33 盤上で踊れ
久々の柔音回!
探索を進めるうちに、柔音はひときわ大きな扉を発見した。
まるで宴会場でも広がっていそうなその扉の先をのぞき穴から覗くと、そこは一面真っ白だった。
他の無人のホテルのような部屋とは何か違う、そう感じた柔音は恐る恐る扉を開ける。
そこに広がる光景は、わずか1辺3、4メートルほどの壁、床の真っ白な部屋。
ただ部屋の形的には8角形といったほうが正しい。
上を見ると白い屋根がつけられており、埋め込まれたスピーカーらしいものと電気が1つ。
まるで真っ白い箱の中に閉じ込められたようにも思える。
壁には左右と正面の3方向、斜めの4方向の計7つそれぞれに白い扉があり、その無機質さが逆に不気味だ。
後ずさりした柔音に扉が触れる。
ハッとして振り返った時には音もなく扉が閉まっていた。
押したり引いたりして必死に扉を開けようと試みるが開かない。
だんだんと焦りが見え始めた柔音の背後、天井に埋め込まれたスピーカーから突如声が響く。
「やあ、この僕の作った盤へようこそ」
素早く振り返った柔音は状況も飲み込めず話を聞く。
「僕はもう『進めている』──君の番だよ」
「…どういうこと…?」
「扉を開けて進めばいい。その後ろの扉はもう開かないから」
言われるがまま恐る恐る目の前、正面の扉のドアノブに手をかけ、開いて向こうの様子を見る。
そこには今いた部屋と全く同じ、無機質な空間があった。
するりとその部屋に入り、そのまままた正面の扉に手をかける。
が、その扉は開かなかった。
その扉だけではない。どの方向の扉も、いつの間にか閉まっていた今通ってきた扉さえ少しも動かなくなる。
「駄目だよ、今は僕の番だから。
……さ、君の番だ、続けよう」
──開けて、進んで、待って、合図されたらまた開けて、……どの方向に何度開けても続く同じ部屋の数々を進む中で、方向も怪しくなってきた頃、
カーン
と何かの音が響く。
が、すぐに進む番が来た為右の扉を開け進む。
カーン
さっきよりも大きな音。
カーン
カーン
カーン
相手の番になる度近づいてくる音に、何が来ても能力で防御できるよう戦闘態勢をとる。
カーン
と、その時スピーカーから声が響く。
「王手」
「王…手…」
その瞬間柔音は理解した。
この部屋は『マス』であり──自分自身が『駒』であることを。
「将棋…なの…?」
スピーカーに問う。
「はあ、見透かされちゃったか。
気づかなきゃ楽に死ねたのに。
んじゃ教えてあげる。これは‘人間将棋’、君は記憶力や脳の回転が凄く速いそうだからね。ここで頭使わして潰しておかなきゃ。
今、僕の駒は通常の将棋と同じ、歩兵から王まで全部ある。
それに対し君はたった一人、王だ。
決着をつける前に必ず王手と言わなければならず、
僕は王手をした場合必ず次のターン王を取ろうとしていた駒を動かさなければならない。
たとえ君がもうそこにいなくてもね。
さ、負けたら巨大駒に踏みつぶされる将棋、君はどう切り抜ける?」
そこでプツリとスピーカーの音声は止んだ。
とにかく今はどこかから確実に次ターン仕留められる状態、切り抜けなければ──と、その時気がつく。
部屋の右側と右斜、合計3つの扉がない。
つまりここが盤の端、ということになる。
そして全方向に動けるとはいえ柔音は1マスしか進めない仕様にされている以上、遠くまで逃げることは不可能。
音が聞こえてからの配置はわかっても始まってから音が聞こえ始める前までの動きがわからない。
ならこれに賭けるしか──と、左斜め後の扉を開ける。
扉を通った瞬間、ドオオンという激しい砲撃の音とともに先ほどまでいた部屋の列が丸々ぶち抜かれ、壁をも消し飛ばす。
その爆風でよろけてこけたがすぐに立ち上がる。
壁はみるみる間に再生し元の姿へ戻っていく。
その治り切る直前の壁に駆け寄り、隙間から見たのは真っ白な半径2メートルほどの駒だった。
『香車』、まっすぐにだけならいくらでも進める駒。
初期配置は1番端。
「読みはあたり…けど多分まだ近くに
瞬間、影に覆われる。
咄嗟に後ろにあったドアノブを捻り隣の部屋に転がり込む。
ほんの数秒前まで居た所は駒に潰されており、その側面には桂馬と刻まれている。
順番を守らず駒を進めたことに対し柔音はスピーカーに向かって文句をいう。
「ちょっと!まだ今は私の番じゃ…」
スピーカーからこう返答される。
「関係ないね、この場所も駒も全て僕が作った代物さ。
扉を開けるかどうかも駒を進めるタイミングも、すべては僕の思い通りなんだよね」
そして一呼吸おき、
「ほら、次が来るよ」
部屋を破壊する音。
盤面を予測する。
香車も桂馬も板で言えば左側に位置する。
桂馬が初期位置から仕留められる範囲で、香車のある1番端のマスの真隣に位置する所。
そしてそのマスから1マス後ろなら──…
「斜め!」
左横の扉を開ける。
直後斜めに角行が通過する。
壊された壁は修復される。
カン、カンという駒を打つ音が先程より速く聞こえる。
脳内に盤をイメージし必死に考える。
今自分のいる位置から一番近い駒はなんだろう。
こちらが1部屋移動する間に2手も3手も動いている。
頭が痛い。思考を重ねるたびに。
「駄目だわかんない…私1人じゃもう記憶が…」
髪を掻き、必死に考える柔音の前から、唐突に壁を突き破って駒が現れる。
駒には金将とあった。
「…うそ」
相手の王が何処かに動いたのか、はたまた初期位置のままなのかはわからない。
けど、初期位置の射程圏内に入るのはいい策ではないだろう。
前は論外、右は王の射程内に入る。
左に行けば王から離れることになり結果先ほどまでと状況が変わるとは考え辛い。
なら後ろへ──…
扉を開ける。
歩兵と側面に刻まれた白く大きな駒がある。
前にしか進めない歩兵に襲われる心配はない。
だが、その選択はすぐに破綻する。
透明の膜のような物で部屋に入れない。
スピーカーから声が響く。
「言い忘れてたけど、君が駒を取ることは僕が許可してないからね」
左扉へ走る柔音は、そのドアノブを捻った瞬間、
後ろに着地した金将の爆風で飛ばされ、壁にたたきつけられる。
体中出血し、衝撃で視界がぼやける。
服も所々破れ、膝上ほどまであった髪が瓦礫で裂け腰あたりまでの長さになっている。
それでもまだ、よろよろと立ち上がる。
スピーカーから響く声が耳の中で反響する。
「まだ気配がする…それだけ傷ついてまだ躊躇せず立つの?
君は盤面把握力も推測も凄いね、だからこそ殺したくはないんだけどな。
……その気配だと、和解は無理かな。
僕の方が上手だったみたいだ」
「うるさい…駒が取れたら勝ってる…はずだし…」
「そうかもね、だけど取れないのがこのゲームさ。
負けは負けだよ、認めようか」
「頑張って勝つ…記憶やら推測系ではまだ誰にも負けてないから」
「……じゃ、今日が君の初敗北で命日だ。
そのボロボロの体ではもう素早く回避なんてできないだろうしね。
だから最期の足掻きをせいぜい見せるといいさ、
さ、終わらせよう──」
「‘‘盤上で踊れ’’」
次回、連我VS──父親!?




