四十五幕
「うわあ、人がいっぱいだあ」
エミリアナは目をキラキラとさせて市場を回っていた。
特筆することのない普通の市場だ。いや、スタンピードで物流が滞った解消後なので、普段よりも人出が多く、品薄の屋台も多い状態だった。それでも、エミリアナは貴族令嬢になってから買い物は御用達の商人を呼びつけるのが当たり前だったから、何もかもがもの珍しく映っていた。
テオドラは呆れ気味に苦笑していたが、隣を陣取って小声で時折補足説明をしていた。お嬢様とメイドというよりも仲の良い友人同士に見える。
フィデルはレイクスと数歩遅れて彼女たちに付き従っていた。本当はエミリアナの隣に並びたかったが、養父となったレイクスから紳士教育の指導が入ってこの並びである。
テオドラが串焼きや飴の小瓶のプレゼント話をしたせいで、『ちょおおおっと、父上と乙女心についてお話ししようか?』と強制連行中だった。
「相手の好みを外さないのは当然のことだが、やはり特別な日のプレゼントは後々まで思い出に残る物がよい。
・・・でないと、生涯に渡って語り継がれるとかイヤであろう?
妻と喧嘩になる度にネチネチと言われ続け、それを聞いた子供たちから『お父様、そんな物を贈ったの?』などと冷たい目で見られるのは心底からキツいぞ」
「・・・師匠、お子様はおられませんでしたよね。なんだか、物凄く哀愁漂う実感がこもっていますが?」
フィデルが不思議そうに告げると、レイクスは遠くを見る目になった。
「ああ、私には子供がいなかったが、甥や姪はいたからね。妻の愚痴を耳にして、『おじちゃまのセンスってば、さいあくう〜。だっさいねえ』などと言われた日には・・・」
「それはまた・・・、なんとも・・・」
フィデルもまた視線を彷徨わせて明言を避けた。
レイクスの甥や姪となると、商人に嫁いだ妹の子供だろう。商品を見る目は肥えているはずだ。幼い子供からダメ出しを喰らうとか・・・。
うん、確かに涙目になるな、と思わず納得してしまう。
フィデルはレイクスと話しながらもエミリアナからは目を離していなかった。
好奇心いっぱいであちらこちらを覗いて回るエミリアナは可愛らしく人目を引いている。隣に美少女のテオドラがいるから尚更目立っていた。
「お嬢さんたち、この辺の人じゃないでしょ。旅行者かい?」
屋台のおばさんから声をかけられてエミリアナが頷く。
「はい、親戚がこちらにいてスタンピードのお見舞いに来たのですけど、大した被害ではなかったようでして」
「観光でもしてから帰ることにしたのよ」
テオドラが後を続けて、おばさんがそうかいと納得している。
「領都は城壁があるから安全だけどね、スタンピードで棲家からはぐれた魔獣がいるから、外に出る時には気をつけるんだよ。
鍾乳洞のある湖がこの辺の観光名所なのだけど、まだ安全宣言が出されていないから見物に行ってはいけないよ。
買い物も品不足が解消されたばかりで、残念ながらお勧めできる物がないんだよ」
「でも、この焼き菓子とか美味しそうだわ。果実ではなく、芋類を使っていますね?」
残念そうなおばさんにテオドラが料理人目線で話しかけると、おばさんがタルト風の焼き菓子を手に取った。
「ああ、ここいらの特産品の栗芋と呼ばれる甘みの強い芋を使ったんだ。果実より甘さ控えめで腹持ちもいい物だから、冒険者に人気でね。
よかったら、味見してみるかい? 切り分けてあげるよ」
「え、ホント!」
「あら、いいのお?」
エミリアナとテオドラが顔を綻ばせた。二人とも一口サイズに切り分けてもらって味わっている。
エミリアナはお茶菓子に欲しいとタルトを買ったが、テオドラは栗芋の購入をしたいらしく売り場を尋ねていた。レイクスがさり気なく進みでてタルトの箱を受け取った。
「姪たちが気に入ったようだ。店主のお勧めは他にもあるかね?」
「おや、おじさんたちもいたのかい。あんたたちも味見してご覧よ」
おばさんは気前よくレイクスとフィデルにも切り分けてくれた。他にもクッキーやパイが置いてあって、レイクスは一通り購入した。おばさんがホクホク顔になる。
「毎度あり! 一袋おまけしておいたからね。気に入ったら、また来ておくれよ」
「ああ、滞在中は寄らせてもらうよ」
レイクスが荷物持ちを買ってでたから、少女たちはお礼を告げてお任せした。テオドラが特産品の栗芋を欲しがったから、次は野菜売り場だ。
フィデルは荷物持ちの手伝いを申し出たが、野菜のほうが重いからそちらを頼むと言われた。テオドラは栗芋の他にもこの地方にしかない食材を買う気満々だった。目が爛々としていて狩人の目つきになっている。
「・・・土産に農産物は却下されたのに、自分で買う分には構わないのか?」
フィデルが眉間にシワ寄せて不満そうに呟くと、レイクスから指導が入る。
「自分で買うのと土産にもらうのでは嬉しさが違うだろう。
土産は贈り物と一緒だ。相手のことを考えて贈る物だからね。レディーに農産物を贈るのは無粋ではないか?
それに料理人ならば自分の目で食材を見てみたいだろうし、他の物を贈ったほうが喜ばれると思わないか?」
「・・・そうかもしれませんね。ところで、師匠は奥様に何を買うおつもりですか?」
「奥様とか他人行儀だなあ。養子になるのだから、母上と呼びなさい。私のことも師匠ではなく、父上でよいのだよ?」
「今はまだエミリの護衛中ですから。公私の区別はつけたいと思います」
フィデルはまだレイクスを『父上』と呼んではいなかった。
なんだか、照れくさいというか、呼んだら負けの気がする。父上呼びをするのは回避不可能ギリギリまで粘るつもりだ。
野菜売り場ではテオドラが嬉々として目利きを発揮し、エミリアナは珍しげに眺めては時折質問していた。フィデルが荷物もちだ。テオドラが遠慮なく買い漁るが、持ちきれなくなったら人目につかないところで隠れ家に運ぶつもりである。
テオドラは冷蔵庫を利用すれば長持ちするから、大量に買っても問題はないと張り切っていた。
「ねえねえ、君たち。旅行者かな?
よかったら、観光案内をしてあげるよ。この先の町の近くに鍾乳洞がある湖があるんだけど、行ってみないかい」
軽薄そうな二人組の若い男性が声をかけてきた。テオドラが邪魔すんなとばかりに冷ややかに睨みつける。
「結構よ。買い物中なの。他を当たってくれる?」
「ええ、そんなあ、つれないなあ」
「野菜なんか買ってないでさ、俺たちと遊ぼうよ〜。ねえ、君もそう思うでしょ」
エミリアナに手を伸ばした男はピキッと固まった。ひんやりと漂う冷気が少女との間に壁を作り、いつの間にかに目の前に体格のよい男性が現れた。冒険者用の軽装でいつでも剣を抜ける構えだ。
「連れになんのようだ?
湖は安全宣言が出るまで行くなと忠告されたが、彼女たちをどこに連れて行くつもりだ」
「え、いやあ、そのう・・・」
「えっと、地元民なら大丈夫というか」
男たちはしどろもどろになるが、レイクスが穏和だが、目だけは笑っていない笑みで背後に回った。逃げ道を塞いでから、男たちの肩に親しげに手を置く。
「ほうほう、そうなのか。だが、地元民は大丈夫でも、観光客はダメな場所ではないのかな。
何かあった場合、君たちは責任を取れるのかね?
誘ってきたからには、もしもの場合は身命を賭して姪たちを守ってくれるのだろう? まさか、自分たちだけ逃げたりとかしないよねえ」
発言毎にレイクスの手に力が籠る。男たちは顔色を悪くして、モゴモゴと言い訳を口篭った。
「さあて、警備隊に君らの言い分を聞いてもらおうか。なあに、案じることはない。君らの言い分が正しかったら、何も問題はないのだから」
「ひっ、警備隊にだなんて大袈裟な!」
「ま、待ってください! 本当に湖に行く気はなくて・・・。
ただ、可愛い子に声かけるきっかけにしただけですう」
男たちは必死に謝ってくるから、レイクスは手の力を緩めた。
「そうか、ただのナンパだったのか。ナンパの基本は無理強いはしないことだぞ。
断られたならば、潔くひきなさい。力づくなど以ての外だ」
「「はいっ!! そうします」」
男たちは二重奏でハモると勢いよく逃走した。
ふっと鼻で笑って見送ったレイクスから女性陣は一歩離れて距離をとる。
「おじ様、ずいぶんとナンパとやらにお詳しいですわね?」
「経験者のお言葉のようでしたが、レイクス様には心当たりがお有りで?」
「おやおや、そんな目で見ないでくれ。私は妻一筋だ。
ただ、騎士仲間ではナンパに勤しむ者もいてな。ナンパがきっかけで縁を結ぶ者もいたから、耳にしただけだよ」
レイクスが困ったように笑うから、エミリアナたちは一応は納得した。レイクスの愛妻家ぶりは目にしていたし、熟年女性からの熱い秋波も無視していたのを見ていたから、彼の言い分を信じることにした。
フィデルだけは胡散臭いものを見る目を向けたが、一先ずは静観するつもりだ。
市場での買い物を終えると、一行はカフェに向かった。
オープンテラス席のあるお洒落な外観で、庶民の中でも富裕層が利用するカフェだ。アーロンのお薦めである。
エミリアナは令嬢生活では警備のしやすい個室ばかり利用してきたから外のテラス席を希望した。
テーブルの一つ一つに大きなパラソルが装備されていて、日差しはしっかりと遮られている。グラシアン王国よりも北方で夏といえど涼しい気候だが、やはり日中の日差しは強めだ。日陰があるのはありがたい。
エミリアナとテオドラが並んで座り、その向かいにフィデルとレイクスだ。フィデルはエミリアナの向かい側を確保できてホッとした。
エミリアナはテオドラとメニュー表を前に楽しそうに選んでいる。フィデルはエミリアナの笑顔を見守りながら、メニュー表を一瞥した。お茶の時間だったが、小腹が空いていたから軽食を頼む。レイクスはお茶だけで、女性陣はケーキセットを注文することにした。
テオドラがメニュー表を眺めて首を捻る。
「うーん、さすがにカフェでは郷土料理を扱っていないわねえ。居酒屋や定食屋じゃないと無理かしらあ?」
「居酒屋は遠慮してもらいたいな。酒が入るとガラが悪くなる連中はどこの国でもいる」
「師匠、定食屋ならアリでは?」
フィデルの提案にレイクスが思案顔になる。
野菜売り場で調理法も聞き込んだテオドラは郷土料理を味わってみたいと言い出した。自分の舌で味わってみないと微妙な味の違いや匙加減を図りかねるらしい。
アーロンは発掘現場に戻ってしまったから、情報を得るのはダニエルが到着するまでお預けだ。エミリアナも郷土料理に興味を示して待ちきれないようで、うずうずしているのが手に取るようにわかる。
「先ほどの店主にお勧めの店を聞いてみるか。腕の確かな料理人なら、上手い店を知っているだろう。
そろそろ、市場はお終いだったから、明日にでもまた行ってみよう」
レイクスの発言で郷土料理は後日になった。
おばさんお勧めの定食屋は昼のみの営業で酒類は置いていなかった。店主のこだわりで、酒よりも料理を味わえ、ということらしい。
この世界では飲酒に年齢制限はなく、子供でも酒精の弱い果実酒や薄めたものを飲んでいる。地方の農村などは雨季に井戸水が濁ることもあるから、酒類のほうが安全な飲み物だと認識されているのだ。
コース料理でなくても食前酒が出てくるのは当たり前で、食事処なのにアルコールなしは珍しい。
食前酒の代わりによく冷えたお茶をいただいたが、紅茶ではなかった。
夢の世界ではお茶というと緑茶や麦茶などを思い浮かべるが、今世では紅茶が主流だ。淹れたてが一番美味しいから冷やして飲むことは稀だった。いただいたお茶は薄い黄色をしていて飲んでみるとハーブティーのようだ。
「スッキリとした味ねえ。料理を邪魔しないお口直しにはこれくらいがいいかも・・・」
テオドラはお茶を味わいながら早速味の考察に入っている。
「ハーブティー、か? 祖国のものとはまた違った味がするけど」
「ふむ、妻が好きそうな味だ。後で聞いてみるか」
レイクスは妻への土産物に悩んでいたから、茶葉の購入を検討し始めた。
郷土料理は一品料理ばかりで、一皿の分量が多かった。とりわけ用の小皿をもらえたので、数種類の料理を頼んで味わうことにした。レイクスとフィデルはさらにパンとスープを頼んでいる。パンもスープもスタンダードなものだが、お代わりはご自由にと大皿に盛られてお代わりスペースに置いてある。
テオドラは味に満足したし、男性陣も量的には問題なく平らげた。
レイクスが店主に茶葉を尋ねると、カルサダ地方産のハーブを使ったブレンドティーとのことで、お得意先のお茶屋さんを紹介された。市場には出回っていないハーブや茶葉も扱っているそうで、観光客向けではなかった。店主が紹介してくれたからこそ行けるお茶屋さんだ。
お茶屋さんを訪れると、店内の棚に贈答品のお茶が飾ってあった。お茶缶のラベルにお好みの絵を選べるサービスがあって、水彩画のような淡い画風の風景画から色がはっきりとした幾何学模様までと色々な絵柄があった。
エミリアナとテオドラが悩みながら絵を選んでいる間、フィデルとレイクスは試飲用のお茶をいただいてお土産用の茶葉を決めていた。
「この絵も素敵だし、こっちも捨てがたいわあ〜。エミリはどれがいいと思う?」
「どっちも綺麗だけど、わたしはこの絵もいいと思うの」
テオドラとエミリアナが二人して頭を悩ませていると、店主から絵柄を頼んでいる工房で絵葉書の購入もできると教えられた。
「そうなんだあ、行ってみたいな〜」
エミリアナの一言で次の行き先が決定した。絵画の工房だ。
エミリアナたちは次々と店主の紹介先を訪ね歩き、カルサダ領都巡りを満喫していた。
ダニエルから到着予定日の連絡が来て、数日前にはアーロンも領都に到着して合流した。
スキル持ちの鑑定結果は領都の冒険者ギルドマスターが同席してお墨付きをくれることになっている。それを持ち帰ってグラシアン王家へ献上する予定だった。
エミリアナは結果がでたらセルダ家から除籍するので貴族籍がなくなる。貴族学園に通う資格がなくなるが、卒業までは後半年くらいだ。一代限りの準男爵位を得て、卒業までは在籍してはどうかと姉から提案された。どうやら、イラリオが入れ知恵したらしい。
フィデルは囲い込まれているなあ、と遠くを見る目になったが、エミリアナも除籍すると学園の友人とは挨拶もできないままお別れになってしまうと気にしていたから、姉の提案を熟考中だ。
エミリアナが貴族籍を断っていたのはフィデルと釣り合わなくなって家族でいられなくなると恐れていたからだ。でも、フィデルもレイクスと養子縁組したし、一代限りの一番下の貴族位ならば貴族の責務はほとんどなく、裕福な平民くらいの暮らしぶりになる。
赤狼に襲われた件では十分肝が冷えたし、ライネス家の庇護をより与えやすくなると言われれば、準男爵位をもらってもいいかな、とエミリアナは前向きに考えていた。
「ねえ、フィデル。わたしが準男爵になっても、わたしたちは家族だよね?」
「当たり前だ。エミリだって、俺がレイクス家の養子になっても、騎士爵を得て士爵になっても変わらないだろ」
フィデルが赤い瞳を和ませて答えると、エミリアナがぱあっと顔を輝かせた。
イラリオが思い描いた通りの展開になるのは気に食わないが、エミリアナがこれまで築いてきたもの全てを失くすのも忍びない。
フィデルはまあ仕方ないかと思い直して、栗色の頭をそっと撫でた。エミリアナはご機嫌になって、全開の笑顔でにこにことしている。
「・・・あの二人、子供の頃と変わっていないのだけど、大丈夫なのかしらあ。兄妹のような間柄のままだと、この先困るんじゃないのお?」
「まあ、おいおいでいいのではないかな。まだ、仮婚約の解消はできていないのだし」
呆れるテオドラに、レイクスが苦笑いで応じる。アーロンも肩をすくめていた。
「微笑ましいじゃれあいだな。まあ、気長に見守っていくしかないだろう」
三者三様、完全に保護者目線である。
エミリアナとフィデルは仲間たちから生温かく見守れていることには気づいていなかった。




