第89話 引き受ける名前
翌日の会議は、静かに始まった。
誰も、昨日の続きを口にしない。
だが、
全員が同じ場所に立っている。
宙に浮いた責任。
それを、どこに落とすか。
レインが資料を置く。
「制度改定案です」
紙は薄い。
だが、重い。
「医療配分および緊急判断において、
最終決定者の記名を義務化する」
沈黙。
「記名?」
若手官僚が聞き返す。
「誰が判断したかを明確にする」
「基準に従った場合でも、
その適用を選んだ者の名を残す」
会議室の空気が、わずかに揺れる。
「責任が集中します」
「判断を避ける者が出るかもしれない」
当然の反応だ。
レインは頷く。
「そうだろう」
「ではなぜ」
彼は、静かに答える。
「誰も引き受けない構造は、
制度ではない」
短い言葉。
だが、逃げ道を塞ぐ。
ルカが腕を組んだまま言う。
「現場は、最初から名前でやってる」
「中央もそうする」
レインは視線を逸らさない。
「基準に従ったとしても、
選択したのは人だ」
沈黙。
若手の一人が、小さく言う。
「……怖いですね」
「そうだな」
レインは否定しない。
「怖いから、必要だ」
午後。
試験導入が決まる。
報告書の末尾に、新しい欄が追加される。
> 最終決定者:____
空白。
だが、
もう空白ではいられない。
夜。
最初の記名報告が届く。
> 医療配分決定者:ルカ・フェル
短い。
それだけで十分だ。
ルカは、何も言わない。
だが、
その名前は消えない。
レインが、静かに言う。
「……これで、軽くはならない」
「軽くするためのものじゃない」
「重くなるだけです」
「そうだ」
彼は、わずかに息を吐く。
「それでも、必要だと?」
「責任は、誰かが持つしかない」
沈黙。
帳簿の横に、
名前が並び始める。
数字の隣に、
人の名。
それは、不完全だ。
だが、逃げていない。
成り上がりは、
責任を分散する物語ではない。
**責任を引き受ける名前を、
残す物語だ。**
窓の外は、静かだ。
制度の中で、
初めて“誰が決めたか”が、
消えずに残り始めていた。
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