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浪人日記  作者: クスクリ
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1977年9月後半Ⅱ

 9月24日(土)

 また例の奈落に引き摺り込まれるような感覚に襲われて安眠を妨害されたが、今日のはちょっと変わっていて、下半身がむずむずとした快感を覚え、夢見心地で誰かと無性にヤりたいような…浮かんだ顔が三浦美代子だった。そんなこともあって14時まで寝ていた。今日からきちんと勉強しようと思っていたのに。

 勉強前に宏美ちゃんを聴いてリラックスしようとレコードを掛けたとき、豊田が俺の部屋の窓を叩いた。ちょうど夜食を買いに行くつもりだったので、ダックスを借りて豊田の分も買って来てやった。お袋は平戸に行って居ない。


 解説;三浦美代子は鳥巣中学校三年二組のときの同級生、鳥巣高の家政科に進学したので普通科の俺とはクラスは一緒になれない。どうして今もはっきりとその名を覚えているのか、それはもしかしたら俺の初恋だったかもしれない。

 小学校五年生でトラックに轢かれ、この日本の西の果ての地図から消え去りそうな小さな町、猪町に稀有の一本足となった俺は、本当に女子に対して臆病になってしまった。事故に遭うまでは近所の女子とよく遊んでいたのに、性格は卑屈になり、女子を前にすると上がって上手く喋れなくもなってしまった。

 そんな俺だったが、どうしてだか三浦美代子だけは相手にしてくれた。彼女はよく友達の武田と行動を共にしていたが、帰り道、偶然俺と一緒になった彼女ら二人、家に遊びに来てくれ、四畳半の部屋にも上がってくれた。俺は部屋に接した鳩小屋の前に立ち、三浦美代子は庭に面して開け放たれた窓辺に立つ。前屈みになった純白の夏用セーラー服の隙間から覗く、中学生にしては大きな胸の谷間は純情少年の俺の目には正に毒だった。鳥巣高校の校内でもいつも目にはしたが、話し掛けることは出来なかった。何と言っても、俺は隻脚で自分に全く自信がなかったから。


 奈落に引き摺り込まれるような感覚って、この頃からあったのか。社会人になって、独身の頃の俺は1Kのアパートで初中、訳の分からない金縛りに悩まされていた。眠りに就いて数時間もすると金縛りがやってきて、えもいわれぬ悪寒に心身が支配され、奈落の底に引き摺り込まれるような物凄い恐怖に強襲される。俺は落ちたらお終いだと必死に頭を振り捲って抗い、冷や汗を掻いて目が覚める。これでは辛い日常を生きることで疲弊した心身を眠りで休めることもできやしない。

 ある時ふと、そう大したこともない人生、いっそのこと夢の誘惑に身を任せて奈落に落ちてみるのも一興かなと考えるに至る。万年床に就いて数時間後、想定通りの金縛りが襲ってきてぞくぞくっとする悪寒が走った。

「来たー!」

 極度の恐怖の中、俺はやけくそで、「殺すなら殺せや」と心で叫んで、頭を振って抗うこともせず、従容として身を任せた。一度落ちてみると、「あれっ、どうってことないやないか!」

 てっきり、心臓麻痺で死にでもするのかなと思っていた俺は力が抜けた。それ以来、金縛りはぴたっと収まり悪夢もなくなった。

 撃ち殺される場面でも、断崖絶壁から突き落とされる場面でも、おどろおどろしい幽霊が眼前に現れる場面でも、俺にはそれが夢だと分かるようになってしまった。だから、平気で銃で撃たれてやるし、崖から落ちてやるし、刺されてもやるし、幽霊には質問してやる。どうせ夢だし死にやしないしどうもない。こうなれば俺にとってもう夢は現実逃避の駆け込み寺だ。どこででもただ眠りさえすれば安らぎをくれる。俺はドリームコントロールができるようになってしまった。このことが俺に小説のヒントをくれた。『夢界の創造主』だ。


 9月25日(日)

 13時前には起きたが、眠くて眠くて英熟語の瞑想確認が上手く出来なかった。19時半に晩飯に居間に出て行った。序に、「俺たちの旅」を観ようとチャンネルを合わせたら、お袋が、六つ子が観たいと言い出した。押し切ってそのまま観たが、ドラマの終盤で、まだ俺が観ているのに無情にもチャンネルを変えやがった。俺が反抗したら激しい罵声を浴びせてきやがった。平気で人の心を傷付ける。これがババアの正体だ。頭にきた俺は言ってやった。

「わぁが(お前)は今まで面白楽しゅう生きてきたろうが俺にも同じ権利くらいあるくさ。浪人しとういうてあんまり俺ばなめんなよ」


 解説;このとき俺が18歳なら28違いの親父が46歳、お袋が44歳。2011年で80歳で亡くなった親父、2015年に82歳で亡くなったお袋。お袋は75歳でパーキンソン病に侵されて7年、不自由な身体で生きる屍の如く施設で過ごし、何の娯楽も楽しむことが出来ないままこの世を去った。俺は涙を禁じ得ない。

 当時、別に深く考えることなく丸1年書き続けたこの浪人日記、今となっては貴重な親父とお袋の記憶だ。ババア!とか、こんなに激しく喧嘩していたんだなぁと懐かしくて恋しくて堪らない。

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