非日常が日常へと溶けていく
幽霊との共同生活。なんて非現実的な響きだろうって自分でも思う。
人生において幽霊との遭遇事態滅多にあることではないはずだ。まして同居となればかなりレアケースだと思う。まあメー子の言葉を信じれば憑りつかれていないので同居であっているはずだ。
幽霊はこの世に未練があって、未練を晴らすか成仏することが目的かと思っていたがメー子はそんなことは全くないみたいだ。
「メー子は記憶とかないと不安じゃない?」
「ううん、べつに。恵人と話すのに困らないから」
記憶がないこと、まして自分の名前が分からないことは不安じゃないかと尋ねればあっけらかんとした顔で答えてくる。
無理意地もできないので目下の課題である食費などの生活費をやりくりすることに集中する。
幽霊なのに食費がかかるのは大きな問題だが、その他の費用がかからないのでやりくりはしやすい方かもしれないが、この幽霊かなりの大食いで三食にデザート、三時のおやつ、夜食を求めてくる。食費を考えずに生活したら破綻は免れない状況だったかもしれないが、幸運なことにメー子も食費削減に協力してくれるから助かっている。
「ねえねえ恵人、魚の三枚おろしってできる?」
僕に寄りかかってタブレットを見ていたメー子が僕にタブレットの画面を向け、魚のさばきかたを説明する動画を見せてくる。
「魚釣って自分でさばいたら節約になんないかな?」
「いやどうだろ。釣り道具を揃える金額と、絶対に釣れるって保証がないのはきつくないかな。それと僕は三枚おろしできないよ」
「えぇ~残念。でも魚釣りしてみたいなぁ」
メー子の発言に僕は考える。釣りなんてしたのはいつ以来だろうか? 父親と車に乗って海で釣りしたのは中学生のころだったか……。
「さばくのは無理でも魚料理を取り入れたら食事の幅がもっと広がりそうな気がするんだけどなぁ~」
考えごとをする僕の隣でメー子が呟く。じゅるりと舌を舐めるメー子の視線の先には、鮎やサンマの塩焼きから魚のムニエルなどの映像が並んでいる。
「おいしそう……」
再びじゅるりとヨダレを拭くメー子を見て僕はふと最近気なっていたことを口にする。
「最近思ったけどメー子って前よりも明るく喋るようになった? いや前から元気に喋ってはいたけど、こうなんていうか感情がこもっている感じ……伝わる?」
僕に言われて上を向いて考え始めたメー子だがすぐに首をかしげる。
「そうかな? よく分かんないけど恵人が言うならそうなのかも」
別段気にする様子もないメー子はタブレットの画面に目をやると操作し始める。色々な食べ物を見てはごきげんな様子で体を揺らしたり、鼻歌を歌って楽しそうにしている。
僕と出会うまで柵の向こうで果てしない時間を過ごしていたんだから思考をある程度鈍らせないと耐えられなかったのだろうと推測できる。
その考えでいけば今のメー子の傾向はいい方向へと向かっているのではないかと思う。
慣れた様子でタブレットを操作するメー子に幽霊も成長するんだと感動を覚えつつふとカレンダーを見る。既に夏の足音が聞こえ始めた6月末。しとしと降る梅雨はもう少しで終わりを迎え暑い夏が来る。
夏になったら何をしようか……。
僕はしばし考えを巡らせてふと我に返る。
行動の基準がメー子と、どこへ行くかになっていることに気づき思わず笑いそうになる。出会って数か月、二人で節約と称して料理をしたりたまには外食をしたこともある。回転ずしで注文して流れて来た皿をメー子が取ってしまいそれを別の席の子供に見られ再びマジックを披露したり、隠れて食べるためにファミレスで席の横に皿を置くところを店員に見られ嫌そうな顔をされたり……。
仕切りのあるラーメン屋さんで、二人でぎゅうぎゅうになって立ち食いでラーメンを食べたりとなかなかに思い出深い。
「あぁ~恵人ニヤニヤしてる。思い出し笑いだぁ~、思い出し笑いする人っていやらしいんだってぇ」
僕の頬をメー子が突っついてくる。
「いやらしいって言葉なんか久々に聞いた気がする」
「ぶぅ~私の年齢を考えるの禁止ぃ!」
僕の頭にふと過った「最近使う人いなくない?」って考えを見透かしたのか、両頬を膨らませて怒るメー子が僕の頬を連続で突っついてくる。
「あいたたたたっ! ごめんってば。そんな意図はないんだって」
「ホントにぃ? 恵人顔に出るからすぐ分かるよ」
メー子に指摘され反射的に僕は自分の顔を触って確認する。確認したところで何か分かるわけではないのだが……。
「そういうメー子だって感情丸わかりだと思うけど」
ジト目で言い返す僕だがメー子は焦るどころか胸を張る。
「ふふ~ん、私は裏表のない素直な子ですからぁ~」
そう言いながらドヤ顔のメー子が指で僕の頬をぐりぐりと押してくる。残念ながら僕の攻撃は不発に終わってしまったようである。
メー子に頬をぐりぐりされて攻撃され、なすがままの僕とメー子の戯れるなかタブレットから音声が流れる。
なんてことのない音声付の広告は有名なビールを紹介し、そのまま映画の紹介を始める。
宇宙人に襲われる美女が生きるために戦う物語は、多くの犠牲と激しい戦闘で彩られる。そしてなぜ今シャワーを浴びる必要ある? と疑問に思うちょっと際どいシーン……。
いきなり視界が真っ暗になる、というか目元にばちーんと軽く衝撃が加えられる。
「見たらダメ!」
ムッとした顔で僕をにらむメー子がタブレットの画面を消すと僕にグッと近づいてくる。
「恵人今じっと見てた。こういう人がいいんだ」
「え? そんなに見てた?」
「むぅ~見てた」
メー子が不満満開といった瞳を向け視線で僕を攻撃してくる。
「そんなつもりはないんだけど、ただどんな映画か気になった……いや、うん不快にさせてごめん」
僕が説明している間にぶぅ~っとさらに頬を膨らませるメー子を見て、これ以上何を言っても事態は悪くなりそうだったので謝ることにする。怒っていたメー子だけどすぐに瞳が揺れ悲しそうな顔で下を向く。
「ううん、ごめんなさい。恵人はさっきみたいな美人さんが好き?」
「あ? え?」
突然の質問に戸惑う僕にメー子が悲しそうな顔をする。
「ねえ、私ってどっちかといえばどっち?」
「え? どっちかといえばってどっち?」
質問のどっちがどっちを向いているか分からず変な返し方をしてしまう僕をチラッと見たメー子が頬を赤らめると下を向く。
「だから、私が可愛いか美人かって……あぁうん、変なら変だって言っていいから」
「あ、ああなるほど。それは……」
メー子を見ながらなんと言うべきか試行している僕をメー子がチラチラ見てくる。期待と不安の混ざった視線を受けながら答えは決まっているのに、言い慣れていないゆえに口ごもってしまう。
そうこうしているとメー子が、しょんぼりと肩を落とし小さくなっていくのが分かったので慌てて喉元にあった言葉を吐き出す。
「かっ可愛い……可愛いと思います」
「ほんと?」
顔を上げてチラッと見てくるメー子の表情は先ほどと違って明るく喜びに満ちているように感じる。
「ね? どこが可愛い? 目はどう? 鼻はどんな感じ?」
「か、可愛いよ」
「じゃあ口は?」
僕の腕を掴んで振るメー子の質問攻めにタジタジになってしまう。こんなとき気の利いたセリフを言えればいいのだろうが、あいにく僕には可愛いを連呼するしか方法がない。
困り果てる僕を見て再び不服そうな表情をしたメー子が自分の顔を触る。
「う~ん、自分がどんな顔か分からないから困るうぅっ~」
ペタペタと自分の顔に触れるメー子を見て僕はハッとする。メー子は鏡に映らないし、写真にも写らないから自分の顔を知らないのだと気づく。
メー子が不安を感じていたのだろうと思うと、自分の想像力のなさに歯がゆさを感じてしまう。
「そうだ! いいこと思いついた!」
手をパンと叩くメー子が目をキラキラさせて僕を見てくるが、こういうときのメー子の案は大抵いいことではない。
ついさっきまで気遣いのできない自分の不甲斐なさを嘆いていたが、今はメー子が何を言い出すのか不安でいっぱいだったりする。




