第三話
タイトルを一部修正しました。
卒業パーティーの翌日。皇宮内の謁見の間には、ロルフと父親のハーバー公爵、フリッツと父で宰相であるブラウン侯爵の姿があった。
そこに、頬を腫らしたアンドレアスと皇帝、皇后が現れ、最後にリリーとリリーの養父ハイネ男爵も姿を見せた。
「詳しい経緯は、アンドレアスの馬鹿に聞いた」
皇帝がアンドレアスをギロリと睨みながら言うと、アンドレアスは居心地悪そうに身を縮めた。ロルフとフリッツも昨晩、両親の厳しい事情聴取にあっていた。
「高位貴族の身分でありながら、家や国が決めた婚約者を捨てて自由に恋愛したいだと? 自由にしたいのであれば、なぜ身分にあった贅沢を甘受している? さっさと平民に身を落として自由にすればいいだろう」
皇帝は吐き捨てるように言った。貴族は税で贅沢な環境を享受する代わりに、国の為に身を捧げる。結婚も然りで、これは貴族の常識である。
「何を浮かれているのかは知らんが、そんな常識さえ忘れてしまう恥晒しなど要らん」
皇帝の厳しい言葉に、三人は顔色を悪くした。
「それに関しては、私も大変腹が立っております。発言をお許し下さい」
静かに聞いていたハイネ男爵が口を開いた。男爵の隣にいるリリーは俯いているが、その表情は厳しい。
「リリーは、そこの男子学生たちとは結婚の約束はおろか、恋愛感情も持っていないと申しております」
男爵の言葉に、アンドレアス、ロルフ、フリッツは、冷や水を浴びせられたように固まる。
リリー嬢はどう思う、と皇帝がリリーに発言を促す。リリーがゆっくり顔を上げた。
「はい、その通りでございます。入学してすぐに、三人にはやたら声を掛けられ困っておりました。私は平民で孤児でしたので、勉学に励み、マナーを習得するのに専念しておりました。忙しいと断ったのですが、三人が所属する生徒会に入れられ、放課後の孤児院でのお手伝いが出来なくなることも少なくありませんでした」
リリーは、養女にしてもらった恩返しに、一日でも早く立派な大人になりたいと頑張っていた。一方の三人は、地位の高い自分たちと楽しくお茶をしていれば、それがリリーにとっての幸せだと信じて疑わなかった。
三人は、自分たちの思い上がりと浅はかさに気づくと同時に、羞恥心で顔を赤くした。
「いらぬ誤解とやっかみを受けることもあって、大変迷惑でした。それに気づいて助けて下さったのが、マーガレーテ様、ウェンディ様、ナディア様です。いつも私を庇って下さり、今回の件も任せなさいとおっしゃって……」
リリーは少し涙ぐむ。そしてアンドレアス、ロルフ、フリッツをきっと睨んだ。
「そんな方々に何をなさるおつもりだったのでしょう? あの場で求婚されていたら、身分差により私は拒否できませんでした。本当に恐ろしい!」
初めて見るリリーの怒りに、三人は項垂れるしかなかった。
「娘のリリーは孤児院でも慕われていました。我が男爵家で然るべき教育を受けさせた後は、孤児院の運営を任せようと考えています。リリーもそれが夢だと言う。そんなリリーに、あなた方は何を勝手なことを望んでいたのでしょう。男爵家の養女だからといって、どうにでも出来るとお思いでしたか?」
人格者で温厚、穏やかと評判のハイネ男爵の怒りを含んだ言葉に、親たちも青くなる。
「特にね、あなた。アンドレアス」
それまで扇子で、口元を隠し黙って見ていた皇后が話す。
「どうやって順番を決めたかは分からないけど。もし、アンドレアスが一番にマーガレーテに婚約破棄を申し出て、マーガレーテがそれを止めようとしていたら、マーガレーテは死罪になっていたでしょうね」
アンドレアスの喉がひゅっと鳴る。あの場で止めるには、マーガレーテも力づくになるだろう。婚約者と言えども皇太子に手を上げたとなると、一番重い刑が課せられる。マーガレーテは暗器も持っていたな……アンドレアスは思い出して青くなった。
「自分勝手な婚約破棄で、罪の無い命が消えて、その上でどう幸せになれるのかしら? リリー嬢は、それを喜ぶような人なのかしら?」
つくづく浅慮だわ、と皇后が冷たい目を向けて吐き捨てた。
「とにかく、お前たちはリリー嬢に多大な迷惑を掛け、マーガレーテ、ウェンディ嬢、ナディア嬢によって助けられた。特にウェンディ嬢にはな。リリー嬢には、お前たち個人の資産で慰謝料を払え。後は各家同士で話し合え。以上だ」
その後、各婚約者の家を訪れた三人は、頭を下げて心から謝罪した。
皇帝と宰相も、すぐに今回の尻拭い……対策を始めた。
「同様の婚約破棄騒動が、地方でも頻発しているようです」
「裁判所も限界だな」
「はい。陛下、新たな法整備を」
法か……皇帝は深くため息を吐いた。
「恋愛ごっこで国を乱されてはたまらんからな」
こうして、驚異的な速さで一つの憲法が制定された。
それが、帝国憲法第24条1項 『婚約解消は、両性の合意のみに基づいて成立し、決して真実の愛などによる一方的なものであってはならない』だ。
通称『ウェンディ法』である。




