消えた繋がり
メー子の話を聞いたからかもしれない。
僕はどこか狭くきゅうくつな場所にいて出口を必死に探していた。
出たくてたまらなくて壁らしきものを押したり叩いたり引っ掻いたりする。
でもどうにもならないと諦めて座り込むと上を見上げる。
天井に近い壁の外から漏れる光を見つけた僕は自分でもビックリする勢いで立ち上がって背伸びをして上を見上げる。
上からの光を頼りに手を伸ばして、何か台になるものはないかと周囲を手探りで探す。
踏み台のようなものを見つけた僕はそれを引っ張ってみるがびくとも動かない。
引っ張るのを諦めて台の上によじのぼっった僕は光の方を見る。
光の漏れる場所は今立っている場所からやや離れていて背伸びをしたところで外は覗けそうにない。
ただ天井が低いおかげもあって頑張れば手が届きそうでもある。意を決した僕はお腹に力を入れ屈むとおもいっきりジャンプする。
光の漏れる隙間に指がかかる感触。日頃ならあり得ないほどの力を振り絞って腕を曲げてはい上がる。
光の漏れる隙間が目の前に来たとたん外の風景が広がる。
夜空を背景に地面から生える無数の植物。そしてフェンスとビル。
久しぶりの外、そう思った。
と同時にここから出たい。なんならあのフェンスを越えて自由になりたい。そんな気持ちがふつふつとわいてくる。
目から涙がこぼれ頬を伝う感触があご下に走り留まる。ふっと手の力が抜け僕は地面に背中から落ちると涙を拭う。
一体僕が何をしたって言うんだ。なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ。
理不尽さに嘆きながら涙を拭う手の手首は皮がむけ、固まった血で不快な感触が僕を攻める。
立ち上がろうと体に力を入れるが動くことができない。
どうやら僕には余り力が残っていないらしく先程のジャンプで力を使いきったらしい。
目をつぶるとまぶたの裏に最後に見えた外の光景が映る。
こんなにも真っ暗な場所から出たい。
あのフェンスの向こうに行きたい。
自由になりたい。
まぶたが熱くなり涙がこぼれる。
ゆっくりと目を開けると白いシーツがあり、右手の感触を視線でたどるとメー子の姿があった。
すやすやと眠るメー子を見て先程のが夢だったのだと気づいた僕は安堵のため息をつく。
手を離そうとして今離したらメー子がベッドをすり抜け落ちてしまうと気づき手を握り直す。
ふと時計を見て仕事へ行く時間が近づいている。
僕は時計とメー子を交互に見てそろそろ起こさないと仕事に間に合わなくなるなと、悪いとは思いながらも握った手を揺らす。
軽く振ったくらいでは起きてくれず、もう少し強めに揺らしてみるがやはり起きない。
戸惑いながら伸ばした手で不器用に肩を叩いてみる。それでも起きる様子はないので強めに揺さぶる。
「メー子、そろそろ起きようか」
声をかけるが反応することなくメー子はすやすや寝ている。久しぶりに眠れたから眠りが深いのかもと思いひとまずそのままにしておくことにする。どうせ朝ごはんの準備を始めれば飛び起きてくるに違いない。そのときの様子を想像して頬が緩んだ僕はそっとメー子から手を離す。
一瞬ピクっと眉を動かし握っていた手を小さくにぎにぎしたメー子を見て微笑んだ僕は仕事へ行く支度を始める。
ご飯の時間には正確なメー子だから起きると予想していた僕は、朝ご飯を作り終えても起きないメー子が気になって落ち着かない食事を終える。
久しぶりの一人での食事に味気なさを感じながら口に詰め込んだパンを飲み込む前に立ち上がり、メー子の分のパンを鼻先に近づけてみる。
反応しないメー子にガッカリしながらメー子の分の朝食にラップをかけて保存する。
仕事に行く時間になり再びメー子を起こしたみるがやはり反応はない。このまま置いて行くと僕が自転車を漕ぎ始めてすぐに離れられる限界距離が来てメー子は寝たまま引っ張られることになる。
想像したらそれはあまりに可哀想だと思いメー子を抱えて連れて行こうと、ベッドの上で浮いているメー子の手に触れようと手を伸ばす。
だが僕の手はメー子に触れることなく空を切ってしまう。
「え? なんで」
思わず声を出してしまった僕は信じることができずにもう一度手を伸ばす。だが手はメー子に触れることなく再び空を切ってしまう。
突然のことに焦った僕はメー子の肩に手をかけようとするが結果は同じく触れることはできない。
「メー子!」
僕は耳元で声を出すがメー子は反応することなくすやすやと寝息をたて寝ている。穏やかな表情なのが逆に僕の心を焦らせる。
「なんで触れられないんだ」
僕は手や肩だけでなく頭や頬にも触れてみようと試みるが結果はむなしく僕の手は空を切ってしまう。
狭い部屋を右往左往しながら考えた僕はふっと閃き外へ出て自転車に乗ると漕ぎ始める。自転車を漕いでアパートから離れた僕はブレーキをかけて自転車を止めると後ろを振り返る。
メー子と僕はある一定の距離以上は離れられない。触れられないのにはなんらかの原因があるはず。その原因がなんなのかわからない今、なんらかのきっかけを与えれば再び触れられるかもしれないと考えこの作戦を思いついた。
繋がりがあるはずだからこそ、アパートからずいぶんと離れたから無理やり引っ張られたメー子が外に漂っているはずだと思い来た道を引き返す。
だが予想に反してメー子の姿はなくアパートが見えたところで僕はもう一度自転車を漕いでさっきよりも遠くまで自転車を漕ぐ。
もう一度戻ってみるがやはりメー子の姿はなく僕は愕然とする。ついさっきまであったメー子との繋がりが突然切れたことに心にぽっかり穴が開いた感覚に陥ってしまう。
足から崩れ落ちる、そんな経験なんてしたことがなかった僕だが、今まさに足は震え立っているのが辛くて座り込んでしまいそうになっている。
「なにか……なにかないか」
僕は焦る気持ちと震える足の両方を必死に支え考える。今までメー子と一緒にやってきたこと、行った場所、食べた物なんでもいいからこの状況を打破できるものを考える。
なんでもたくさん食べて食い意地のはった幽霊。初めて出会ったのはカップラーメンをこぼして……おいしそうな匂いがするからフェンスを飛び越えて……
そこまで考えた僕はハッとして目を見開く。
初めて出会ったときのカップラーメン。それもお肉マシマシの限定品。もしかしたらあれ作って匂いを嗅がせたら元に戻るかも、なんの保証もないけどわらにもすがる気持ちで僕は自転車に飛び乗るとカップラーメンを求めて自転車を漕ぐ。
数件のスーパーを回って売り場を隅々までさがし、店員さんに在庫がないかを確認して一応コンビニも回った僕は日頃なら足を伸ばさない商店街の通りまで行き食料品を扱っていそうなお店に片っ端から入る。
数件目に入った野菜だけでなく駄菓子なども置いてあるお店の商品棚に雑に並べられているカップラーメンの中に探しているお肉マシマシのものを見つけ出す。
「あった!」
嬉しさから思わず声を出した僕はそのカップラーメンを手に取ると怪しげな表情で見るおばさんに手渡しお金を払う。
これでメー子を起こせるかもしれない。そんな思いをカップラーメンに込めながら大切に抱きしめた僕は自転車に乗る。
そこでスマホが震えていることに気づき慌てて画面を見ると会社の同僚からだった。
「やばっ⁉」
とっくに会社に行く時間になっていたことに気づき一気に現実に戻された僕は電話に出る。
予想通り僕が会社に来ていないことへの心配の連絡にいつもよりも声を低くして声が出ないふりをしながら風邪で熱があると下手な演技でごまかす。
疑念を含んではいるが深く追求されずに体調を気遣う言葉をもらい通話を終える。罪悪感を感じるがすぐにメー子のことで頭がいっぱいになった僕はペダルに足をかける。
踏み込んで徐々に自転車を加速させていく。メー子のいるアパートへと急ぎ向かう僕の背後から黒い塊が追い抜いてきたかと思ったら進路を塞ぐように停車する。
僕の目の前にある商用車なんかでよく使われる大きめのバンの窓には真っ黒なフィルムが貼ってあり中の様子を知ることはできない。だが突然やってきた車から見られている気がした僕は注意深く観察する。
時間にして数秒ぐらい互いに見つめ合ったが突然後部のスライドドアが勢いよく開くと深めに帽子をかぶりマスクとサングラスをした二人の男が降りてきて僕の両腕を握り乱暴に引っ張る。
引っ張って抵抗するが突然お腹に衝撃が走り屈んでしまう。それがお腹を殴られたのだと気がついたときには息もできずに必死に空気を求め口をパクパクさせていた。
「勝手なことするな」
「時間ねえだろが!」
「ちっ」
男たちが短い言葉を交わすのを聞きながらいまだ息もできない僕は強引に車に引きずりこまれてしまう。
暗い車内に入る僕の目に地面に転がるカップラーメンの姿が飛び込んでくる。
あれをメー子にとどけなきゃ。自分の置かれている状況よりも先にメー子のことが頭に過った僕は手を伸ばすが、届くわけもなく絶望したまま車は走り始めてしまう。




