【再び動き出す影】
更に数日が経った。
ブロッケードアイビーとの戦いが一段落して以来、リトルベースには少しずつ穏やかな空気が戻りつつあった。
補給路が安定したことで、物資の入りが良くなり、食堂のメニューにも少しだけ幅が出てきた。兵士たちの表情も、以前に比べれば明らかに明るくなっている。
フレンダは朝の軽い巡回を終え、基地内を歩いていた。教導任務も、以前より少し余裕を持ってこなせるようになっていた。部下たちもフレンダの指示を、以前より素直に聞いてくれるようになった気がする。
「少しは落ち着いてきたかな……」
フレンダは小さく呟きながら、朝日を浴びた大地を見やった。
それでも、胸の奥のどこかで、引っかかるものは残っていた。
ブロッケードアイビーはまだ完全に姿を消していない。偵察部隊の報告でも「反応は薄れたが、完全にいなくなったわけではない」とあった。向こうが動かないからといって、こちらが完全に安心してしまっていいわけではない。
フレンダは静かに息を吐いた。
「まだ、油断はできないんだよね……」
午前中、偵察部隊から報告が入った。
内容は比較的簡潔なものだった。
「補給ルート付近で、ブロッケードアイビーと類似した反応を確認。直接的な攻撃行動は取っていないが、遠距離から監視しているような動きが見られる」
司令室に集まったミカとフレンダは、報告の内容を聞きながら顔を見合わせた。
「様子見、ってことっすね」
ミカが静かに言う。
「直接的な攻撃はないし、反応も薄い。向こうが動いていない以上、こちらも刺激せず、監視を続けるのが無難だと思うっす」
フレンダは少しの間、考え込んだ。
確かにミカの言う通りだ。無理に刺激して、また消耗戦に持ち込まれるのは避けたい。けれど……
「待ってるだけじゃ、結局何も変わらないよ」
フレンダは静かに言った。ミカがこちらを見て、わずかに眉を寄せた。
「大尉?」
「向こうが動かないのをいいことに、こっちも何もしないで待ってるだけじゃいつまで経っても安心できない。ブロッケードアイビーがまた補給路を塞いだら、みんながまた不安な思いをする。それだけは避けたい」
ミカはしばらく黙っていた。
やがて彼女は小さく息を吐いて、こちらを見た。
「つまり……こちらから動く、ってことっすか?」
「うん」
フレンダは力強く頷いた。
「向こうが動くのを待つのではなく、こちらから少し圧をかけて相手の出方を探る。完全に戦うんじゃなくて、情報を集めることを主目的にする」
ミカが腕を組んで、考え込むように目を細めた。
「危険っすよ、大尉。単独で近づけばまた長距離砲撃を浴びせられる可能性が高いっす」
「分かってる。でも、待ってるだけじゃ守れない」
フレンダはミカの目を見て、はっきりと言った。
「ブロッケードアイビーがどこで何をしているのか、ちゃんと知っておきたい。でないとまたいきなり補給路を塞がれたときに、対応が遅れる」
ミカが再び沈黙した。
フレンダは彼女の表情を読み取りながら、静かに続けた。
「ミカちゃんが心配してくれるのは嬉しいよ。でも、私はちゃんと自分の身を守る。メイもいるし、ルプス・インパルスもある。無茶はしない」
「……大尉」
ミカが小さく息を吐いた。
「分かったっす、単独での偵察任務を認めるっす。ただし、戦闘は極力避けて情報を集めることを優先する。相手が動いたらすぐに撤退する。いいっすね?」
「了解」
フレンダは小さく微笑み、そしてお礼を言う。
「ありがとう、ミカちゃん」
「礼を言われる筋合いないっすよ」
ミカは少しだけ照れたように目を逸らした。
「それに……大尉がそう言うなら信じるっす。ただ、無理だけはしないでほしいっす」
「分かってる」
フレンダが軽く頷く。
「私、ちゃんと帰ってくるから」
夜。
フレンダはルプス・インパルスの格納庫を訪れていた。
照明を少し落とした格納庫の中、紫と水色の機体が静かに佇んでいる。フレンダはその前に立ち、しばらく見上げていた。
「また、出るよ」
小さく呟いた。
《はい、明日の偵察任務ですね》
メイの声が、静かに響いた。
「うん。今回は戦うんじゃなくて、相手の動きをちゃんと見るのが目的だよ。焦らず、ちゃんと相手を見て動く」
《了解しました。前回の戦闘データを基に最適な接近ルートと撤退ルートを準備しておきます》
「ありがとう、メイ」
フレンダは機体に軽く触れながら、静かに続けた。
「前はただ突っ込んでどうにかしようとしてた。でも今は、少し違う気がする。ちゃんと守るために、相手をちゃんと見る……それが大事なんだって」
メイは少しの間、沈黙した。
《フレンダは、変わりましたね》
「うん。少しは、ね」
二人は小さく笑った。
「ブロッケードアイビーがどこで何をしているのか、ちゃんと知っておきたい。でないと、またみんなが不安な思いをする。……それだけは、避けたいんだ」
《はい》
メイの声は、いつものように冷静だったが、どこか優しい響きが混じっていた。
フレンダは機体から手を離し、後ろに下がった。
「じゃあ明日はよろしく頼むよ、メイ」
《はい、いつでも》
フレンダは格納庫の出口に向かいながら、最後に一言だけ呟いた。
「次は、ちゃんと相手を見て動く」
出撃前夜、フレンダは食堂で軽く食事をとっていた。
今回は一人で、少し早めに食事を済ませるつもりだった。リチャードさんが厨房から顔を出して、にやりと笑う。
「また出るんですか、大尉?」
「うん。ちょっと様子を見てくるだけだよ」
フレンダはスプーンを手に取り、目の前のシチューを一口すくった。温かい。肉の旨味がしっかり染み込んだ優しい味だ。
リチャードさんが少しだけ声を落として、聞いた。
「大丈夫だと信じてますよ、大尉。またブロッケードアイビーが相手でも、大尉なら何とでもなります」
「今回は戦うんじゃなくて、様子を見るだけだよ。無茶はしない」
「……そうですか」
リチャード班長が、少しだけ安心したように頷いた。
「ならいいですけど、無理はしないでくださいよ?」
「ありがとう」
フレンダはもう一口、シチューを口に運んだ。
「また、温かいご飯を食べに帰ってくるから」
リチャード班長は小さく笑った。
「待ってますよ、大尉殿」
フレンダはスプーンを動かしながら、その笑顔に静かに思った。
(また、みんなと一緒にご飯を食べられるように。ちゃんと守らなきゃ)
夜の自室で、フレンダはベッドに横になりながら天井を見つめていた。
明日は再びブロッケードアイビーの反応を探るための偵察任務だ。今回は直接戦うつもりはない。相手の動きを丁寧に観察し、情報を集めることを優先する。
「待ってるだけじゃ、守れない」
フレンダは静かに呟いた。
「向こうが動かないのをいいことに、こっちも何もしないでいたら、また補給路を塞がれるかもしれない。みんなが不安な思いをする。それだけは、避けたい」
フレンダは目を閉じながら、静かに思った。
(次は、ちゃんと相手を見て動く。突っ込むんじゃなくて、ちゃんと見て、守るために動く。それが、今の私にできるやり方なんだ)
窓の外から、わずかな夜風が吹き込んできた。
フレンダはゆっくりと息を吐き、眠りについた。




