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【祝いのシチューと不穏な影】

・ルプス・インパルス改

ブロッケードアイビー戦後、尾部をロードインパルス仕様のトリックブレードに変更した姿。延長された強化型トリックブレードで更にしなやかな動きが可能となった。


【武装】

・インペリアルロアー【頭部】

・グラビティコントローラー【前後足裏、機体各部】

・ヴォーパルクロー改【両前足側面】

・チェーンガン【頭部右側面】

・グレネードランチャー【頭部左側面】

・強化型トリックブレード【尾部】


【制御AI】

KARMA・メイ

【搭載システム】

ゾアテックス

忘我廻廊

【ガバナー】

フレンダ・ディーコン


リトルベースの格納庫に、久しぶりの賑やかな声が響いていた。

ブロッケードアイビーとの戦いから三日が経過していた。

敵の残骸はすでに撤去され、補給路も一時的にではあるが安全が確認された。基地全体に、ようやく緊張の糸が緩んだ空気が流れている。

格納庫の片隅では、リチャード整備班長が油まみれの顔で親指を立てていた。


「やりましたね、大尉。ルプス・インパルスも思ったより損傷が少なかったですよ。メイの制御が上手かったみたいですね?」


「うん!メイが上手くカバーしてくれたよ。リチャードさんも、急な出撃準備ありがとう!」


フレンダ・ディーコン大尉は、いつものように明るく笑いながら答えた。金髪のショートボブが、格納庫の照明に照らされて少し跳ねている。ナイトアーマー【ビアンコ】はすでに脱ぎ、作業服姿だった。左腕に軽い打撲の痕は残っているが、彼女の表情に痛々しさは一切ない。


隣で、漆黒のポーンX1から降りてきたミカ・フォルクス少佐が、ため息混じりに頰を緩めた。


「大尉は相変わらずタフっすね。まぁ、今回は本当に危なかったっすけど……無事で何よりっす」


「ミカちゃんもお疲れ様!第一小隊のみんなも、よく頑張ったね」


フレンダは周囲を見回し、ガルム中尉やビクトール中尉、そして第一小隊の面々に頭を下げた。みんな疲れ切った顔をしていたが、口元には笑みが浮かんでいる。


「さて、今日は特別だよ!」


フレンダが両手を広げて宣言した。


「補給路が少しでも安全になったんだから、みんなでちゃんとご飯を食べよう!リチャードさんたちが倉庫から出してくれた保存食と、基地の残り物で、特製シチューを作っちゃう!」


「大尉が厨房に入るのか……」


ミカが呆れ半分、安心半分で呟いた。フレンダの料理は、味はともかく「量」と「温かさ」では右に出る者はいない。兵士たちの士気を最も効率的に上げる方法だと、基地内では半ば公認されていた。


「いいじゃないですか、少佐。たまにはこういうのも必要ですよ」


リチャードがにやりと笑う。


「そうだよ!みんなお腹ペコペコだと思うし、今日は遠慮なく食べていいからね!」


フレンダはそう言うと、早速厨房へと向かった。後ろからミカが「手伝うっす」とついてくる。


厨房はすでに、フレンダが事前に用意しておいた材料で賑わっていた。

大きな鍋が三つ並べられ、野菜や保存肉が山のように積まれている。フレンダはエプロンを着け、慣れた手つきで包丁を握っていた。隣ではミカが、指先を怪我しないよう慎重にじゃがいもを皮むきしている。


「ミカちゃん、皮むき上手くなったね」


「前よりはマシっす。大尉に何度も怒られたおかげっす」


「怒ってないよ。ただ『皮を厚く剥くと勿体ない』って言っただけ」


フレンダはくすくす笑いながら、鍋に水を張った。そこに、丁寧に切った野菜と、塩漬けしてあった肉を投入していく。香辛料は少ないが、代わりに基地で採れたハーブを少し加える。味はシンプルでも、火の通りを均等にし、じっくり煮込むことで旨味を出すのが彼女の流儀だった。


「大尉は、なんでこんなに料理が好きなんっすか?」


ミカがふと尋ねた。彼女の青い瞳には、純粋な疑問が浮かんでいる。

フレンダの手が少し止まった。


「……うん。昔からかな。食べ物があるってことは、生きてるってことだと思うの。戦ってる時も、『今日もご飯を食べられるように』って思うと、なんだか頑張れる気がして」


彼女は少し照れくさそうに笑った。


「それに、みんなが『美味しい』って笑顔になるのを見ると、私も嬉しいんだよね。特にお腹を空かせた兵士たちが、熱々のシチューをがぶがぶ飲むのを見ると……なんか、守ってる実感が湧くっていうか」


ミカは無言で頷いた。

彼女はフレンダのそういう部分が、昔から好きだった。

リトルベースで出会った頃から、フレンダは常に「誰かのために何かをする」ことを喜びとしていた。自分自身がクローンであるという重い事実を抱えながら、それでも前を向こうとする姿を、ミカは尊敬していた。


「大尉がそう言うなら、今日は遠慮なく作ってもらうっす」


「任せて!特大盛りでいくよ!」


夕暮れ時、格納庫の一角に簡易的な食堂が作られた。

長いテーブルがいくつも並べられ、兵士たちが次々と集まってくる。ルプス・インパルスは格納庫の奥で静かに鎮座しており、その横ではメイの声が時折通信で聞こえていた。


《フレンダ、シチューが出来上がったら教えてくださいね。私の分も、ちゃんと味見させてください》


「わかったよ、メイ!今から運ぶね!」


フレンダは大きな鍋を二つ、整備兵たちと一緒に運んできた。湯気が立ち上り、シンプルながらも心を温める香りが格納庫に広がる。


「いただきます!」

「うわっ、熱っ!でも美味しい……!」

「大尉のシチュー、相変わらず量がすごいっすね……」


兵士たちの笑い声と歓声が飛び交う。

フレンダは各テーブルを回り、追加の具材を配ったり、味の感想を聞いたりしながら、満面の笑みを浮かべていた。

ミカは少し離れた場所から、その光景を眺めていた。


ポーンX1のヘルメットを脱ぎ、作業服姿の彼女は、いつものジト目とは少し違う、柔らかい目で部下たちを見ていた。


(……これでいい。少なくとも今日は、みんなが笑ってご飯を食べられる)


そんな時だった。

格納庫の入り口から、基地の守衛が緊張した面持ちで入ってきた。


「少佐、LA本部から使者が到着しました。『臨時補給調整官』と名乗る方々です。……二名です」


食堂の空気が、わずかに静まった。

ミカの眉がわずかに寄る。


「本部から?こんなタイミングで……」


「はい。『今回の功績を称えて、特別な支援をしたい』とのことです。フレンダ大尉にも、ぜひお会いしたいそうです」


ミカはちらりと、厨房で笑っているフレンダの姿を見た。

まだ何も知らない。純粋に、みんなが喜んでくれていることに満足している。


「……わかったっす、案内して。場所はここでいいっす。みんながいる前で話してもらうっす」


「はっ」


守衛が去った後、ミカは小さく息を吐いた。


(何か、嫌な予感がするっす……)


数分後、二人の人物が格納庫に入ってきた。

一人は細身の男性。スーツ姿で、笑顔は丁寧だが、目は笑っていない。もう一人は少し年配の女性で、データ端末を片手に持っていた。二人とも、LA本部の格式高い制服を着用している。


「リトルベースの皆様、お疲れ様です。LA本部補給管理部より参りました、臨時補給調整官のハワード・クレインと申します」


男性が穏やかに頭を下げた。女性は無言で軽く会釈するだけだった。


「そしてこちらは、同じく調整官のレイチェル・フォードです」


「今回のブロッケードアイビー撃退、誠にお見事でした。特に、フレンダ・ディーコン大尉の活躍は本部でも高く評価されています」


ハワードがそう言うと、周囲の兵士たちの視線が一斉にフレンダへと向かった。

フレンダは鍋を持ったまま、少し戸惑った顔で二人を見ていた。


「えっと……ありがとうございます?」


「いえいえ、大尉こそ。本部としても、貴方の特殊な適性をもっと活かしたいと考えております」


ハワードの笑顔が、少しだけ深くなった。


「そこで、特別な『ガバナー適性検査』を本部にて受けていただきたいのです。フレンダ大尉のデータは、すでに本部で共有されていますから、準備は万端です」


その瞬間、ミカの背筋が凍りついた。


「データ……?」


彼女は低く、しかしはっきりと聞き返した。

ハワードは涼しい顔で頷いた。


「はい。検体Fのデータは、既に本部で共有されていますよ」


食堂に、静かな沈黙が落ちた。

フレンダはまだ笑顔を浮かべていたが、その目はわずかに細められていた。


「……検体F、って?」


彼女の声は、いつもの明るさとは少し違っていた。

ミカは無言でハワードの顔を睨みつけた。


(……やっぱり、変だっす)


格納庫の照明の下で、鍋から立ち上る湯気が、ゆっくりと二人の間に漂っていた。



夜が更け、リトルベースの格納庫は静かになっていた。

祝宴の残り香がまだ薄く漂う中、ミカ・フォルクス少佐は司令室のデスクに深く腰を下ろしていた。青いミドルボブの髪が、ホログラム端末の青白い光に照らされて少し揺れている。彼女の指は素早く端末を操作し、LA本部への直接通信回線を開いていた。


「こちらリトルベース司令官、ミカ・フォルクス少佐っす。緊急に本部補給管理部へ連絡したいっす」


通信が繋がるまでには、少し時間がかかった。

やがて、画面に中年の男性の顔が映し出された。制服の襟元に金色の徽章が光っている。補給管理部の次席、らしい。


「ミカ少佐か。こんな夜更けに何の用だ?」


ミカは無駄な前置きを省いた。


「本日、リトルベースに到着した臨時補給調整官、ハワード・クレインとレイチェル・フォードについてっす。彼らがフレンダ・ディーコン大尉に対して『特別なガバナー適性検査』を受けさせるよう要請してきたっす。本部からの正式な命令なのか、確認したいっす」


男性は一瞬、目を細めた。


「……それは本部が認めた正式な要請だ。フレンダ大尉の戦闘記録と生体データが、本部の研究部門で極めて高い評価を受けた。彼女の特殊な体質は、今後のヘキサギア運用において大きな可能性を秘めていると判断された」


ミカの指が、わずかに端末の縁を強く握った。


「特殊な体質、とは?」


「検体Fの再生力とヘキサグラム耐性のことだ。ブロッケードアイビー戦でのデータ解析結果が、本部に早くも届いていた。彼女の体は、通常のガバナーではありえない負荷に耐え、かつ短時間で回復する。……これは軍事的に極めて価値が高い」


ミカは息を詰めた。

検体F。

それはフレンダの本当の出自を指す言葉だった。癌細胞の化け物と呼ばれたフレデリカ・マーキュリーの体細胞から作られたクローン。極限環境への耐性と異常な回復力は、彼女が生まれ持った「特異」だった。


「……そのデータを、勝手に解析して本部に上げたのは誰っすか」


「それは我々の管轄外だ。とにかく、本部はフレンダ大尉を本部施設に招き、詳細な検査と適性評価を行いたいと考えている。検査が終われば、すぐにリトルベースに戻して構わない。期間は長くても二週間程度だ」


ミカは静かに、しかしはっきりと答えた。


「断るっす」


「……何?」


「フレンダ大尉は、リトルベース教導隊の隊長として必要っす。しかも、彼女本人が望んでいない検査に、強制的に連れて行くことはできないっす」


男性の表情がわずかに硬くなった。


「これは本部からの要請だ、ミカ少佐。拒否する権利はない」


「リトルベースは、白堊理研第八基地の管轄っす。本部補給管理部が直接命令を下す権限はないはずっす」


「補給を握っているのは我々だ。今回の特別予算と、追加の物資配給を凍結する権限も、我々にある」


ミカの瞳が、わずかに細められた。


「……脅しっすか」


「脅しではない、事実を伝えているだけだ。フレンダ大尉が協力してくれれば、リトルベースへの補給は大幅に増える。最新の機体パーツも優先的に回す。彼女が拒否すれば……その逆だ」


通信はそこで一度、沈黙した。

ミカはデスクに両肘をつき、指でこめかみを押した。

頭痛が、じわじわと広がってくる。


「フレンダ大尉の意思を尊重するっす。それが、私の結論っす」


「……ミカ少佐。君は優秀な司令官だ。だが、時として司令官は、部下のためにも『上』の命令に従う必要がある」


「フレンダ大尉は、私の部下であると同時に、戦友っす。彼女を、ただの『検体』として扱うことはできないっす」


通信を切った後、ミカはしばらく動かなかった。

司令室の窓の外では、夜の荒野が静かに広がっている。赤茶けた大地に、わずかな月明かりが落ちていた。


(……どうするっすか)


彼女は小さく呟いた。

フレンダを守ることは、ミカにとって当然のことだった。

白堊理研の施設で共に生き残り、バディとして死線をくぐり抜けてきた。

フレンダが「検体F」として扱われることだけは、絶対に許したくなかった。


だが同時に、彼女は司令官だった。

リトルベース全体の補給と安全を預かっている。

深淵側の影が動いている今、補給が滞れば、基地の兵士たちだけでなく、近隣の民間人にも影響が出る。


「……くそっす」


ミカは珍しく、口汚く呟いた。


その頃、フレンダは格納庫の片隅で、ルプス・インパルスの整備を見守っていた。

機体はまだ戦闘後の点検中だった。紫と水色の装甲が、照明に照らされて美しく光っている。尾部の強化型トリックブレードが、わずかに損傷を受けていた。

フレンダは作業服の袖をまくり、整備兵たちと一緒に工具を手にしていた。


「ここ、ちょっと緩んでるかも」


「大尉、そんな細かいところまで気づくんですか?」


「うん。メイが教えてくれたの。『ここが少し変だ』って」


《フレンダ、左前脚の関節部に微細な歪みがあります。早めに修正した方が良いでしょう》


メイの声が、インカムから静かに響いた。

フレンダはにこっと笑った。


「やっぱりメイは頼りになるね。ありがとう」


彼女は工具を手に、整備兵の隣で一緒に作業を始めた。

戦いの疲れはまだ残っているはずなのに、彼女の動きに淀みはなかった。

やがて、ミカが格納庫に入ってくるのが見えた。


「ミカちゃん!まだ起きてたの?」


フレンダが明るく手を振った。ミカは少しだけ表情を緩め、近づいてきた。


「大尉、少し話があるっす」


フレンダは工具を置き、ミカの顔を見上げた。

いつものジト目とは違い、ミカの瞳にはどこか重いものが宿っていた。


「……どうしたの?」


「本部から、連絡が来たっす。ハワードたちの話……本当だったっす」


フレンダの笑顔が、わずかに揺らいだ。


「特例検査、ってやつ?」


「はい。フレンダ大尉の体質が、研究部門で高く評価されてるらしいっす。ブロッケードアイビー戦のデータが、早くも解析されたみたいっす」


フレンダは少しの間、黙っていた。


「……検体F、って言ってたよね。あの人たち」


「大尉……」


ミカは言葉を選びながら、続けた。


「大尉の体は、普通の人間とは違うっす。高い再生力と、ヘキサグラムに対する耐性……それが、軍事的に価値があると見なされてるっす。本部は、大尉を詳しく調べて、もっと活かしたいと思ってるみたいっす」


フレンダは自分の左腕を、そっと見下ろした。


「私、戦う時はいつも、機体と一緒に頑張ってるだけだよ。特別なことなんて、してない」


「大尉にとってはそうでも、周りから見れば『特別』なんっす。特に、今回の戦いでルプス・インパルスがあそこまで高出力で動いた記録は、目を引いたみたいっす」


フレンダは小さく息を吐いた。


「検査を受けたら……どうなるの?」


「本部施設で、詳しい生体検査と適性評価をするっす。終われば戻ってこられるって話だけど……」


ミカはそこで言葉を切った。

本当は、深淵側の本当の狙いが「研究」だけではないことを、彼女は感じていた。

金と権力のために動く連中が、フレンダの体を「利用価値が高い」と判断した以上、簡単には戻してこない可能性が高い。

だが、それを今ここで全部話すことは、フレンダを必要以上に追い詰めることになる。


「……大尉の意思を尊重するっす。私は、絶対に無理やり連れて行かせるつもりはないっす」


フレンダはミカの顔をじっと見た。


「ミカちゃん……心配してくれてるんだね」


「当然っす。大尉は、私の大事な戦友っすから」


フレンダは小さく微笑んだ。


「ありがとう。でも、私も考えさせて。みんなのためにも、ちゃんと判断したいから」


彼女はそう言うと、再び工具を手に取った。


「今はまだ整備が終わってないし。今日はみんなが笑ってご飯を食べられたんだから、それで十分だよ」


ミカは無言で頷いた。


(大尉は、いつもそうっす……自分のことより、みんなのことを先に考える)


だが同時に、彼女は覚悟を決めていた。


(それでも、私は守るっす。誰が相手でも、フレンダ大尉を渡すつもりはないっす)


夜の格納庫に、工具の音と、時折響くメイの冷静な声だけが、静かに響いていた。


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