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【明かされる過去】

最初の遭遇から、季節がひとつ巡ろうとしていた。

白き狼、マーナガルムとの戦いはフレンダが予想した通り、いや、それ以上に泥沼の様相を呈していた。


「……またやられた」


荒れ果てた旧市街の郊外、かつてはLAの物資中継基地だった廃墟にて、フレンダは操縦桿に突っ伏して深くため息をついた。

周囲には、破壊された無人輸送車両の残骸が散らばっている。積載されていたはずの合成食料や水質浄化フィルターは、無慈悲に引き裂かれ、燃やされ、あるいは汚染された土にまみれて完全に使い物にならなくなっていた。


《被害状況を算定。今回輸送中だった物資の95%がロストしました。フレンダ、これで今月の輸送部隊襲撃被害は七件目になります》


KARMAメイの冷静な報告が、フレンダの重い心にさらに追い打ちをかける。


「防衛ラインの予測は完璧だったはずだよ……、どうして毎回、私たちが駆けつけるほんの少し前に仕事を終わらせて、綺麗に消えられるのさ」


《敵機マーナガルムは、戦闘を徹底して避けています。ゾアテックスによる一時的な身体能力の向上を、戦闘ではなく逃走と破壊の機動力のみに振っているため、ロード・インパルス【Reloadead】の機動力をもってしても補足が追いつきません》


「卑怯者め……。ご飯を粗末にする奴は万死に値するって、お母さんから教わらなかったのかな?」


フレンダはギリッと奥歯を噛み締めた。

敵の目的は明らかだ。白堊理研という組織そのものを餓死させること。

マーナガルムはフレンダのような主力級の部隊とは決して正面から撃ち合わず、護衛の手薄な補給部隊や民間人の居住区へ向かうインフラ施設のみを的確に破壊し続けていた。

その影響はリトルベースの日常にも確実に影を落とし始めていた。

帰還したフレンダを待っていたのは、普段の半分にも満たない量の、味気ないレーションと薄いスープだった。


食堂では、フレンダが教導した第一小隊の若い兵士たちが、文句ひとつ言わずに黙々と少ない食事を口に運んでいる。彼らは過酷な防衛任務と索敵で極度に疲労しているはずなのに、食料不足を嘆くことはなかった。彼らが文句を言わないのは、基地の司令官であるミカ自身が、誰よりも少ない食事で不眠不休の指揮を執り続けているからだ。


(……ミカちゃんは自分の分まで若い子たちに回してる。あの子たちも無理して笑ってご飯を食べてる)


その光景を見るたびに、フレンダの腹の底で暗く冷たい怒りが静かに、しかし確実に膨れ上がっていくのを感じていた。

復讐のために無関係な者たちの生存権を奪うこと。明日を生きようとする者たちから食卓の温もりを奪うこと。


それがどれほど残酷で、許しがたい行為であるか。


「絶対に私が捕まえる。あいつの首根っこを掴んでこの不味いレーションを山ほど食わせてやる……!」


それから数日後。

激しい砂嵐が吹き荒れる嘆きの谷と呼ばれる渓谷地帯で、フレンダたちはついにマーナガルムの尻尾を踏むことに成功した。


《フレンダ!前方二千、強烈なヘキサグラムの排熱を検知。マーナガルムです!巨大地下水脈の汲み上げ施設を破壊しようとしています!》


「させるかッ!メイ、光学迷彩を解除!一気に間合いを詰めるよ!」


ロード・インパルス【Reloadead】の巨体が、砂嵐を切り裂いて猛然とダッシュした。

グラビティコントローラーを駆使した変幻自在の軌道で渓谷の壁面を駆け上がり、上空からマーナガルムの頭上へと強襲をかける。


純白の狼は施設への攻撃を中断し、咄嗟に後方へと跳躍してフレンダの奇襲を回避した。


「逃がさないよ、今日こそは!」


ロード・インパルスの尾部からトリックブレードが蛇のように放たれ、マーナガルムの前脚に絡みつこうとする。しかし白狼は機体を捻り、尾による一撃でブレードを弾き返した。

獣と獣が、互いの装甲を軋ませながら激突する。


幾度となく刃を交えるうちに、フレンダは敵の動きに奇妙な癖があることに気づき始めていた。

マーナガルムの攻撃は恐ろしいほど洗練され無駄がない。

殺傷能力に特化したその動きは、かつてフレンダが幾度も手合わせをしてきた相棒であるミカの暗殺術に酷似していたのだ。


(やっぱり……こいつは、ミカちゃんと同じ場所で訓練を受けていたんだ!)


火花が散り、ヘキサギアの人工筋肉が限界まで唸りを上げる。

極限の近接戦闘。互いの機体がゼロ距離で組み合い、機体制御の主導権を奪い合う鍔迫り合いの最中だった。


《警告。敵機マーナガルムのKARMAシステムから、強力なローカルネットワークの干渉を受けています。システムに外部からの強制接続要請》


メイの切羽詰まった声が響く。


「通信接続!?弾けないの!?」


《両機のゾアテックスが極限まで稼働しヘキサグラムの波長が同調しつつあります。物理的な距離が近すぎるため、妨害が追いつきません。……回線、開かれます!》


ノイズが走りフレンダのインカムに、これまで一度も聞いたことのない声が流れ込んできた。


『……狂犬め。いつまで私の邪魔をする』


低く、掠れた、冷たい声だった。

怒りや憎悪という熱量すらも失い、ただ深い絶望の底に沈みきったような、空虚な男の声。


「やっと声を聞かせてくれたね、白狼さん。人のご飯を散々不味くしておいて挨拶のひとつもなしかと思ってたよ」


フレンダはヴォーパルクローでマーナガルムの装甲を押し込みながら、回線越しに噛み付いた。


『……食事だと?下らない。白堊理研に与えられた餌を食らい飼い慣らされた豚が。貴様らが守ろうとしている組織がどれほどの血と肉の上に成り立っているのか、知っての上での戯言か』


「知ってるよ!白堊理研が最低な組織で、非人道的な人体実験を繰り返してきたことぐらい!私自身が、その結果生み出されたクローンなんだから!」


フレンダの言葉に、マーナガルムの動きがほんの一瞬だけ止まった。


『……クローン、だと……?』


「そうだよ。だからあなたの怒りも、復讐したい気持ちも、理解できないわけじゃない。でも、今を生きる人たちを飢えさせていい理由にはならない!」


マーナガルムはロード・インパルスを強引に突き放し、距離を取った。しかし、通信回線は繋がったままだ。


『……理解だと?貴様に何が分かる』


男の声に、初めて微かな感情の揺らぎ、凍りつくような殺意が混じった。


『私の名は無い。かつて与えられた識別番号は廃棄検体04。……ミカ・フォルクス、あの女と同じ、初期ロットの強化実験体だ』


「やっぱり……ミカちゃんと……」


『あの女は成功した。光を浴び、白堊理研の優秀な猟犬として生き残った。だが、私たち失敗作はどうなったと思う?』


男の声が、ヘルメットの奥で呪いのように響く。


『細胞が崩壊し狂い死んでいく仲間たち。廃棄処分として生きたまま焼却炉に放り込まれた者。私は……焼却炉の底で、仲間たちの焼け焦げた肉の塊の下に潜り込み、炎をやり過ごして生き延びた。あの組織は、人間の皮を被った悪魔の巣窟だ。白堊理研に関わる全ての者は、飢えと苦痛の中で死に絶えねばならない。それが灰になった仲間たちへの唯一の弔いだ』


その壮絶な過去の告白に、フレンダは言葉を失った。


想像を絶する地獄。ミカが背負っている過去の闇がどれほど深いかを知っていたつもりだったが、その裏側には、さらに凄惨な犠牲が積み上げられていたのだ。


『白の女王も、白鳳嘴も、あの組織の全てを許しはしない。……邪魔をするなら貴様もここで灰になれ』


マーナガルムの背部スラスターが青白い炎を噴き上げ、再び猛烈なスピードで突撃してきた。

フレンダは防戦に回るのが精一杯だった。男の過去の重さに、ほんの少しだけ心が揺らいでしまったのだ。


「くっ……!」


ロード・インパルスの装甲が削り取られ、アラートが鳴り響く。

だが、その時。


『……そこまでにするっすよ、亡霊』


通信回線に、暗号化された別の声が割り込んできた。

リトルベースの司令室にいるはずの、ミカ・フォルクス少佐だった。


「ミカちゃん!?」


『……ミカ、フォルクス……!』


マーナガルムの動きがピタリと止まる。男の声に、明確な憎悪が燃え上がった。


『フレンダ大尉、これ以上その男の言葉を聞く必要はないっす。機体を後退させるっす。……廃棄検体04。生き残りがいたことには驚いたっす。だが、貴様の復讐はここでおしまいっす』


『……裏切り者の成功個体め、安全な場所から指図するか。貴様も必ず私の手で引き裂いてやる』


『やれるものならやってみるっす、……大尉、帰還命令っす。その男の相手は私がするっす』


「待って、ミカちゃん!何を言ってるの!?」


ミカの言葉の真意を悟り、フレンダは叫んだ。しかし、マーナガルムはミカの挑発に乗ったのか、フレンダから標的を外し、砂嵐の奥へと姿を消していった。


《敵機の反応、完全にロストしました。通信も切断されました》


砂嵐の中に取り残されたフレンダはただ唇を噛み締めることしかできなかった。

数時間後、リトルベースへと帰還したフレンダは、機体の整備をリチャードに任せるや否や、司令室へと怒り心頭で飛び込んだ。


「ミカちゃん!さっきの通信どういうつもり!?」


司令室のデスクには、黒い強化装甲『ポーンX1』に身を包んだミカが立っていた。彼女はすでに、ヘキサギアに搭乗するための完全武装状態だった。


「大尉は疲労しているっす、あとは私が引き継ぐっす。教導隊の予備機体を使って、私が奴を討つっす」


いつもと変わらない、気怠げで無表情なミカ。しかし、その蒼い瞳の奥には、確かな焦燥と、自責の念が渦巻いていた。


「ダメだよ!ミカちゃんはこの基地の司令官でしょ!? ここを空けるなんて許されない!」


「あいつの狙いは私っす!私が白堊理研の成功例として生きている限り、奴はいつまでも拠点を襲い続ける。だったら、私が直接出て行って、過去の因縁に決着をつけるしかないっす!」


ミカが珍しく声を荒げた。

自分が生き残ってしまったことへの罪悪感。同じ地獄を見たはずの仲間が、自分を狙って無関係な者たちを巻き込んでいるという事実。それが、冷徹な司令官であるはずのミカを追い詰めていた。


「過去の亡霊が生み出したものは私が片付けるっす。大尉は、この基地のみんなを守ってほしいっす……」


ミカがポーンX1のヘルメットを被ろうとした瞬間、フレンダはその手をガシッと力強く掴んだ。


「……ッ、離すっす、大尉!」


「離さない。……ミカちゃんのバカ!」


フレンダはミカの手を強く握りしめたまま、真っ直ぐに彼女の目を見つめた。


「ミカちゃんが背負ってる過去がどれだけ重いか、私には全部は分からないかもしれない。でもね、ミカちゃんはもう白堊理研の犬なんかじゃない。私の相棒で、このリトルベースのみんなを守る、立派な司令官だよ!」


「でも、奴は……!」


「あいつの痛みがどれだけ深くても、今日を一生懸命生きて、明日を笑って迎えようとしてる人たちのご飯を奪っていい理由には絶対にならない。あいつが奪ったのはミカちゃんの過去じゃない。私たちの『今』と『未来』だよ」


フレンダの言葉に、ミカの瞳が揺れた。


「ミカちゃんはここでみんなを守って。私が……私が絶対にあいつをぶっ飛ばして、ミカちゃんの過去ごと目を覚まさせてくるから。だから、特盛のシチューを作って待ってて」


フレンダはいつものようにニカッと笑ってみせた。その裏表のない太陽のような笑顔に、ミカは小さく息を呑み、そして……観念したように、ふっと力を抜いた。


「……大尉の食い意地には、本当に呆れるっす」


ミカはポーンX1のヘルメットをデスクに置き、深く頭を下げた。


「……頼むっす、相棒。あいつを……止めてやってほしいっす」


「うん、任せて!」


フレンダはミカと力強く拳をぶつけ合うと、踵を返して格納庫へと走り出した。


『メイ!ロード・インパルス【Reloadead】、出撃準備!リミッター全解除で行くよ!』


インカム越しに叫ぶフレンダに、メイの心強い声が応える。


《了解しました。機体コンディション、オールグリーン。出撃シークエンスを開始します。……フレンダ、必ず勝って美味しいご飯を食べましょう》


「もちろん!腹ペコのままじゃ死んでも死にきれないからね!」


格納庫の巨大なゲートが開き、荒野の風が吹き込んでくる。

過去の憎悪に囚われた白き狼と、未来の食卓を守るための黒き獣。

終わりの見えない泥沼のゲリラ戦に終止符を打つため、フレンダは単騎で最終索敵の地へと出撃していった。

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