不思議な体験とドキドキな晩
僕は暗い店内を目を凝らして見渡す。ついさっきまで人、自転車屋の店主であるおじいちゃんがいたような気がしたが今はいない。
「惠人あっち」
メー子が指さす方を見るといつの間に移動したのかおじいちゃんが端の方に座り何やら手を動かしている。
時々覗き込んだり床にある何かを拾うような仕草はまるで作業をしているようにも見える。
「ま、まさか……幽霊⁉ ほらっ! よく見ると透けてるし」
青ざめた顔の口元を手で押さえ、あわあわとおじいちゃんを指さすメー子に同じ考えに至った僕は頷く。
「……って、よくよく考えたらメー子も幽霊だよね」
「そ、そうだけど幽霊を見たのは初めてだから」
幽霊に怯える幽霊の存在を目の前にして、呆れるよりも感心してしまう。
「もし幽霊なら会話とかできるのかな?」
「普通幽霊と話せないんじゃない。私話したことないし」
僕の疑問に幽霊本人から否定されてしまう。
「ノックしたら気付くかな?」
「え? お、怒らない? ほ、ほらお仕事しているみたいだし……邪魔しちゃ悪いよ」
「う~ん……まあ確かに」
メー子の意見に納得した僕は再び店内を見ると先ほどまで端で作業をしていたおじいちゃんはカウンターがあった場所に座ってどこかを見つめている。ふっと消え次は床をほうきではき始め、さらに壁に何かを貼ったり自転車を修理したりする。
それは自分の意思で動いているというよりは映像が流れているといった方がしっくりくる。
「なんだか動画を見ているみたい……」
僕と同じようなことを考えていそうなメー子の発言に僕は頷く。
「たしかに、うまく表現できないけどモニターの向こうを見てる感じだ」
「だよね、心がないっていうか幻って感じ」
出入口の引き戸の前に立ったメー子が中にいるおじいちゃんを見つめ瞳に映す。声をかけようかと思ったが、真剣に表情を前になんと声をかけていいのか分からない僕は黙ってメー子を見守る。
時間にして数分ほどするとおじいちゃんの幻影が薄くなりふっと消える。
消えてなおじっと見つめるメー子に、やはりなんと声をかけていいか戸惑う僕だったがまぶたを静かに閉じたメー子が僕の方を見るとふっと笑う。
「遅くなったし帰ろう。お腹空いた」
「あ、うん。そうだね。パン買って帰ろう」
「うん!」
パンと聞いた途端ぱあっと明るい表情になるメー子を見てなんだかホッとした僕はメー子と一緒にパン屋へと向かう。
***
少し遅めの夕食はパン屋で買ったパンたちと、アパートにあったちぎったレタスとザックリ切ったトマトのサラダ。
「はやくやけろぉ~おいしく焼けろぉ~かわいい明太フランスちゃん!」
オーブントースターの前で謎の歌を歌いながら体を揺らすメー子を見て頬が緩んでしまった僕は、気づかれたら恥ずかしいのでスマホに目をやる。
今日あった出来事を思い出しながら数個の単語を打っては検索をする。思いつく限りの単語を打っているうちにある言葉がヒットする。
「ふ~ん残留思念ねぇ~」
「うわっ⁉ いつの間に」
突然背後から聞こえてきたメー子の声に僕は驚き振り返るとわずかに頬を膨らませたメー子僕をジト目で見ていた。
「もうっ、恵人がいないとパンが取れないし食べられないんだから。こんなにおいしそうなパンを前にして食べさせてくれないとかひどくない」
「ご、ごめんって。ちょっと気になってさ」
「私も気になってるんだから一人で先に調べるのはちょっとズルいなぁって思うんだけど」
「ごめん」
腰に手を当てて不満をぶつけるメー子の言葉を聞いて、確かに一番気になっているのはメー子だよなと思い反省した僕は心の底から謝罪する。
そんな僕を見たメー子は不服そうな表情を和らげる。
「それよりもお腹空いた。調べるならご飯食べてからにしたいな」
「わかった。そうと決まれば準備しよう」
僕が動くとメー子は手を叩いて喜んでついてくる。パタパタと手際よく晩御飯の準備を終えた僕たちは温め直したパンを頬張る。
「くぅ~ここの明太子とマヨネーズのバランス最高! パセリに海苔を混ぜているのもポイント高い」
一口かじってテンションの高く明太フランスをレビューしたメー子は目をキラキラさせて再びかぶりつく。
「おいしいぃ~」
頬を押さえ満面の笑みを見せるメー子につられて笑顔になってしまったの同時に、僕にピッタリと寄り添って食べるメー子にも慣れてきた。最初のドギマギしていた僕は遠い昔の存在のようだ。
恋愛に疎く慣れていない僕も成長したものだと愉悦に浸りメー子を見ると口元に明太フランスの明太ソースが付いているのが目に入る。
「口に明太子ついてるよ」
「え? ほんと? どこ?」
自分の顔をペタペタと触るメー子だがすぐに僕の方を見る。
「わかんない。とって」
「え? あ、ああ……」
成長を感じたと思ったのも束の間、メー子の顔に触れるという高難易度のミッションに激しく動揺する。
だが指摘した手前、取らないわけにもいかない気がしておそるおそる手を伸ばす。
口突き出して取ってくれるのを待つメー子に平常心を装いながら僕は唇の下についていた明太子に触れる。
僕に触れられわずかにぴくっと動いたメー子に僕の心臓は飛び跳ねんばかりに跳ねる。
「とれた?」
「あ、うんほら」
僕は指についた明太子をメー子に見せる。
そして自分の指についた明太子を拭こうと手を戻したところで、視線を感じてそちらに視線を向けるとメー子が僕のことをじっと見つめていた。
無言で穴が開きそうなほどじっと見つめてくる理由が分からない僕が、手を動かすと指先をじっと見てくる。
試しに右へ動かすとメー子の目もそっちへ動き、上に動かすと目もついてくる。
もしかして、いやもしかしなくても指先についた明太子を僕がどうするかを観察しているのではなかろうか。
(こ、これは何をするのが正解なんだろ……)
戸惑いながら指先をよく見るため顔に近づけると、メー子はふわっと髪の毛を逆立て頬を赤くして僕を見つめる。
試しにメー子に近づけてみると目を泳がせ、あわあわして頬を赤く染め下を向いてしまう。
再び指を自分の顔に近づけるとふわっと髪の毛を逆立て顔を真っ赤にして成り行きを見守り始める。どうしていいのか分からない僕はテーブルの上にあるティッシュを取ると指を拭く。
一部始終を見て「あっ」っと短く声を出したメー子はすぐに頬を膨らませると明太フランスに乱暴に噛みつく。
どうやら選択を間違えたみたいだ。結局どうするのが正解だったかは分からないけど、一つ言えるのは成長したなんて思っていたのは僕の思い上がりだったということだ。
ちょっぴりとげとげした空気を放つメー子に寄り添われたまま、なんだか肩身の狭い僕はメロンパンをかじる。




