おじさんには距離感に悩む
午前中の仕事を終えた僕はお弁当が入った保冷バッグを鞄から二つ取り出す。お弁当を作る、これが僕たちの節約術第二段である。
保冷バッグから取り出したのは四角いシンプルな弁当箱と可愛い犬のイラストが描かれた角の丸い正方形の弁当箱。
待ちきれないといった様子で僕が弁当箱を広げるのを待つメー子に、もしも尻尾があればちぎれんばかりに振っているんだろうなと想像してしまい笑いをこらえながら準備をする。
「初めてにしては素晴らしい」
自画自賛しながら可愛らしい犬のイラストが描かれた箸箱からこれまた可愛い箸を取り出したメー子がお弁当箱の中を見て身をよじる。
「これ私が作った! すごくない?」
「うん、すごい」
メー子が箸で摘まんだ玉子焼きを僕の目の前で振ってアピールする。ちょっと崩れていて焦げ目もあるが、一生懸命に作ったことを知っている僕は素直に褒める。
「へへぇ~、そこまで言うなら仕方ない。この玉子焼きを一番に食べる権利を恵人にあげよう」
そう言ってメー子が僕の口に玉子焼きを押し付けてくる。食べろということなのだろうが、食べさせてもらった経験なんてない僕は戸惑ってしまう。そうしている間にもぐりぐりと押し付けられるので口を開けたら玉子焼きが乱暴にねじ込まれる。
もう少し優しくしてほしい、なんて思っている間に僕は口の中に入った玉子焼きを食べる。
「おいしい?」
「うん、おいしいよ」
「よかった」
はじけそうな笑顔を見せるメー子にドキッとしてしまうが、その反応が正しいのか分からない僕は悟られないように冷静を装う。
自分が誰か分からないまま長い時間を屋上で過ごしてきたメー子は、偶然僕と出会って、どうしてかは分からないけど僕と話せるようになった。僕に触れていなければ触ることも食べることもできないから、僕に頼るしかないからこんな風に距離が近くなっているだけ。好意を抱いているなんて勘違いも甚だしく、まして相手は幽霊でありそのような関係になりえないのである……
「⁉」
ぐるぐると色々考えていた僕の目の前にメー子の顔があって僕は驚いて体をビクッと震わせてしまう。
「恵人、調子悪い?」
「い、いや大丈夫。玉子焼き作るとき苦労したなぁって感傷にふけってたんだ」
心配そうな顔で僕を見るメー子に、あなたとの距離感を考えていましたなんて言えるわけもなく僕は引きつった笑みを浮かべ否定する。
それでもメー子は安心したらしく表情を笑顔へと変えてくれる。
「うん、一回目はうまく巻けなくてフライパン型の丸い玉子焼ができた」
メー子が両手で円を作って語りながら僕の弁当箱に入っているカットされて四角になった玉子焼きを見る。フライパンに流し込んだはいいが巻けずに上から溶いた卵を重ねて焼いたものだが、カットしてそれなりの形に整えたメー子の初玉子焼きである。
フライパンに広がった卵をめくろうとして端っこだけがめくれてしまい、それでも強引に巻こうとして破れてしまい「どうしよう! どうしたらいい?」と慌てふためくメー子を助けるため、別の卵を割って急いで上からかけて補修しながらと悪戦苦闘しながら作ったことを思い出してつい頬が緩んでしまう。
「ねえねえ」
思い出し笑いをする僕の腕をメー子が突っついてくる。何だろうとメー子の方を見ると身を縮めもじもじさせながら、ほんのり桜色に頬を染めた顔で僕を見つめてくる。
再び大きく心臓が跳ねてドキドキと速くなる鼓動を悟られまいと必死な僕にメー子が目をつぶって口を小さく開ける。
「玉子焼き食べたい」
片目だけ開けて呟くと再び両目をつぶって口を開ける姿を見てメー子が何を求めているかは理解できるが、行動に移すことをためらってしまう。
それでも恥ずかしそうに体を揺らして口を開けて待ち続けるメー子をそのままにしておく方が悪いので、僕は玉子焼きを箸で摘まむとそっとメー子の口へと運ぶ。
他人の口へと入れた経験なんてない僕が震える手で運んだ玉子焼きがメー子の唇に触れると、メー子が小さくビクッと反応するがすぐに口を大きく開けて自ら玉子焼きにかぶりつく。
箸を通して伝わるメー子の唇の感触にドキドキしながら箸から玉子焼きを取ったメー子が、頬を手で押さえながらもぐもぐと口を動かす。食べ終えると両目をそっと開けて僕を見る。
「おいしい」
「う、うん」
満面の笑みを見せるメー子に僕はどもった返事をしてしまう。
実年齢は分からないが見た目では十代後半のメー子に対し、三十前半のおじさんがドキドキするのは犯罪だろうと激しく動く心臓に静まれと言い聞かせる。何度も言うが相手は幽霊である。忘れそうになるけどそれが事実であり、現実的な問題……。
「ねえ、恵人は好きな人っている?」
悶々とたくさんのことが渦巻く僕の頭に強烈な一撃が投げられる。
「え? ど、どういうこと?」
「どういうことってそのまま。なんとなく気になった」
突然の質問に戸惑う僕を見てメー子が少し不安気に揺れる瞳に僕を映す。
「会社の同僚、実家に離れた恋人がいるとか。忘れられない元彼女がいるなんてことある?」
「今更な質問な気がするけど。一か月くらい一緒にいたら僕にそんな人がいないことくらい分かる気がするけどなぁ」
「だと思った」
ニシシといたずらっぽく笑うメー子に僕は苦笑する。
「なんでまた急にそんなこと聞くの?」
「べつにー。ちょっと気になっただけ」
少し嬉しそうに笑うメー子の本心は分からないが、好意を持ってくれているのか? と変に期待してしまういつつもどう反応していいか分からず戸惑う僕を見てメー子が笑う。
「早く食べよ。昼休みが終わってしまうよ」
「あ、うん、そうだね」
メー子に急かされ僕は未だ胸に残っている戸惑いと共にご飯をよく噛んでそしゃして飲み込む。




