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浪人日記  作者: クスクリ
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1977年3月

 3月1日(火)

 福岡市のSNG大学合格発表。俺は受けてないから付き添いだ。友達はみんなダメだった。英語専攻を受験した田尻も落ちた。ちなみに英語専攻に合格したのは白水君一人だ。といっても、現役でSNG大学に受かったのはあと一人、兼行さんだけだった。みんな浪人だ。

 帰りは滅茶苦茶遊んだ。俺は東京のKGI大学受験に着て行ったバギーの学生ズボンを履いて行ったが、豊田は暑いのにコートを羽織っていた。

 天神地下街を歩いて大丸まで足を延ばす。マイフェアレディのパンフレットを手に入れた。そんな中にあって俺はこの1年、徹底的に苦しもうと決意する。


 3月2日(火)

 朝から友達と福岡市のHO大学の合格発表を見に行くつもりだった。昨日、SNG大学の合格発表が新聞に掲載されてなかったから、てっきり今日のHO大学の合格発表も載ってないのだろうと思っていたが、ちゃんとあった。

 電話で、気を確かに持っているか豊田に聞いてから、名前が無かったことを知らせた。

 豊田、江崎と不合格を嘆きながら市役所通りの行きつけの喫茶店へ。それから田尻の家へ行って、夜まで居た。


 3月3日(木)

 勉強は計画通り進んでいるが、豊田のことが気に掛かる。残った金は着実に貯めることにした。後11か月は兎に角長いが、頑張るぞ。


 3月4日(金)

 豊田と江崎が東京の大学に行くことを考えているようだ。16時頃、豊田と二人で江崎の家に行った。帰り、季節外れの雪が酷く、ヤマハのGT50で何度もスリップした。免許証が一時、紛失した。


 3月5日(土)

 試験に出るシリーズを買いに福山書店に行ったら、豊田と会った。帰り、堺輪業に寄ったら、ホンダのCB400の新車が展示してあった。気になるのはギヤチェンジペダルの配置だが、思ったより上にあったのでこれなら義足でもギヤチェンジできそうだ。再度、CB400が気に入った。


 解説;俺が高校二年のとき自動二輪の免許制度が変わって大型免許への挑戦が困難になった。それまでの125CCを境にしての小型と大型の区分に、125CCから400CCまでの中型免許が新説された。CB400は400CCを数CC超えていたので大型免許の範疇に入っていたのだが、ホンダは排気量を400CC以下に抑えた。


 3月6日(日)

 猪町の馬郡に電話して増本先生を訪ねる打ち合わせをした。これでやっと宿願が果たせる。どきどきる。今日もまた福山書店で豊田と会った。


 解説;馬郡は故郷・猪町町の小学校から中学一年生までの同級生。ど田舎の級友60人の中で一番頭が良く、いつも学業成績は一番だった。両親は俺に他の子よりも馬郡と遊ぶことを奨励した。馬郡の家は貧しかった。姉貴が居る。佐世保高専に進学した。

 増本先生は猪町中学校一年のときの恩師。20代の若くてかわいい先生で、俺の足のことをいつも気に掛けてくれた。受け持ち教科は体育と数学。鳥巣に転校することになったとき、一番後ろ髪を引かれたのは先生と別れることだった。


 3月7日(月)

 夕方、豊田DK大学とKS大学の入学願書を持って俺の家に置きっ放しにしていた鳥巣高校の卒業証書を取りに来た。豊田の話では、浪人せずに現役で大学に入ればホンダのCB400を買って貰えるかもしれないとのことだ。豊田が中型免許を取ってCB400を手に入れれば俺としても何かと好都合だ。


 3月8日(火)

 俺の昼食代の400円を置いて行かなかったことでお袋と激しく言い合った。大学紹介の本を借りに行ったが居なかった。夕方、田尻から借りた武者小路実篤の『友情』を読んだ。大いに感動すると共に参考にもなった。


 解説;誰に借りに行ったか記憶がない。『友情』に感動したとか言ってもテーマをちゃんと読み解けたのか疑問だ。


 3月9日(水)

 早朝の俺はおかしかった。12時頃、豊田が来て入学願書出しについてきてくれと言うので4時間くらいしか眠れなかった。思った通り、夜急激な眠気がきた。今日の勉強は世界史だ。


 解説;何がおかしかったのか分からない。


 3月10日(木)

 15時頃江崎が来て、ついでに豊田も呼んだ。彼らなりに悩んでいるようだ。

 今日は宏美ちゃんを腹一杯聞いた。KKS大学の入試は12日後だが、田尻は勉強しているだろうな。GT50のネジを嵌めに堺輪業に行った。


 解説;高校時代は岩崎宏美の大ファンで、出たレコードは全部買った。GT50はヤマハのミニトレGT50で、高校一年の正月、餅屋のバイトで2万円ほど稼いで、足らない分は親父に頼み込んで新車で買った。ギヤチェンジはリターン方式で、義足をステップとチェンジペダルの間に入れ込んで変速した。


 3月11日(金)

 寝る前、無性にラーメンが食いたくなって、『とらや』に行くか『まるぞの』に行くかずいぶん迷ったが、量の多い『とらや』にした。2回目も不味く感じた。今度から『まるぞの』に行こう。『まるぞの』は腹一杯食うと400円取られるのが玉に瑕。


 解説:前回『とらや』に行ったとき無性に不味く感じたため、もう一度行って確かめたかったということもある。『まるぞの』は鳥巣駅から鳥巣工業高校に至る県道31号線沿いにあるラーメン屋。『とらや』はそのちょっと先の脇道を右に入った道沿いにあった。


 3月12日(土)

 13時頃、久しぶりに成澤が来て、その後すぐ井本がやって来た。2人は高知大学の体育学部受験に行って、女の子をナンパしたと俺に自慢する。

 井本は1年浪人して早稲田に行くと俺に覚悟を語った。勿論、また高知大学も受けるそうだが。成澤も浪人を1年頑張ると言っている。できることなら、豊田や江崎も二流大学に行くのは止めて、俺と一緒に1年間苦労した方が良いと思うのだが。


 3月13日(日)

 三度目の正直と、成澤からの電話を待ったが、掛かって来なかったうえに雨まで降りだした。

 12時頃、豊田と今村が来て、後で田尻を呼び出した。クラス全員に卒業打ち上げの件で電話を掛け捲る。高校時代、女にフラれ捲って女恐怖症気味の俺は、女子に掛けるのを憚る。もう女なんてどうでもいい。俺は史学で生きていく。


 解説:何のために成澤の電話を待ったか記憶にない。大方一緒にどこかに行くつもりだったのだろう。


 3月14日(月)

 ここ一日二日、どうも眠りが悪い。コタツのせいだろうか。

 今日も12時頃から卒業打ち上げの打ち合わせ。受験勉強中の俺としては乗り気になれない。それより夜の勉強のために無理にでも眠っておきたかったが、協調しない訳にはいかなかった。


 3月15日(火)

 今日は昼間、兎に角眠っておきたかった。14時頃寝た。

 夕方起きたら新聞の勧誘員がやって来てサインしてくれとしつこい。契約書って書いてあるのにサインする馬鹿がどこにいる。ガキって思ってナメんなって言うんじゃ。親父とお袋が居るときに来てくれと追い帰した。

 今日は九州大学の合格発表日。誰が受かったか楽しみだ。勉強のペースは乱されまい。受験番号しか出てなかったので結局誰が合格したか分からなかった。

 鳥巣高校からの九大現役合格者は大石と柴田君の2人だけ。鳥巣中学校から久留米大学付設高校に進学した梁井は落ちた。


 3月16日(水)

 13時頃、江崎がやって来た。彼は田尻とが一番馬が合うようで、受験勉強中で会えないのが寂しいらしい。

 結局、田尻の部屋に上がり込んで久しぶりにトランプに興じ、19時頃帰途に就いた。ついでに鳥巣高校の合格発表を見に行った。


 3月17日(木)

 13時頃から二日市にDK大学の追加入試の合格発表を豊田と見に行った。豊田と江崎と今村が受けていたが、3人とも合格した。

 二日市駅でプレイボーイ誌を買って読んでいたら、「間違いだらけの入試問題」という記事が載っていた。兎に角、凄い間違いだ。こんなのがKGI大学の入試に出たらとびくびくものだった。


 3月18日(金)

 今日はKS大学の追加入試。16時まで安らかに眠れた。日曜日は鹿町に増本先生を訪ねる予定だが、どうも気が引ける。先生の性格を察するに、浪人中の俺だから、そんな暇があったら勉強しなさいと言われてしまいそうだ。それと、左足の痛みが引かないことも俺を億劫にさせている。九州大学合格者が実名で新聞に載っていた。


 3月19日(土)

 この機会を逃したくなかったので、1時間熟考したうえでやっぱりチラシに載っていたデッキを買うことにした。

 最初、1人で行くつもりだったが、結局、豊田と行くことにした。豊田が言うには、箱が大きくてバイクに乗らないだろうとのこと。豊田の親父さんのブルーバードで行けたのはよかったが、すでに売り切れていた。ちくしょう!


 3月20日(日)

 今日の鶴光のオールナイトニッポンは面白かった。9時まで勉強した。

 ヘットフォンの必要性を感じて買いに行ったが、佐藤電器は休みだった。序に、江崎に貸した本を返して貰いに行った。

 東京に行ったら風呂はどうしようと考える。兎に角、頭が痒くなるだろうから合格したら坊主頭にしよう。


 解説;夜型生活の密かな楽しみは深夜ラジオだ。オールナイトニッポンは1時から5時までの放送だが、日曜日の笑福亭鶴光だけは4時間ぶっ通しだ。

 この頃の俺は障害者である自分の殻が破れておらず、他人に切断した足を晒すのを極端に恐れていた。だから、合格して東京に行って、アパートに風呂が無くても銭湯には行かない腹だった。洗面所で身体を洗うつもりだった。高校時代の友人の誰にも見られたことはない。

 社会人になって、取引先の徳島自動車の社長がスズキのアルトを捩って、『アルトナイトは大違い』と言ったが、確かにその通りだ。田尻も小児麻痺で身体障害者四級だが、足があるだけ俺よりましだ。足があれば温泉にも普通に入れるし、彼女と海水浴にも行ける。ただ、びっこは俺より酷いかも。


 3月21日(月)

 新聞広告に再びデッキが載っていたが、前回より高かった。一応、現物を確かめに本町の電器店に行った。店内に、あと2千円出せば買える良いがあったが、親父が金をくれなかったので諦めた。

 結局、佐藤電器で耳一杯に被さるヘットフォンを買った。

 新聞で全盲の受験生が東大に合格していた。凄い努力だ。俺なんかまだまだだ。


 解説:;この時は全盲の東大合格者に凄く感動したのだろうが、立場を代わってやれるかといったら遠慮したい。目が見えなかったら楽しいことが何もできない。


 3月22日(火)

 珍しいことに朝6時に眠りに就けた。起きたのは14時頃。

 井本が遊びに来た。彼は今まで鹿児島でバイトしていたとのと。十数万稼いだと俺に自慢する。井本の話では、成澤はやっぱり先週の日曜日、高知大受験で知り合った女に会いに島根に行ったとのこと。

 今日がKKS大学の受験日と勘違いしていた。明日だった。


 解説;先週の成澤の件、分かった。


 3月23日(水)

 この前豊田の家に行って話した際、「あんたの言うことが正しか」「あ・あ・あ」とか、無茶投げ遣りに返されてムカついた。これじゃ真面に話せない。

 14時頃、その豊田が宏美ちゃんのレコードを借りに来た。そのときも腹が立つことを言われた。


 3月24日(木)

 田尻もKKS大学の入学試験が終わってほっとしているだろうと家に呼んだ。序に、豊田と日隈も呼んだ。後で井本もやって来たが、田尻の、「俺にゃ宅浪てろできん」という何気ない言葉に傷つき、朝まで悩んでしまった。


 3月25日(金)

 朝まで、田尻、豊田、日隈、俺の4人でセブンブリッジに興じた。珍しく他に大きく差をつけて勝った。この集まりは、卒業打ち上げを中止することをクラスのみんなに電話で知らせるためだったが、結局気が変わって予定通りやることにした。


 3月26日(土)

 朝、バッチリ8時に眼が覚めた。

 卒業打ち上げにはクラスのほとんどが参加してくれた。嬉しかった。三人で田尻の家からテーブルを運び出すとき、藤田さんとニヤミスしてしまった。何とも気まずかった。夜はカードで楽しく過ごした。


 解説;藤田さんは高校三年の体育祭の夜、田尻の家から電話で告って見事にフラれた。浪人が確定して余裕なんて全くないだろうによくやるわ。この打ち上げをどこでやったのか、藤田さんとどんなふうにニヤミスしたのか、全く記憶がない。


 3月27日(日)

 朝7時から21時まで十分過ぎる睡眠を取ったのに、0時頃急激な眠気がきた。どういうことだろう?

 今日は英単語の連想記憶術の復習をやったが、幾つか忘れていた。兎に角、気合いを維持し続けるぞ。


 3月28日(月)

 思えば高校三年のとき、俺には彼女とDT400という願望があったが、二つとも虚しく消えてしまった。一体俺はこれから先、何を得、どんな喜びを享受できるのだろう。勉強は今のところ、連想記憶術が1冊終了しようとしている。


 3月29日(火)

 ここ数日、真面に勉強出来ない。今日は田尻が俺の四畳半の部屋に泊まった。

 豊田も再びやって来て、部屋で俺が注文したステレオデッキを待っていたが、結局来なかったので15時頃に帰った。

 俺にはKGI大学への道しかないことを田尻に熱く訴えた。この1年間の苦労・努力の代償を手に入れたい。


 3月30日(水)

 明日はKKS大学の合格発表日。俺は田尻が見事現役合格できるかどうかずっと検証し葛藤している。

 俺の中の性悪説に基づけば、田尻に先を越されて差を付けられることを恐れているし、性善説に基づけば、俺には俺の道があるんだし、素直に田尻の合格を祈ってやれば良いじゃないかと囁いてくる。


 3月31日(木)

 今日がKKS大学の合格発表と田尻が言っていたので、6時に起きて新聞を見たが、残念ながら載ってなかった。

 月日が経つのは早いものだ。一年のときは三年になったら体育祭で権威を振りかざして下級生に威張るのは絶対に止めようと思いながらも、三年になるのが待ち遠しかった。その内、二年の修学旅行が終わり、体育祭が終わり、念願の三年になった。だが、立場が変わると考え方も変わってしまうようだ。俺たちが一年のときに三年にやられた以上に威張り散らした。

 高校生活はあっという間に過ぎ去り、今は浪人生活。この1年で俺の一生が決まる。

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