第4話 マーシャとコレット
第4話 マーシャとコレット
水を補給した馬たちは再び軽快に走り始め、バルト様の先導もあってペースが上がっていた。
泊まる予定だった街まで着き、バルト様のお屋敷、と言ってもラングリス家よりも小さくて人も少なそうなお屋敷に着いた。
馬車の音を聞いて、老婆が迎えに出て来る。何となくおばあ様に似ていて温かい気持ちになった。
「ぼっちゃま、お帰りなさいませ」
「ただいま、ばあや。今日はお客が2人と御者も泊まるから、風呂と夕食の支度を」
「あらまあ、それじゃあ急いで取りかかりますよ」
出てきた時とは打って変わってシャッキリした感じで動くのでおかしかった。
ルース兄さまが荷物を持ってくれ、セバスチャンは馬車とバルト様の馬を繋ぎに行く事になった。
執事のような方はいらっしゃらないのかバルト様が直に部屋まで案内してくれた。
「ご覧の通り、掃除もままならない状態で申し訳ないけれど、ゆっくりしてください。ディナーの支度が出来たらお呼びします」
「いえいえ、お気遣いなさらずに。早速ゆっくりさせていただきます」
ルース兄さまは威張らない。相手がどこの誰か分からないから丁寧に話す。
私もバルトさんが消えるまでニコリと微笑み、廊下を曲がる時にペコリとお辞儀をした。
部屋に入るとまったくの謙遜だった。きちんと掃除もされているし、机やランプまであった。
手紙も出せるようになっていて、客室としては申し分ない。私も後でエミリーに手紙を書こうっと。
「ルース兄さま、バルト様にお世話になって名乗らないのは流石に失礼では?」
「うーん、そうだよな」
ルース兄さまとそんな事を話していたら、ドアがノックされた。てっきりバルト様だと思い、はーいと軽口で返事をした。
「失礼します」
ドアを開けたのはバルト様より少し若い女性と、5つくらいの女の子だった。
「バルトの妻のマーシャでございます。この子は娘のコレットでございます」
てっきり独り者だと思ったのでびっくりして声も出なかった。
ルース兄さまは驚かない。表情を隠す訓練をしているので片眉をつり上げただけでとどめた。
「ルースです。家名については申し訳ありませんがご容赦ください」
「ええ、もちろん。バルトから聞かされております。どこかの貴族様にお会いなさるので、名乗れないのだとか」
「ええ、その通りです。ですが、もてなしを受けて名乗らないのはそれこそ父に叱られます。後ほどお二人お揃いの際に名乗らせていただきます」
ルース兄さまは体面もきちんと考えられる。貴族の体面とは、難しい。
「シェリルでございます。本日は過分なもてなしをありがとうございます」
精一杯大人ぶってスカートの裾を摘んで膝を曲げた。
コレットちゃんはカーテシーを見慣れないのか、立派な貴族令嬢に見えたようでどうやら気に入られたみたい。
さっきまで母親の後ろに隠れていたのに母親のスカートを掴んだままだが近寄って来た。
「コレットちゃんもご自分でご挨拶なさってみて」
微笑みながら言うと、コレットちゃんも真似してカーテシーをする。
「可愛い。あ、すみません、心の声が」
「うふふ、コレット、ありがとうございますは?」
「お姉ちゃん、ありがと」
あーもう、どうしてこんなに可愛いのかしら。私にも妹がいれば毎日可愛がっちゃうのに。
「コレットちゃんはお幾つになられたのかしら?」
「5つ、ですわ」
口調も真似て来た。可愛い。
「ふーん、まだまだレディにはほど遠いですね」
「まるで自分は立派なレディのようだな」
ルース兄さまは手厳しい。私も(間違いで)求婚されるくらいはレディだ。
「もう、マーシャ様とコレットちゃんの前ではレディでいさせてよ」
ルース兄さまとマーシャ様と3人で笑っていると、ドアがまたノックされた。
「はい、どうぞ」
ルース兄さまが返事をすると、ドアが開き出迎えに来てくれたばあやがいた。
「お客様、お風呂の支度が出来ましたよ。今ならお二方一緒でも大丈夫ですよ」
「すみません、兄妹なんです」
ルース兄さまは腰が低い。間違えられたのに申し訳なさそうに言う。
「あれま、てっきりご夫婦かと思いましたよ」
「私を求めている方にお会いしに行く途中ですの」
「お姉ちゃんお嫁さんなの!」
「え、そうだったんですか?それはおめでとうございます」
マーシャ様とコレットちゃんからお祝いの言葉をいただいてしまった。
「おい、シェリル。話がこんがらがるから面倒くさい事を言うな。マーシャ様、すみません。シェリルは嫁に行きません。事情を話しますのでバルト様と今すぐお会い出来ますか?」
ちぇ。私の夢がどんどん崩れて行く。
ルースはマーシャに連れられバルトの部屋を訪ねた。
そこで、ヴェルナー家より求婚の手紙が届いた事、しかし宛名が間違いだった事から返す事にした事。
封を開けず、万が一の事を考えラングリス子爵家子息のルースが持参する事などの事情を話した。
「シェリル様はどうしていらっしゃったのかしら?」
マーシャが尋ねる。
「あいつは間違いとは言え初めての求婚だから嬉しくて浮かれてグレイグ様の顔を見たいと言って無理やり付いて来たんです」
身内の恥を話すように少し照れながら言う。
「グレイグ様は先ほど助けていただいた隊長です」
「な、なんと」
「シェリル様ははからずも既にお会いされていたんですよ」
マーシャはバルトからシェリルに対する想いを既に聞いていたのでつい微笑んでしまいそうになるのを抑えた。
「さすがに私が知ってしまった以上、ヴェルナー家に黙っている訳には行きません。我が家に泊まっている事を報告してもよろしいですか?」
「はい、もちろんです。バルト様の不利になるような事にならないように致します」
「ヴェルナー伯爵様はきちんと人を見るお方なので大丈夫です」
「それなら良かった」
ルースが話は終わったと立ち上がろうとした時、マーシャの顔を見ていたバルトがルースを手で制した。
「ルース様、シェリル様はまだ誰にもお声が掛かっていない状態。であればダナンさまにもお会いいただきたいのですが」
「と言うと?」
「ここからヴェルナー家の道中に検閲所があります。そこに少し寄ってダナン様もそっと顔合わせをするのは?」
「それはいい。シェリルには黙っておこう。ヴェルナー家で紹介した時にお二方に素っ気ない態度を取られれば今回の旅を機にお転婆が少し収まるでしょう」
嬉々としてグレイグが去ったあと、バルトとコレットは顔を見合わせた。
「グレイグ様はシェリル様の事、気になられてるんでしょう?」
「ああそうだ。だけどダナン様もいいお歳。ヴェルナー家に仕える身としてはご兄弟共に平等に機会を作ってあげたい」
日帰り旅行だと思ったのに泊まる事になるとは思わず着替えの肌着を持ち合わせていなかったけれどマーシャ様が新しい肌着を用意してくださった。
コレットちゃんと二人でサウナに入ってる途中でマーシャ様が入って来た。
子爵家でもサウナに入るが、今日は来客用にお湯も別に用意してあるみたい。これで頭を洗える。バルト様とマーシャ様にとても感謝だわ。
私はコレットちゃんとすっかり打ち解け、今日の王子様のお話をした。
「お母さま、王子様はお父さまと一緒だったんですって。きっとグレイグ様でしょ?」
「そうねえ、ふふふ」
ん?んんん?
「もしかすると、グレイグ様って、ヴェルナー様?」
「そのようですね。偶然とは時にドラマティックですわね」
「ああ、それなら剣なんて持つんじゃなかった。王子様に救われる役が良かったあ」
「でもおかげでグレイグ様は助かったのだから良かったじゃないですか」
「そりゃまあそうですけど」
「間違いで手紙が届いただけなんですから、悔やまない。シェリル様はそのままがステキですよ」
「ああ、マーシャさまはなんてステキな方なんでしょう。まるで女神様です」
「おだてても何も出ません」
「お風呂もディナーも用意して頂き、過分なおもてなし感謝します。せめて私にもおもてなしさせてください」
私の得意なものの1つ、それは洗髪時の頭皮マッサージ。中々出来る機会が少ないけれど、極限まで鍛えあげたといってもいい。
お母さまだけにしかしてあげた事ないけど。
それならとマーシャさまはハーブオイル入りの洗髪料を出してくれた。
まずはコレットちゃん。肌着を脱がせ、髪に洗髪料を馴染ませる用にしてから、頭皮をゆっくりとこする。
「んー、くすぐったくて変な感じ」
がーん、コレットちゃんに拒否されてしまった。
でも洗髪料を流して水気を絞る時の手付きはとても心地よいらしく、何かの歌を歌い始めた。
マーシャさまもその歌に合わせて歌う。
「お姉ちゃん、気持ち良かった!」
「シェリルお姉さま、ですわ」
「シェリ姉さま」
「か、可愛い。あ、つい心の声が。すみません」
マーシャさまはおかしかったのかずっと笑っている。
「コレットさまは特別にシェリ姉さまと呼ぶ事を許可します」
「わーい」
「では次はマーシャさま、どうぞ」
マーシャさまも肌着を脱ぎ、籐の椅子に座って前屈みになった。
髪に優しくお湯を掛ける。それから整髪料を手に取り、艶のある髪に撫でつけ馴染ませる。
それから髪を束ねて頭の上でまとめると、指でほぐすようにして、頭皮を指で撫でる。
「ああっ」
「どうですか?気持ちいいでしょう」
「気持ち良すぎて変な声が出てしまいました。ごめんなさい」
マーシャさまの髪を綺麗にすると、新しいタオルで包んでまとめてから、垢すり用のタオルで背中を擦った。
これも私の妙技に掛かればとても気持ちいい(お母さま談)はず。
そうして女だけのお風呂はとても充実した時間だった。私の妙技がちゃんと効く事が分かったのが一番の収穫だった。
翌朝、マーシャさまにお礼を行ってお屋敷を出た。
コレットちゃんは少し寂しそうにしていたが、紙で包んだキャンディをハンカチで包んでリボンを結んだ頭だけの人形にしてプレゼントするととても喜んでいた。
ルース兄さまはもちろんお礼は後ほどラングリス家から送らせて頂きますと言っていた。
「ルース兄さま、ディナーもとてもおいしかったですね」
「ああ」
「お酒もだいぶお高くておいしかったのでしょう?」
「ああ、舌の上で転がすと鼻を抜ける香りがとても絶妙で喉をするりと落ちて行く」
ルース兄さまはお酒好きだ。饒舌になるのはだいぶおいしかったに違いない。
「でしょうね。瓶を二本空けたのは覚えてらっしゃる?」
「何!?ああ、勧められるまま飲んでしまった」
「やっぱり。あのお酒はとっておきのだったんですよ。それをグビグビと」
「分かった、バルト様には別口で用意する。父上には黙っていてくれ」




