第92話 誰も正しくない
数字は、回復していた。
救助率は改善し、
物資配分も安定し始めている。
記名制度も、運用に乗り始めた。
遅れはある。
だが、破綻はない。
「……整ってきましたね」
若手事務官が言う。
「そう見えるな」
レインは、資料を閉じる。
だが、空気は軽くない。
午後。
新しい報告が届く。
> 医療配分
> 二名、同時重症
> 一名選択
> 一名、死亡
また同じ構図。
だが今回は、
迷いの記録が長い。
> 判断理由:年齢、回復見込み、家族状況を考慮
> 迷いあり
> 決定に三分要した
三分。
短い。
だが、その間に何があったかは、
数字では分からない。
ルカが言う。
「三分、長いな」
「だが、考えた結果だ」
レインが答える。
「考えて救えないなら、意味がない」
「考えなければ、同じことが繰り返される」
静かな衝突。
どちらも間違っていない。
だが、
どちらも救えていない。
沈黙。
俺は、ゆっくりと言う。
「誰も正しくない」
言葉が落ちる。
全員がこちらを見る。
「基準も」
「現場も」
「制度も」
否定ではない。
事実だ。
「だから、残す」
短い言葉。
レインが、静かに頷く。
ルカも、何も言わない。
否定しない。
夜。
帳簿を見る。
数字は整っている。
記録も増えている。
だが、
正しさはどこにもない。
あるのは、
選択だけだ。
選んで、
残して、
背負う。
それだけ。
成り上がりは、
正しさに辿り着く物語ではない。
**正しくないまま、
選び続ける物語だ。**
窓の外は、静かだ。
制度もまた、
静かに回っている。
正しさを持たないまま。
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