第三話
次の日の放課後、ウルリッヒはフィリップの目を盗んで、中庭へと向かった。
今日こそ、キャサリンに近づきたい。もちろん、昨日の平民男子学生の事も聞きたい。
意気揚々と歩くウルリッヒの足がピタリと止まり、そのまま近くの木の影にさっと隠れた。
ウルリッヒの単独行為に嫌な予感を覚えていたフィリップは、慌ててそれに倣った。何があったのかと後ろから覗くと、キャサリンが昨日とはまた違う男子学生と話をしていた。
男子学生はこちらに背を向けていて、顔が見えない。
「久々の学園はいいね。でもさ、なかなか面白い留学先だったよ」
どうやら男子学生は留学していたようだ。
外交に力を入れているこの国は、将来を見据えて優秀な学生を近隣諸国へ留学させている。卒業間近の今、留学生たちも続々と帰国していた。
キャサリンは時折素振りの手を止め、男子学生ににこやかに相槌を打つ。なんだか仲は良さそうだ。前方からは、ウルリッヒの歯軋りが聞こえてくる。
「何か変わった国でね。みーんな、同じ名前なんだ。王族も貴族も平民も。何なら国にいる動物まで」
完全に素振りを止めたキャサリンが目を見開いた。いつもはあまり表情を変えないキャサリンの変化。ウルリッヒの歯軋りの音が、より大きくなる。
「あとね、その国は高位貴族のご令嬢も騎士として務めていたよ。キャサリンも行きたくなるよ」
「いいわね。他国で騎士になるのもありだわ」
「一緒に行くのも楽しそうだね。そうそう! 招待されたパーティーで婚約破棄騒動が起きてさ。でも、言い争ってる奴らみんな同じ名前だから、訳わかんなくなっちゃって。近衛と騎士団も出て来る騒ぎになったんだけど、どっちも赤い制服だし。俺、隣にいた奴に相関図書いて説明してもらったぞ。でも、説明してくれたそいつも同じ名前で」
ひどく砕けた口調に親密度を感じ、ますます不機嫌になるウルリッヒとは対照的に、キャサリンは声を上げて笑い出した。
公爵令嬢らしからぬその笑いと、それを当然のように受け止め一緒に笑う男子学生の姿に、ウルリッヒは唖然とした。
キャサリンにそんな親しい間柄の男がいたなんて……。
昨日の平民学生とは違い、この男子学生は一目で貴族とわかる。しかも、留学できるほどには優秀だ。
もしかして、キャサリンはこの男と婚約をしていて、卒業後は一緒に他国に行ってしまうかもしれない。
いや、婚約していなくても、キャサリンは他国に興味を持ってしまった。もし行ってしまったら、他国で婚約者を見つけてしまう……。
ウルリッヒは失意の中、フラフラと来た道を戻って行く。フィリップは留学の話が面白くてもう少し聞いていたかったが、仕方なくウルリッヒの後に続いた。
皇宮に帰っても、何やら難しい表情で考え込んでいたウルリッヒだったが、おもむろに書類にペンを走らせた。
その後ろでは、男子学生が留学していたであろう国に目星をつけたフィリップが、その国のことを調べていた。
「なかなか面白い国もあるもんですね。あ、殿下。あの留学生が誰か分りましたよ。キャサリン嬢の従兄弟の……あれ? 殿下?」
ついつい夢中になっていたフィリップは、完成した書類を持って慌てて出て行ったウルリッヒには気づかなかった。
「あー、あの平民についても調べたんだけどなー。まぁ、報告は今度でいいか」
コン、コン、コ――ガチャッ
「宰相、これを早急に議会にっ! あ、お祖父様!」
ウルリッヒは、返事も待たずにノックと共に宰相の執務室に入った。そこには宰相はおらず、代わりに前皇帝で祖父のアンドレアス・フォン・ベルクマンがいた。
「何を焦っておるのだ、ウルリッヒよ。まぁいい。そうだ、これは儂の旧友の前宰相フリッツだ。」
アンドレアスの隣には祖父と同じぐらいの年齢の、眼鏡を掛けたスマートな初老男性が立っていた。
「あ、フィリップのお祖父様の……」
「立派になられましたなぁ、殿下。フィリップからも話は聞いていますよ。しかし、アンドレアス様の若い頃にそっくりですね、良からぬ方面に突っ走ってしまいそうな真っ直ぐなところなど……」
「んんっ。それで今日はどうした? こやつの息子の宰相殿は席を外しておるが。何だ、その書類は?」
フリッツから若気の至り話をされそうになったアンドレアスは、フリッツの話を遮り、ウルリッヒが手にしている書類について尋ねた。
「今日は、追加で新たに作る憲法案を持って参りました。宰相に目を通してもらおうと……」
アンドレアスがウルリッヒから書類を取り上げ目を通す。後ろから、フリッツもメガネを掛け直してそれを覗き込む。
一度目を通したアンドレアスとフリッツは、もう一度初めからじっくりと書類に目を通す。結局、三度読み直したアンドレアスとフリッツは、無言で見つめ合った。
「憲法39条1項、皇族の婚約者候補は、異性の友人を全て報告し許可を得る……許可がいる? 誰の?」
「2項、皇族の婚約者候補、特に公爵家の者が他国へ渡るのは禁止……うちは独裁国家でしたか?」
「3項、皇族の婚約者候補である公爵家の者が、他国の者と婚約を結ぶのは禁止とする……だいぶ特定してきたな」
「4項、キャサリンは、他国にも行かせないし他の男性と婚約させない……もはや、隠す気ゼロですね」
感想を述べつつ、アンドレアスとフリッツは、この愚案とも言えない駄案を呆れながら読み上げた。
こんな調子でつらつらと書かれている内容に、二人は目眩すら覚えた。発案者である当の本人の目は完全にキマっていて、自信満々にこちらを見ている。
「恐れながらウルリッヒ殿下……」
さすがにこれはないだろう、と意見しようとしたフリッツをアンドレアスが止めた。
「わかった。儂の特権で、この法案を通せんこともない」
「本当ですか?!」
「ただし条件がある。半年後の卒業パーティー。それまでにこの憲法を詰めて、卒業パーティーで公表しろ。そして、会場の賛成を三分の二以上得られたならば憲法として成立だ。但し、賛成を得られなかった場合は、儂が決めた相手と即結婚してもらう」
わかりました! と元気よく出ていくウルリッヒを、アンドレアスとフリッツは何とも言えない表情で見送った。
「お前の孫息子でも、ウルリッヒを抑えるのは無理だったか」
「申し訳ございません。私も、キャサリン嬢の祖父ロルフでさえも、貴方を抑えることができませんでしたので……」
二人は自分たちの卒業パーティーでの失態を思い出し、遠い目をした。
あの時のように愚行を止めてくれる聡明な婚約者が、ウルリッヒにいれば良かったのだが。
「とうの昔にこちらで決めた婚約者がキャサリン嬢だと、ウルリッヒ様にお伝えしなくていいのですか?」
「あれは未だに『候補者の名前を聞いたら婚約成立』だと思い込んでおる」
二人は頭を抱えたくなった。
「自分の気持ちも伝えられないくせに、法の力で好きな令嬢を手に入れようとする……そんな情けない奴は、一度ガツンとやられた方がいい。どこかで現実を見せねばならん。卒業パーティーには我々の同窓生も来るんだろう。楽しみだな」
あの頃の自分達には聡明な婚約者がいたので、問題の卒業パーティー後も順調に生きてこれた。
あの時、ロルフは婚約者に重い平手打ちを数発打たれ沈んだ。
フリッツは左利きの婚約者に掌底打ちされる予定だったし、アンドレアスは暗器でどうにかされていたはずだ。
しばらく二人は遠い目をしていたが、アンドレアスが何かを思い出した。
「キャサリン嬢は剣術に長けているらしいな」
「ええ、公爵家初の女性騎士になるのが夢だとか」
「それは……大惨事だな」
ウルリッヒが受けるガツンを想像して、二人はため息を吐いた。
週末は1日2話投稿します。




