大きな屋敷と小さな違和感
都心から離れて行く電車の窓の景色をメー子が貼り付いて見ている。
時々顔や体を外に出したりしているから正しくは貼り付いてるとは言えないかもしれないが。
数人程度しかいない電車の窓からはビルなどの高い建物は見えず、田畑が広がり時々一軒家が現れる風景が流れていく。
「ねえねえ、外の空気の匂い全然違うよ!」
興奮気味に教えてくれるメー子に対して僕はうんうんと頷いて応える。
少ないとはいえ周りに人がいるから対応が素っ気なくなるのは仕方ないのだが、それが気に入らなかったのか隣に座ったメー子が僕の脇腹を突っつく。
いきなり突っつかれ反射的に体を反らしてしまった僕を見てニヤリと笑みを浮かべたメー子は、両手を伸ばして脇をくすぐろうとしてくる。
だが事前に察知した僕は脇を閉めガードすして対抗する。
「むー」
不服そうな声を出したメー子は僕の首に手を伸ばしてくすぐりを続行する。肩をすくめて首をガードしようとするが、思いの他難しく首筋をくすぐられてモゾモゾと動く僕の腕にメー子はしがみついてくる。
その時点でも意表を突かれて驚いてしまうが、あろうことか耳を指で掴まれる。
掴まれると言っても優しく摘ままれているので痛くない、というか今までそんなことをされたことがなかったので驚きの方が強かったりする。
「へへ~ん、つかまえたっと」
メー子の声が耳元で聞こえたかと思った次の瞬間ふーっと息が耳に吹きかけられる。
「うひゃぁお!?」
幽霊なのに息してるんだ、なんてツッコミなんかよりも突然のことに驚いた僕は変な声を出してしまう。
当然周りの人には僕一人しか見えていないわけなので、周囲の冷たい視線や怪しい物を見る視線が向けられる。
「な、なんだ……目覚ましかよ。ほんとにまったくビックリしたぁ……し、仕事の電話かと思っちゃった」
とっさにズボンポケットからスマホを取り出した僕は、何も映っていない画面を見て演技をして誤魔化しにかかる。
これが自然にできるのだから大したものだと我ながら思う。
自画自賛する僕の隣にメー子が寄り添って座ってくる。そんなメー子に冷静を装った僕は周囲に聞こえない程度にボソッと呟く。
「まったく、驚かせないでほしいんだけど」
「ごめん、ごめん。ちょっと退屈だったから息抜きしたかったの」
メー子が手を合わせて謝ってくる。心底謝っている感じではないのは表情を見ればわかるが、ちょっぴり舌を出して謝る姿が可愛いと思ってしまい許してしまう。
僕がチョロいのかそれともメー子があざといのだろうか。
そんなことを考えてしまいながら隣に座って僕を見上げるメー子を見て小さくため息をつく。
「公共の場では大人しくしないと」
「は~い」
返事をしたメー子が膝に手を置いて姿勢を正す。
ちょっとわざとらしいけど、そんなところもメー子らしいなとか思う僕の手をメー子が握ってくる。
「外の風景を見ても特に思い出したことはないんだけど、沢野嶺って人の家を見たら思い出すのかな? こうぱあぁっと記憶が蘇るとか?」
明るく喋るメー子だが僕の手を握る手は小刻みに震えている。
「どうなんだろね。思い出せたらいいけど一気に思い出したら混乱しそうだよね」
「たしかに……記憶がばぁーって思い出されたら頭が痛くなりそうだしゆっくりがいいな」
笑いながら言うメー子の瞳が不安気に揺れている、そう感じた僕は握られた手に少し力を入れて握り返す。
それに気づいたメー子がわずかに目を見開き驚くがすぐにふっと笑みを浮かべて僕の手を握り返してくる。
「もしも記憶が一気に蘇って頭が痛くなったらさ……その、ぎゅってして」
「ぎゅっ?」
擬音の意味が理解できずに聞き返すとぷっと頬を小さく膨らませたメー子が握った手を上下に揺らしてくる。
「優しく抱きしめてってことっ!」
「あ、ああ……なるほど、あ、うん。わかった」
やや乱暴に答えを口にしたメー子が再び僕の手を揺らしてくる。それが催促の意味だと理解した僕は戸惑いつつも答える。
「じゃあ安心」
短く答えたメー子が手を離すと僕に寄りかかって目をつぶる。
目的地まで静かに寄り添うメー子を支えようと僕は姿勢を正す。とても長いような、一瞬だったような不思議な感覚の中、僕たちは無事に目的地へと到着する。
***
周囲には家はなくただただ大きな塀とそれに負けない大きな門が僕たちの前にはある。上品な白塗りの塀の上の方には申し訳程度にある『高電圧注意』の注意書きが掲げられた侵入者を拒む鉄の線が何本も張られている。
ついでに外灯と一体化したカメラと思わしき球体が僕たちを見つめている……ような気がする。
威圧感が強すぎて正直あまり長居したくない。
「ふぇ~でかい家だね。まあ家見えないけど」
「家は塀の向こうにあるんだろうけどね……」
高い塀を見上げたメー子と僕は大きすぎる家を前にして感激というよりは、呆れたような感情を含んだ感想を漏らす。
「一応聞くけどさ、何か思い出せそう?」
僕が門に達筆な字が彫られた『沢野嶺』の表札を指さして尋ねるとメー子は首を横に振る。
「ぜんぜん」
「そっか。これ以上は近寄れそうにもないし帰ろうか」
「うん、帰りにうどん屋さん寄って行こう……」
事前に調べていたうどん屋のことを言おうとしたメー子が言葉を止めて僕の背後を指さす。
なにごとかと思い反射的に後ろを振り返った僕は、ネギやゴボウが飛び出す食材が入っているであろうカゴをを抱えた女性と目が合う。
僕の母親と同じくらい……少なくとも一回り以上は離れているであろう女性は目が合った僕を不思議そうに見る。
「見ない顔だけど、こんな何もないところになんの用かい?」
「あ、いえ。旅行の途中なんですけど遠くから大きな家が見えたんで近くで見てみたいなって思って来たんです」
「旅? 一人でかい?」
「ええ、一人旅が趣味なんで」
女性は疑いの眼差しをふんだんに向けるがそれも致し方無いだろうと、甘んじて受ける。
「人の趣味なんてどうでもいいけど、あんまりここらをうろつかない方がいいよ。ここの大きなお屋敷に住む嘉晃さん人間嫌いだから、目をつけられたら怒られるじゃ済まないかもよ」
やや小声で囁いた女性だったがすぐにわざとらしく口を押えるとその手を仰いで笑う。
「なんてね。あんまりよそ様の家の前をうろうろするもんじゃないよ。都会から来た若者には分からない感覚なんだろうけどね。さてとあたしはもう行くから早く帰りな」
「あ、はい。すいません」
「いいってこと」
手をパタパタと仰ぎ笑う女性に頭を下げた僕はいつの間にかメー子が女性の持つカゴを覗いていることに気がつく。
カゴから飛び出していたネギが気になったのか何なのかは分からないが、人の袋の中を覗くのは感心できないと引き離すためその場から去る。
ちなみに僕とメー子は距離にして100メートルも離れることができない。それゆえある程度離れると無理やり引っ張ることができる。乱暴な気がして使うことはほぼないが今回は使わせてもらうことにする。
「ちょっと、いきなり引っ張らないで。もう!」
背後からメー子が声をあげたかと思うとすぐに僕の頭にしがみつき強引に引き留めてくる。
「もう、すごく大事なことだったんだから」
「人様のカゴを覗くことがそんなに大事だとは思えないんだけど」
ふくれっ面のメー子を僕がジト目で見るとメー子は宙に浮いた足をバタバタさせて地団駄を踏む。
「大事なの! なんかカゴがキラッて光った気がしたから気になって覗いたら、あのカゴに小さな穴が開いてて中にスマホが入ってたもん」
「スマホ? そんなの買い物のついでに入れただけじゃ……」
「カゴの下にスマホを固定する金具まで取り付けてまで入れる? 食材だって下の方に食パンとか柔らかいものが敷き詰めてあったし普通その上にジャガイモとかリンゴとか置かないと思うんだけど」
メー子の言いたいことが先ほど会った女性に違和感を感じたと理解した僕は、急いで来た道を振り返るが既に女性の姿はどこにもなかった。
目を凝らして屋敷の方を見てある違和感に僕は気がつく。
「この奥って家とかあるのかな? そもそも道って……」
大きな屋敷の裏には大きな山がそびえており、そこに家があるようには見えない。
「そもそもあの人どこから出てきたの?」
「た、たしかに……」
突然現れた女性のことを考えれば考えるほど違和感が大きくなっていく。
「ねえ、なんか怖い……」
メー子が僕の手を握って不安気な表情を向けてくる。正直幽霊の方が怖い気がするけどなんて思ったが口をつぐんだ僕は頷く。
「とりあえず帰ろうか」
「うん……」
メー子の記憶に繋がるものは得られず、それどころか得体のしれない女性の存在に怯える僕とメー子は足早にこの場を去るのだった。




