二人は同一人物だけど別人
「なっ、自転車⁉」
「お、おい。なんで自転車がう、動いてるんだ……」
「知るかよ! 誰かが投げ込んだんだろ!」
男たちの焦る声が飛び交うなか僕の頬に手が触れて目隠しが外される。
「恵人……大丈夫」
「メー子⁉」
泣きそうな顔で僕を見るメー子を見た僕は体の痛みを忘れて名前を叫んでしまう。
僕の顔を見て少しこぼれた涙を拭って唇を噛んだメー子が立ち上がる。
「恵人にこんな酷いことして許さないんだから!」
地面に触れていない足で地団太を踏んだメー子がもう一人の女の子を指さす。
「絵美、ちょっと手伝って!」
そう言ってメー子から自転車を渡された絵美と呼ばれた子が目を丸くして自転車とメー子を交互に見ている。
「手伝うってなにを!」
「絵美が自転車を漕いで私が攻撃!」
混乱する絵美を押して無理やり自転車にまたがらせると荷台にメー子が座る。
「さあ行くよ。早く出発して!」
「ああもう! 意味わかんないけど漕げばいいんでしょ!」
絵美が半ばやけくそ気味に自転車のペダルに足をかけて漕ぎ始める。
「おっ、おいおい自転車が勝手に動いてるぞ!」
「なんだよこれ!」
絵美の漕ぐ自転車に驚く男たち。この反応で絵美も男たちには見えていないことに気づくが、今はそれよりも爆走する自転車に恐怖して逃げ回る男たちの阿鼻叫喚な様子から目を離せなくなる。
薄暗い部屋に目が慣れて周囲の様子が見てとれるようになりここが作業場を兼ねた広い倉庫のようなものだと知る。
作業机や椅子、段ボールや木の箱なんかが積み上がっている空間を絵美が運転する自転車が爆走し後ろに乗っているメー子がその辺の物を手当たり次第手に取って投げる。
「くらえこのぉ!」
「あああもうなんで私がこんなことを! めんどくさっ!!」
絵美が声を荒げ自転車で一人の男に体当たりすると衝撃でこけた男の頭にメー子が振り回した鉄パイプがヒットする。
「追いかけ回したってらちが明かないしやった方が早い!」
「それ私も思った!」
物騒なことを言った絵美が自転車の前輪を上げて180度方向転換をすると次のターゲットめがけ爆走する。
「うりゃうりゃうりゃ!!」
「覚悟しなさいよねぇぇ!」
なんとも騒がしい二人だがおそらく僕にしか見聞きできていないので、男たちにとっては無人の自転車と宙に浮いて振り回される鉄パイプに加え、めちゃくちゃに飛んでくる工具やなにかよくわからないものが飛び交う超常現象にしか見えてないはずだ。
現に「ポルターガイストだぁぁ!」って叫んでいた男が一人メー子が投げたハンマーがヒットして気絶してしまう。
二人の男がドアの前で右往左往している。ドアノブをガチャガチャしながら「開かない! 開かない!」と体当たりしているが、おそらくそれは引き戸だと思われるが人間パニックになると冷静な判断ができないらしく必死に押したり蹴ったり体当たりを繰り返している。
そうこうしているうちに爆走してきた自転車に追突された一人の男に間髪入れずにメー子が振り回す鉄パイプがヒットし気絶してしまう。
残った一人に向かってメー子が鉄パイプを振り下ろすが、男は握っていた鉄バットを振り上げてはじいてしまう。
「んだ攻撃できるじゃねえか」
自分の攻撃が当たったことに自信を持った男が鉄バットの持ち手を握り直して構える。
「うおおおおっ!!」
雄叫びを上げてバットを振り回す男に今度はメー子たちが逃げ回る。
「ちょっとどうすんのよ!!」
「え、えっと……そうだ! 絵美自転車から飛び降りて!」
「はぁ⁉」
言うや否やメー子が自転車から飛び降りると、驚きながらも絵美も反対側に飛び降りる。漕ぎ手を失った自転車は作業台にぶつかってしまうがメー子と絵美は宙に浮いている。
急にぶつかって倒れた自転車に警戒しながら近づいた男が鉄バットを振り上げる。
「絵美! せーので自転車を持って振り上げるから早く!」
「いきなりそんなこと言うな!」
文句を言いながらもメー子と絵美が息ピッタリな動きで自転車に向かって飛んでいくと同時に自転車の荷台を両手で握って強引に振り上げる。
倒れていた自転車が突然動きだし、それも前輪が自分めがけて向かってくることに目を丸くして驚く男のあごに自転車の前輪が見事にヒットする。
あごに打撃を受け無理やり顔を天井に向けさせられよろける男が体勢を立て直す間もなく、今度はメー子と絵美が自転車を振り下ろし顔面にヒットさせる。
「これでとどめだぁぁ!」
「ああもう! はやく倒れろぉぉ!」
物騒なことを叫びながらメー子と絵美が自転車を真横に振って男の後頭部にクリーンヒットさせる。
軽く吹き飛んで地面に倒れた男を自転車を持ち上げたままメー子と絵美が何度も踏みつける。
「このこのこの!」
「ていていてい!」
無人の自転車に殴られた挙句見えない何かに踏みつけられる男はおそらく気絶しているのだろう、白目をむきぴくぴくと体を動かしている。
「も、もういい。それ以上はそやったらだめだ」
ガサガサの喉から必死に絞り出した声は思った以上に小さく届かないかと思ったが、メー子がピタッと止まると絵美の前に手をやって止める。
「恵人!」
シュバッと一瞬で僕の前に飛んできたメー子が僕の両肩を強く掴んで、体の状態を確かめているのかまじまじと見て観察する。一通り見終えたあとじわっと目を潤ませて僕を見つめてくる。
「ごめんね……私が寝てたからカップラーメンを買おうとしてこんなことに……え? ちょっと待ってなんで恵人がこんな酷い目にあってるの? 普通カップラーメンを買いに行ってこんなことにはならないよね?」
絵美さんはキョトンとして僕のことを見るメー子の顔が可笑しくて思わず顔がほころんでしまったのが自分でもわかる。そんな僕を見てメー子は口を尖らせて不満そうな表情を見せる。
「なんでかはよくわかってないんだ。でも助けてくれてありがとう。それと絵美さんで名前あってるかな?」
お礼を言うとメー子が嬉しそうに微笑み、続いて名前を呼んだ絵美さんが体をビクッとさせ怯えた表情で僕を見て無言で数回うなずく。名前が合っていることへの肯定のうなずきだと捉えた僕は言葉を続ける。
「絵美さんも助けてくれてありがとう」
目を丸くして驚いたかと思うと思いっきり顔を逸らされてしまう。なにか気に障ることを言ったかと不安になる僕の頬をメー子がぐりぐりと押してくる。
「あいたたた。そこ痛いんだけど」
「ふんっだ!」
メー子が頬を膨らませ不満げな雰囲気を出しながらも僕の手足を縛っている紐をほどいてくれる。なんで怒っているのかわからないが、こうして話せたことが今は嬉しい。自由になった手足の状態を一通り確かめると心配そうに見るメー子に微笑みを向ける。
「大丈夫。それよりも目が覚めたんだ。良かった」
「うん」
嬉しそうにうなずくメー子を見てホッとした僕はチラチラとこちらを見ている絵美さんに目を向ける。視線が合うと慌てて逸らす彼女からメー子に視線を移す。
「あのさ、二人ってすごく似ているけどなにか関係ある?」
「ふふ~ん、あの子澤崎絵美は私であの子は私なの!」
胸を張ってドヤ顔をするメー子だが、正直なんのことやらわけがわからない。そんな僕らの間に額を押さえて呆れる絵美さんのため息が割って入る。
「はぁ~、本当に私なのか疑いたくなる。元々は私たちは一人の澤崎絵美って人間だったの。死ぬ間際に復讐したい強く願った私と……」
「楽しい人生を生きたい! って願った私に分かれたみたい。なんでかは知らないけど」
呆れる絵美さんとドヤ顔のメー子の説明でなんとなく理解する。にわかには信じられない話だがこうして幽霊が二人目の前に存在すれば信じるしかないだろう。
「ところで復讐って?」
気になったワードを口にしてしまった僕を怪訝そうな表情で見る絵美さんだったが、すぐに口を開いて答えてくれる。
「私たちの母親……澤崎焼海によ。私たちは実の母に殺されたからその復讐」
衝撃の事実を告げられ驚いた僕がメー子の方に目をやるとメー子もこくりと一度だけうなずく。
「そ、そうなんだ……」
なんと言葉をかけていいのかわからない僕は言葉に詰まってしまう。
改めて二人を見て服装や、やつれ具合に違いはあるがそっくりなことに元同一人物であったことに納得する。
「じゃあメー子も本当の名前は澤崎絵美ってことになるんだ」
「ううん、私はメー子だよ。たしかに昔の記憶は戻ったけど今日まで恵人と過ごした私はメー子だから」
満面の笑みで即答するメー子に驚きつつも記憶を戻してもメー子なことに僕はうれしくなってしまう。
「そっか。記憶が戻ってよかった。じゃあ沢野嶺って前に探したけど関係なかったわけだ」
「沢野嶺?」
以前ビルの持ち主を探したときに知った苗字に絵美さんが反応する。鋭い視線をメー子に向けるとメー子もハッとした表情になって口元を押さえる。
「その苗字、お母さんの旧姓だ……」
メー子の発言に今度は僕が驚く。そして周囲を見渡して倒れている男たちと自分の腕にある縛られた跡、メー子と絵美さんを順に見る。
「メー子、もう一回僕を縛ってもらえる?」
「え? 恵人そんな趣味に目覚めちゃった……」
「違うって! このまま帰えったら怪しまれるし警察を呼んでここから出してもらうことにするんだ。なんで僕がここに連れてこられたのかがわかるかも。それに警察に協力することで黒幕も見つけ出せるかもしれない」
ジト目で見るメー子に説明するがピンときていないようだ。対してなにかに気がついたのだであろう絵美さんが手をポンと叩いてニヤリと笑みを浮かべる。
元同一人物とは思えない勘の鋭さの違いに笑いそうになりながら、まだ納得してなさそうなメー子に手足を縛ってもらい先ほど男が電話していたスマホに噛みついたりあごで操作し緊急連絡を使用し、警察に電話をかけ僕は数十分後に来た警察や消防の人に助け出されることになる。




