第1話 求婚・手紙・間違い
第1話 求婚・手紙・間違い
お友達のエミリー嬢とお茶を飲んでいる時に、セバスチャンがお茶のお代わりを注ぎにやって来た。
「お嬢様、旦那様がお茶が終わったら部屋に来るようにおっしゃってましたよ」
「シェリル、今度は何をやらかしたの?」
エミリーは私が何かイタズラをしてバレたと決めつけてそんな風に言う。
「多分、庭師のお手伝いでバラを切り過ぎた事、かな?」
心当たりがあり過ぎる!
とりあえず10個は思い付くが、最も見つかりそうな1つを口にした。
「ご機嫌がよろしかったのでイタズラの件ではないと思います」
「ありがと」
セバスチャンはルース兄さまが生まれる前から我がラングリス家に仕えていて、とても頼りになる。
こうして私が何のイタズラか心配になった時もそっとお父さまの雰囲気を教えてくれる。
不安が解消された事でエミリーとの話が再開する。夜会の話や他家の令嬢の話とかご子息の話とか誰と誰がくっついたとか誰と誰が溺愛だとか
きゃー、こっちが恥ずかしくなる!!
というような話をしていたが、そのうちルース兄さまの話になって盛り上がり、すっかり私の話は忘れ去られた。
何しろエミリーはルース兄さまの大ファンで、ルース兄さまと話す機会が欲しくてお茶を飲みに来るのだ。
そのくせルース兄さまが挨拶に来ると緊張で俯いたまま何も言えなくなってしまい、会話にならない。
「シェリルと仲良くしてくれてありがとう。ゆっくりして行ってください。セバスチャン、エミリー嬢にお茶のお代わりを」
ルース兄さまのその言葉をもう何度も聞いた。判で押したような同じセリフの繰り返しにそれ以外の言葉をエミリーは聞いた事がないはず。
いつかルース兄さまとエミリーのデートをお膳立てするのが私の使命だ。
一方でルース兄さまはエミリーの事をとても無口な女の子と思っていて、私が呼び付けて無理やりお茶を飲ませながら一方的に話している、と思い込んでいる。
こういう勘違いのすれ違いが、実はとてもきゅんきゅんするのよねー。
そうして一時間程いつものようにルース兄さまの事を話したけれど、今日はルース兄さまとは会えずにしょんぼりして帰って行った。
エミリーを送ってから自分の部屋に戻り着替えて、鏡をみた時セバスチャンの言葉を思い出した。
あ、お父さまのところに行かなくちゃ。なんだろう。
まだ叱られる可能性を捨てきれていない。
油断して騙し討ちのように怒られる可能性だってあるもの。
お父さまの部屋にたどり着く。重厚な扉はまるで罪人(私)を威圧するように立っている。地獄への扉。
ノックする。中から返事があり、入ってドアを閉める。
「シェリル、呼び付けておいて悪いが用事は済んだ。もう部屋に戻りなさい」
「ほへ?」
びっくりして変な声出た。
なんなの!?呼び付けておいて、用事は済んだだなんて。ルース兄さまが居るって事は、ルース兄さまは知ってらっしゃるのね。
「お二人だけ知ってるなんてズルいわ。私の事なのでしょ?私にも知る権利があるわ」
簡単には引き下がれない。乙女の意地を掛けて教えてもらう!
「はあ、お前にとっては悪い知らせだ。知らない方がいい」
ルース兄さまはそう言ってあしらうけれど、私は知りたくて仕方がない。いや、私でなくても知りたいに決まっている!
「いい知らせか、悪い知らせかは私に決めさせて下さい!」
ルース兄さまの事は諦めてお父さまにお願いした。
「言い出したら聞かない頑固者だな。仕方ない。ほら、この手紙だ」
お父さまは机の引き出しを開け、中から手紙を取り出した。白い封筒に表にはバラの印が、裏には家紋の封印がしてある。
これ、知ってる!
「これ、私に?」
お父さまは無言で手紙を差し出した。それをひったくるように受け取り、裏の封印の下の差出人を見た。
グレイグ・ヴェルナー。
「お父さま!お兄さま!これ、これ!」
求婚の手紙!
私は両手で手紙を天高く捧げくるくると回った。
「ステキ!いつの夜会で見初められたのかしら!」
「表を見てみろ」
ぶっきらぼうに言うルース兄さまに違和感を覚え胸に抱いた手紙を視線の位置に持ってくる。
グレイグ・ヴェルナー。
表に返して見てみる。
「セシル・ラングライン」
ほう。ほう。
「ねえ、私はセシルよね?うちはラングラインよね?」
一応念のため確認する。もしかしたら私、自分の名前を間違えてたかもしれないし。
「お前はシェリルだし、我が家門はラングリスだ」
ルース兄さまは冷たい。可愛い妹を崖から突き落とそうとする。
「だとすると、これは、名前を書き間違えた?」
現実を受け入れるには私はまだ若い。僅かな可能性に掛ける。
「もうそれでいいぞ」
やった!兄さまを説得出来た!
「シェリル、開けるなよ。ヴェルナー家には内密に間違いの手紙が届いた文を出してある」
お父さまは仕事が早い。
「それならこの手紙、記念に貰ってもいい?」
「ダメに決まってるだろう。開けてない事をヴェルナー家に証明する為に返すんだよ」
ルース兄さまは冷たい。可愛い妹からささやかな幸せを奪う。間違いでも、この手紙を見れば毎日頑張れるのに!!
「じゃあ何でお呼びになったの?」
「もう用は済んだ、と言っただろう」
ぐうの音も出ない。お父さまもルース兄さまも悪くない。
「ごめんなさい」
しょんぼりして手紙をお父さまに返す。そして、何の気なしに聞いた。
「この手紙を封筒に入れて返すの?」
「そうだ、ただし、私の文も入れて、ルースに持参させる」
「ルース兄さまが?」
「当たり前だ。目上のものからは口で使われるが、下の者は手を抜くわけにはいかん。誠心誠意対応しなければ、目をつけられる」
「なら、私ルース兄さまについて行く」
「何故?」
ルース兄さまは冷たい。私を求婚した相手の顔も見てはいけないと言うのか。
「グレイグ様にご挨拶したいから」
「シェリル、やめておけ。ヴェルナー家はここだけの話、配下の者を虐めて虐めて虐め抜いてようやく絞り出した利益をまるで飴玉をしゃぶるように食らう恐ろしい伯爵だ。お前なんぞつままれて一飲みだ」
お父さまの嘘は分かりやすい。
「では、私が行って成敗致します」
「シェリル!」
お兄さまはどうしてこんなに堅物なのかしら。単に乙女の夢を壊した男を見たいと言うだけなのに。
「お父さま、いいでしょう。馬車の中からそっと見るだけ」
「ふん、言い出したら聞かぬ我儘っぷりが馬車から漏れぬと良いな」
「やったー!ルース兄さま、聞きました?お許しが出ましたよ」
お父さまもルース兄さまもやれやれと言った風に呆れた顔をしている。間違いとは言え、求婚されたのだ。これほど嬉しい事はない。
グレイグ様にお会いする事、エミリーに自慢しちゃおうっと。
「こうして私は14歳で求婚され、嫁いで行く為にヴェルナー家に向かうのだった」
「シェリル、嘘が混じってるぞ」
私はお兄さまと馬車に乗りヴェルナー家に向かった。間違いとは言え、手紙を開封せずお返しするのだ、子爵家では用意出来ないステキなお菓子くらい食べられるだろう。楽しみ。




