私だから許せること
「あれ? 恵人は?」
離れていても近くに感じるはずの恵人の気配が今の私には感じられない。
心がざわついた私はベッドの下やら確認したあと寝室を飛び出して壁に頭を突っ込んで物置や冷蔵庫の中まで確認するが見当たらない。
「どこにいったんだろ? 近くにいるならなんとなくわかるんだけど。もし離れていたら引っ張られる感じがあるはずなんだけど……」
初めてのことに不安な気持を言葉に出してしまう。
「私も詳しくはわからないけど、あんたと私が出会ったせいであの男との繋がりが外れたのかも……まああくまでも可能性だけど」
言いづらそうにボソッと言う絵美の言葉になるほどと思う一方で、私に気を遣って言ってくれたのであろう絵美の気持ちに気づき嬉しさから焦る気持ちが少し落ち着く。
「外れたんなら探すしかないし。ってことで一緒に探すよ」
「え? 私も?」
「当たり前じゃん」
絵美の手を強引に引っ張って外に出た私は駐輪場へ向かう。いつもの場所に見慣れた自転車の姿がないことから恵人は自転車に乗って出かけたと推測する。
仕事に行ったのかな? と思いつつも恵人の性格を考えながら推測する。
距離が離れても私がついてこないことに気づくはずだからそのまま仕事に行くことはしない気がする。優しいから寝ている私を強引に引っ張ってなんてことはしないはずと考えて、次にやるとすれば私を抱えて出る、もしくは仕事を休むか。
考える私の隣で辺りを見渡していた絵美が小さく口を開く。
「わかんないけど繋がりが外れたと仮定して、もしも触れることもできなくなったと推測するとあの男も焦って解決方法を模索した……とか?」
「おお! それだ!」
私がパチンと指を鳴らすと音に驚いた絵美が体をビクッと震わせる。
「さすが絵美じゃん。私に触れることができなくなって焦った恵人は自転車に乗って強引に私を引っ張ってみようとした」
「強引に引っ張って繋がりを戻そうと考えた……とか?」
「え? なにその推理力。すごいじゃん!」
心底感動した私が褒めると絵美は恥ずかしいのか下を向いて頬を指でかく。
「ほ、本読むのが好きだったから……」
「そういえばそうだった。確かに私本読むの好きだった。今はあんまり読んでないけど……ってなにその哀れなものを見る目!」
私を哀れみの目で見る絵美に悪態をついた私は、会社へ行くときいつも恵人が通る道の方を向く。
「たぶん行くならあっちだと思う」
私と絵美は会社へと行く道をふよふよと浮きながら進む。
「う~ん、おかしいなぁ。会社へ向かうならこっちの道通るはずだし見落とさないはずなんだけど」
会社のあるビルの駐輪場に着いた私はいつもの自転車を探すが見当たらない。
「ん?」
自転車を見渡す私の近くで黙ったままビルを見上げる絵美を見て私も上を見上げる。
「私あそこの柵にいたんだ」
「そう……」
恵人と出会ったビルの屋上の柵を指さした私に絵美は短く応える。
「ビルから飛び降りたと思ってたけど、閉じ込められた小屋から抜け出して自由になりたいって気持ちが私をあそこに存在させたのかも」
私の話を黙って聞く絵美に続きを聞きたいと言っている雰囲気を感じたので話を続ける。
「ずっと柵の向こうにいたんだけどあそこ落ちそうで落ちないんだよ。で、ずっとあそこにいてぼーっと過ごしてたら突然現れた恵人が話しかけきてさ。まあ、私のことは見えてないから話しかけてはいないんだけど、来るたびに私の目の前で話すの。愚痴とかちょっと良いことあったとか他愛のない話。でもいつしかその話を聞くのが楽しみになってさ。気づいたら柵を飛び越えてた」
私の話を聞く絵美の瞳が揺れる。その瞳は先ほどまでのよどんだものではなくわずかだが光が見える。
「それである日お湯を入れたカップラーメンを持ってやってくるの。そのカップラーメンがお肉マシマシのやつですごーく香ばしくて良い匂いがするの! なのに恵人ったら私を見て驚いてカップラーメン落としちゃうんだから。もったいない! って思ってさ」
出会ったときのことを思い出したついでに、恵人の驚いた顔も思い出した私は思わずふき出しそうになってしまう。
「あのときの恵人の顔! まるで幽霊でも見たみたいな顔してさ」
「いや、幽霊だし」
私にツッコミを入れる絵美の方を見ると、当の本人はツッコミを入れたのは無意識だったのか自分のやったことに気づき恥ずかしそうに下を向いてしまう。
「そ、それよりもその……恵人とかいう人、カップラーメン探しに行ったんじゃないの?」
「カップラーメン? なんで?」
首をかしげる私を見た絵美はわざとらしく大きなため息をつく。まるで私が鈍感なやつだと言われているようでちょっと傷つく。
「恵人って人にとってはそのカップラーメンをこぼした日があんたと初めて出会った日なわけだから、なんて言うか繋がりを戻すきっかけを出会いで再現みたいな感じだと思う……たぶん」
「おぉ~! さすが絵美! それだよそれに違いないって!」
私が絵美の手を取って上下に跳ねると顔を逸らしてしまうが、手は離さずに上下に振るのに付き合ってくれる。
「どした?」
上下に振る手に抵抗感を感じた私がまじまじと絵美を見ると視線を下に向けてバツの悪そうな顔をしたので尋ねると、体をもじもじさせどこか居心地の悪そうな様子を見せる。
「あ、あのさ……」
相変わらず視線は逸らしたまま小さな声でなにかを喋ろうとする絵美の顔を覗き込むと思いっきり顔を反らされてしまう。
「そのさ……ごめん。今さら謝っても遅いけど」
突然絵美の口から出てきた謝罪の言葉に一瞬考えてしまうが、すぐになにに対して謝っているのか理解した私はまだ握っていた手を強く握る。
「たしかに痛かった!」
私が強めに言うと絵美はビクッと体を縮める。
「でも記憶が戻ったと同時に元の私の気持ちも全部思い出したから。だから絵美を責めることはできないよ。なんていったって元々は私たち同じ人間だったわけだし」
絵美の手を引っ張ってよろけた絵美の顔が私に近づく。鼻先を指で軽く押すと絵美は目をつぶって体をこわばらせる。それは叩かれることを覚悟して身構え怯えていることは元自分のことだからよくわかる。
だから私は驚かせないようにそっと絵美を抱きしめる。
「絵美の復讐を止めるなんて権利は私にはないし、正直私だって酷い目に合わせてやりたいって気持ちはあるよ。でも今の私には恵人がいるから記憶が戻ってもメー子としていられた。だから絵美にも復讐以外のこともあるんだってことをちょっと知ってほしいなって思うんだ」
抱きしめていた絵美をゆっくりと押して離れると、絵美は口をポカンと開け私を見つめていたのでおでこを指で押す。
「幸せな日々を夢見た私と不幸な人生の元凶である人を恨んだ絵美、どっちの思いも元の私から生まれたもの。その思いを否定なんてできないけど復讐に生きる絵美が幸せを夢見たらいけないなんてことはないはずだよ! それは大袈裟かもしれないけどせめておいしいものを食べてお腹いっぱいになる権利はあるはずだよ! ってなわけで」
手を握って絵美を引く。
「恵人を探すの手伝って。終わったら色々なものごちそうするから」
私の言葉に目を見開いて見つめていた絵美だがゆっくりと頷いてくれる。
「えーっとカップラーメンを買いに行ったかもしれないならスーパーとかに行ったのかな?」
「うん、たぶん。いつも行くスーパーとかコンビニを中心に探せばいいと思う」
「よしじゃあ出発!」
私が拳を挙げて宣言すると絵美はこくこくと何度もうなずいて賛同する。
正直恵人と離れてしまって不安な気持ちでいっぱいだったけど絵美がいてくれることが今は助けられている。そんな気持ちを悟られないように私は絵美と一緒に恵人探しを再開する。
こういうとき幽霊で良かったと心底思う。だって人混みは関係ないし交通事情も関係ない。真っ直ぐ目的地へ向かって歩けばいい。壁だって私たちを拒むことはできないのだ。最短距離で私が思いつくスーパーやコンビニを回る。
ただ唯一の欠点が私の足を引っ張る。あっちから干渉されないということは、こちらも干渉できないわけで目的地についても聞き込みなんてできないし、バックルームに入って防犯カメラの映像を見る作戦も思いついたが機械に触れないから断念する。
結局思いつく場所に向かって恵人の気配を探るなんとも泥臭い戦法を取らざるを得なくなる。
「う~ん、どこ行ったんだろ。あと考えられるのは……」
腕を組んで考える私が隣にいる絵美を横目で見ると私と同じように腕を組んで考え込んでいた。きっと私も同じ顔しているんだろうなと思うと可笑しくなるが今は恵人が優先なので知恵を借りるために声をかける。
「なにか思いついた?」
「スーパーやコンビニ以外で、カップラーメンを売ってそうなとこってどこかない? たとえば……駄菓子屋さんとか?」
絵美の発言にパチーンと頭を打たれたような衝撃を受けた私は指をパチンと鳴らす。
「それだ! 個人のお店、たとえば八百屋さんとか雑貨屋さんにも食べ物売ってたりするんだ」
「だったら行ってみる価値あるんじゃない」
「うんうん! 絵美ありがと!」
私が手を握ってぶんぶん振り回すと絵美は恥ずかしそうにうなずく。目的地が決まればあとは行動するのみ。私たちは商店街へと向かい手当たり次第お店に入ってカップラーメンを探していく。
一通りお店を巡ったあと私と絵美は背中を合わせて互いを支え合って空を見上げる。
「カップラーメンはあったけどそもそも恵人が買ったかなんて知りようがないし、恵人の気配も感じられないんだけど~」
「一度アパートに戻ってみるのもありかも」
「う~んたしかに。もしかしたら入れ違いになった可能性もあるかもね」
わらにもすがりたい、まさにそんな気持ちで一途の望みにかけようとしたときふっと慣れた感覚を感じる。恵人じゃないけど、私がよく知っている気配。
「どうかした?」
キョロキョロと辺りを見回す私に絵美が不思議そうに声をかけてくる。
「いや、なんか近くに知ってるものがある感じが……」
キョロキョロ、フラフラしながら歩く私に絵美もついてくる。自分の感覚を頼りにたどり着いた場所は商店街から少し離れた道路。
「あ!」
思わず声を上げた私は見つけたものに向かって飛んでいく。
「ちょっといきなり速いって! ん? 自転車?」
急いで飛んできた絵美が私の見つめる自転車を見て首をかしげる。
「恵人の自転車」
年季の入った自転車は他の自転車とは違い目立つし、なによりも愛着のある自転車の気配を間違うはずはない。
「恵人ここにいるんだ!」
歩道に停めてある馴染みの自転車を見つけて一気に元気が出てきた私だが、自転車の周りを見てゾクッと背筋が寒くなる。
自転車の周囲に乱雑に散らばるお肉マシマシのカップラーメンの姿に嬉しさから一転、恵人の身に何かあったのじゃないかと不安が大きくなる。
「事故があったわけではなさそう」
私の不安を感じ取ったのか絵美が自転車を観察しながら声をかけてくる。
「傷はあるけど本体に大きなダメージを受けた感じもない。道路の方も事故があった形跡もないし、ここに来るまで緊急車両に出会ってもないから可能性は低いと思う」
「う、うん……ありがと」
冷静に説明してくれる絵美に感謝しながら私は自転車の横に立つ。
「なにかあったのかな……ねえ、なにか知らない?」
私は無駄だとは分かっていても自転車に手を伸ばす。
バチッ!
静電気でも起きたのかと勘違いするほどの衝撃が指を走り私は思わず手を引っ込めてしまう。
「な、なに⁉ なにがあったの……でも今なにか見えた気がする」
突然の衝撃に驚きドキドキしつつも、一瞬だけなにかが見えた私は恐る恐る自転車にもう一度手を伸ばす。再びバチっとした衝撃が手から走り私の体を駆け抜ける。
頭に流れる一瞬の映像を見た私は怒りに体を震わせる。
「ど、どうかした?」
「絵美、ちょっと手伝ってよ」
「え?」
なんとなく私を見て怯えた表情を見せた絵美を強引に引っ張ると私は自転車をまたぐ。
「早く乗って! 説明はあとでするから」
「え? なんで自転車に乗れて……うわわっ⁉」
絵美を自転車の後ろに乗せると私はペダルに足をかける。
久々の感覚に高揚感を覚えつつ私はペダルを踏みしめる。
「この子が恵人のとこへ連れて行ってくれるってさ! しっかりつかまっててよぉっと!!」
「あわわわわっ⁉」
後ろで悲鳴を上げる絵美を無視して私は全力で自転車を漕ぐ。自転車の力もあるんだと思う、ありえないスピードで走る私たちが乗っている自転車は、爆走する無人の自転車としてすれ違う人たちを恐怖に陥れながら目的の場所に向かって一直線に走る。




