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腹ペコ幽霊と冴えない僕は1DKで麺をすする  作者: 功野 涼し
ふわふわ浮くきみの手を僕が握るのが日常になるまでの日々

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幽霊さんは探求心旺盛

 カラカラとご機嫌に音を鳴らしながら前に進む自転車の荷台に横向きに座って、僕にしがみつくメー子もご機嫌そうに鼻歌を歌っている。


 かつて道具を運んでいた道具箱は古い荷台と共に取り外され、代わりに新しい荷台が取り付けられる。新しいといっても中古のパーツであり本体よりはという意味である。


 前にカゴがついているのに、荷台に何か載せるのかと聞かれ「載せる予定があります」と答える僕を不思議そうにしながらも、おじいさんが手際よく付けてくれた。


 最初から乗せるつもりだったメー子を荷台に座らせると、座り心地が気に入ったのか足をパタパタと動かしご満悦そうにしていた。

 本来二人乗りは法律で禁止されているがメー子は幽霊で誰にも見えないから問題ないはずだ。


 日が傾いた町並みにタイヤと共に回る発電式のライトのローラーが出す独特な音を響かせ前を照らして走る。


 古くさいと言えばマイナスな感じで聞こえるが、レトロと言えばなんだかお洒落に聞こえるから言葉って不思議なものだ。そんなことをふと思いながらレトロな自転車を漕ぐ僕は後ろにいるメー子に話しかける。


「乗り心地はどう?」


「ばっちり」


 顔を見なくてもメー子がご満悦なのが声から伝わってくる。いつもより帰りも遅いし今日の晩御飯何にしようかと考えていたとき僕の背中をメー子が軽くたたいてくる。


「恵人、お腹空いた」


 ナイスタイミングでメー子がお腹空いたアピールをしてくる。


「今日は遅いし出来合いのもので済ましたいからコンビニに行こうかなと思ってるけどいい?」


「おぉ~コンビニ! たぶんかなり久しぶりな気がする」


 メー子がどれくらいの時代を生きていたかは分からないが、コンビニは知ってるようだからそんなに昔の人ではないのかもしれない。()()()()の言葉が気になった僕はそんなことを思いながら返事をして、アパート近くにある馴染みのコンビニへ向かってペダルをこぐ。


 コンビニに到着したとたんメー子が興奮気味に店内を駆けまわる。


「うわ~食べ物がいっぱい! これ何? 冷凍食品が売ってる! えぇっ! 冷凍イチゴ⁉ みかんもある。スムージー? ほわっ⁉ カップラーメンはこんなに種類が⁉」


 メー子が感動を大きな声で叫びながら駆け回っているが、店内で僕にしか見えて聞こえていないので周囲に迷惑がかからないのが救いだ。


「ねえねえ恵人。有名店のラーメン食べたい! あとあと、小さいカップに入ってるおかずでしょ! サラダも食べたい!」


「そ、そんなに食べるの? まあいいか」


 興奮気味に僕を引っ張るメー子が選んでいくものを次々に手に取るが、持ちきれなくて人生で初めてコンビニでかごを使う羽目になる。

 思ったよりも金額がいきそうだったので自分の分をセーブしたつもりだったがレジで「3,238円です」と告げられた金額があまりに高くて固まってしまう。


 コンビニって高い……でも便利で美味しいんだよなぁ。なんてことを思いながらスマホで決済を終えた僕は自転車のカゴにぱんぱんに膨れた袋を入れ自転車に乗る。メー子が座ったのを確認してアパートへと帰ってくる。


 日頃仕事を終えたら真っすぐアパートへ帰るのでこんな時間に帰ったのは久しぶりでなんだか新鮮だ。荷物を片付け部屋着に着替えた僕はコンビで買ったラーメンにお湯を注ぐ。その間に温めた方がおいしいとオススメしてくるおにぎりをレンジに入れ、サラダを皿に移して二人分にわける。


 光るレンジに顔を突っ込んでのぞき込むメー子を見て、なんて非日常的な光景なんだと思いながら準備を進める。


 それにしてもメー子と出会ってたった三日だがこの馴染み具合はなんなのだろうか? 僕の適用能力が高いのか、メー子の人(?)柄がそうさせるのか……。どっちも違う気がするが、今は目の前にあるご飯に集中することにする。


「一杯600円越えのカップラーメンなんて初めて買ったけどおいしいのかな?」


「おいしいに決まってる。値段(イコール)おいしいは宇宙の真理だと思う」


「宇宙とは大きく出たね。まあすでに匂いがおいしそうだから、これだけでも値段相応の価値はあるのかもね」


 僕がカップラーメンの蓋を開けて後入れのスープを投入し混ぜると食欲をそそる香りが周囲に広がる。息を大きく吸って香りを体に取り込んだ僕たちは早速ラーメンに手を付ける。


 ソファーに座った僕の右足に乗っかり右向きで食べるメー子と体を左に向けて左向きで食べるという変な姿勢で僕らは食べる。


「おいしい! ねえ、このおにぎり具だくさんだよ」


 コンビニのご飯でここまで喜んでくれるなら買った方としてもなんだか満足だったりする。日頃コンビニのご飯にお世話になることはあるが、いつもよりおいしく感じるのは自転車を漕いでお腹が空いているだけじゃないと頭を揺らしておにぎりを頬張るメー子の頭を見て思う。


「それにしてもよく食べるね。その体のどこへ消えてるのか気になるよ」


「んー?」


 僕の何気ない発言に反応したメー子が体を倒して後頭部を僕の胸につけて下から見つめてくる。おにぎりを食べながら僕をじっと見ていたメー子が首をかしげると指に付いた海苔をペロッと舐める。


「そういえば私も気になってた。いっぱい食べてもお腹痛くならないしトイレも行きたくならない。どこに消えてるんだろ?」


「あ、いや……そういう意味じゃなくて」


 確かに不思議だが生理的な話を他人に、まして知り合って間もない女の子にするのはどうかと思う僕が戸惑っているとメー子が自分の口を指さす。


「ねえ、どうなってるか見て。鏡に映らないから分からない」


「えっ⁉」


 僕の戸惑いなんか気にもしていない様子のメー子が僕にもたれかかると上を向いて大きく口を開ける。


「えっと……口の中を見ればいいのかな……」


「あん」


 口を開けたまま返事をするメー子に僕は仕方なく口の中を覗く。人の口の中を覗いた経験のない僕はおそるおそる顔を近づける。


 幽霊でも歯があるんだと今さらよく分からないことを考えながら喉の奥を見る。


 さっきまでおにぎりを食べていたとは思えないほど綺麗なこと以外、特に気になることはないと結論付けた僕が顔を上げるとメー子が手を伸ばしてきて僕の頭に手を回す。


「もっとよく見てみて。おにぎりがどこに消えたか気になる」


 不服そうに文句を言ったメー子が手で押さえて僕の顔を無理やり自分の方へと近づける。


「分かった! 分かったから手を離して。よく見えないから」


 顔が近すぎて慌てふためく僕をメー子が渋々手を離して開放してくれる。

 よく見てと言われてもこれ以上確認しようがないので適当に喉の奥を見つめる。


 幽霊も人間も変わらないんだな、なんてことを考えているとメー子の表情がムッとしたものに変わる。


「恵人、真面目にやって。私は真剣」


 怒ったメー子が僕の手を掴むと引っ張って自分のお腹に当てる。


「お腹ぐるぐる鳴ってない? 今食べたの消化中のはず」


「いっ、いや……なんともないけど」


 メー子が僕の手を無理やり引っ張ったせいで顔が余計に近くなり、恥ずかしさの方が先行した僕は必死に冷静を装って答える。


 僕の足の上で仰向けで寝て、お腹を押さえた状態でなおかつ顔が近いまま会話をする、そんな経験のない状況に僕は困惑しつつも掌に意識を集中しメー子のお腹の活動を観測するが特に何も感じない。


「そっか、不思議」


 混乱中の僕に対してメー子は残念そうに言うとお腹から僕の手をのけて体を起こす。


 やっと終わったかとホッとしたような、少し名残惜しいような気持ちを感じながらカップラーメンに口を付けるメー子の頭を見つめる。

 幽霊ではあるが髪の毛は艶やかで、触れればサラサラしているのだろうなとか思うと、ちょっと触ってみたい衝動に駆られる。


「そうだ。もう一つ気になってた」


 カップラーメンの器を手に持ったままくるっと振り返ったメー子と目が合ってしまった僕は、じっと見て余計なことを考えていたことに気づかれたような気がして慌てて顔を逸らす。ラーメンをすすったメー子が器を置くと真剣な表情で見つめてくる。


「恵人に触れているとき他の物に触れることは分かった。それなら服も脱げるか試したい」


「はい?」


 思ってもいなかった発言に思わず聞き返してしまうが、メー子はすでに自分の上着の裾を摘まんで持ち上げようとしていたので慌ててメー子の手を押さえる。


「ちょっ、ちょっと待って! なんで服を脱ぐ必要があるかな? ないよね」


「興味がある」


「いや興味があるなら僕がいないところでやってくれる?」


「何回か試したけど脱げなかった。だから恵人と引っ付いていれば脱げるかなって興味が湧いた」


「いやいやいや、そもそも脱げたとしてどうするの? 普通の服は僕から離れた途端すり抜けるだろうから着替えたりはできないし、それに普段脱げないってことは服もきみの一部かもしれないわけで、だからほら! 危ないかもしれない」


 頭をフル回転させて必死に言い訳を並べる僕のことを目をぱちぱちさせながら見ていたメー子が視線を落とし、自分の手を掴む僕の手を見つめる。


「そっか、残念」


 ポツリと呟くと手を揺らすので、それが離して欲しいの合図だと感じた僕がそっと手を離すとメー子はラーメンの方を向く。


「ご飯食べよ。麺が伸びる」


「あ、う、うん」


 メー子が後頭部で僕を突っつき促してくるのに未だ戸惑いから抜け出せない僕は曖昧な返事をする。


 幸せそうにラーメンやおにぎり、サラダと冷たいカップに入ったチキン南蛮なんかを頬張っているメー子を見て、この子が心底何を考えているのか分からないと先行き不安になってしまうのだった。

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