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【接近と牽制】

朝の風が少し冷たかった。

フレンダ・ディーコン大尉はルプス・インパルスのコックピットに座り、操縦桿を両手で握りしめていた。格納庫の天井がゆっくりと開き、赤茶けた空が広がる。機体が前進を始めると、地面を踏みしめる振動が背中を通じて伝わってきた。


《出撃準備完了しました。フレンダ》


メイの声が落ち着いた調子で響く。


「ありがとう、メイ。今回は戦うんじゃなくて、相手の動きをちゃんと見るのが目的だよ」


《了解しています。情報収集を優先し、不要な戦闘は避ける方向で運用します》


フレンダは小さく息を吐いて、モニターに映る風景を見やった。

ブロッケードアイビーとの戦いはまだ終わっていない。数日前までは比較的穏やかだった基地の空気も、昨日の報告で再びわずかな緊張が走っていた。向こうが完全に姿を消したわけではなく、時折、補給ルート付近で反応を示しているという。


「待ってるだけじゃ、守れない」


フレンダは静かに呟いた。


「こっちから少し圧をかけて、相手の出方を探る。ちゃんと相手を見て、動く」


ルプス・インパルスが基地を離れていった。

現地に到着したのは約四十分後だった。

フレンダは機体を低く構え、遠距離から周囲を観察した。補給ルート付近の岩肌がむき出しになった場所に、大きな影が映っている。


ブロッケードアイビー。

六本の長い脚を地面に固定し、重厚なボディを低く構えている。その背中から突き出た異様に長い主砲がゆっくりと動いていた。

フレンダは息を呑む。


「相変わらず、でかい……」


《反応を確認しました。相手もこちらの接近を認識しているようです》


メイの声が冷静に告げた。

フレンダは機体を岩陰に隠し、距離を保ったまま観察を続けた。ブロッケードアイビーはこちらに向かって主砲を向けているが、すぐに撃ってくる様子はない。ただ、じっとこちらを見据えている。


「様子を見てる……のかな?」


《はい。積極的に攻撃を仕掛けてくる気配はありません。ただし、こちらが一定の距離まで近づけば、即座に反応すると予測されます》


フレンダは小さく頷いた。

今回は戦うことが目的ではない。相手の動きを丁寧に観察し、情報を集めることが優先だ。前回までの戦いのように無闇に距離を詰めようとは思っていなかった。


「メイ、相手の射撃パターンを記録して。少しずつ動きを読み取っていくよ」


《了解》


フレンダはルプス・インパルスをゆっくりと動かし始めた。岩陰を縫うように移動しながら、相手の反応を確かめる。

すると、ブロッケードアイビーの主砲がわずかに動き、こちらを捉えた。


「来る……」


フレンダは即座に機体を横に飛ばした。

次の瞬間、地面が大きく爆ぜた。青白い閃光が走り、土砂が舞い上がる。爆風がルプス・インパルスの装甲を叩いた。


「……っ!」


《射撃を確認。精度は高いですが、前回に比べるとわずかに間隔が開いています》


メイの声が即座に解析結果を伝えてきた。

フレンダは歯を食いしばりながら、別の岩陰に身を隠した。


「間隔が開いてる……?」


《はい。射撃後の主砲の再調整に、わずかながら時間がかかっているように見えます》


モニター越しに遠くに構える巨体を睨んだ。

前回の戦いでは相手の射撃がより素早く、執拗だった。けれど今は少しだけ反応が遅れているように感じる。


「これが……相手も警戒を強めている、ってことかな?」


静かに息を整える。

今回は焦らない。相手の射撃を誘いながら、じっくりと情報を集める。

フレンダはグラビティコントローラーを起動し、機体の質量を軽くした。足元が浮くような感覚とともに、ルプス・インパルスが滑るように前進を始める。

ブロッケードアイビーは再び主砲を動かした。


「来る!」


即座に方向を変え、岩陰に飛び込んだ。青白い光が間一髪で私の横を通過し、地面を抉る。

爆風を背中に受けながら、機体はさらに加速した。


「メイ、今の射撃の間隔は?」


《約十三秒。以前よりわずかに長くなっています》


「やっぱり、変化してる……」


歯を食いしばりながら、別の岩陰に身を隠した。

相手はこちらが近づこうとするたびに、砲撃を繰り返してくる。けれどその精度や間隔に、わずかながら読みやすさが出てきている気がした。


「メイ、相手の射撃パターンをもっと詳しく分析して。隙や癖がないか、調べて」


《了解。データを蓄積しながら解析します》


フレンダはルプス・インパルスを低く構え、再び動き始めた。

今回はただ突っ込むのではなく、相手の反応を見ながら少しずつ距離を詰めていく。岩陰を利用して身を隠し、相手が主砲を動かすタイミングを読みながら前進する。


ブロッケードアイビーは、執拗に砲撃を繰り返してきた。けれど、その射撃の合間にわずかな間が生まれている。


「これだ……」


機体を加速させ、岩陰から飛び出した。

次の瞬間、青白い光が後ろを通過する。


「っ!」


爆風を背中に受けながら、ルプス・インパルスはさらに前進した。距離は徐々に詰まっていく。


《射撃間隔がさらに開きました。主砲の再調整に時間がかかっているようです》


メイの声にわずかな手応えが混じっていた。

フレンダはモニター越しに、遠くに構える巨体を見た。


「相手も、ただ一方的に撃ってくるだけじゃなくなってる……」


(これが、ちゃんと相手を見て動く、ってことなんだ)


戦いは予想以上に長引いた。

フレンダは何度も距離を詰めようとし、ブロッケードアイビーは何度もそれを砲撃で跳ね返した。岩陰を縫うような機動と、グラビティコントローラーを使った急停止・急加速を繰り返しながら、相手の射撃パターンを丁寧に読み取っていく。

メイが随時、解析結果を伝えてくれた。


《射撃後の主砲の旋回速度が、以前よりわずかに低下しています。長時間の戦闘による負荷が蓄積している可能性があります》


「なるほど……」


フレンダは息を整えながら、機体を再び低く構えた。

相手はまだ強力だった。けれど、完全に無敵というわけではない。長距離砲撃に特化した機体だからこそ、接近戦に持ち込めば隙が生まれる。


「メイ、もう少し近づける?」


《現在の距離ではまだ危険域です。もう一段階距離を詰めるには、相手の射撃をもう一度かわす必要があります》


「分かった……」


フレンダは歯を食いしばりながら、タイミングを計った。

ブロッケードアイビーの主砲が光る。

フレンダは即座に飛び出した。青白い閃光が地面を抉り、爆風が背中を叩く。


「っ!」


爆風を背中に受けながら、さらに加速した。

距離が千メートル以内にまで迫っている。

しかし、ブロッケードアイビーは容赦しなかった。再び主砲が動き、正確にこちらを捉える。


「まだか……!」


ルプス・インパルスは急停止し、横に跳んだ。砲撃が間一髪で機体の横を通過する。

爆風が機体を揺らし、私は歯を食いしばった。


「……まだ、距離が遠い」


《このまま接近を続けると被弾のリスクが急激に上昇します》


メイの声が冷静に告げた。

フレンダはモニター越しに、遠くに構える巨体を見た。

まだ、決定的なダメージを与えられていない。けれど相手の動きにもわずかに変化が見え始めた。主砲の旋回が、以前よりわずかに遅くなっているように感じる。


「……メイ」


《はい》


「一旦、距離を取る」


フレンダは静かに言った。


「このまま突っ込んでも、いいところまで近づけない。いったん引いて回収したデータを整理する」


《了解しました。撤退ルートを設定します》


ルプス・インパルスを反転させ、岩陰を縫うように後退を始めた。

ブロッケードアイビーは、追撃してこなかった。ただ、静かに主砲をこちらに向けたまま、じっとしている。

また、今日はここまでだとでも言っているかのように。

フレンダは機体を低く構えながら、静かに息を吐いた。


「……まだ倒せないよね」


《はい、現時点での勝算は低いです》


メイの声は冷静だったが、わずかに悔しさが混じっているように聞こえた。

フレンダはモニターに映る巨体を最後にもう一度見つめる。


「でも……前よりは確実に近づけた」


(相手の射撃パターンも、少しは読めてきた。これが大事なんだ)


ルプス・インパルスは、ゆっくりと荒野を離れていった。

基地に帰還したのは夕方近くだった。

格納庫で機体を降りたフレンダは、整備班に軽く頭を下げてから、司令室に向かった。

ミカはすでに待っていた。


「大尉、お疲れっす」


「ミカちゃんも」


フレンダは彼女の隣に並んで、椅子に腰を下ろした。


「今回の偵察、どうだったっすか?」


ミカが静かに尋ねてきた。フレンダは少し考えてから、報告を始めた。


「相手の射撃パターンにわずかながら変化が見られた。射撃後の主砲の再調整に時間がかかっているみたいで、前回より少しだけ反応が遅くなってる」


「なるほどっすね」


ミカが腕を組んで、考え込むように目を細めた。


「長時間の戦闘による負荷が蓄積している可能性がある、ってことっすか」


「メイの解析でも、そう言ってた」


フレンダは小さく息を吐く。


「……前よりは確実に近づけた。相手もただ一方的に撃ってくるだけじゃなくなってる」


ミカが静かに頷いた。


「一定の成果はあったっすね。ただ、まだ油断はできないっす。ブロッケードアイビーはまだ補給ルート付近にいる」


「うん」


フレンダが頷く。


「次はもう少し近づけるかもしれない。相手の弱点も少しずつ見えてきた気がする」


ミカが少しだけ表情を緩めた。


「大尉、随分と慎重になったっすね」


「……そうかな?」


フレンダは小さく笑った。


「前は、ただ突っ込んでどうにかしようとしてたけど……今は、ちゃんと相手を見て動くようになった気がするっす」


ミカが静かに見つめていた。


「これは悪いことじゃないっすよ、大尉」


「うん」


フレンダは小さく頷いた。


「守るべきものがあるから、ちゃんと戦わないと」


夜。

フレンダはルプス・インパルスの格納庫を一人で訪れていた。

照明を落とした格納庫の中、機体が静かに佇んでいる。私はその前に立ち、しばらく見上げていた。


「まだ、倒せはしなかったけど……」


フレンダは小さく呟いた。


「前よりは、確実に近づけた。相手の動きも、少しずつ読めてきた」


《はい。今回の戦闘データは、次に活かせそうです》


メイの声が静かに響く。


「うん」


フレンダは機体に軽く触れながら、静かに続けた。


「ブロッケードアイビーとの戦いは、まだ終わっていない。でも少しずつだけど、前に進んでる気がする」


《はい》


メイの声は、いつものように冷静だった。

フレンダは機体から手を離し、後ろに下がった。


次は、もう少し近づけるかもしれない。相手の弱点も、もっと見えてくるかもしれない。


でも、焦らない。


ちゃんと相手を見て、守るために戦う。

フレンダは静かに息を吐いた。


「みんなが、安心して温かいご飯を食べられるように」


ルプス・インパルスは静かにその言葉を受け止めるように、闇の中に佇んでいた。

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