一人の時間は大切
ご飯を食べ終え片付けまで終わった僕は湯沸かしのボタンを押して浴槽にお湯を張る。
「ねえねえ私もお風呂入りたい」
メー子がとんでもないことを提案してくる。普通の人間であれば至極真っ当な提案なのだが、幽霊においては真っ当ではない。
「ダメ」
「えーっ、服脱がないからお湯に浸かれるか試したい」
「そういう問題じゃないの」
「そういうってどういうこと?」
メー子は引き下がらないどころか詰め寄ってくるので僕は返答に困り言葉に詰まってしまう。
「いや、きみは脱がなくても僕は脱ぐわけで……」
「あぁ~なるほど。恵人が恥ずかしいわけだ。大丈夫見ないように後ろ向いておくから」
「そ、そういう問題じゃないから」
「もー、恵人はそういう問題しか言わない。チャレンジ精神忘れたらダメ!」
めっ! となぜか怒られてしまう。いやそもそも今やろうとしていることは、チャレンジ精神ではなくただの興味本位だろうと呆れた僕はぐいぐい来るメー子を手で押さえる。
「はいはい、あっちに行こうか」
生きてきてまさか幽霊にチャレンジ精神を説かれるとは想像もしなかった。そんなことを思いながらメー子を押してソファーまで連れて行く。
「とにかくダメなものはダメ。テレビつけとくから座って見てて」
僕はテレビをつけると適当にチャンネルを変える。メー子の趣向は分からないが、可愛い動物の映像スペシャルなものをやっていたのでそれにする。
「これでも見て。僕はお風呂に入ってくるから大人しくね」
「恵人がいないと座れない」
「じゃあ立って見てて」
頬を膨らませぶーぶーと文句を言うメー子を強引にテレビの方に向け僕は脱衣所へと向かう。そのまま支度を終え風呂に入ると体を洗って湯船に浸かる。
メー子と会ってからはシャワーで済ましていたので、初めての湯舟になる。こうしてゆっくりとする時間がないくらい濃く慌ただしい三日間だったなとぼんやりと考える。
━━まずメー子は幽霊であると結論付ける。これはメー子が宇宙人や他の存在であること、もしくは何らかの原因で僕が幻覚を見ているだけという説を考えると話が先に進まないからである。
彼女には意思があり考え判断することができる。だが彼女自身の情報はおろか本当の名前すら分からない。ゆえになぜあのビルの端にいたのかも分からない。
ここからは僕の見解だがメー子の服装が秋っぽいこと、靴を履いておらず靴下であること、そしてビルの端に存在していたこと。これらを合わせるとビルから飛び降り命を絶ったが、なんらかの未練がありあそこに幽霊として残ってしまった……。
「う~ん、真面目に考えていると頭痛くなるな」
お湯をすくって顔を洗った僕は浴槽の端に頭を置いて上を向く。
「そもそもなんで僕にメー子が見えて触れるんだ?」
疑問を口にすると再び思考の中に意識を沈め集中する。
━━幽霊が見える、そもそも僕はそんな霊感体質ではない。昔おばあちゃんが幽霊を見たことがあるなんて話を聞いたことはあるが、それを信じたとしても別に霊的体質というわけでもあるまい。
今まで見たこともないのにメー子で突然覚醒したということだろうか?
そういえば……
ふと前に感じたメー子が僕に対してやけに距離が近い気がするなと思ったことを思い出す。僕に触れているときしか他のものに触れられない、食べられないから自然と距離が近くなるのは仕方ないとしてそれを嫌がる様子は全くない。
……たぶん。
異性と過ごした経験が皆無に近い僕の勘違いでなければだがと前置きした上で思考を進める。
実年齢は分からないが見た目は高校生くらいだから、異性のまして知らないおじさんに身を寄せるのは嫌だと思う。そんなそぶりを見せるどころか微妙に距離を詰めてくる、そんな気さえしてしまう。
あぁ……冷静に考えてみると疑問がふつふつと湧いてくる。
なんかやけに僕に対して親しくないか?
距離が近いというのは物理的な意味でもそうだが、メー子は僕のことを恵人と名前で呼ぶ。自己紹介をしてすぐ? 次の日だったか? なぜか名前呼びになっていたような……。
そういえば……
何回目かの「そういえば」を挟んで僕はあることを思い出す。
電車に乗るときたしか「うわっ、恵人がそんな鬼畜だとは思わなかった。誰にでも優しくて、自分が傷ついても立ち上がれる強い人でしょ」なんてことを言われた。これ日記を読まれたから僕のことを知った風に言ったのかと思ってたけど、よくよく考えたらメー子は日記帳に触れられない。
顔を突っ込んで中身を読んだなんてことも考えられるが難しい感じがする。
と考えると……メー子は前から僕のことを知っていた?
ある疑問が頭をよぎった僕は浴槽の淵から頭を起こし、顎に手を置いてさらに深く考える……。
そのときだった聞いたことのない音が耳に響く。
それはバンッと空気が震えるような音、ドアや周囲の物が揺れていないから実際にはい揺れていないのだろうが僕には感じた何かが動く感触。
突然壁を突き抜けて飛び込んできたメー子が僕に抱き着く。
全く意味の分からない状況が降りかかって来て先ほどまでの思考が吹き飛ぶ。
湯舟に飛び込んだとたん水しぶきを上げてしがみつくメー子に僕はパニックになり危うく湯舟で溺れそうになる。
「け、恵人! お化け! お化けが見えた!」
「はい?」
幽霊がお化けを見たと言うメー子の言葉にパニックだった僕はスンと冷静になってしまう。




