第2話 返却・出会い
第2話 返却・出会い
ヴェルナー家は遠い。とても遠い。まるで隣の国へ行くようだ。
私は既に後悔していた。(間違いで)求婚された事実だけをエミリーに自慢出来れば良かったのに、イケメンだったらどうしようとか考えたのが良くなかった。
「ルース兄さま、遠いですね」
「当たり前だ。隣国との国境を守る伯爵だぞ」
「不勉強ですみませんでした。まさかそんなに遠いとは。もう半分くらい来ました?」
「残念だな、今日は途中の街に泊まり明日の夕方に着く。さすがに夜出向く訳にもいかないから明日も街の宿に泊まるぞ」
「もしかして、辺境伯?」
「お前中々失礼な言葉を知ってるな。間違ってもその言葉を口にするな、お前の命だけでは足りんからな」
「はーい」
てへ。
まあ、さわやかに言っても、さらっと言っても田舎者、としか受け取れないしね。控えようっと。
窓から眺める景色は、遠くの山々と手前の草木、ずっと変わり映えしない。
おかげでどれくらい進んだのかちっとも分からないのに、お尻だけどんどん痛くなる。
「ルース兄さま、座りっぱなしでお尻が痛くなりました」
「これはこれは上品な令嬢、お尻が痛いとは気付きませんでした。少し休憩いたしましょう」
「ええ、とても助かります。なんてステキな紳士かしら」
「セバスチャン、どこか日陰で止めてくれ。シェリルのお尻がやばいそうだ」
「それは大変でございます。お嫁に行けなくなってしまいます」
セバスチャンもルース兄さまと私との会話になるとすっかりくだけた感じになってしまう。
でも身を案じてくれて、少し速度がゆっくりになり、すぐに止まった。
馬車は街道の脇の木陰に停められた。いつの間にか林のそばを通っていたらしい。
セバスチャンがドアを開け手を貸してくれる。
久しぶりの地面に降り立つと感動すらある。地面は揺れていない!
伸びをして、木漏れ日に誘われて木々に近付くと、遠くから水の音とほんの少し空気の冷たさに気付いた。
「ルース兄さま、川が流れてるみたいですね。少し涼しいです」
「ああ、涼しい。わが領地ではこんな所はないから羨ましいな」
「少し水を浴びてもいいですか?今夜はお風呂に入れないのでしょう?」
「そうだな。では馬車の様子を見ているから何かあったら大きな声を出すんだぞ」
ルース兄さまはなんだかんだ言って私の身を案じてくれている。感謝の気持ちを口にして林の奥へと進んだ。
泉で水を浴びている所を馬に乗った王子様に見初められる。エミリーから何度も聞いたエピソード。
そんなチリ程もない可能性を信じて泉を求める、ああ、私って乙女かも。
川にたどり着いたのは何度か呼吸をする僅かな時間だった。
あれ?
地面が濡れぬかるみ始めていると感じたら、すぐに乾いた地面になる。
振り返ってみると確かに水が流れている。でもそれは雨のうちに溜まった水が溢れ出た感じで、川と呼ぶにはおこがましい。
仕方なく馬車に戻ろうとしたが、林の奥から馬が何頭か走る音が聞こえた。
木の陰にそっと身を隠す。王子様が現れて欲しいが、盗賊も山賊も馬に乗る。
いや、犯罪者だけではないが、とにかく身を隠しておいて損はない。王子様だったら出ていけばいい。
馬は3頭だった。その上にはいずれも軍服を着て帯刀した兵が乗っていた。
馬はゆっくりと速度を緩め、歩く程度の速度になった。
「リースの森か。川まで進んで休憩するか」
川!
その言葉を聞いて私は木の陰から飛び出た。
「あの!」
3人が一斉に振り返る。油断とはこの事だ。私が敵なら死んでいただろう。
己の不用心さを3人共悔いてから、平静を装って振り返る。
「こんな所で何をしてるんだい、ご令嬢」
「川で水を浴びようと思ったらこんなチョロチョロで」
「あっはっは、ここでは泥しか浴びれまい」
3人の中で1番偉そうな男がそう言った。イケメンだけに余計に腹が立つ。
「そうなんです、聞くつもりはありませんでしたが、3人から川の言葉が聞けたので、ご確認しようかと」
「川へは馬であと一時間もしないで着くぞ。連れて行ってやろうか?」
何だかその言いっぷりが余計に腹が立つ。
「御心遣いありがとうございます。折角ですが私を求める殿方にお会いしに向かう所ですので」
「そうか、では馬車があるのだね?」
「はい、そこに待たせてあります」
「街道沿いに進めば馬車でも2時間ほどで着くだろう。では気を付けて参られよ」
イケメンとそのお供は颯爽と去って行った。馬が走り抜けた事でルース兄さまがやって来た。
「どうした?」
「川ではなくて泥でした。しょんぼりしてる所へあの三人がやって来て泥浴びでもするのかと」
「なんと、一目見ただけでシェリルのおてんばを見抜くとは。そんな方に見初められたいものだな」
ルース兄さまったらイケメン無罪みたいな事言って。
「はいはい、どうせ私は泥がお似合いですよ。それより川はここから街道沿いに進んで馬で一時間ほどなんですって」
「それはありがたい。馬に水もやりたいしそこで水を浴びるか」
「はい」
そうして水浴びは先延ばしになった。
「セバスチャン、街道沿いに馬で一時間もすれば川にでるらしい。馬に通訳してくれ」
「はい、分かりました。お前達、川まで頑張っておくれ」
セバスチャンは馬の言葉が分かる。そして、馬達もセバスチャンの言いたい事が分かる。
優しく撫でながら『頑張っておくれ』、というのは次の休憩で水をあげるから今は我慢して頑張れと言う意味だ。
馬達はぶるぶる言いながら足踏みする。水が飲みたくて早く出発したいらしい。
私はルース兄さまに馬車の中から引っ張り上げられ乗り込んだ。
少しゆっくりしたおかげでお尻の痛みも取れ、景色も心なしか楽しめる。
「さっきのお三方はどちらの方なのかしら」
素朴な疑問を口にする。急いでいた風でもなく、遊んでいる風でもなかった。
「国境警備隊ではないか?隣国との境はお互い不可侵条約があるが、万が一の事もある。それにその事に乗じて不法に国を行き来して密輸する者もあるという」
「それらを取り締まる、と言う事ですね。ご任務お疲れさまです、くらい言った方が良かったかしら」
「まあ気にするな、二度と会わないし、もし偶然会ったらその時に言えば良いだろう」
ルース兄さまの言も最もだと思う。セバスチャンの説得を馬は受け入れているらしく進みは軽快だった。
リズミカルに車輪が軋む音が耳に心地よい。いつの間にか眠りに誘われうとうとしてルース兄さまにもたれていた。
ルース兄さまは優しい。こんな時可愛い妹の肩を振り払うなんて事はしない。
エミリーとお茶をしている夢を見た。
我が屋敷の庭、いつもの場所にテーブルを設置し、二人で向かい合わせに並んで座る。
セバスチャンがカップにお茶を注いでくれる。エミリーはそれを両手で持ち上げ、ふうふうと湯気を拭きながら一口含んだ。
「あの時、泉で水浴びをしていたらイケメンの王子様が現れたの」
だいぶ誇張と嘘がの混じった自慢をするとエミリーは全く疑う事もなく、キラキラした目を私に向ける。
「えー、すごい。どんな方なの?」
いつの間にか私は立っていて横にいる男性の腕に自分の腕を絡めた。
「グレイグ様よ」
私の知ってる殿方は1人しかいない。




