34 盤上の読み合い
ドン、ドンと重い像の音が響く盤上を、幾つもの擦り傷と打撲でボロボロになりながらも走り回り駒を避け続ける。
痛む左手を右手でさすり、苦しい表情を浮かべながらあきらめずに考え続ける。
──現状、相手に近づけないでいる理由はやはり数の差だ。
相手は潰されても痛くも痒くもない駒10数個を自由に動かしてくる。
それに対しこちらは我が身ひとつ、それもたった一度判断を誤ると死ぬ状況。
近づこうにも守りが堅く、気がついたら囲まれて詰んでいてもおかしくないと思えてしまう。
「はぁ、はぁ…だめだ、そもそも体力もないんだった…これは…っ、体力がもうないし援軍を待つのも無理そうかも…」
走る速度が落ちてはいるが、確実に扉を開け進む。
「でもこうしてるだけじゃずっと…そうだ、私も駒を増やせたり出来ないかな…、」
ずっと左手を右手で押さえたまま走っていたが、そうとなればと無理やり持ち上げるように右手で押さえながら左手の手のひらを前に構える。
が、残り僅かな体力から絞り出された駒は、とても小さく、半分溶けたような状態のものでしかなかった。
どうやら一周してきたようで、開けた扉の先には少し前に攻撃を食らった部屋だった。
その証拠に服の切れ端や千切れた髪、それに瓦礫の山がある。
柔音は、その部屋に一歩入るとともにバタリと倒れた。
(…やばい…さっきの能力使うべきじゃなかった…力、入らない…立て、ない…)
はあ、はあと息が上がっているのが感じる。
走り回り熱されたからか、床がとても冷たく感じる。
「連我なら…どうしてたかな…どう、倒してくれてたか……連我、お願い、来て…死んじゃう…」
◆◇◆
全く無機質な真っ白い空間に、遠くから響く重い音。
ピ、ピと空間に表示されたボードを押し、何かを操作するその男は、少年と言えるほど若かった。
海のような深い青色の髪のその少年は、落ち着いてパネルを操作する。
パネルには人のマークが1つと五角形がいくつもあり、そのうちの少年がいる部屋の五角形には王冠のマークがついている。
「…チェックメイト、終わりだね、柔音さん」
喜びも悲しみも読み取れない無表情で、
人のマークのいる箇所に五角形の1つを動かそうとして──…
(…!!)
初めて、少年の顔に少し驚きと焦りの表情が見えた。
パネル上には先ほどから動かない人のマークが1つ。
に、加え、同じマークがもう一つ、ゆっくりと後退している。
「…な…まだ何かあったのか、一体なんで分裂なんか…いや、どうでもいい、きっと体力がもうないはずだ、ならば敵の来ないところで休みたくなるものが人間…動かなくなったと思ったら姑息な手を使ったか、それでも僕の盤上では無意味なことさ!」
ピピピピピ、と素早くパネルを打ち込む。
その度、像が動く重い音が周囲に響き渡る。
「ははは、端に追い詰めたぞ、さあ観念しろ柔音さん、きみは僕の手中に落ちたと──」
そこで動きが固まる。
1歩、2歩と後ずさる。
額に汗が見え、息が荒くなる。
モニターに映ったその映像にいたのは柔音ではなく、
柔音の服の切れ端と千切れた髪をまとった崩壊寸前のセメント人形だった。
「…まてまて、そんな…馬鹿な、能力的にそんな…このモニターを騙すような真似は出来ないはず…
はっ、なら本体は」
その時、少年のいる部屋のドアノブが動き、
ドアがゆっくりと開く。
フラリ、と今すぐにでも倒れそうな足取りで、
それでもしっかりと目で少年を補足しながら入ってきた少女──柔音だ。
「はぁ、はぁ…ようやく…観念、して…王手、ってことで」
「な、なんでここまで…体力が無くて引いたはずじゃ…いや、じゃなくてももう動けないはずだ!!」
「死ぬ、って思ったら思いついた…、何でこっちの位置を…、知ってるかわかんないから、錯乱させるように人形の像を作って、それっぽくセメントで地面を液化させて流してみた」
「…なんだよ、それ…だめだ、僕が読み合いに負けたなんてだめだ…僕は負けないことを条件にこのやり方をさせてもらってる、僕の能力、銅像はもっと残虐に出来る、けど…この楽しめるやり方で、だから、だから今負けるわけには…っ!?」
少年の手足がセメントで壁に拘束される。
「な…この…っ、こんなんじゃ僕はまだ…っ、」
「ごめん…私さっきの会話でもう限界、だから…早めに…ご、めんね…」
弱々しい笑いを見せた柔音は、一歩前に出ながらそう言い、パタリと倒れた。
直後、少年の首にもセメントが巻き付き壁に拘束、
窒息により少年は気絶した。
あとには、まるで何事もなかったかのような静けさが残った。
◇◆◇
それから数十分。
柔音は朦朧とする意識下で、連我のことを考える。
(今どこに…連我、連我もこんな強い敵に遭遇してるのかな…うう、動けない…)
その時、目と鼻の先の天井が崩れる。
砂埃が履けたあと、そこに倒れていたのは、稲妻が走ったような裂け方の怪我を負い、弱弱しくぼんやりと目を開けた連我だった。
小ネタ
実はこの辺で過去編触れようかと思ってたんですが
もっと然るべき時があると思い直し温存しました。




