突然の報告
突然だろうが必然だろうがメールは等しく届き、同じ通知音なはずだがそのメールはなんとなく違った。
僕のスマホが通知音を奏でる。
両親と重要メールだけは音が違うので、それ以外の音だったにもかかわらずなんとなく気になってしまった僕は業務の途中ではあったがスマホの画面を開く。
『あなたが依頼した絵のモデルが知りたい』
たった一言だけどもそれだけで、数日前にメー子の似顔絵について尋ねていた人じゃないかと疑う。
文字だから感情までは分からないけどなんだか必死な感じがした顔も知らない人がなぜ、そもそもどうやって僕にメールを送ってきたのか分からない。
あまり気分のいいものではない、というか不気味で気持ち悪い。
「どうかしたの?」
黙っていた僕の頭に手を置いたメー子が顔を覗き込んで尋ねる。
最近体の動かし方が分かってきたとか言って浮き方が上手くなったメー子は、僕の頭に置いてある手を支点にして上から覗き込んできているので、つまりは逆立ちをしている状態だ。
髪を垂らして僕と目が合うのは非日常的体験である。
「いや、迷惑メールが来たから読んでたんだ」
「ふ~ん、迷惑メールねぇ~」
逆さまのメー子がどこか探るような感じで、僕からスマホの画面に視線を移す。
「迷惑メールにしては私たちにピンポイントすぎる気がするけど」
ジト目で僕を見るメー子。この顔は初めからなんのメールが来ていたか知っていた顔である。
「見えちゃったんだから仕方ない」
僕の表情からか胸の内を読んだメー子が僕より先に堂々と弁解をする。開き直るメー子に僕はあきらめのため息を一つつく。
「まあ近いから仕方ない。それよりもこのメールをどう思う?」
「恵人から離れられないからね」
嬉しそうに言うメー子の言葉に「確かに」なんて思いながらメー子の答えを待つ。
「う~んとね、一言で言えば気持ち悪いかな」
実に的を得たメー子の答えに僕は頷く。
「だから返信とかしないで無視するのが一番だと思う。本当の迷惑メールだとしたらなおさらだし」
再び的を得たメー子の発言に僕は頷くしかない。なんとも頼もしい幽霊に育ったものだと感動すらしてしまう。
「じゃあひとまずこれは放置して様子を見るってことで」
「うん」
メー子の返事を聞いた僕はスマホを置くと仕事用のパソコンに目を向ける。
放置するとは言ったが気にしないわけではない。なにせピンポイントで僕が依頼していたことを知っていて質問している内容に警戒をしないわけにはいかない。
このような場合どこへ相談すべきか、警察に連絡しても実質的な被害はない今の状態では動いてくれないだろうしメールの差出人を調べる方法を考えるべきか……。
そんなことを考える僕の両頬が優しく摘ままれる。
「むぅーまたなんか一人で考えてる。それにさっき私にメールを内緒にしようとしたよね。もしかして気づいてないとか思った?」
不服そうな声色で僕の頬をムニムニと摘まむそれは痛いというよりはくすぐったい。
「悪かったごめんて」
頬を引っ張られたまま謝るとメー子はあっさり解放してくれるが、僕の顔を覗き込んでくる。
頬を膨らませ不服なのをアピールした顔は怖くはなくむしろ可愛い。それを悟られまいとするのと、顔が近いのに慣れない僕が顔を逸らすと顔を押さえれてしまう。
「ちゃんと目を見て話してよ」
「わ、分かったから。そのちょっと……近いかなぁって」
僕の言葉に目を丸くしたメー子は自分の頬に指をあて首をひねるとニンマリと笑みを浮かべる。
その邪悪な笑みに危機を感じ逃げなければと直感が声を上げるが、残念ながらここは仕事場で周りは衝立で囲まれている。
そんなわけで逃げられるわけもなく、顔を押さえられたままの僕にメー子はさらに顔を近づけてお互いの額が触れる。
「へぇ~これだけ一緒にいても恥ずかしいんだぁ~」
額が触れたまま笑顔を見せるメー子が嬉しそうに話す。もう少しで鼻先が触れそうで、僕は体を逸らすがその分メー子が近づいてくる。
「ち、ちょっとそうだほら! 仕事終わったら自転車屋に行く予定だからパン買いに行こう! パン! 近くにまた行きたいって言ってたパン屋があったよね?」
「パン……いいね! 明太子フランスとメロンパン残ってるかな? 夕方まで生き残ってる可能性低いんだよね。そうと決まれば急いで仕事しよ!」
土壇場で思いついたパン屋へ行こう作戦が功を奏し、話を逸らすことに成功した。最近コツを掴んできたのか、もともとのスペックが高いのかテキパキと仕事をこなすメー子のサポートもあり定時内で終えた僕は自転車を押して日が傾きかけた道路を歩く。
「チェーンが緩んでるんだっけ?」
「そうそう。それとついでにブレーキのレバーが緩いから直してもらおうかなって思ってさ」
「毎日頑張ってるからねぇ~」
隣を歩くメー子が僕の腕を握って自転車のハンドルを優しくなでる。その姿を見ていた僕と目が合ったメー子が一瞬真顔になるがすぐにニコッと笑みを見せると僕の頭を撫でてくる。
「恵人も頑張ってる。えらいえらい」
「ちょっ、突然どうした」
恥ずかしさから思わず身を反らしてしまう。
「どうしたって惠人の頑張りを労ってるんだけど」
そう言いながらメー子は再び僕の頭を撫でてくる。
「ったく……」
呆れた風に言ってはいるが、この年齢で人から頭を撫でられる機会なんてないから、くすぐったさに混じった嬉しさを感じながらメー子にされるがままにされる。
「でもメー子がいてくれるから今日も仕事早く終わったし、料理だけじゃなくて色んなことしてくれるから助かってる」
そこまで言ってメー子が俺のことをじっと見つめていることに気づき、言葉を止めてしまう。
「えっと……」
「つまり?」
メー子の考えていることを探る意味も込めて尋ねるとメー子は質問で返してくる。これは答えを間違えてはいけないパターンだと察した俺は慎重に答える。
「つまり……メー子もえらい」
「だから?」
「え、だから……いつもありがとう」
俺はメー子の頭を撫でる。
「えへへへぇ~」
目を細めて撫でられるメー子の姿を見てたぶん正解だったんだよね? と自問自答してしまう。
そんなことをしているうちに目的である自転車屋にたどり着くわけだが僕とメー子はもぬけの殻になった自転車屋の前で呆然として立ちすくす。
真っ暗な店内にはなにもなく、扉に『閉店のおしらせ』と書かれた紙が貼ってある。
「この間行ったときはもう少しだけ続けるみたいなこと言ってたのに……」
突然閉店したことに驚きながら僕は紙に書かれている小さいな文字を読む。
━━平素より格別のご愛顧を賜り、誠にありがとうございます。
このたび店主が逝去いたしました。
生前は格別のご厚情を賜り 誠にありがとうございました
これに伴い 沖自転車は閉店させていただきます。
長年にわたりご愛顧いただきましたこと、心より感謝申し上げますとともに、突然のご報告となりましたことを深くお詫び申し上げます。
皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます━━
「おじいちゃんが亡くなったから……⁉」
読んだ内容をメー子に説明しようとした僕だが、店内で何かが動いた気がしてそっちへ意識がいってしまう。
僕と同じく何かに気がついたメー子も僕と同じく、閉店した店内にいるはずのない自転車屋のおじいちゃんを見つめていた。




