表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/26

【新たな封鎖】

リトルベースの司令室はいつものように静かだった。

窓の外では、赤茶けた大地に午後の陽が差し込んでいる。乾いた風が時折ガラスを叩く音だけが、室内の沈黙をわずかに掻き立てる。ミカ・フォルクス少佐はデスクに肘をつき、ホログラム端末に映る補給ルートのデータを睨んでいた。

彼女の青い瞳には相変わらず薄いクマが浮かんでいる。

フレンダはその隣に立ち、腕を組んでいた。


「また、変なのが出てきたみたいだね」


ミカが小さく息を吐いた。


「そうっすね。大尉。ちょうど良いタイミングで報告が上がってきました」


ミカが指を動かすとホログラムが切り替わる。北西方向の補給ルートを示す地図の一部が赤く点滅していた。

そこはリトルベースにとって、比較的重要度の高い物資輸送路の一つだ。白堊理研本部が壊滅して以来、残された補給網はどれも貴重で、どれかが切れるだけで基地全体の生活に影響が出る。


「昨夜から今日の朝にかけて、輸送コンボイが二隊、連絡を絶ったっす。護衛のヘキサギアも含めて、生存反応はほぼゼロ。現地に残った少数の兵士からの報告によると……」


ミカが少し言葉を詰まらせた。


「巨大な昆虫型のヘキサギアが遠距離から砲撃を繰り返して道を封鎖しているそうっす」


フレンダは小さく眉を寄せた。


「昆虫型……?」


「詳細はまだ少ないっす。ただ、生き残った兵士の証言では、六本の長い脚を持った大型機で、遠くから正確に狙ってくるそうっす。補給トラックを次々と撃ち抜き、道を塞ぐように瓦礫を積み上げていると」


ミカの声は冷静だったが、指先がわずかに端末の縁を強く握っているのが分かった。

フレンダは目を細めた。

巨大な昆虫型で、長距離砲撃を得意とする機体。補給路を物理的に封鎖する。

心当たりはすぐに一つだけ浮かんだ。


「……ブロッケードアイビー……」


ミカがこちらを見て、静かに頷いた。


「大尉は、覚えてるっすね」


「覚えてるよ、忘れられるわけない」


フレンダは小さく肩をすくめた。

一年ほど前、フレンダがまだロータス・プロトレクスに搭乗していた時の事だ。フレンダはメイと共に補給路に立ち塞がるブロッケードアイビーと遭遇した。


長く伸びた六本の脚。重厚なボディから突き出た、異様に長い主砲。遠距離から正確に狙ってくる砲撃は、まるで道を塞ぐことに特化したかのような精度と火力だった。


当時のフレンダはまだ第四世代ヘキサギアに充分に慣れきっておらず、メイと必死に連携しながら、ようやく撃破に持ち込んだ。


辛かった。かなり辛かった。


あの機体はただ強いだけじゃない。戦場を封鎖するという目的に特化しているからこそ、こちらの動きを制限しじわじわと消耗させていく。接近するまでが異常なまでに遠く、近づいても今度は別の武装で応戦してくる。


「前よりさらに大型化してるみたいっすね」


ミカが静かに言った。


「報告によると、全長は通常の第三世代ヘキサギアの倍近くあるそうです。スナイパーキャノンも特に長いものを装備していると」


フレンダは小さく息を吐いた。


「厄介だね」


「そうっす。大尉が過去に戦った個体とは別個体だと思われるっす。もしくは、改良型か」


ミカが再びデータをスクロールさせる。


「とにかく、このまま放置はできないっす。補給路が完全に塞がればリトルベースの食料と医療物資の備蓄が心許なくなるっす。特に、合成肉や保存食の輸送が止まれば……」


「みんなが温かいご飯を食べられなくなる」


フレンダは自然と、そう口にした。

ミカが少しだけ目を細めた。


「……相変わらずっすね、大尉は」


「だってそうでしょ?」


私は軽く肩を回した。


「白鳳嘴が本部を壊したってことは分かってる。ゼニス・リヴェールも。あいつらが今、何をしてるかは知らないけど、少なくとも今は動いてないみたいだし。それより問題なのは目の前で補給路を塞いでるこいつだよ」


私は窓の外を見やった。

赤茶けた大地の向こうには、まだいくつかの補給路が細々と繋がっている。けれど、そのうちの一つが塞がれば基地の生活は確実に厳しくなる。兵士たちの士気も、じわじわと削られていく。


フレンダは任務明けに食堂で食べる温かいシチューを思い浮かべた。

リチャードさんが少し多めに肉を入れてくれるやつ。メイが「カロリー過多です」と呆れながらも、ちゃんと記録を取ってくれるやつ。ミカが疲れた顔で「大尉は本当に食いしん坊っす」と言いながら、隣で一緒に食べるやつ。

そういう、ささやかな日常が、少しずつ削られていく。

それは、許せなかった。


「……出るよ」


フレンダが言うと、ミカが小さく息を詰めた。


「大尉」


「私だけでいい。ルプス・インパルスなら単独でも十分動ける。まずは状況を確認してくる」


「一人は危険っす」


ミカが珍しく強く言った。


「ブロッケードアイビーは長距離砲撃特化っす。接近するまでが異常なまでに遠い。万が一、罠を仕掛けられていたら……」


「分かってる」


フレンダはミカの言葉を遮るように穏やかに笑った。


「でも待ってるわけにはいかない。こいつが本気で補給路を封鎖し始めたら基地全体が困る。みんながご飯を満足に食べられなくなる。それだけは、避けたい」


ミカはしばらく黙っていた。

やがて、彼女は小さく息を吐き、諦めたように肩を落とした。


「……分かったっす。大尉の気持ちはよく分かってる。けど、無理はしないでほしいっす。メイとも連携して必要ならすぐに撤退する。いいっすね?」


「分かってるよ、ミカちゃん」


フレンダは軽く手を振った。


「私、意外と自分の身は大事にするタイプだから」


「全然意外じゃないっすけどね」


ミカが小さく微笑んだ。

その微笑みは、すぐに真剣な表情に戻った。


「では、ルプス・インパルスの出撃準備を整えましょう。メイにも連絡を入れておくっす。大尉は格納庫に向かってください」


「了解」


私は踵を返した。

司令室の扉が閉まる直前、ミカの声が背中に届いた。


「大尉」


「ん?」


「……気をつけて、帰ってきてくださいっす」


私は振り返らずに、軽く手を上げた。


「任せて。ご飯、食べに帰るから」


扉が閉まった。

廊下を歩きながら、私は少しだけ空を見上げた。

赤い空に、細い雲が流れている。


ブロッケードアイビー。

前はロータス・プロトレクスでメイと二人でやっと倒せた。あの時はまだ、機体との一体感も今ほどではなかった。機体を失いながら、意地と食欲で無理矢理もぎ取った勝利だった。


でも、今は違う。

ルプス・インパルスはマーナガルムとロード・インパルスの遺産が融合した機体だ。グラビティコントローラーの性能差もある。機動力は前より確実に上だ。


けれど、相手も強くなっている。

あの長距離からの砲撃を、どうやってかわしながら近づくか。

私は静かに息を吐いた。


「メイ」


《はい、フレンダ》


メイの声が、ナイトアーマーのインカムを通じて響いた。


「ブロッケードアイビー、覚えてる?」


《はい。ロータス・プロトレクスでの戦闘記録はすべて保持しています。あの機体は、長距離砲撃によるエリア封鎖を主眼とした設計です。接近戦を極端に嫌う傾向があります》


「そうなんだよね」


私は格納庫に向かう足を速めた。


「今回はルプス・インパルスだけど、高出力のグラビティコントローラーもあるし、機動力は前より高いはず。でも、相手もおそらく改良されてる。安易に近づいたら、痛い目を見るよね」


《慎重な運用を推奨します。フレンダの安全が最優先です》


「分かってるよ」


私は小さく笑った。


「でも、待ってるわけにはいかないんだ。みんなが温かいご飯を食べられるようにするためには、こいつをどうにかしないと」


格納庫の大きな扉が、ゆっくりと開いていく。

その奥で、紫と水色の装甲をまとったルプス・インパルスが、静かに佇んでいた。

私はその機体を見上げながら、静かに呟いた。


「行こう、メイ。また、みんなでご飯を食べられるように」


ルプス・インパルスのコックピットは、静かだった。

フレンダはシートに深く腰を下ろし、操縦桿を両手で握りしめた。紫と水色の装甲が視界の端に映り、微かに振動する機体の鼓動が背中を通じて伝わってくる。


《出撃準備、完了しました。フレンダ》


メイの声が落ち着いた調子で響く。


「ありがとう、メイ。じゃあ、行くよ」


フレンダは軽く息を吐いて、視線を正面のモニターに向けた。

格納庫の天井がゆっくりと開き、赤茶けた空が広がる。ルプス・インパルスの脚が地面を踏みしめ、機体がゆっくりと前進を始めた。


「ブロッケードアイビー……」


フレンダは小さく呟いた。

補給路が塞がれたという報告は、すでに基地全体に広まっている。生き残った兵士の証言によると、あの機体はかなり大型で、しかも長距離からの砲撃が非常に正確だという。


フレンダは過去の記憶を呼び起こした。

ロータス・プロトレクスに乗っていた頃、メイと二人で戦ったあの戦い。六本の長い脚を持ち、遠くから正確に狙ってくる姿は、今でも鮮明に覚えている。あの時は距離を詰めるまでに何度も砲撃をかわし、ようやく接近して決着をつけた。


今度はルプス・インパルスだ。

機動力は確実に上がっている。高出力のグラビティコントローラーもある。けれど、相手もおそらく同じ個体ではない。改良されている可能性が高い。


「メイ、到着までどのくらい?」


《現在速度で約四十分です。現地到着後、光学迷彩を展開して接近を推奨します》


「了解」


フレンダはモニターに映る荒野の景色を見ながら静かに考えを巡らせた。

補給路が完全に塞がれたら、基地の食料備蓄は確実に減っていく。特に温かいご飯を食べられる機会が減るのは、兵士たちの士気に直結する。

フレンダは小さく首を振った。


「今回は近づいて一気に決着をつけたいところだけど……そう上手くはいかないだろうね」


《はい。ブロッケードアイビーは長距離砲撃特化の設計です。接近を許さない戦法を取ってくる可能性が高いと予測されます》


「予想通りだね」


フレンダは苦笑した。

やがてモニターの向こうに、黒煙が上がっているのが見えてきた。


《目的地に接近中です。光学迷彩、展開します》


メイの声とともに、ルプス・インパルスの装甲表面がわずかに歪み、周囲の風景に溶け込んでいく。

フレンダは機体を低く構え、ゆっくりと前進を続けた。

やがて、視界の先にそれが現れた。

巨大な、昆虫のような機体だった。


六本の長く伸びた脚が地面を捉え、重厚なボディが低く構えている。その背中から、異様に長い主砲が突き出していた。スナイパーキャノンと呼ばれる装備だ。中でも特に長いという報告は誇張ではなかった。


ブロッケードアイビー。

その巨体は、まるでここから先は通さないと宣言しているかのように、補給路の中央に鎮座していた。周囲には、撃ち抜かれた輸送トラックの残骸がいくつも転がっている。


フレンダは息を呑んだ。


「……でかい」


《全長は通常の第三世代ヘキサギアの約二倍に相当します。火砲の射程も、通常の機体を大きく上回ると推測されます》


「前より、さらに厄介そう……」


フレンダは小さく呟いた。

その瞬間だった。

ブロッケードアイビーの主砲が、ゆっくりとこちらを向いた。


《警戒!砲撃の兆候を感知しました!》


メイの声が同時に響いた。

フレンダは即座に機体を横に飛ばした。

次の瞬間、地面が大きく爆ぜた。

青白い閃光が走り、岩肌が抉れ、土砂が舞い上がる。衝撃波がルプス・インパルスの装甲を叩いた。


「……っ!」


フレンダは歯を食いしばった。

あの距離からこの精度か。

前回の戦いより、さらに射程が伸びている。しかも、動きを読まれているような正確さだ。


「メイ、距離は!?」


《約三キロ。まだ、こちらの光学迷彩が完全に看破されているわけではないようです》


「でも、だいぶ正確に撃ってきてるね……」


フレンダは機体を低く構え直した。

ブロッケードアイビーは、再び主砲をこちらに向けている。六本の脚がわずかに動き、砲身の角度を微調整しているのが分かった。


「接近するしかないか……」


《推奨はしません。現時点での接近は極めて危険です》


メイの声は冷静だったが、わずかに緊張が混じっているのが伝わってきた。

フレンダはモニター越しに、遠くに構える巨体を睨んだ。


「分かってる。でも、このまま距離を取られたら、いつまで経っても近づけない。補給路は塞がれたままになる」


フレンダはグラビティコントローラーを起動した。

機体の質量が一時的に軽くなり、足元が浮くような感覚がした。


「行くよ、メイ」


《了解。グラビティコントローラー、最大出力。フレンダ、急加速します》


ルプス・インパルスが地面を蹴った。

次の瞬間、機体が大きく前進する。赤茶けた大地を滑るように駆け、岩の陰に身を隠しながら距離を詰めていく。

しかし、ブロッケードアイビーは容赦しなかった。


再び主砲が光り、地面が爆ぜる。

ルプス・インパルスは即座に方向を変え、横に跳んだ。爆風が背中を叩き、機体がわずかに傾く。


「くっ……!」


《左側面に軽い損傷。装甲に異常はありませんが、機体のバランスに影響が出ています》


「分かってる!」


フレンダは歯を食いしばりながら、さらに加速した。


距離はまだ二キロ以上ある。

このまま一直線に突っ込めば、確実に撃ち落とされる。岩陰や地形の起伏を利用しながら、ジグザグに近づいていくしかない。

ブロッケードアイビーの主砲が、再びこちらを捉えた。


「来る……!」


フレンダは即座にグラビティコントローラーを最大出力で使い、機体を横に飛ばした。

青白い光が間一髪で機体の横を通過する。爆風がルプス・インパルスの装甲を激しく叩いた。


「……っ!」


フレンダは額に浮かんだ汗を拭った。

前より、明らかに射撃の精度が上がっている。しかも、こちらの動きを読んでいるような間合いだ。


「メイ、この機体……前より賢くなってる?」


《可能性はあります。過去の戦闘データを学習しているか、または別の個体である可能性が高いです》


「どっちにしろ、厄介だね……」


フレンダは機体を再び低く構え、岩の陰に身を隠した。

ブロッケードアイビーは、動かない。六本の脚を地面に固定し、ただ主砲だけをこちらに向けている。まるでここから先は進めないと宣言しているかのようだ。


フレンダは静かに息を整えた。


「メイ、もう少し近づける?」


《現在の距離では危険域です。もう一段階、距離を詰めるには少なくとも一回は砲撃をかわす必要があります》


「分かった……」


フレンダはモニターに映る巨体を睨んだ。

前回の戦いでは、メイと必死に連携しながら、ようやく距離を詰めた。あの時はロータス・プロトレクスだった。今はルプス・インパルスだ。機動力は確実に上のはずだ。

けれど、相手も強くなっている。


フレンダは小さく息を吐いた。


「メイ、準備はいい?」


《いつでも》


「じゃあ、行くよ」


フレンダはグラビティコントローラーを再起動し、機体を前進させた。

次の瞬間、ブロッケードアイビーの主砲が光った。

ルプス・インパルスは即座に方向を変え、岩の陰から飛び出した。青白い閃光が地面を抉り、土砂が舞い上がる。

爆風を背中に受けながら、ルプス・インパルスはさらに加速した。


「あと少し……!」


距離は千五百メートルほどまで詰まっていた。

しかし、ブロッケードアイビーは容赦しなかった。

再び主砲が動き、正確にこちらを捉える。


「っ!」


ルプス・インパルスは急停止し、横に跳んだ。砲撃が間一髪で機体の横を通過する。

爆風が機体を揺らし、フレンダは歯を食いしばった。


「……まだ、距離が遠い」


《このまま接近を続けると被弾のリスクが急激に上昇します》


メイの声が冷静に告げた。

フレンダはモニター越しに、遠くに構える巨体を見た。

まだ、決定的なダメージを与えられていない。むしろ、こちらの方が少しずつ消耗している。


「……メイ」


《はい》


「一旦、距離を取る」


フレンダは静かに言った。


「このまま突っ込んでも、いいところまで近づけない。いったん引いて、別の方法を考える」


《了解しました。撤退ルートを設定します》


フレンダはルプス・インパルスを反転させ、岩陰を縫うように後退を始めた。

ブロッケードアイビーは、追撃してこなかった。ただ、静かに主砲をこちらに向けたまま、じっとしている。

まるで今日はここまでだ、とでも言っているかのように。

フレンダは機体を低く構えながら、静かに息を吐いた。


「……まだ、倒せないか」


《はい、現時点での勝算は低いです》


メイの声は冷静だったが、わずかに悔しさが混じっているように聞こえた。

フレンダはモニターに映る巨体を最後にもう一度見つめた。


「分かった、いったん基地に帰る。でも、次は……絶対に近づいてやる」


ルプス・インパルスは、ゆっくりと荒野を離れていった。

背後で、ブロッケードアイビーは動かず、ただ補給路を塞ぐように鎮座していた。





リトルベースの格納庫は、静かな緊張に包まれていた。

フレンダはルプス・インパルスのコックピットに座り、ゆっくりと息を整えていた。

数日前の初戦から、すでに三日が経過している。ブロッケードアイビーは依然として補給路を塞いだまま動かず、基地の備蓄は確実に減り始めていた。

ミカの声がインカムを通じて聞こえてきた。


「大尉、今回の作戦は前回より慎重に。無理な接近は避けて、じっくりと消耗させる方向でいきましょう」


「分かってるよ、ミカちゃん」


私は軽く返事をして、操縦桿を握り直した。


「今回は焦らない。距離を詰めながら、相手の射撃パターンを読む。メイと連携してできるだけ効率よくダメージを与える」


《了解しました。過去の戦闘データを基に、最適な接近ルートを算出しています》


メイの声が冷静に響く。

モニターに映るルプス・インパルスの状態を確認した。グラビティコントローラーの出力は安定している。忘我廻廊も、必要に応じて使える状態だ。


「じゃあ、行こう」


ルプス・インパルスが再び荒野へと飛び出した。

現地に到着したのは、約四十分後だった。


ブロッケードアイビーは前回と同じ位置にいた。六本の長い脚を地面に固定し、巨大な主砲をゆっくりと動かしている。その姿は、まるでまた来たのかと嘲笑っているかのように見えた。

フレンダは機体を岩陰に隠し、静かに観察した。


「メイ、状況は?」


《前回と大きな変化はありません。主砲の射程は依然として長く、こちらが接近すると即座に反応してきます》


「分かった……」


フレンダは息を吐いた。

前回の戦いでは距離を詰めようとして何度も砲撃をかわした。結果として、決定的なダメージを与えられず撤退することになった。

今回は違う。


「じっくりやる。相手が撃ってくるのを待って、隙を見て少しずつ近づく。焦らない」


《了解》


フレンダはルプス・インパルスを低く構え、ゆっくりと動き始めた。


最初の砲撃が来たのは、すぐにだった。

青白い閃光が地面を抉り、爆風が岩陰を叩く。即座に機体を横に飛ばし、別の岩陰に身を隠した。


「相変わらず、精度が高い……」


《射撃間隔は約十二秒。こちらが動くたびに、わずかに照準を修正してきます》


「つまり、完全にこちらを見てるってことだね」


フレンダは歯を食いしばった。

このままでは、いつまで経っても近づけない。けれど、無闇に突っ込めば前回と同じ結果になる。


「メイ、別のルートを考えよう。まっすぐ行くんじゃなくて、大きく回り込んで接近する」


《了解。地形データを基に、迂回ルートを提示します》


メイが即座に新しい進路を表示した。

フレンダはそれに従い、ルプス・インパルスを大きく左に回し始めた。岩陰を縫うように移動し、できるだけブロッケードアイビーの主砲から視線を外す。

しかし、相手は簡単には翻弄されなかった。

再び主砲が動き、正確にルプス・インパルスの進路を予測したように砲撃が飛んでくる。


「っ!」


機体は急停止し、グラビティコントローラーで機体を浮かせながら横に跳んだ。爆風が背中を叩き、機体が大きく傾く。


「くっ……、読まれてる……!」


《この機体、こちらの動きをかなり正確に把握しているようです。前回の戦闘データを学習している可能性が高いです》


メイの声にわずかな緊張が混じっていた。

フレンダはモニター越しに、遠くに構える巨体を睨んだ。


「なら……逆に、こっちも読んでやる」


ルプス・インパルスは一旦後退し、別の岩陰に身を隠した。


「メイ、相手の射撃パターンを分析して。撃ってくるタイミングと、わずかな隙を教えて」


《了解、分析を開始します》


数分後、メイが静かに報告してきた。


《射撃後、約二秒間、主砲の角度を微調整する時間があります。その間に動き出すとわずかに反応が遅れる可能性があります》


「二秒か……」


フレンダは息を吸い込んだ。


「じゃあ、その隙を狙う」


機体を再び低く構え、タイミングを計った。

ブロッケードアイビーの主砲が光る。

ルプス・インパルスは即座に飛び出した。

次の瞬間、青白い閃光が機体の横を通過する。爆風を背中に受けながら、ルプス・インパルスはさらに加速した。


「メイ、今!」


《了解。グラビティコントローラー、最大出力》


ルプス・インパルスが地面を蹴り、大きく前進する。

距離が千メートル近くまで詰まった。

しかし、ブロッケードアイビーはすぐに反応した。再び主砲が動き、正確にこちらを捉える。


「まだか……!」


フレンダは歯を食いしばりながら、岩陰に飛び込んだ。砲撃が地面を抉り、土砂が舞い上がる。


「くっ……!」


《損傷は軽微ですが、機体のバランスに影響が出ています》


メイの声が冷静に告げた。

フレンダは額の汗を拭いながら、静かに息を整えた。

まだ、決定的なダメージを与えられていない。けれど、前回よりは確実に距離を詰められている。


「メイ、もう一回やる」


《了解》


ルプス・インパルスは再び機体を低く構え、タイミングを計った。

この戦いは、焦っても勝てない。相手の射撃を読み、わずかな隙を突き、少しずつ距離を詰めていくしかない。

フレンダは静かに、しかし強く思った。

「このまま……じわじわと、近づいてやる。みんなが温かいご飯を食べられるように」


ルプス・インパルスが、再び動き出した。

その戦いは、結局、夕方近くまで続いた。

フレンダは何度も距離を詰めようとし、ブロッケードアイビーは何度もそれを砲撃で跳ね返した。岩陰を縫うような機動と、グラビティコントローラーを使った急停止・急加速を繰り返し、ようやく千メートル以内にまで迫った。


しかし、それ以上は進まなかった。


ブロッケードアイビーの主砲が、執拗にこちらを捉え続ける。しかも、射撃の精度は徐々に上がっていくように感じられた。


《これ以上の接近は危険です。機体の損傷も蓄積しています》


メイの声が静かに告げた。

私は歯を食いしばりながら、モニター越しに巨体を見た。

まだ、決定的な一撃は与えられていない。けれど、相手の動きにもわずかに変化が見え始めた。主砲の旋回が、以前よりわずかに遅くなっているように感じる。


「……分かった」


私は静かに言った。


「いったん、引く。でも、次は……もう少し近づける」


ルプス・インパルスを反転させ、私は再び後退を始めた。

ブロッケードアイビーは追撃してこなかった。ただ、じっとこちらを見据えたまま、主砲を構えている。

フレンダは機体を低く構えながら、静かに息を吐いた。


「メイ、今回の戦闘データ、全部記録して」


《はい。すべて保持しています》


「次は……もう少し、いいところまで行けるはず」


フレンダはモニターに映る巨体を最後にもう一度見つめた。


「まだ、倒せないけど……少しは、近づけた」


ルプス・インパルスは、ゆっくりと荒野を離れていった。

基地に帰還したのは、夜が近づく頃だった。

格納庫で機体を降りたフレンダは、疲れた体を揺らしながら、食堂に向かった。

扉を開けると、温かい空気とシチューの香りが漂ってきた。


リチャードさんが大きな鍋をかき混ぜていて、ミカがその隣で腕を組んで立っていた。


「大尉、おかえりっす」


ミカがこちらを見て、わずかに安堵した表情を浮かべた。


「無事でよかったっす。損傷は?」


「軽い方だよ。メイが上手くカバーしてくれた」


フレンダは小さく笑って、席に座った。

リチャードさんが大きな丼をテーブルに置いてくれた。中には、たっぷりの肉が入ったシチューが盛られている。


「今日も少し多めに入れときましたよ。大尉の好きに食べてください」


「……ありがとう」


私はスプーンを取って、温かいシチューを口に運んだ。

熱い。優しい味が、疲れた体に染み渡る。

ミカが隣に座り、静かに言った。


「ブロッケードアイビーとの戦いは、どうだったっすか?」


私はスプーンを止め、しばらく黙っていた。


「……まだ、倒せない。でも、前よりは近づけた。相手の射撃パターンも、少しは読めてきた気がする」


「そうっすか」


ミカが小さく頷いた。

私は再びスプーンを動かした。


「次は、もう少し近づけると思う。メイと相談しながら、ちゃんと準備して」


「……分かったっす。大尉がそう言うなら、信じるっす」


ミカが静かに微笑んだ。

私は温かいシチューをもう一口食べながら、窓の外を見た。

赤茶けた空が、ゆっくりと暗くなり始めている。

ブロッケードアイビーは、まだ補給路を塞いだままのはずだ。けれど、今日は少しだけ、道が開けるかもしれない。

私は静かに、しかし強く思った。


「次は……もう少し、近づいてやる。みんなが、ちゃんと温かいご飯を食べられるように」


私はもう一度、スプーンを口に運んだ。





リトルベースの格納庫にルプス・インパルスが帰還したのは、夜が深く更け始めた頃だった。

機体を降りたフレンダは、疲労で少し重くなった体を揺らしながら、整備班に軽く頭を下げた。

リチャード整備班長が油まみれの顔で親指を立ててくれた。


「やりましたね、大尉。損傷は思ったより軽そうです」


「メイが上手くカバーしてくれたから」


フレンダは小さく笑って、格納庫を後にした。

夜の基地は静かだった。赤い空はすっかり暗くなり、照明だけが通路を淡く照らしている。ブロッケードアイビーとの戦いは、結局、決着には至らなかった。けれど、完全に無駄だったわけではない。相手の射撃パターンをある程度読み、距離を詰めるための手応えは掴めた。

メイも「次に活かせるデータが蓄積された」と報告してくれている。


それでも、まだ補給路は完全に開いていない。

フレンダは歩きながら、静かに息を吐いた。


「まだ、道半ばか……」


司令室に向かう途中、フレンダは少しだけ足を止めた。窓の外に広がる暗い大地を眺めながら、ふと食堂のことを思い浮かべる。


今夜はどんなご飯が出るだろうか。

リチャードさんが、いつものように少し多めに肉を入れてくれるだろうか。ミカが疲れた顔で隣に座って、「大尉は本当に食いしん坊っす」と言いながら一緒に食べてくれるだろうか。


そのささやかな光景が、今のフレンダにとって、意外と大きな支えになっていた。

フレンダは小さく首を振って、再び歩き始めた。

司令室に入ると、ミカがすでに待っていた。

彼女はデスクの前に立ち、ホログラムに映る補給ルートのデータを睨んでいたが、フレンダの姿を見つけると、少しだけ表情を緩めた。


「大尉、お疲れっす」


「ミカちゃんも遅くまで起きてるね」


フレンダは軽く手を振って、彼女の隣に並んだ。


「戦闘の報告は、メイから送っておいたけど……どう?」


「一応、目を通したっす」


ミカがデータをスクロールさせながら、静かに言った。


「ブロッケードアイビーの射撃パターンをある程度読み、距離を詰めることに成功した、と。完全な撃破には至らなかったけど、相手の動きにわずかながら変化が見られたと」


「うん。それが限界だった」


フレンダは正直に答えた。


「前回よりは確実に近づけたけど、まだ決定的なダメージを与えられる距離までは行けなかった。相手も学習してるみたいで、こちらの動きをかなり正確に読んでくる」


ミカが小さく息を吐いた。


「そうっすか……。でも、進展がないわけじゃないっすね」


「そう思いたいところだけど」


フレンダは窓の外を見やった。

「まだ補給路は完全に開いていない。ブロッケードアイビーが完全に撤退したわけでもない。次にどう動くか、様子を見るしかない」


ミカが静かに頷いた。


「大尉の言う通りっす。無理に決着をつけようとして、こちらが消耗するのは避けたい。じっくりと、相手の隙を突いていくしかないっすね」


私は小さく微笑んだ。


「ミカちゃん、最近は司令官らしいこと言うようになったね」


「からかわないでほしいっす、大尉」


ミカは珍しく、少しだけ頰を膨らませた。


「それより……大尉こそ、無理はしてないっすか?」


「大丈夫だよ」


フレンダは軽く肩をすくめた。


「今回もメイが上手くサポートしてくれたし、機体も思ったより持ちこたえてくれた。疲れてはいるけど、まだ動ける」


「……そうっすか」


ミカが少しだけ視線を逸らした。


「大尉がそう言うなら、信じるっす。でも、もし少しでもおかしいところがあったら、すぐに報告してほしいっす」


「分かってるよ」


フレンダはミカの肩を軽く叩いた。


「私、意外と自分の体は大事にするタイプだから」


「全然意外じゃないっすけどね」


ミカが小さく微笑んだ。

その微笑みは、すぐに真剣な表情に戻った。


「それと……もう一つ、報告があるっす」


「ん?」


「大尉を襲った謎のレイブレード搭載機に関する情報は、相変わらず一切出てきていないっす。LA本部からも、何の連絡もない」


フレンダは静かに頷いた。


「……そっか」


白鳳嘴とゼニス・リヴェールが白堊理研本部を破壊した事実は、すでに判明している。けれど、フレンダたちを襲ったレイブレード搭載機については、今もなお何の手掛かりも得られていない。


それは、奇妙なことだった。

白鳳嘴のことは分かったのに、フレンダを半殺しにした機体のことは、まるで存在自体を抹消されたかのように情報が途絶えている。


「大尉は、どう思うっすか?」


ミカが静かに尋ねてきた。

フレンダは少し考えてから、素直に答えた。


「正直、よく分からない。でも……今は、ブロッケードアイビーの方を優先するしかないと思う」


フレンダは窓の外を見ながら、静かに続けた。


「レイブレードのことは、確かに気になる。白鳳嘴のことも完全に忘れたわけじゃない。でも、今この瞬間に基地のみんなの食卓を脅かしているのはブロッケードアイビーなんだ。そっちを放置して得体の知れない機体ばかり追っていても、意味がない気がする」


ミカはしばらく黙っていた。

やがて、彼女は小さく息を吐いて、頷いた。


「……分かったっす。大尉の言う通りっす。今は、目の前の敵をどうにかすることに集中する。レイブレードのことは情報が入り次第、改めて考えるっす」


「うん」


フレンダは軽く微笑んだ。


「ありがとう、ミカちゃん」


「礼を言われる筋合いないっすよ、大尉」


ミカが少しだけ照れたように目を逸らした。


「それより……大尉、食堂に行かないっすか?もうだいぶ遅いっすけど、リチャードが少し残してくれてるはずっす」


フレンダはその言葉を聞いて、自然と笑みがこぼれた。


「行こう」


「うん。今日は少し多めに肉を入れてくれるって言ってたっす」


食堂に入ったとき、思ったよりも明るい空気が流れていた。

夜遅い時間にもかかわらず、いくつかのテーブルに兵士たちが残っていて、静かに食事を楽しんでいる。戦闘が続いている中でも、こうして温かいご飯を食べられる時間があるのは、基地にとって大きな意味がある。


リチャードさんが厨房から顔を出して、大きな鍋を運んできてくれた。


「大尉、やりましたね。今日は特製です、肉を多めに入れときました」


「……ありがとう、リチャードさん」


フレンダは席に座り、目の前に置かれた丼を見つめた。

たっぷりの肉と野菜が入ったシチューが、湯気を立てている。熱い。優しい香りが、疲れた体に染み渡る。

ミカが隣に座り、スプーンを取った。


「大尉、ちゃんと食えっすよ。戦闘の後で栄養を取らないと、回復が遅れるっす」


「分かってるよ」


フレンダはスプーンを口に運んだ。

熱い。少し塩気が強めで、肉の旨味がしっかり染み込んだ味。リチャードさんが、わざと濃いめに味付けしてくれたのが分かった。


もう一口食べながら、静かに思った。


「これが、守るべきものなんだ……」


ブロッケードアイビーとの戦いは、まだ終わっていない。次にどう動くか、相手がどう出てくるかも分からない。けれど、今この瞬間に、こうして温かいご飯を食べられることは、確実に意味がある。

フレンダはスプーンを動かしながら、ミカに話しかけた。


「ミカちゃんは、どう思う?」


「ん、何がっすか?」


「このご飯をみんなで食べられる時間が、どれだけ大事か、ってこと」


ミカが少しだけ動きを止めた。

やがて、彼女は小さく微笑んだ。


「……大事っすよ、大尉。白堊理研本部が壊れて以来、基地の生活は確実に厳しくなってる。補給が滞れば、こういう温かいご飯を食べる機会も減る。兵士たちの士気も、じわじわと削られていくっす」


フレンダは静かに頷いた。


「だから、ブロッケードアイビーを放置できない」


「そうっす」


ミカがスプーンを置いて、フレンダを見た。


「大尉がただ強いから戦ってるわけじゃないってことは、みんな分かってるっす。……大尉が守ろうとしてるのは、こういう時間なんだって」


フレンダは少し照れくさくなって、目を逸らした。


「大げさだよ、そんな」


「大げさじゃないっす」


ミカは静かに、けれどはっきりと言った。


「大尉が戦ってるから、こうしてご飯を食べられる。……それだけで、十分に意味があるっす」


フレンダはしばらく黙っていた。

やがて、ゆっくりとスプーンを動かした。


「……ありがとう」


「礼を言われる筋合いないっすよ」


ミカが小さく微笑んだ。

フレンダはもう一口、温かいシチューを口に運んだ。

熱い。優しい。少しだけ、胸の奥が温かくなる。

食事が終わった後、フレンダは一人で少しだけ外に出た。

夜の風が、肌を少し冷たく撫でる。基地の照明が、遠くまで淡く光を落としている。

フレンダは少しだけ空を見上げた。

レイブレード搭載機のことは、まだ何も分からない。白鳳嘴とゼニス・リヴェールも、動いていない。ブロッケードアイビーとの戦いは、膠着状態のまま続いている。

いろいろなことが、曖昧なままだった。

けれど、フレンダはそれほど焦っていなかった。


「今は、これでいい」


フレンダは静かに呟いた。


「ブロッケードアイビーをどうにかする。補給路を開く。みんなが、ちゃんと温かいご飯を食べられるようにする。それができたら……その次に、考えればいい」


フレンダは小さく息を吐いて、食堂の方を振り返った。

ミカがまだ中で待っている。リチャードさんが、明日の朝食の準備を始めているかもしれない。メイは、機体のデータ整理をしているはずだ。

フレンダは踵を返した。


「行こう、まだ終わってないけど……。今夜は、少しだけ休もう」


夜の風を背中に受けながら、フレンダはゆっくりと食堂へと歩き始めた。

その背中は、少しだけ軽くなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ