第3話 シェリル無双
第3話 シェリル無双
小高い丘を避けるように街道は三日月のように右に膨らんで左へと向かう。
まず異変に気付いたのは御者のセバスチャンだった。
今回の旅はルースとシェリルのお気楽な旅のはずだが国同士の争いが長らくないとは言え街から離れた場所では相変わらず危険を伴う。
丘の上で賊と兵が対峙しているのが見て取れる。国境を警備する兵がやすやすと賊に敗れる事はないだろうが、万が一の事もある。
馬車を木の陰に隠すようにして減速した。
「ぼっちゃま、丘の上で賊と警備隊が一戦交えております。いかがいたしましょう」
ルースは窓から外を見て険しい顔になった。
賊は四人、対する警備兵は先程林の中でシェリルが会ったという三人の兵。
しかし一人は右肩を抑えて草むらに膝を立てて座っている。
「少し様子を見たい。止めてくれ」
こんな時、馬車は馬を振り切る事は出来ず逃げるのが常道だ。だがそれも警備兵が賊の追跡をどれだけ引き延ばすかに関わる。
ルースはそんな他人に身を委ねる事など出来る性格ではなかった。ラングリス家の長男として将来は子爵家を率いる身、自ら決定して行く事を常日頃から父親に躾けられていた。
だからこそ、逃げるという選択肢も最初から頭にない。いかにして加勢するか。
「止めます」
セバスチャンが馬車の中に向かって囁くと木の陰でブレーキを引いた。
ガタン!!
夢の中にいたシェリルが勢いよく前につんのめり座席から転げ落ちるその瞬間にルースが抱きかかえた。一気に夢の中から引き戻されたシェリルはジタバタともがいた。
「どどど、どうしたの?」
「大丈夫だ。いや、大丈夫ではないか。あの先で争う者がいる」
ルースはシェリルを起こすと窓の外を指差す。その先を見つめる。
「これ、すごくマズい状況じゃない?」
賊は四人、馬車に背中を向けているが一番のリーダー格の男がブレーキの音で馬車の存在に気付いた。まず先に目の前の警備兵を倒してからゆっくりと馬車に向かえばいい。
今日はツイている、男の口の端が吊り上がった。
まずいな。
グレイグは心の中で呟いた。向こうの数的有利は揺るがない。あとはいかに傷を少なくして勝つかを考えているのだろう。
しかも遠くに馬車がいる。我々が賊に負けてもそれは業務上での事。しかしあの民間の馬車を巻き添えにする事は国境警備隊の名折れだ。
「兄さま、先程の国境警備隊の方達。手を貸さなくては」
「俺はここで降りてあいつらの死角に入って挟み撃ちにする。シェリルは馬車に乗って駆け抜けろ」
「セバスチャン、俺が賊の背後に回るまで待機、合図をするからそしたら駆け抜けてくれ」
ルースの的確な指示をセバスチャンは既に予想していて異論を挟む事なく頷いて答えた。
そして争いの死角になっている右側のドアをそっと開けて忍び降りた。
賊の視界を避けるようにしゃがみ、少し進んでは止まり、様子を窺ってまた進む。
警備兵達の視界に入ると視線から賊に居場所が知られるのを恐れ警備兵の目も盗んだ。
「ねえ、セバスチャン。せめてあの怪我をしてる人を馬車に乗せられないかしら。人質に取られたら益々不利になるでしょ?」
シェリルも幼い頃より兄ルースと一緒に過ごして来て、受け身になる事を嫌って来た。失敗を恐れるよりも進む事を優先してきた。
「さすがにお嬢様のお願いでもそれは聞き入れられません。ルース様が駆け抜けろとおっしゃったではないですか」
「ちょっとだけ、お願い」
シェリルと言い争いをしながらもセバスチャンは賊が急に襲い掛かって来ても逃げられるように、ルースからの合図を見逃さないように賊達もルースも視界に収めている。
「だめですお嬢様、お転婆なのはいいですが今回は生死を賭けた戦いです。私は旦那様に無事お二人を連れて帰るとお約束しましたので」
セバスチャンが言い終わるのと、ルースの右手が上がるのが同時だった。
「お嬢様、出ますよ」
馬車のブレーキを外し馬に鞭を入れる。ひひんと声を上げ馬車が動き始める。
賊がちらりと見下ろして視界の隅に馬車を入れる。だがすぐに視線を目の前の兵に向けた。
追うのは後だ。
馬車は速度が出るまで時間が掛かる上に護衛のいない馬車は恰好の獲物だ。
丘の上とは言え、最も賊と近い場所を通りすぎようとしたその時、賊の一人が刀を二本持ち、平らな部分同士を叩きつけた。
パーン!!
火薬の弾ける大きな音がして、馬が驚き前脚を上げて宙をもがく。地面に脚を下ろした後はもう足がすくんでぶるぶると鳴くだけで走れなくなっていた。
「まずい」
「お嬢様」
予測不可能な事態が起きた時、それが誰かの仕業なら、その誰かにとっての予測不可能な行動を取らなければ相手の思う通りになってしまう。
馬車の中で震える?
馬車を捨てて逃げる?
いいえ、私ならそうはしない!
「セバスチャンちょっと待ってて。ルース兄さまのお手伝いをしてくるわ」
シェリルはドアを開けて階段を降りた。皆が注目している。こんな時こそ平常心が必要。
「皆さま、どうなさったの?」
日傘をさして優雅に立ってから少し掲げて皆を見上げて言う。あくまで令嬢としての振る舞いを崩さずに。
「おい、女じゃないか。さっさと片付けてこいつを攫うぞ」
全く、どうしてそんなに乱暴な事しか言えないのかしら。でも、出て来るのは予想外だったみたいね。
シェリルは賊が予測不可能な行動を取る。ゆっくりと丘に向かって歩いていった。
「まて、来るな」
グレイグが叫ぶ。シェリルがこの状況を理解していないのだと考えた。
馬車に乗っていればすぐに馬も落ち着く。それから逃げても間に合うはずだ。なのに何故。
遠くから見ると緩やかでなだらかなはずなのに、いざ登ってみると角度もあって登りづらい。
だからこそ、シェリルは涼しい顔で丘を登っていく。
負傷した兵に近付くと肩から血が滲み、顔からは血の気が引いている。
「もう少しだけ我慢してください。すぐに片が付きます」
賊達はその挑発に興奮してじりじりと近付いて来る。
地面に落ちた剣を拾い上げた。
「無理をするな。後ろに下がれ」
グレイグは再び叫んだ。剣を持ったとして、女に何が出来るというのか。
捕まるだけならまだしも、最悪は剣を持ったまま撫で切られる。
「私をただの女だと見くびらない方がいいですわよ」
シェリルはグレイグに向かって言った。
ハッタリ。それがこんな時には役に立つ。幼い頃からルースと木の棒で戦い、ルースが本物の剣を持てるようになった時には構え方を教わった。
決して剣の腕はない。しかし、構えだけは立派。剣の達人から伝授された秘伝の構えを見せる。
グレイグの忠告を一蹴した事でシェリルはこの中の誰よりも強く警戒の対象になった。
剣を一番右端のリーダー格の男に合わせ、ゆっくり半歩右に移動する。
賊の緊張が高まる。最早賊はいかにしてシェリルを倒すかに集中している。
でも私はただのおとり。目的は皆の注目を集め油断させる事。
ルース兄さまが音もなく忍び寄り不用心に私を見ていた左端の賊に後ろから斬り掛かる!
ぎゃあ、と叫んで倒れる。
ルース兄さまは強い。きちんと剣の鍛錬を行なっているからだ。
これで三対三。
明らかに狼狽えている賊の目を睨む。剣の先を相手の目線に置いて半歩進んだ。そしてにこりと微笑む。
「ひっ」
男は私の実力を見抜くほどの力は持っていないらしくその場で尻もちを付いた。
歩いて近付き刀を薙ぎ払う。男の剣が吹き飛びくるくると宙を舞い地面に転がり落ちた。
これで地面に突き刺さればもっと格好いいのに。
数的有利がなくなり形成が逆転し、残りの二人は慌てて逃げて行った。
イケメン隊長は無理に追い掛ける事はせず、無力化した男二人を縛り上げる。
「シェリル、お前なんて危ない事を」
「だってルース兄さま、数合わせした方が相手も簡単には手を出して来ないでしょ」
「まあ、そうだが」
「それもルース兄さまと子供の頃剣士ごっこをしたおかげよ」
「ああ、お前の構え、さまになってたぞ」
二人の漫才を聞いていたイケメン隊長がようやく割り込む。
「国民を守るべき立場にいる我々が助けられてしまうとは。何と礼を言えばいいのか。私は…」
イケメン隊長は名を名乗ろうとした。
「お待ちください。我々二人はとあるお方に手紙をお渡ししに行く所です。ですが、その方の名誉の為に私どもの家名を名乗る事は出来ません。なので、どうかこのまま」
ルース兄さまは冷静だ。ドタバタがあった事はヴェルナー家には関係ない事。
「それでも、ああそうだ。ご令嬢、水浴びをしたがっていたな」
「はい」
この状況ではそんな気持ちになれないけど。
「家名を言わねば問題あるまい。私は怪我をしたシルビーを連れて戻る。バルト、お前はこの辺りが実家ではなかったか?そこでお二方をもてなしてくれ」
イケメン隊長はそう言って馬から発煙筒を取り出して狼煙をあげた。
「はっ!」
バルトさんは短く返事をすると私たちを馬車に乗せ、馬で先導した。
「冷静な判断、物おじしない態度、一体どのような方に嫁がれるのだろうか」
隊長はシルビーの怪我の手当てをしながらそっと呟やいた。
「グレイグ様も気になりますか」
「泥しか浴びれまいと言ったのは失敗だったか」
「仮にそうだとしても既にどこかの貴族に求められている身、グレイグ様にはなびかないでしょう」
「それもそうだな。私とした事が勝手な妄想を。忘れてくれ」




