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浪人日記  作者: クスクリ
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1977年11月前半Ⅰ

 11月1日(金)

 俺が居間で寝ていたら親父と三男の哲美がぎゃーぎゃーと煩かった。哲美が、「お昼のワイドショー」を点けやがったので、今日のは面白くないからと止めさせた。

 17時頃お袋に、「金置いとって」と言ったら、今日の千円はどうしたのかと突っかかってきたから、アルバムを買ったと言うと、残りの200円はどうしたのかと問い詰めてくる。本を買ったと答えると、「そぎゃん金ば使われたらたらこっちが溜らんばい」と突き放してきた。本ぐらい持っとかんと寂しゅうて堪らん。

 どうも俺の現世は面白くないようだ。今度生まれてくるときは環境設定をもう少し良くしてもらいたい。切に願う。普通の生き方をしたい。


 11月2日(土)

 居間で寝ていた俺に、仕事から帰ってきた親父が、偶には美味いものでも食えと300円くれたが、これは明日の分に取っておく。

 午前中の10時頃、豊田がやって来て、今日田尻が大事な話があるとのことで鳥巣に帰ってくる、と15時頃まで待っていた。疑わしかったが、実際、田尻(学会に染まってなかった頃の奴は人間味があって良かったなぁと2021年5月現在の俺は懐かしむ)はやってきた。

 奴は恋をしていた。相手は、去年、佐賀国体で鳥巣にやってきた徳島県阿南市の富岡東高校女子バレーボールチームのミチだった。そう言えば、田尻の奴、頻りにミチ・ミチと連呼していたな。そうか、そういう訳か。納得だ。

 豊田が言う。今回の田尻の恋は重症(高校三年のとき、彼は同級生のあまりかわいくない柴田に恋をして見事に振られた。彼女は豊田が好きだった)だと。それにこうも言いやがった。まるで1年前の俺のようだと。

 田尻、心を決めたようだ。阿南まで行ってミチに直接ラブレターを渡すと俺たちに堂々と宣言した。他人事ながら、本当にやったら、俺なんかより相当度胸があるわ。

 ただ、高校在学中、俺に田尻はこう言った。これが引っ掛かる。

『俺たちは足の悪かけん自分から好きになったらいかん。女が好きになってくれるまで待たないかん』と。


 解説;『まるで1年前の俺のようだ』、これについては3月26日の項に書いている。田尻の恋については7月10日の項に書いている。

 俺の恋に関して。彼女の名前は藤田絵理子。そのアンバランスな特徴のある顔立ちが一寸気になっていた。それが三年になって同じクラスになった。三年といえば高校生活もあと僅か、体育祭を契機にして周りの奴らの交際の噂が否応なく俺の耳に届く。俺は中学・高校と特定の女子に心を移したことはなかった(片輪に恋なんて贅沢の極み)が、周りの雰囲気に影響されてか、いつの間にか彼女が俺の心に住み着いて離れなくなった。

 9月、体育祭の準備期間中の台風の夜、田尻の家から藤田絵理子の家に電話して告って呆気なく振られた。他に好きな奴が居るとのことだったが、彼女がそこまで情熱的な女子とは思えなかったから、俺を諦めさせるための方便だろうと気にも留めてなかった。

 この恋についてはオマケの話がある。

 3月12日の項に出てきた井本は還暦になった今でも俺の親友だ。奴は身長は180センチ超で瓜実顔。高校時代の特技は針金細工のネーム作り。その針金細工で文化祭のときは女子の人気を独り占めしていた。文系の俺は理系の井本とは同じクラスになったことはない。俺を井本に引き合わせたのは成澤(2021年現在、彼は60歳で亡くなって二年になる)だ。

 大学入試も差し迫ったある晩、ヤマハのバイク・GT50のデビルサウンドを響かせて井本の家に行き、窓から入り込んだ。話の盛り上がりに釣られて、俺はつい藤田絵理子に振られたことを井本に喋ってしまった。すると井本は徐に立ち上がり、押入れから段ボール箱を引き出した。

「YMR見てんやい」と言われるまま覗き込むと、それは藤田絵理子から井本へのラブレターの山だった。悲惨!無惨!

「実を言うと困っとるんよ。断っても断っても全然諦めん」げな。井本はあっけらかんと語った。

『井本、そりゃ贅沢な悩みやで』と喉まで出掛かった言葉を俺は飲み込んだ。このとき、世の中の理不尽さを嫌というほど思い知らされた。


 11月3日(日)

 昨日は本当に楽しかった。朝8時田尻が暇乞いを告げ、12時頃には豊田が。俺は夢心地でそれに応えた。12時半に目覚めたときには、またいつものように一人だけの俺の部屋。

 お袋、阿蘇に旅行に行く前に俺ら兄弟に朝飯を作ってくれた。

 パンを二個買って、目覚ましにバイクで散歩。川沿いのごつごつ道を走っていたら、転がっていたコンクリート柱に乗り上げてぶっ倒れた。つくづく、川に落ちないで良かったとほっとした。

 馬鹿が!折角眠気を抑えたのに、自分から昼寝の時間を作ってしまった。この愚か者め!


 11月4日(月)

 今年はこれで精一杯。これでダメなら二年浪人しても三年浪人しても同じ。自分がこうと決めた道は何が何でも貫徹する。

 この前豊田が、「YMR夜外出するんが恐ろしゅうなって来んごとなった」と言いやがった。そうは言ってもまだ1回しか行ってないではないか(どこに?)。

 やっぱりちゃんと勉強すれば、以前出来なかったものが出来るようになるものだ。古文にしても漢文にしても。

 今日の昼飯は焼きそばを食ったが、不味く感じた。俺の昼飯は三パターンあるが、この頃、そのどれにも飽きつつある。明日はご飯食にしよう。

 田尻がミュージックカセットを一つだけ残して帰ったようだ。

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