思わぬ形で願いは叶う
青ざめた顔で僕にしがみついたメー子は濡れた髪からお湯を滴らせながら助けを求めるような目で見てくる。
「お化けって……きみが幽霊だよね」
「ちっ、違う。見えたの。確かにいた」
真剣な表情で語るメー子に幽霊だからこそ見えるものなのかもしれないと信じる一方で、抱き着かれているという現状に恥ずかしさがふつふつと湧いてくる。
「と、とにかく。確認したいから一旦離れようか」
冷静を装い話しかけるがメー子はキョトンとした表情で首を横に振る。
「やだ。こわい」
確然たる否定をしてくるメー子に思わず言葉を飲み込んでしまうが、今の状況はよろしくないので僕も毅然とした態度を取る。
「いい、落ち着いて。ひとまずここから出たいから、まずはきみが先に出てくれるかな?」
「やだ。一人になったらこわい。お化け出てくる」
「そんなこと言われてもねえ……」
他のお化けもきみに言われたくないだろうよと思いながら、冷静に僕は違う方向からアプローチを試みる。
「今、きみは服のまま風呂に入ってずぶ濡れなわけだ」
「お? おぉ~っ!?」
僕に言われて初めて気づいたらしく濡れている自分の服を見て感激の声をあげる。お化けの話から逸れたところで僕は次の言葉を矢次に放つ。
「さっき言っていた僕に触れたまま風呂に入ったらどうなるかが偶然にも分かったわけだ。それで次に気になることと言えば━━」
「服を脱ぐ!」
「違う!」
メー子の発言に自分でも驚くくらいにキレのいいツッコミを入れてしまう。
「えーお風呂では服を脱ぐのは常識」
「そ、それはそうだけど、きみはゆう……特別な状況なわけだからちょっと違うと思う。それよりもこのまま僕から離れたら濡れた水がどうなるのかってのが気にならないかな?」
幽霊だからそんな常識当てはまらないなんて言うと機嫌が悪くなりそうだったので、言葉を濁しつつの提案。これに感銘されたのかメー子は勢いよく立ち上がり僕を見下ろす。
あんまり見ないでほしいなと思いながら体を縮めた僕が頷くと、メー子も大きく頷いて浴槽から軽やかに飛び出る。
その瞬間だった、メー子を濡らしていたお湯は髪や体を貫通して、ばしゃっと風呂の床に落ちてしまう。先ほどまで濡れていた髪も服も元にもどっていることに感激の声をあげるメー子が僕をキラキラした瞳で見つめてくる。
感動であふれているのだろう、体を小刻みに震わせるメー子が何度も頷くので僕も笑顔で頷き応える。正直僕もこんな結果になるとは思っていなかったので、ちょっと感動してしまってサムズアップして、メー子にグッドまで送ってしまう。
二人の感動は共通でありわずかだが分かり合えたような気がしたのも一瞬、まばたきをしたときにはメー子が宙に浮き浴槽に飛び込んできていた。
飛び込んでも水が跳ねないのはメー子が僕に触れないと水と干渉できないから、なんんて細かいことよりも浴槽に浸かってお湯をすくい僕にかけてじゃれてくることが一大事である。
「ちょっと、ちょい。やめてっ!」
「やだ! ほらっ恵人! 私、水鉄砲できるんだ」
指を組んで掌に溜めたお湯を噴射して僕の顔にかけてきゃきゃ騒ぐメー子が次は洗面器に溜めて流し、それから僕を洗うとか言い出すのを必死に勘弁してもらうという騒がしくなるのは予想に難しくないものである。
***
お風呂に入ってリラックスどころではなく、疲れ果てた僕は条件を付けて先にメー子に風呂から出てもらいなんとか体を拭き終え服を着ていく。
「ねーまだぁ?」
「うわっ⁉ 勝手に覗かない! びっくりするからダメ!」
「はーい」
先に下を履いてて良かったと思いながら、壁をすり抜けてくる相手と一緒にいるというのはなんとも難しいものだと思いながら服を着終えた僕はドアを開けてメー子を呼ぶ。
意気揚々と脱衣所に入ってきたメー子と二人で洗面台の前に並ぶ。
「えっと、こうかな。ちょっと待ってて」
二人で右や左、前後に並んでみたりして位置を確認しつつ、風呂場からシャンプーとリンスを持ってきた僕はメー子の手を握って用意したパイプ椅子に座らせる。
「う~ん、両手じゃないと難しいか。後ろに手を伸ばしてどこか触れられる?」
メー子の右肩に僕が手を置いたまま、メー子は左手を動かし僕を掴む。掴むといっても服ではなく僕自身に触れると表現した方が正しいだろう。そうして僕の左足の膝辺りに触れたメー子が洗面台に頭を倒すと僕は頭にお湯をかけシャンプーをつける。
「あんまりいい匂いのするやつじゃないし、なんならスースーするかも」
「うん、なんかすーすーする。でも大丈夫」
そんな会話を交わしながら僕はメー子の頭をシャンプーで洗い流し終えると続けてリンスをつける。長い髪に使う量に驚きながら僕はリンスをなじませていく。
「人にやってもらうとくすぐったいけど気持ちいい」
「そう? ならよかった」
風呂に入り続けようとするメー子を出して大人しく待たせるために納得させた条件が髪を洗うというもの。僕が肩でも持ってメー子自身で洗えばいいのだろうが、僕が洗うのが条件だったのでこのような状況になっているのだ。
正直女性の髪を洗ったことなんかないので髪が引っ掛かるたびにビクビクしながらやっているのだが、メー子から苦情はでないので僕なりに一生懸命にやる。
リンスを洗い流したあとタオルで丁寧に拭く。頭を揺らして気持ちよさそうにするメー子の頭にドライヤーを当てると嬉しいのか風の音に紛れ鼻歌を歌い始める。
「ごきげんそうだけど、熱くない?」
「うん、熱くない。すごく久しぶりにこの感覚を感じて感動中」
ドライヤーの熱風を感じて嬉しそうに言ったメー子のセリフに僕は固まる。僕にとっては何気ないドライヤーの熱もメー子にとっては生前以来の感覚らしく、なんと声をかけていいのか分からず言葉に詰まってしまう。
「うーん」
僕が悩んでいるとメー子が唸り始めたので、気になって顔を覗くと鏡を見つめていた。
「せっかく乾かしてもらってるのに、鏡に映らない……不満」
「あ、うん……それは幽霊だからどうしようもないのかも。でも━━」
「そうだ! お化け! お化けが見えたの忘れてた!」
頬を膨らませて不満をあらわにするメー子に僕は慰めの言葉をかけようとしたけど、それを遮って勢いよく立ち上がる。そのすさまじい勢いのメー子の頭が僕の顎にヒットしてしまい、痛みで僕は顎を押さえてしゃがみ込む。
「ぐっうう……いたた……忘れてたんだ……」
「うん、思い出した! 恵人、早く来て!」
涙目の僕の手をメー子が引っ張り、髪を乾かすのもほどほどに連れて行かれてしまう。




