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【太陽の不在】

リバティー・アライアンス(LA)とMSGヴァリアントフォース(VF)。

結晶炉を巡り、人類の存亡と人工知能SANATの理想が激突するこの荒廃した世界において、両陣営の戦力差は常にシーソーゲームのように揺れ動いていた。しかし、ここ数週間の戦局は、不気味なほどの静寂と膠着状態を保っていた。


その発端となったのは、LAの一角を担う巨大企業・白堊理研の本部が何者かの手によって壊滅させられた事件である。


重篤なエレメント汚染を引き起こし、地形すらも変えてしまうほどの規格外の破壊。当初、LA上層部はこれをVF側の新型兵器、あるいは大規模な強襲作戦によるものだと断定し、全軍に最高警戒態勢を敷いた。

対するVF側も、自軍の作戦記録にない大規模なヘキサグラム崩壊現象を前に、LA側の自作自演、あるいは未知の特務兵器の暴走を疑い、不用意な進軍を停止した。


両陣営が見えざる脅威に対して疑心暗鬼に陥り、情報収集に奔走しているこの空白の時間。それが、奇跡的に最前線に束の間の静寂をもたらしていた。


しかし、その静寂は決して平和を意味するものではない。嵐の前の静けさであり、見えない場所で次なる破滅のカウントダウンが刻まれていることを、最前線で生きる者たちは肌で感じ取っていた。


北米地区・白堊理研第八基地・リトルベース。

荒野の只中に孤立するように建設されたこの前線基地もまた、重苦しい沈黙の中にあった。


「……少佐。第04哨戒ルートの索敵データ、上がってきました」


司令室の分厚い防弾ガラス越しに、赤茶けた荒野の砂埃を見つめていたミカ・フォルクス少佐は、背後からの声にゆっくりと振り返った。


「ご苦労様っす、ガルム中尉。データはメインコンソールに転送しておいてほしいっす」


「はっ。……少佐、その……」


第一小隊の隊長であるガルム中尉は、データ端末を操作しながら、言い淀むように視線を彷徨わせた。その視線の先にあるのはミカの顔、より正確に言えば、彼女の目の下に色濃く刻まれた隈と、普段の彼女からは想像もつかないほど乱れた青い髪だった。


「言いたいことがあるなら、はっきり言うっす。軍人らしくないっすよ」


「失礼を承知で申し上げます。少佐、少しお休みになられた方がよろしいかと。ここ数日、まともに睡眠も食事もとられていないのではありませんか?大尉が……フレンダ大尉が不在の今、少佐まで倒れられてはこの基地は……」


ミカは小さく息を吐き、デスクの上の冷めきった代用コーヒーを口に含んだ。泥水を濾過したような不味い液体が無理やりカフェインを脳に叩き込んでいく。


「心配無用っす、中尉。私の体は白堊理研の強化手術によって最適化されているっす。常人の数倍の負荷には耐えられるように設計されているから、これくらいの徹夜はなんともないっすよ」


「しかし……」


「それに休んでいる暇なんてないっす。大尉が命懸けで守り抜いた補給線のおかげで、基地の備蓄には余裕ができた。だが、周辺のヘテロドックス共は、白堊理研の弱体化を嗅ぎつけて活発化しているっす。第一小隊のパトロール範囲を更に拡大し、警戒レベルを維持するっす。これは司令官としての命令っす」


ミカの冷徹で隙のない言葉に、ガルム中尉はそれ以上の反論を諦め、敬礼して司令室を後にした。

重い電子ドアが閉まり、室内に再び機械の稼働音だけが残される。


ミカはデスクにドカッと腰を下ろし、誰にも見せないような深い、本当に深い疲労のため息を漏らした。


(……強がったところで、限界は近いっすね)


自嘲気味に呟き、彼女はデスクの隅に積まれた膨大な書類の山に目をやった。

リトルベースの物資管理、人員配置、周辺地域の汚染度モニタリング、そしてLA本部との連携。これらは本来、司令官であるミカの仕事だ。


しかし今の彼女は、それに加えてもう一つの重責を一人で背負い込んでいる。フレンダが担当していた、新兵の教導と前線部隊の指揮である。

フレンダの教導は、軍の教範から外れた天才肌によるものだった。


『ほら、もっと腰を入れてドーンって!敵の弾はシュッて避けて、バキッて殴るんだよ!』


そんな擬音だらけの無茶苦茶な指導でありながら、彼女の圧倒的な実力と底抜けの明るさに惹かれ、第一小隊の面々はみるみるうちに精強な部隊へと成長していった。


フレンダはリトルベースの太陽だった。

彼女が食堂で山盛りのご飯を頬張って笑っているだけで、どれほど絶望的な任務の後でも、基地の空気は不思議と温かくなった。兵士たちは彼女の背中を見て、明日も生き抜こうと決意できたのだ。


その太陽が今は不在だった。


ミカは立ち上がり、司令官専用のコンソールを操作して、ある部屋の監視カメラ映像をモニターに呼び出した。

映し出されたのは、基地の最深部に位置する特別医療室。

無菌状態に保たれたその部屋の中央には、何本ものチューブと生命維持装置に繋がれたフレンダの姿があった。

全身を分厚いギプスと包帯で覆われ、口元には人工呼吸器。微弱な心拍を示すバイタルモニターの波形だけが、彼女が辛うじてこの世界に繋ぎ止められていることを示している。


あの日。

地下プラントでの死闘の末、フレンダはマーナガルムを討ち取った。しかしその直後、突如として降り注いだ理不尽な光の刃・レイブレードによって、愛機であるロード・インパルス【Reloadead】ごと両断された。

常人であれば機体ごと消滅していてもおかしくない圧倒的な破壊。

フレンダが一命を取り留めたのは、彼女の肉体が癌細胞の化け物の体細胞から作られたクローンであり、致死レベルのダメージに対して強制的に発動した超回復力のおかげだった。

加えて、搭載AIであるKARMAメイが、破壊の刹那に機体制御を放棄し、全エネルギーをフレンダの保護と自身のデータ転送に振り向けた奇跡の賜物である。


しかし、いくらフレンダの細胞が規格外であろうと、切断された骨や焼き焦げた内臓を再構築するためには莫大なエネルギーと時間を要する。

彼女は今、自らの細胞の再生に全神経を集中させるため、昏睡状態に近い深い眠りに落ちていた。


「……大尉のバカ。早く起きてまた『ご飯が不味い』って文句を言ってほしいっす……」


モニター越しに眠る相棒の顔を見つめながら、ミカは誰にも聞こえない声で呟いた。

フレンダが生きている。その事実だけが、今のミカを辛うじて支えていた。もしあの時、地下プラントでフレンダの命が完全に失われていたら、ミカの精神はとっくに崩壊していただろう。


だが、感傷に浸っている暇はない。

ミカはモニターを切り替え、今度はあの地下プラントで回収された戦闘ログの解析画面を開いた。


「……メイ、起きているっすか?」


ミカが虚空に向かって問いかけると、司令室のメインスピーカーから、理知的ながらもどこか電子的なノイズの混じった声が返ってきた。


《はい、ミカ。リトルベースのメインフレームより、防衛システムの演算支援を継続中です。……貴女のバイタルサインに著しい疲労が確認されています。睡眠導入剤の処方を医療班に要請しましょうか?》


ロード・インパルスを失い、フレンダのナイトアーマーの極小ストレージに退避していたメイのAIコアは、現在ミカの手によってリトルベースのメインコンピューターへとサルベージされ、間借りする形で稼働していた。


「余計なお世話っす。それより、例の解析はどうなったっすか?」


《……完了しています。地下プラントで観測された、未確認機体によるヘキサグラム崩壊攻撃・レイブレードのデータ解析結果をメインモニターに出力します》


モニターに、複雑な数式と波形データ、そしてフレンダの視覚センサーが最後に捉えた青白い閃光の映像が再生される。


何度見ても、背筋が凍るような光景だった。

堅牢な地下プラントの岩盤を、紙切れのように融解・切断する究極の暴力。

ロード・インパルス【Reloadead】の強靭なフレームと装甲が、防御行動をとる間すら与えられず、一瞬にして無へと帰す瞬間。


《結論から申し上げます。現在リトルベースに配備されているいかなる戦力、第一小隊の全ヘキサギア、防衛用の重火器、そしてミカのポーンX1による近接戦闘術の全てを同時に投入したとしても、あのレイブレード搭載機に対する勝率は0.003%未満です》


メイの冷徹な演算結果が、司令室に重く響き渡った。


《攻撃の予備動作が極端に短く、かつ攻撃範囲、切断威力において第三世代ヘキサギアの耐久限界を数百倍上回っています。万が一、あの機体がこのリトルベースを標的に定めた場合、防衛線は数秒で突破され、基地は跡形もなく消滅するでしょう》


「分かっているっす……。だからこそ、焦っているんっすよ」


ミカはギリッと奥歯を噛み締めた。


圧倒的な戦力不足。

白堊理研本部を壊滅させ、マーナガルムを追い詰めたフレンダを一瞬で屠ったあの謎の機体。白の女王ヴァージニア・アースクラインの差し金なのか、それとも全く別の狂信的な組織の差し金なのか、正体は未だ不明だ。


だが、確実に言えるのは、あの必殺の刃が再び振り下ろされれば、自分たちは抗うことすらできずに全滅するということだ。


「……フレンダが目を覚ました時、あいつに対抗できるだけの新しい牙が必要っす。大破したロード・インパルス【Reloadead】を、遥かに凌ぐ性能を持った機体が」


ミカの言葉に司令室のドアが開き、作業着姿の男が入ってきた。

リトルベースの整備班長、リチャードである。彼の顔にもミカと同じように濃い疲労の色が浮かんでいた。


「その件なんですがね、少佐」


リチャードは手に持っていた油まみれのタブレットをデスクに置いた。


「俺もメイと一緒に連日シミュレーションを回してるんですが……はっきり言って、無理難題ですよ。今のLAの補給状況じゃ、第三世代の最新パーツを一つ手に入れるのも一苦労だ。ましてや、あのロード・インパルス【Reloadead】以上の機体をこの辺境の基地で一から組み上げるなんて、魔法でも使わない限り不可能です」


「魔法がないなら知恵を絞るっす。整備班長の意地を見せるところっすよ、リチャード」


ミカの厳しい眼差しに、リチャードは頭を掻きむしった。


「わかってますよ。大尉には、新兵の頃から俺たち整備班も散々世話になってきた。大尉が目覚めた時に乗る機体がないなんて整備兵の恥だ。……だが、素材が足りなさすぎる」


リチャードはタブレットの画面を切り替えた。

そこに映し出されたのは、地下プラントで大破した二つの機体のパーツリストだった。

一つは、完全に真っ二つにされ、コックピット周辺と一部の駆動系しか残っていないロード・インパルス【Reloadead】。

そしてもう一つは、フレンダの手によって中枢を破壊され、完全に機能停止した純白の狼・マーナガルムである。


「……現在、地下プラントは高濃度のエレメント汚染と崩落の危険から完全封鎖されています。しかし、あの場所にはまだ、マーナガルムの強靭な骨格と、ロード・インパルスの残存パーツが眠っている」


リチャードの言葉の意図を察し、ミカの目が鋭く細められた。


「まさか、あの二つの残骸を継ぎ接ぎして新機体を作ろうというんっすか?」


「それしか方法がありません。あのマーナガルムは白堊理研の暗部が極秘裏に強化を施した特務機体です。そのフレームの剛性と人工筋肉の出力は、正規の第三世代機を凌駕している。そしてロード・インパルスには、大尉の戦闘データを学習し尽くした挙動の癖が残っている。この二つの獣を掛け合わせれば……理論上は、とんでもない化け物が作れるかもしれない」


《整備班長の提案を支持します。双獣のパーツを統合・最適化した場合、グラビティコントローラーの積載と高出力火器の運用を両立しつつ、極限の近接戦闘能力を持つ新機体の建造確率が、42%まで上昇します》


メイもまた、リチャードの無謀な提案に肯定的な演算結果を返した。

ミカは腕を組み、深く考え込んだ。

二つの機体の残骸。それはかつて自分と同じように白堊理研の犠牲となった廃棄検体04の絶望の象徴であり、そしてフレンダが命懸けで守り抜こうとした未来の象徴でもある。


過去の亡霊が生み出した獣と、未来を切り開くための獣。それを一つに融合させる。


(……フレンダなら、きっとこう言うっすね。『美味しいとこ取りで最高じゃん!』って)


ミカの脳内に相棒の無邪気な笑い声が響いた気がした。


「……決まりっすね」


ミカは顔を上げ、司令官としての強い光を瞳に宿した。


「作戦を立案するっす。これより、地下プラントに残された両機体のサルベージ作戦を決行する。リチャード班長は、回収後の機体建造のタイムスケジュールを至急組み上げるっす。必要な物資や人員は全て、私の権限で最優先に回すっす」


「了解しました、少佐。……へへっ、腕が鳴りますよ。最高に狂った化け物狼を組み上げてみせます」


リチャードはニヤリと笑い、タブレットを掴んで格納庫へと走り出していった。


「メイ、第一小隊の精鋭を選抜して出撃準備。私もポーンX1で出るっす。あの地下プラントには、まだ野盗共が徘徊している可能性がある。確実に、迅速に残骸を回収するっすよ」


《了解。ポーンX1の出撃シークエンスを開始。ミカ、無理は禁物ですよ》


「誰に向かって言っているっすか?私はリトルベースの司令官っすよ」


ミカはデスクの上にあったポーンX1の漆黒のヘルメットを手に取った。

重い、重いヘルメット。

フレンダが眠りについている間、この基地の命運は自分が背負う。そして、彼女が目を覚ました時、再びあの絶望の光の刃に立ち向かえるだけの最強の牙を用意して待っている。


「……待っててほしいっす、大尉。貴官の新しい相棒は私たちが必ず作り上げてみせるっす」


ミカはヘルメットを被り、司令室を後にした。

軍靴の音が冷たい廊下に響き渡る。

理不尽な世界に対する反撃の準備が、静かに、しかし確かな熱を帯びて始まろうとしていた。太陽の不在を乗り越えるため、残された者たちの意地と執念を懸けた戦いの幕開けであった。

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