第二話
物議を醸した帝国憲法第36条6項『皇族の婚約者は、騎士爵以上であれば身分を問わない。また、皇族の配偶者は公務に支障が無い限り、騎士団に所属しても構わない』。
その制定から一年。
ウルリッヒたちは学園の最高学年へと進級した。
婚約を結ぶ年齢が上がった影響か、帝国では勉学や剣術に力を入れる令嬢が増えた。
もちろんキャサリンもである。
キャサリンは、公爵家初の女性騎士を目指して、毎日中庭で一人で鍛錬をしている。
五歳の頃からキャサリンに恋をしているウルリッヒだったが、その後はなぜか、キャサリンに会う機会はほとんどなかった。入学式でやっと、ウルリッヒはキャサリンと再会した。
幼い頃の可愛らしさとは違い、女性として完璧な美貌と、凛とした佇まいを身につけたキャサリン。ウルリッヒの恋心は、一気に加速し暴走した。しかし拗らせているため、どう行動していいのかわからない。
特に話し掛けるでもなく、とにかくキャサリンの側にいた。ウルリッヒの不審な行動は、全生徒が頻繁に目にすることとなる。
フィリップに婚約相手について聞かれたキャサリンは、将来公爵家を出て自ら騎士爵を賜るのもありだと言ってのけた。
公爵家を出て、騎士となったキャサリンとは結婚できない……。
焦ったウルリッヒは、とんでもなく私的な憲法『第36条1項』を、異例の速さで公布させてしまった。
皇太子殿下が申し込むのであれば、キャサリン嬢に婚約を申し込むのは諦めよう……そんな貴族令息は多かったが、変な憲法を作った当事者である殿下に動く様子がまったくない。
宰相の息子であるフィリップには、男子学生から毎日苦情が寄せられるようになった。早く話を進めろと……。
とうとう、キャサリンのハーバー公爵家に婚約を申し込みに行こうと考える者まで現れた。
「殿下、キャサリン嬢に婚約を申し込まないなら、皇帝陛下がお決めになったお相手と婚約することになりますよ。我々はもう最終学年です。半年後の卒業までに婚約者を見つけないと。ほら、他の学生の婚約にも関係しますし……」
今日も今日とて中庭で一人、ハニーブラウンの髪を纏め、キラキラと汗を飛ばし剣を振るキャサリン。ウルリッヒは、その姿を、教室内からオペラグラスで見物していた。
ウルリッヒの不審ぶりを見ていられなくなったフィリップは、ウルリッヒがキャサリンの側に行くことを禁止していた。
オペラグラスでの盗み見は、ウルリッヒの苦肉の策らしい。もはや奇行だった。
「嫌だ。ずっとキャサリン嬢としか結婚しないと言っているではないか」
オペラグラスから目を離さず、ウルリッヒが答える。
「お相手のご令嬢の名前だけでもお聞きになって……」
「ダメだ! 名前を聞いてしまったら最後、その令嬢と強制的に婚約させられるだろう」
じゃあ、覗きなんてしてないで仕掛けろよと、フィリップが心の中で悪態をついた時、
「だ、誰だ! あの男はっ?!」
一人でいたはずのキャサリンは、いつの間にか茶色の髪の男子学生と話している。ウルリッヒの視線の先を見たフィリップが答える。
「あれは今年入学した特待生ですね、平民の」
学園は優秀な平民を毎年数名、特待生として入学させている。
キャサリンとその学生は初対面といった様子ではなく、旧知であるような仲の良さが窺えた。
あら厄介とフィリップが思った瞬間、やはりウルリッヒは厄介なことを言い出した。
「あの男を調べろ! なぜ、公爵令嬢のキャサリンと平民が?! そもそも平民とあんなに仲良くなる機会などないだろう。くそー、平民め!」
「将来治世を築く方のお言葉とは、とても思えません」
フィリップに嗜められ自分の失言に気づいたウルリッヒは、「……すまない、平民」と小さく呟いた。
その後もオペラグラスを覗いては歯をぎりぎりさせていたウルリッヒは、突然教室の出口へと走り出した。
ちらりと外を見たフィリップは、キャサリンと男子学生が並んで門の方へ歩いて行く姿を見た。ウルリッヒは二人を追い掛けるようだ。
しかしウルリッヒは、皇太子としての執務がある。フィリップが窓から見守っていると、案の定、ウルリッヒは門付近で待ち構えていた迎えの者に捕まり、馬車まで連行されてしまう。
皇族専用の馬車に乗せられる直前、ウルリッヒはフィリップに向かって叫んだ。
「あの男を調べておけよ! ただし尾行はするな、紳士として失礼だからな! ……観察は構わんが!」
フィリップは、ウルリッヒの叫びと共に小さくなっていく馬車に向かって一礼しながら呟いた。
「覗きはいいのか?」




