新たな目標に向かう幽霊と仕事復帰に頭を痛める人間
お盆の上に載せた三つのカップラーメンをテーブルに並べていくと僕は時計を確認して順に蓋をはがしていく。蓋によって押さえられていた湯気がふわっと上がり同時にお腹を刺激する香りが部屋に広がる。
立ち昇る湯気を目を輝かせたメー子と絵美が目で追い続いて本体を見て頬を緩める。同じような反応をする二人にさすが元同一人物だと感心しながら僕は床に腰を下ろす。
すると左右にメー子と絵美が座り僕に体を寄せてくる。二人とも僕に触れていないと他の物に触れずもちろん食べることもできないから仕方ないのだが、女の子に挟まれるこの状況は恥ずかしくて非常に居心地が悪い。
「絵美、恵人にそんなに引っ付かなくてもいいから」
「食べてる途中で落としちゃいけないからこれくらいいいでしょ」
「だったら足先でチョンってくらいでいいじゃん。それこそこの間やったみたいに恵人が握った紐をつけてればいいのに」
「あれは物に触れる感覚が遠くなるし食べるなんてできないでしょ。それよりもラーメン伸びちゃうから食べるときは静かにしましょうね~」
「ぐぬぬぬぅ~‼」
なによりも僕を挟んでメー子と絵美が小競り合いを始めるので食べにくいったらありゃしくないと愚痴りたくなる……いやまあ、嬉しないと言ったら噓になるけど。
そんな騒がしい食事のなか僕はスマホの通知音が気になって行儀が悪いと思いながら画面を見ると『驚愕!! 地主の娘は自分の子を殺害後埋めていた⁉ 語られる真実!! 澤崎焼海容疑者の過去⁉』なんてなんともゴシップ調のタイトルがデカデカと出ていた。
「ふ~ん、こんな風に書かれるんだ。あぁ~なんか優しくて誰からも愛されていた娘の澤崎絵美さんなんて書かれると照れちゃうね」
「はんっ! 誰からも愛されてた? なわけないでしょ。ろくに学校にも行ってないしどちらかというと腫れ物扱いされてたし」
照れて頭をかくメー子と腕を組んで文句を言う絵美と対照的な反応を二人は見せる。
「死んで美化されてるんならいいじゃん。それよりも絵美はこの結末でよかったの?」
メー子の問いに横目で見た絵美があきれ顔でため息をつく。
「あいつの顔見た? 恐怖に怯えてヒステリックに叫びながら椅子振り回してるときのやつ。 情けないったらありゃしない。挙句ボイスレコーダーに録っておいた合成音声を実の娘と勘違いして血走った目で暴れる姿の情けないこと! なーんにも変わってない……」
両手を挙げて呆れた表情のままの絵美がメー子を見る。
「あんなやつにこれ以上関わったら私の方が小物になっちゃうし、それよりもせっかくこうして自由に動けるようになったわけだし。だから私さ、旅に出ようと思うの」
「旅? いきなりじゃない?」
「そりゃあさっき決めたし」
「えーっ旅に出ても美味しいものとか食べられないよ。絵美も恵人に引っ付いてないとご飯食べられないじゃん。行くならみんなで行こうよ」
メー子の発言に絵美が顔をしかめて頭を抱える。
さっきも言ったが絵美も僕に触れているときしか他の物に触ったり飲み食いすることができないから。
「ほらほらぁ~おじいちゃんの自転車もあのときしか触れなかったし、絵美もここにいた方がいいって」
「食べれないのはたしかに辛い……」
うつむく絵美を見て初めてアパートにきたとき涙をボロボロこぼしながら食べていたときのことを思い出す。
この子たちは食に対して執着心が強い。だがそれは閉じ込められて飢えていた記憶があるからだと今はわかる。
「私はメー子と違って恵人とどれだけ離れても関係し、生前はできなかった色んな世界を見るってことやってみたいの。たまには帰って来てそのとき沢山食べさせてもらうし。それに……」
メー子と話していた絵美が僕の方をチラッと見る。
「なんて言うかあんまりここにいるとメー子みたいに恵人から離れることができなくなったら旅に出れなくなるし、今のうちに出たいわけ」
そう言うや否や絵美は立ち上がると照れを誤魔化すかのようにメー子の頭を乱暴に撫でる。
「もしかしてもう行くつもり? せめて晩御飯ぐらい食べようよ」
「あんまり長居すると決心が鈍るって言うか……まあそう言うこと」
ふんと顔を逸らしながらそう言う絵美はメー子の頭をポンポンと叩いて僕を見る。
「色々お世話してくれてありがと」
「役に立てたなら嬉しいよ。ところで本当に旅に出るつもり?」
「うん、復讐って目標はもうなくなったし、だからって成仏する感じもないからそれなら生前行けなかった場所に行ってみるって目標もいいかなって」
なんとも前向きな目標を持つ幽霊の絵美に感心してしまう。案外世の中の幽霊ってやつは気ままに存在していて、旅行に行ったり遊んだりして第二の人生ってやつを楽しんでいるのかもしれない。
「ってことでもう行くから」
ふっと笑った絵美が小さく手を振る。
「えーっほんとに行くの?」
メー子が絵美の手を握って引き止めにかかる。絵美が握られた手をやや強引に引っ張るがメー子は必死に抵抗する。
「ちょっと離してよ」
「うー、本当に行くんだ。じゃあ気を付けて行ってね。たまには帰って来てよ」
そう言ってメー子が僕の方を見る。おそらく僕にも挨拶をしろと促しているのだろう。
「寂しくなるけど決めたことを邪魔するのも悪いし、体に気を付けて。帰ってきたら旅の話聞かせてくれるの楽しみにしているよ。もちろんご飯用意するから」
少しだけ驚いたように目を丸くして顔を緩め微笑んだ絵美は背を向ける。
「それじゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい」
「うん」
背中を向けたまま小さく頷いた絵美は壁の方へと歩きすり抜けて出て行ってしまう。
「行っちゃった……もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「そうだね。でも新しい目標を見つけたんだから応援してあげなくちゃね」
「うん」
僕を見て笑顔で大きく頷いたメー子だがすぐに真顔になる。
「明後日からお仕事再開だけど……その大丈夫そ?」
「う、うーん……体の方は問題ないんだけどね」
僕とメー子は近々復帰する仕事のことを考え腕を組んで唸ってしまうのだった。それは単純に怪我で休んでいた仕事に復帰するのが面倒くさいとかいうわけでなく、非常に大きな問題があるからなのだ。




