晩御飯を求めて釣りに行く
僕はタブレットの画面をタップしてメールを開くと出てきた文章を目で追う。
「受けてくれそうな人いた?」
僕の背後からやってきたメー子が肩に手をかけてのぞき込んでくる。
「うん、なんとかやってくれそうな人が見つかりそうだよ」
「そうなんだ! よかった」
メー子がホッと胸をなでおろす。
ネット上で似顔絵を描いてくれる人は沢山いるのだが、基本は写真を基にして描くのでメー子のように写真無しで特徴だけで描いてくれる人を探すのに難航してしまった。
「モンタージュって言って証言を基にして描いていたことがあるらしくて、事情を話したら受けてくれそうなんだ」
「事情って?」
「写真が何もないことに疑問を持ってたみたいだったから、火事で生き別れた妹ってことで説明したんだけど。まさか幽霊で僕にしか見えないとは言えないし」
「えぇ~妹かぁ。ふ~ん」
相手には嘘をついているわけだから罪悪感があって、火事ってのもどうかと思いつつも写真がないことの説明する方法がなかったので使ったのだ。メー子はそこよりも全然関係のないところが気になったらしく不満そうな声を出す。
「似顔絵は順調にいきそうだね。それじゃあ明日は行けそう?」
「うん、大丈夫だよ」
僕が頷くとメー子は嬉しそうに笑う。
「でも本当に魚釣りでいいの? もっと食べ歩きとか他のことしてもいいんだよ」
「うん、人混み苦手だし、お店で食べるのは難しいからたまにでいい。それよりも夜ご飯がお魚でいっぱいになるから魚釣りがいい!」
元気に返事をするメー子に僕は苦笑しつつ部屋の壁に立てかけてある釣り竿と発泡スチロールのクーラーボックスに目をやる。初心者セットと銘打って売っていた安い釣り竿は、ザ・初心者の僕とメー子にはピッタリの品だ。
「ねえねえ、釣りってミミズを捕まえて針に刺すんだよね?」
「この辺りだとミミズを探すだけで一日が終わりそうだから餌を買うよ。ほらここにあるカゴに餌を詰めて海に垂らすと魚が釣れるんだ」
「え? 針で釣るんじゃないの? このカゴから針が出てくるの?」
「なんかちょっと見てみたいねそれ。説明するより実際に見た方が早いかも。明日説明しながら一緒にやろうか」
「うん、そうする」
元気よく頷いたメー子を見たとき、僕はあくびが出そうになった口元を押さえる。
「明日早いからもう寝た方がいいよ」
「そうだね。寝るとするよ」
僕は伸びをすると眠るために寝室へ足を向ける。
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
あくびをかみ殺して挨拶をした僕にメー子が手を振って応える。
「あのさ、今更だけどメー子って夜どこで寝てるの? 僕だけベッドで寝てるのは忍びないんだけどさ」
「う、う……ん。気にしないで」
何か歯切れの悪い返事をするメー子に追求しようとする前に僕は背中を押されて強引に寝室へと押し込まれる。
「じゃあごゆっくり~。朝は起こすからバッチリ寝てて」
わざとらしいくらいの笑顔で手を振って寝室から去って行ったメー子に怪しさを感じながら、今にも睡魔に負けそうな僕はベッドで横になる。
時計を見るとまだ九時半くらいで、いつもなら寝る時間ではないが思っていたよりも仕事で疲れていたらしく、目をつぶった僕はあっさりと眠りについてしまう。
「……」
最近よく夢を見る。何かは分からないが優しく微笑んだそれは僕の顔に触れる。くすぐったくって体をよじるとそれは近づいてきて僕の頬に触れる。
しばらく触れたまま動かなくなり、ふっと離れると少し離れた場所から見つめている。視線を感じ、気になりながら夢の中で僕は眠りにつき正体は分からずに朝を迎える。
そんな不思議な夢。
「恵人起きて」
夢とは違い現実よりの感触が僕の頬をぺちぺちと叩かれ体が揺らされる。最近では聞き慣れた声に起こされた僕がゆっくり目を開けるとメー子が嬉しそうに微笑む。
「暗いね……」
「まだ三時半だから」
目をこすりながら周囲の暗さに驚く僕はメー子に言われ時計に目をやる。
「起こしてくれてありがとう。準備するから待ってて」
「うん、朝ごはんは現地で食べるんだよね」
「そうだね、ハンバーガーでも食べようか。調べたらお店があったから。朝なら人も少ないだろうから食べやすはずだよ」
「やった! 朝バーガー好き!」
ぴょんぴょんと跳ねて体全体で喜びを表すメー子を見ていると僕まで嬉しくなってしまう。すぐさま準備を終えた僕はメー子を連れてアパートを出ると駅まで歩いて始発の電車に乗り込む。
「この時間は人がいないから快適だ~」
ガランとした車内をくるくる回りながらメー子にはらはらしなくてもいいけど、小声で呼ぶと僕の隣に飛び込んで座る。
「ねえねえ、何釣る? サメとか釣れたらどうしようか?」
想像して可笑しかったのかメー子がくすくすと笑う。
「そうだね釣れたらどうしようか」
「私は食べられないから大丈夫。恵人は食べられるかも」
メー子が再び想像してくすくす笑いだす。楽しそうな姿に久しぶりにわくわくする休日を過ごしているなと実感できる。
電車を降りると予定通りにハンバーガーショップに入り、ハッシュドポテトとハンバーガーをほおばるメー子と一緒に朝ごはんを食べ終えると海のある公園へと向かう。
「ここで餌も買えるし色んな道具を借りることもできるんだよ」
「へぇ~すご~い」
公園に入った先にある防波堤の入り口にある売店を指さして説明するとメー子が感心した声を上げる。
餌を買い終えて海を前にしてメー子が大きく両手を広げて海に負けないくらいの大きな声を上げる。
「うわぁああ~海おっきいぃ~」
くるっと振り返ったメー子が目をキラキラさせて僕のところに戻って来て早く行こうと急かしてくる。
「初めて見たような反応だけど、あまり海に馴染みがなかったのかな?」
「どうなんだろう? 全然知らないわけじゃないけど、なんか久しぶりぃ~って気がした」
「なるほどね。久しぶりなら楽しまなきゃね」
「うん、もう楽しんでる! だから行こう!」
いつになくテンション高いメー子が僕を引っ張って急かす。道具を広げて準備をする僕の手元をメー子が興味深気にのぞき込んでくる。
「うねうねしたムカデみたいなの買わなくてよかったの?」
「あれは僕の装備だと無理なんだよ。初心者には安心のサビキ釣りってやつをするべきだって調べたら書いてた」
「ふ~ん、本当にこれで釣れるの?」
餌が詰まったカゴの上にある餌のない複数の釣り針を見てメー子は疑いの目を向けるが、僕は自信満々に海の中へとカゴと針を沈める。
じゅわっと餌の汁がにじんで海面の色が変わる。柵から海面をのぞき込んで海面に負けないくらい目をキラキラさせていたメー子だったが、ジト目で僕を見てくる。
「釣れないよ」
「まあまあ、釣りとは精神の修行。あわてず、急がずだって」
「え~パパって釣りたい! 食べたい!」
「食べたいって気が早すぎ。まだ始まったばかり餌を詰め替えるから」
僕は海からカゴを上げると空になったカゴに餌を詰めて再び海へ沈める。
「う~ん……」
沈んだカゴを見送ったメー子はしばらく唸っていたが、手をポンと叩くと僕の方を見てくる。
「ちょっと海の中に入って見てくる」
「え? 入るって?」
慌てる僕に手を振って海へとメー子が飛び込む。ヒヤッとするが、水しぶきどころか波紋一つできない様子を見てメー子が幽霊だったことを思い出す。
「最近馴染み過ぎて忘れてた……」
海面を見て自分の適応能力に驚きあきれてしまう。
「それにしても遅くないか……」
メー子が飛び込んですぐは何とも思わなかったが二十分ほど経つと不安が芽生え大きくなってくる。そういえば水のあるとこには幽霊が多いと聞いたことがある。それが本当なら海の中に幽霊がいてメー子が捕まって……。
そんなことを考えると不安な気持ちが段々と大きくなってしまう。助けに行った方がいいのだろうか? でもどうやって? と僕なりに必死に考える。
「ねえねえ、ここ小さい魚しかいないよ。あっちには沢山いるよ」
「うわっ⁉」
頭を抱えて最善策を合考えていた僕の目の前に海から顔だけ出したメー子が話かけてきて驚いた僕は後ろにひっくり返りそうになる。
「もーそんなに驚かなくてもいいのに。傷つくぅ~」
「いや、なかなか上がってこないから、そのなんていうか、海の中で別の幽霊に遭遇してトラブルになってとか考えてたから」
頬を膨らませて怒るメー子に僕が謝ると、メー子は頭をかいて恥ずかしそうにする。
「海の中が綺麗だったからつい探検しちゃった。心配かけてごめん」
海から飛び出して僕の隣に着地したメー子が腕にしがみつく。
「てへへへぇ~心配してくれるんだぁ」
嬉しそうに笑ったメー子が僕の腕を引っ張る。
「あっち行こう。魚が沢山いたよ」
メー子の案内で釣り場を移動した僕がカゴを垂らすとすぐに釣り竿が上下に激しく跳ねて先端が折れ曲がり海面へと引っ張られる。
慌ててリールを巻いて上げると釣り針には三匹の魚が引っ掛かっていた。
「釣れた! すご~い! 跳ねてる跳ねてる!」
手を叩いて喜ぶメー子が不器用に釣り針から魚を外す僕の手先を見つめている。
「触ってみる?」
「うん」
メー子が僕左腕に寄りかかって引っ付くと僕から魚を受け取る。
「うわわわっ! ひえっ!」
少しぬるっとする魚が跳ねて落としそうになるのを必死に耐えている。世にも珍しい幽霊に掴まれる魚は必死にもがくわけだが、メー子に押さえつけられクーラーボックスの中へと入れられる。
「ふっふっふっふ、私に食べられるがいい」
悪役みたいな笑い方をするメー子が何に影響されたんだと思いながら餌を詰めたカゴを海に沈める。
「うわっすぐ釣れる」
すぐに反応があって驚く僕の肩をメー子が叩く。
「私の力があれば魚を釣るのなんて簡単!」
振り返った僕の視線の先にはドヤ顔のメー子がいるわけだが、これから間違いなく釣果をもたらしてくれるであろう功績を考えれば正当なドヤ顔だと認めざるを得ない。
幽霊の力を使って釣るという新たな漁で僕は釣果を伸ばしていくのである。




