自己中心的な行動に振り回されて
僕は朝早く起きると、先に起きていたメー子が迎えてくれる。朝の身支度を軽く済ますと、朝ごはんと昼の弁当を作って自転車に乗って仕事へと行く。
メー子と一緒にいることが当たり前になって僕の日常となる。最初こそドタバタしていた濃い日々も、当たり前になると淡々と過ぎて行く。
もちろん仕事場にメー子がいるのも当たり前になっていて、僕が仕事をする傍らタブレットでレシピを考えたり気になることを検索して過ごしていることが多い。
ただ最近では僕のやっている仕事を覚えきたようで手伝ってくれる。二人でやるので効率がいいのはもちろん、メー子の記憶力がよくて他の仕事で追われて忘れてしまってたことも覚えてくれていたりするのでかなり助かっている。
「この間の試作品のサンプルってまだ届いてないって試験課の人が言ってなかったっけ?」
「おっ、そうだった。完全に忘れてた。ありがと、確認してみる」
「へへへぇ~」
ニコニコと笑顔のメー子が寄り添ってくるので頭を撫でると嬉しそうに目を細める。余った片手で電話しつつ仕事を進めていると、メー子のタブレットから通知音が鳴る。
僕に足をつけたまま手を伸ばしたメー子がタブレットを取ると中を確認して首を軽くひねる。気になるが通話中なので目を動かしメー子を見ると、察してくれたメー子は小さく頷いて口だけを動かし「あとで」と言ってくる。
とりあえず緊急ではなさそうなので相手先とやり取りに集中する。通話を切ると待ってましっとメー子僕の横に引っ付いてきてタブレット画面を見せてくる。
「えーっとね、この間私の似顔絵を描いてくれた人からなんだけど、この人の描いていた絵が勝手に使用されて色んなところに拡散されてしまったんだって。それでサンプルで使用していた私の絵が含まれていたのでご迷惑をおかけしますって」
メー子が要約してくれた言葉を聞きながら僕はメールの文章を目で読む。
「なるほどね、この人は全然悪くないけどわざわざ謝罪してくれるなんて律儀な人だね」
「いい人だね。それにしてもAIに学習させて雑に改変した上で、権利まで主張するなんてとんでもない人もいるんだね」
つい最近までスマホも知らなかったメー子とは思えないセリフ。なんとも現代社会に染まってしまったものだと感心する一方で、幽霊の可能性すら感じてしまう。
擬音をつけるとすれば、間違いなくぷんぷんと怒るメー子が自分の似顔絵の画像を開くと僕にタブレットを渡してくる。
見てほしいということだと察した僕は受け取ると画面のメー子と、目の前にいるメー子を見比べる。何度見てもそっくりだと改めて似顔絵を描いてくれた人の技術の高さに感動してしまう。
「せっかく描いてくれたのに……」
「AIもちゃんと使えば便利なんだけどね。使う人次第では人を悲しませることもあるから気をつけないとね」
「そう、それ! 使う人次第であって道具に罪はないってやつだよね。えっとなんだったっけ……そんなセリフ言うアニメ見たんだけど……」
似顔絵を見て悲しそうにしていたメー子に声をかけたら、今度はアニメのセリフを真剣に考え始める。
「う~ん、分かんないや。思い出したら言うね」
あっけらかんと笑うメー子につられ僕も思わず笑ってしまう。
「前にも言ったけど最初会ったときより明るくなったよね」
「そうかな? あんまり実感ないけど。う~ん、今楽しいからかな? 生きてたときどんな生活していたか分からないけど、今の方が絶対楽しいって言いきれるもん。だって恵人がいるからねっ」
そう言って僕の頬を指で押したメー子は照れ気味に微笑む。
こんなときどんなことを言って、どんなリアクションを取ればいいのか分からない僕にモテ期なんてものは訪れないだろうと確信する。
僕と目が合うとへにゃっと笑う。その笑みに僕の頬も緩んでしまっているのが自分にも分かる。
僕とメー子を包むのは、ほわほわとした空気感とでも表現すればいいだろうか。とにかく今まで経験したことのない空気にちょっぴり酔ってしまう。
ドンドンッ
乱暴に僕の仕事場である個室が外からノックされ現実に引き戻される。
何事かと立ち上がって個室の壁になっている衝立の外へ顔を覗かせると、そこには仲座部長の姿があった。
相変わらずと言って差し支えないであろう不機嫌そうな表情で僕を迎えてくれた仲座部長は、僕と目が合ってなおも衝立をノックする。
「結構前から呼んでいるんだが聞こえなかったかね? きみのことだ、仕事に集中してたなんてことはないだろう?」
ニヤニヤと貼り付くような粘着性の高い笑みで僕を見る仲座部長の目がふと僕の手で止まる。
そこでふと僕がタブレットを持っていることに気づく。メー子と話していたから似顔絵が開いたままだが、今更閉じたところでわざとらしいなと判断し堂々と対峙する。
「それはなんだね」
こういうことに目ざとく気づき、見て見ぬふりなんてしないであろう仲座部長が案の定タブレットを指さして尋ねてくる。
「これは……」
「きみは仕事中に何をしているんだね。そんな絵を見てサボっていたのかね? あぁ? ったくこんな絵……はぁ~そんなんだから結婚もできないんだよ君は。家庭も持てず、子育てもしたことのないつまらない人間になるんだよ。絵なんかに欲情してる暇があるなら仕事をしなさい……返事はないのかね?」
「はい、申しわけありません」
「申しわけありませんだって? そんなの当たり前だろよ。昔ならきみ首だよ。緩い時代になって良かったね」
ネチネチと説教なのかよくわからないことを言い続ける。色々言いたいことはあるが、仕事以外のことをしていたのも事実。ここは黙って耐える。
「はぁ~きみのせいで余計な労力と、貴重な時間を使っちゃったよ」
やがて飽きたのか疲れたのか分からないけど仲座部長が自分の肩を叩きながら僕を見下したような目で見る。
「そうそう、名古屋の工場から部品の発注が来ててね。きみ暇だろやっておいてくれる」
「あ、いえ僕は工程と生産計画で部品の発注は……」
「絵を見てにやける時間があるんだからそれくらいいいだろう。反省も兼ねてそれくらいやってくれてもいいだろう」
手をパタパタとさせ追い払うようなジェスチャーをして取り付く島もないといった感じの仲座部長は僕に背を向けて去って行こうとする。
「おっとっと⁉」
そのときだったいきなり仲座部長がよろけてこけそうになる。なんとかバランスを保って立った仲座部長が僕をキッとにらんでくるので顔を逸らす。
「ふん」
鼻息荒くわざとらしく足音をたて再び去ろうとする仲座部長だったが、今度は派手に転んでうつ伏せに倒れる。
「えっと……大丈夫……ですか?」
僕が声をかけると顔を上げた仲座部長だったが、突然後頭部を揺らして床に顔面をぶつけてしまう。
「えーっと。な、なんて言いますか。大丈夫でしょうか?」
「バカにしてるのかねきみは! ああもういい! 不愉快だ!」
素早く立ち上がった仲座部長が足早に去っていく。
小さくなる背中を見送る僕の横で口を指で伸ばして舌を出しておちょくるメー子の姿があった。
「足をかけてこけさせるのはまだしも、頭を叩くのはやりすぎな気もするけど……」
「だってあいつ嫌いだもん!」
ジト目で見る僕に憤慨するメー子が手をブンブンと振って抗議する。
「でもまあスカッとしたから。よくやった」
「えへへへぇ~」
僕とメー子が拳をぶつけあってグータッチして健闘をたたえる。




