【守ったもの、これから守るもの】
戦いが終わった後、リトルベースに帰還したのは、陽がすっかり高くなった午後だった。
ルプス・インパルスは左前脚を大きく損傷したまま、ゆっくりと格納庫に入ってきた。紫と水色の装甲には戦いの傷跡が深く刻まれ、ところどころで煙が上がっている。それでも機体は、しっかりと自らの足で基地に帰り着いた。
フレンダはコックピットハッチを開け、疲れ切った体を外に下ろした。メイの声が、静かに響く。
《お疲れ様です、フレンダ。機体の損傷は大きいですが、修理すればまた戦えます》
「うん……ありがとう、メイ。お疲れ」
彼女は機体を優しく撫でるように触れた後、ミカのポーンX1が並んでいる方に歩いていった。
ミカはすでにアーマーを脱ぎ、作業服姿でフレンダを迎えた。彼女の青い瞳には、戦いの疲労と安堵が混じっていた。
「大尉……無事でよかったっす」
「ミカちゃんも、お疲れ様」
二人は自然と抱き合うように近づき、軽く肩を叩き合った。
「本当に……危なかったっすね」
「うん。でも、みんながいてくれたから、頑張れた」
フレンダは小さく笑った。その笑顔は、戦いの前よりも少しだけ大人びて見えた。
格納庫の入り口で、ハワード・クレインとレイチェル・フォードが待っていた。
彼らはすでに撤退の準備を整えており、残った護衛機とともに基地を離れようとしていた。ハワードは相変わらず穏やかな笑顔を浮かべていたが、その目には明らかに苛立ちが浮かんでいた。
「今回は、我々の敗北です」
彼は静かに認めた。
「しかし、これで終わりだと思わないでください。深淵は、あなたたちを簡単には見逃しません。次は、もっと大きな力で来るでしょう」
フレンダは、ハワードの顔を真っ直ぐに見つめた。
「それでも、私たちは戦うよ。みんなが安心してご飯を食べられる日常を守るために」
ハワードは小さく肩をすくめた。
「理想は美しいものですよ、大尉。ですが、現実はいつも残酷です。あなたがどれだけ抵抗しても、いつか限界が来る」
「来てもいい」
フレンダははっきりと答えた。
「その時も、私は一人じゃないから」
ミカが一歩前に出て、冷たい視線をハワードに向けた。
「次に来るなら、覚悟して来いっす。リトルベースは、もうお前たちに好き勝手はさせないっすから」
ハワードは小さく笑い、礼儀正しく頭を下げた。
「では、またいずれ」
彼らはそのまま、護衛機とともに基地を後にした。
フレンダとミカは、その背中を黙って見送った。
夜、リトルベースの格納庫の一角に、再び簡易的な食堂が作られた。
今回は、戦いの疲れを癒すための食事だった。フレンダが中心となって、残りの材料を最大限に活かした大きな鍋のシチューを作った。量はそれほど多くないが、熱々のスープと野菜、わずかな肉が、優しい香りを漂わせている。
兵士たちが次々と集まってくる。第一小隊の面々、リチャード整備班長、ガルム中尉、ビクトール中尉……みんな疲れた顔をしていたが、口元には笑みが浮かんでいた。
「大尉、本当にお疲れ様です」
ガルム中尉が、深々と頭を下げた。
「大尉が戦ってくれたおかげで、基地は守られました」
「ううん。みんなが一緒に戦ってくれたからだよ」
フレンダは、みんなにスープを配りながら優しく微笑んだ。
「今日は、遠慮なく食べて。少しでもお腹を満たして、ゆっくり休んでね」
ミカが、隣で静かにスープをすくっていた。
「大尉は相変わらずっすね。戦いが終わった直後なのに、みんなのことを一番に考えてるっす」
「だって……これが、私が守りたかったものだから」
フレンダは、熱いスープを一口飲んだ。
温かさが、胸の奥まで染み渡る。
「みんなが笑って、温かいご飯を食べられる。それが、私にとって一番大事なことなんだ」
周囲の兵士たちが、静かに頷いた。
「大尉がそう言ってくれると、俺たちも頑張れますよ」
リチャードが、油まみれの顔で親指を立てた。
「機体も、できる限り早く直しますよ。大尉」
「ありがとう、リチャードさん」
フレンダは、みんなの顔を順番に見回した。
ここにいる人たちは、みんな戦ってくれた。
傷つきながらも、彼女を守り、基地を守ってくれた。
(……私は、特別かもしれない。でも、それでも私は、ここにいていいんだ)
彼女は、そう静かに思った。
夜が更け、食堂が少しずつ静かになっていく中、フレンダとミカは最後に二人で残っていた。
二人は、小さなテーブルを囲んで、最後のスープを分け合っていた。
「ミカちゃん」
「なんっすか、大尉?」
「今日の戦い……本当にありがとう。ミカちゃんがいてくれたから、頑張れた」
ミカはスープの器を置き、フレンダの顔を真っ直ぐに見つめた。
「大尉が戦うと決めたなら、私も一緒に戦うのは当然っす。昔から、そうだったっすから」
彼女は少しだけ、声を柔らかくした。
「大尉は、私にとって大事な戦友っす。検体Fとか、そんな呼び方をする連中には、絶対に渡さないっす。これからも、ずっと」
フレンダの瞳が、わずかに潤んだ。
「ミカちゃん……」
「これからも、よろしくっす。大尉」
二人は、静かに笑い合った。
メイの声が、インカムから優しく響いた。
《私も、いつまでもフレンダの側にいます。これからも、よろしくお願いします》
フレンダは、インカムに向かって小さく頷いた。
「うん。メイも、ずっと一緒にいてね」
夜の格納庫に、ルプス・インパルスが静かに鎮座していた。
傷ついた機体は、すでに整備が始まっていた。紫色の装甲が、照明に照らされて美しく光る。
フレンダは、機体を見上げながら、小さく呟いた。
「ありがとう。今日も、みんなを守ってくれて」
彼女は、ゆっくりと目を閉じた。
戦いは終わった。
しかし、これで全てが解決したわけではないことを、彼女はわかっていた。
深淵の影は、まだどこかに潜んでいる。
次は、もっと大きな力でやってくるかもしれない。
それでも、フレンダは前を向いていた。
(私は、戦う。みんなが温かいご飯を食べられる世界を守るために。ミカちゃんやメイと一緒に)
彼女は静かに微笑んだ。
夜の風が、格納庫を優しく通り抜けていく。
その風は、どこか温かく感じられた。




