんだ?」
「私シェリルちゃんみたいな女の子欲しかったのよね。それにお風呂場で母娘になったのよ」
「ふふふ、その通りですわ」
アリア様に合わせる。
ルース兄さまが改めて昨日グレイグ様と偶然お会いした事、賊が現れて加勢した事、配下のバルト様に泊めていただいた事を説明した。
家名を名乗れないと言ったのだが、グレイグ様もバルト様もそれなら、と合わせてくれて家名は名乗らない事を受け入れていただいた。
しかしそんな状態でも丁寧なおもてなしを受け、
さすがに名乗らないのはラングリス家の名折れと名乗らせていただきました。
「バルト様が事情をお知りなのはそう言った経緯がありますので何卒ご容赦ください」
バルト様から事前に聞いた内容と同じだったらしくヴェルナー伯爵はふむふむと頷かれる。
「遠方から来て助けてもらったにも関わらず窮地を救ってもらい礼をせぬなどそれこそヴェルナー領の名折れ、私からも改めて礼を言おう」
ヴェルナー伯爵はご満悦だった。
グレイグ様を助けたくだり、ルース兄さまが後ろから賊に近付き、私が怪我をした兵から剣を受け取り一手に賊の目を集めた事を綿菓子のように膨らませて話した。
どうせね、もう会わない人達だし格好いい令嬢にしときたかった。ラングリス家にシェリルあり!
「シェリル様格好いい!」
「なるほど、人数さえ合えば賊も無理は出来ないですからね。そう言う風に考えた事はなかったな」
「シェリルちゃんは強いのね。でもグレイグ達は情けない。鍛え直さないとね」
「そう言えばグレイグ様は国境の警備や密輸入の取り締まりなどされているとか。私が楽しんでいていいのかしら」
「兄の事はいいんですよ、今日はシェリル様を歓迎する場なので」
そう言ってダナン様はバッサリ切り捨てる。
ルース兄さまは野暮は言わない。男しかいない所に私が来たのだ。歓迎しても良いはず。
「そうですよねダナン様。ダナン様も既にご立派に副官をされているのだとか。ヴェルナー伯爵家は有能なご兄弟なんですね」
「ほう、そこまで知っているのか、女神様は不公平だな。シェリル嬢一人に二物も三物もお与えくださる」
ルース兄さまは無粋な事は言わない。
「ねえねえシェリル様。僕の事は?」
期待に満ちた眼差し。バルト様から聞いたただの受け売りなんだけどなあ。
「ノール様は文官として文書を管理されているのですよね。先人に学び未来を組み立てる良いお仕事だと思います」
「わーい」
ちょろっ
グレイグ様は夜遅くに帰って来たらしく、明日の朝改めてご挨拶するとの事だった。
間違いの手紙を届けただけなのに、そんなの良いって、と思ってから加勢した事を思い出した。
そっちね。
私は人生で一番幸せな夜を迎えた。
翌朝もご一緒に朝食を頂ける事になった。ヴェルナー伯爵様が私を末席ではなく中央に座らせようとする。
分かる。食卓には花が必要。
手招きに応じてテーブルを回り伯爵の右手側に立つ。大きな男が立っている。邪魔だなあ。
あ、グレイグ様だった。ごめんなさい。
私の心の声が漏れたのか、グレイグ様はその場に片膝を付いた。そうそう、これくらいがちょうどよい。
ん?んん?
「シェリル様、間違いで始まったこの出会いですが、私はあなたと結婚したい」
「!!!」
「兄上ズルいぞ。私が先に言おうと思ったが三人揃うまで待ってたのに」
ダナン?
「シェリル様、僕と結婚して下さい」
ノール様まで…
「シェリル様、改めて、私、ダナンと結婚して下さい」
「ルース兄さま、私、三人も夫が出来ました!」
「違うに決まってるだろう」
アリアの強い要望が通りシェリルはヴェルナー家で一年花嫁修行をする事となった。
その間に三人の内誰かがシェリルの心を射止めればシェリルはヴェルナー家に嫁ぐ。
ルースはシェリルの荷物を後日送ると約束しヴェルナー家を去った。
完




