地獄を破る者たち
車に無理やり乗せられてどれくらいの時間が経っただろう。口をテープで塞がれた上に頭の上から袋らしきものをかぶせられていて、周囲の様子を知る術は音を聞くくらいしかできない。
歩行者信号から聞こえるピヨピヨ音や近くを走るトラックらしき音、救急車のサイレンも聞こえたが、それらから自分がどこにいるのかを知れるほどの推理力は残念ながらない。
この後どうなるのかもわからない状況の中我が身を案じるとともに、まだ家で寝ているであろうメー子のことを考えてしまう。
(まだ寝ているのかな。せっかくカップラーメンを見つけたのに……)
メー子を起こせる保証はないが可能性はあるかもしれないものを手に入れたのに、よくわからない状況になっていることに怒りが湧いてくる。
かと言ってなにができるわけでもない僕を乗せた車が突然止まったかと思うと、視界を奪われたまま乱暴に車から引っ張り出されて無理やり立たせる。
背中を叩かれ「歩け」と低い声で脅され、従うしかない僕は震える足を必死に前に出して押される方に向かって歩く。
扉が開く音がして足を前に出すと空気が変わり建物の中に入ったのだと感じる。
硬い床を踏みながらしばらく進むと肩を上から押されて無理やり足を曲げさせられる。意味がわからない僕はふわっとした浮遊感に地面に尻もちをつくと思い身構えるが、それよりも先にお尻に硬いものが触れる。
それが椅子だと気づいたのも束の間、今度は両手を後ろに回され縛られると同時に足も縛られる。
頭を覆っていた袋が外され薄暗い部屋だけども、もっと暗いところにいた僕にとってはまぶしく目を細めるがすぐに目隠しがされ闇の中に連れ戻される。
今度は耳を引っ張られ誰かが近づく。
「今から話す相手の質問に答えろ。それ以外のお喋りをしたら舌を切る」
低くドスのきいた声が耳元でささやかれると口を塞いでいたテープが乱暴にはがされる。
「⁉」
痛みと塞がれていた口が開放されて一気に口に入って来た空気が上手く吸えずに咳き込んでしまう。
「余計なことは喋るな」
そう言って僕の腹を誰かが蹴る。理不尽に攻撃され、鈍い痛みと全身に走る衝撃に感情がぐちゃぐちゃになってしまう。
そんなことなどおかまいなしに咳き込む僕を置いて人の気配が増えることに気づく。
「尋問を始めますけど? えーあ、はい」
電話かなにかで話しているのか若い男の声が聞こえる。
「おい、おっさん。あんたネットで女の絵を描いてもらったよな?」
いきなり始まった尋問とやらと一問目から想像もしなかった内容に戸惑う僕の後頭部を誰かが叩く。
「答えろ」
ドスのきいた声で脅され僕は混乱しつつも必死に口を開く。
「は、はい」
口の中がパサパサで自分でもびっくりするくらいのかすれた声で返事をする。
「そうか。じゃあ……なぜその女なんだ? 知り合いか?」
「は……はい」
「どこで知った?」
「知り合ったのは偶然です。名前はメー子」
「めいこ? ……あ、はい」
質問に正直に答えるが『メー子』ではなく『めいこ』で伝わってしまったが然したる問題はないはずだ。それよりもなんでメー子の似顔絵を描いてもらったことを知っていてそのことを知りたがるのだろう。
「嘘はついてないだろうな? 本当にめいこなのか?」
「はい、嘘じゃないです」
念を押されるとしばらく誰かと話した男が僕の方へ視線を向けたことを感じる。
「そうか……じゃあ次だ。なぜお前は会社の屋上を調べていた?」
メー子の似顔絵からメー子と出会った場所である屋上の話に切り替わりある疑問がふっと湧いてくる。
屋上を調べていたわけではなく、メー子の手掛かりを調べていたわけだがこの人たちにとっては僕が別の理由で会社の屋上を調べていたように見えた。そしてそれはこの人たちにとって不都合……。
メー子の似顔絵が流出したときに絵のモデルを知りたがっていた人がいたことを思い出す。必死に聞いてきた人が関わっているのか? 色々な考えが頭の中をグルグルと回る。だがそれも突然腹部に走った痛みによって中断される。
「答えろって言ってんだろ!」
苛立った声が痛みで屈む僕の頭の上に降りそそぐ。
まったく意味がわからない。なんでこんな目にあわなければならないんだ。
今置かれている理不尽な状況に心が折れそうになるのが自分でもわかる。ぎりぎり自我を保っているけど縛られている閉塞感と暴力によりストレスから発狂しそうな気持がふつふつと湧いてくる。
頬を平手打ちで叩かれ、髪を掴まれて無理やり顔を上に向けられ罵倒される。
誰か助けて。
強く心で願うが、仕事は体調不良で休むことになっているので会社の人が通報してくれる望みはほぼない。だとすれば拉致されたときに目撃した誰かが警察に通報してくれていることだが、仮に通報していたとしてもここにいつ来るかもわからないし今すぐ来てほしい僕にとっては心の支えとしては弱い。
ふとメー子の顔が思い浮かんでくる。
いつも笑って騒がしくてとても幽霊に見えない女の子。最後に見たのは穏やかな寝顔だった。最後に話したかったけど……いやもしもここで死んだら再びメー子と話せるかもしれない。
そう思ったらこの地獄みたいな状況も耐えてその先に行けるかもしれない。
「なに笑ってやがる! 答えろって言ってんだろが!」
苛立った声に続いて頬に激しい衝撃が走る。そして椅子ごと倒れたのだろう地面に激しく叩きつけられる。倒れてから初めてわかったが、床はコンクリートかなにかでできているらしく、ひんやりとしていて触れると叩かれて熱を持った頬が冷えて心地よさすら感じてしまう。
「こんな気持ちわりいやつはやく始末しようぜ」
「待てって。まだ聞き出してねえから金もらえねえだろ」
「ちっ」
数人が言い合う声が聞こえ僕に近づいて来る。
なにが目的でなにを聞き出したいのかはわからないがどの道、僕の命は終わってしまうようだ。なんて酷い人生の終わりだろう。僕が死んだら父さんや母さん悲しむのかな……。
父さんたちの顔を思い出したら小さい頃の思い出がフラッシュバックする。色んな思い出が一気に流れそして最後にご飯をおいしそうに食べるメー子の笑顔が浮かんでくる。
父さんや母さんには悪いけどもうどうしようもできない。唯一の救いはメー子とまた会って話せるかもしれないことだ。
なんて声をかけよう……。
目隠しをされて真っ暗な中で目をつぶって更なる闇に身を沈めようとしたときだった。
ガッシャーン‼
派手にガラスが割れる音が響き、ぱらぱらと破片が床に落ちる音に混じりカラカラと自転車のチェーンが回るような音そして……。
「バ、バカ! 斜面を走ってそのまま突っ込むやつがあるかぁぁ! 死ぬかと思ったじゃない!」
「仕方ないじゃん! こうでもしないと入れないんだからさ! それにもう死んでるから大丈ブイ!」
同じ声が二つ、地獄のようなこの場所に似つかわしくない賑やかな声が宙を駆ける。




