自分のことを知りたい気持ちに揺れる
片付けを終えた僕らは早速、残留思念と言う言葉を中心に調べ始める。
色々と難しいことや、スピリチュアル的要素も書かれてはいるが簡単にまとめると『人の強い思いが思い入れのある場所に残ること』だそうだ。
「う~ん、それじゃぁおじいちゃんがあそこに存在していたわけじゃなくて、お店に残った思いが見えたってこと?」
「たぶん。ここに書いてあることを信じるならね」
メー子が自信なさげに言うが、僕にだって正解は分からないから同じく自信なさげに曖昧に返事することしかできない。
「昔の人が道しるべに使っていた石なんかに当時の人たちの思いが残ってて、行き交う人たちや石に座って休憩する人が見えた、なんて話もあるみたいだし」
さきほど知ったばかりの知識を早速引っ張り出すとメー子は難しい表情をして考え込む。真剣に考えていて声をかけづらい僕は黙って待つことにする。
しばらくして一度大きく首をひねったメー子がゆっくりと僕の方を見つめる。
「じゃあ私ってなんなの?」
「え?」
思ってもいなかった質問にとっさに答えられず言葉に詰まってしまう。
「そ、それは……幽霊じゃないの?」
「でもおじいちゃんは幽霊じゃないんだよね。だったら私はなんなのかなって」
「なんなのかって……そうだね、会話ができてご飯食べれて、仕事までできる幽霊?」
「今日まで恵人と過ごして色々なところに行ったけど、私以外に幽霊と出会ったことってなかったよね。一人くらいてもいいはずなのにさ。他の幽霊から話を聞けたら私が幽霊だって納得するけど、おじいちゃんが残留思念で私は幽霊って線引きが分からないんだけど」
むぅっとふくれっ面になるメー子。とても不機嫌そうだが、本人の立場になって考えればおじいちゃんの残留思念という存在に出会ったことで自分の存在に疑問を持ってしまったのだから仕方ないのかもしれない。
「メー子はメー子ってこと……」
人とか幽霊とか置いておいて、メー子はメー子だから良いじゃないかとまとめようとしたらキッとにらまれてしまい僕は口をつぐんでしまう。
「何者かってのも気になるけど私が一番気になるのはココ!」
メー子がタブレットの画面を指さす。
指が示す場所には『思いの濃さに比例して存在する時間に差異があり、多かれ少なかれ時が経てば薄れ消えていく』と書いてあった。僕が画面からメー子へと視線を移すと真っすぐ見つめてくる。
その視線が意味するところはおそらく僕の意見を求めているといったところだろうか。
そう判断した僕は頭をフル回転させメー子にかける言葉を考える。考えるがなんと言っていいかなんて分からずまとまらない。まとまらないが黙っているままなわけにもいかないことも理解しているから口を開く。
「思いの濃さに比例してって書いてあるよね。メー子って記憶がないんだからこの世への思いってのも分からないわけだよね。つまり、思いの濃さに囚われていないメー子は消えないんじゃないかと思うんだ」
正直こじつけだが、なるべく確信があるかのようにメー子を真っすぐ見つめ返す。
しばしの無言の時間が過ぎメー子が肩の力を抜いて笑顔になった顔を僕に向ける。
「うん、なんとなくだけど納得した。というより納得することにする」
納得できないけど納得する。すごく曖昧だけどすごく人間味のある答えかもしれない。
そんなことを思った僕は前向きな目のメー子を見て微笑む。
「だから、ビルの屋上に行ってみる。何か分かるかもしれないし」
「え? 行くってなんで? 別に知らなくてもいいって前に言ってなかった?」
「うん、確かにそうだったんだけど。やっぱり知りたくなっちゃったというか。うーん、ごめん」
頬をかき苦笑いをして謝るメー子に僕の心臓の鼓動は速くなる。それはメー子が本当の自分を知ることで消えてしまう……正しくは別の人へと変わってしまうんじゃないかという不安から。
「で、でも……そのなんていうか」
僕はじっと見つめるメー子の目を見て「このままでいいじゃないか」という言葉を飲み込む。そのことには触れずメー子は微笑むとゆっくりと口を開ける。
「私は気がついたらあの屋上にいてぼんやりと立っていた。でもある日惠人が話しかけてくれて、カップラーメンをこぼして私を連れ出してくれた。それからずっと一緒に過ごしているうちにぼんやりとしてた視界がくっきりしてきて、モヤのかかっていた頭の中もハッキリしてきて自分の中にあるものが空っぽだって気がついたの」
グッと身を乗り出し僕の手を取る。
「ずっと私が記憶ないままのメー子だったらいけない気がする。ちゃんと昔の私を知った上で恵人と一緒にいたいなって思ったんだ」
そこまで言って恥ずかしそうに笑ったメー子が握っていた僕の手をさらにぎゅっと強く握る。
本人はそう言うが実際そのとき、つまり記憶を取り戻した瞬間に消えたり、僕から離れたりするかもしれない。そんなことを想像すると反対したい気持ちが大きくなる。
「別に知らなくても生活できる」そんな言葉を飲み込んだのは僕の手にあるメー子の手の感触があったから。いつになく真剣な表情のメー子の表情を見て、彼女が自身のことを知りたいという気持ちを汲みたい、そっちの気持ちの方が大きくなった僕はメー子の手を握り返す。
「分かった。調べてみよう」
僕の答えを聞いたメー子は嬉しそうに笑みを浮かべると大きく頷く。
「うん! ありがとう」
心から嬉しそうに微笑むメー子を見て自分の選択が間違っていなかったと確信する。
「じゃあ明日ビルの屋上に行ってみたい」
メー子と出会ってから一度も屋上へ行ったことがない。別にどちらが言い出しわけでもない、無意識で避けていたのかもしれない。
それはメー子が立っていた場所がビルの端であり、幽霊となったきっかけが自ら命を絶つため飛び下りたのではないかと予測できるからだと思う。そこにある理由は興味本位で知るものではないし、ましてや記憶のない本人にとってあえて思い出したいものではないはずだ。
「調べるけど、一つだけ条件というかなんというか。もしも、その……メー子が辛いなって思ったら調べるのは止めよう。知らなくてもえっと……」
こういうとき言葉がすらすら出ない自分にもどかしさを感じ、言いたいことは決まっているんだけどそれを口にするのが恥ずかしいと思ってしまう自分に恥ずかしさを感じてしまう。
チラッとメー子を見ると僕のことをじっと見て何を言うのか待っている様子だ。ここまで言っておきながら投げ出すのは違う。そう言い聞かせ僕は言いたかった言葉を口にする。
「そのなんて言うか、思い出せなくても変わらない……えっと、変わらないのは僕で。あーうん、今の関係は変わらない、つまり僕にとってメー子はメー子で変わらないから」
意気込んだもののいざ口にすると言葉がこんがらがってよく分からない文章ができ上がる。
仕事ではそんなことないと思うが人間関係、とくに女性と対面したときは言葉がうまくでなくなってしまう。だが口にしてしまった以上メー子の反応を待つしかないわけで、僕は唇に指を当てわずかに首をかしげ考えるそぶりを見せるメー子が何を言うのか覚悟する。
やがてパチンと指を鳴らしたメー子が僕のことを見つめる。
「つまり、恵人は私が好きってこと?」
「え? えっと……あれ? そんなこと言ったっけ?」
予想だにしていない答えが返ってきて戸惑う僕を見てメー子が悲しそうな顔をする。
「えーじゃあ嫌いなんだ」
「そ、そんなことはない!」
反射的に反応した僕を見て悲しそうな表情から一転、メー子がクスクス笑うと僕の腕に抱きつく。
「ならよかった」
腕に強めに抱きつかれドギマギする僕を見てメー子は嬉しそうな笑顔を見せる。
「恵人が一緒にいてくれたら大丈夫だから」
僕に話しかけたというよりは独り言のように呟いたメー子が僕の腕に額をつける姿を見て僕はハッとする。
知りたい気持ちが大きくなった一方で、やっぱり知ることに不安もあって複雑な気持ちで揺れているんだと気がついた僕は、自分のできることはやって支えようと決心するのだった。




