四十三幕
魔石は一つずつ丁寧に布に包まれていた。木箱に布を敷き詰めて魔石同士が触れ合わないようにしているが、運送時に一割以上は割れてダメになってしまうそうだ。
肉眼では確認できないくらいの些細な傷が振動によって広がっていくらしい。そのため、魔石は荷馬車での運送よりも収納スキルで運ぶのを推奨されていた。
「でも、収納量が少ないと、結局は荷馬車に頼るしかありません。家レベルの収納量は助かりますよ。
何往復もするのは嫌がられて、ここまで来てくれる収納スキル持ちはあまりいないですし」
「そうだったんですね」
「だから、ギルドに依頼を?」
「ええ、ここ以外にも魔獣が埋め立てにされた場所はありますが、ここが一番領都からは遠いので。募集をかけないとなかなか人手が集まらなくて」
責任者が苦笑して肩をすくめる。
エミリアナたちは責任者に施設を案内されて説明を受けていた。
魔石には楕円形や丸形など種別や個体差によって様々な大きさがあった。発掘現場では選別する暇はなく、ひたすら掘り起こして綺麗にして梱包するまでだ。運び込んだギルドで選別して修復作業を行ってから保管するという。
魔石の他にも比較的状態の良い爪や牙などの素材も採掘されていた。こちらは多少揺れても破損することはあまりないから、荷馬車で運ばれている。エミリアナの隠れ家には十分な空きがあるので、素材も一緒に運んでほしいと頼まれた。
隠れ家に運び込むのはレイクスとフィデルだ。見知らぬ他人を中に入れるのには躊躇いがあるし、隠れ家の細工に勘付かれては困るからだ。
隠れ家は【新築】で客室を三つ増やした。エミリアナたちの部屋のドアの向かいに新たなドアが三つ出現して、こちらの鍵も指紋認証タイプにした。エミリアナが招待しない限り客室の使用はできない。
客室の一つはレイクス用に整えたので、基本はフィデルの部屋と似ている。武器や武具の収納スペースも用意してあるから、レイクスは緊急事態に備えて予備の武器や装備を運び入れていた。
隠れ家のドアを開けてすぐの『穴蔵』だった場所は以前はエレベーターホールのようだったが、今では貴族家の大広間くらいの大きさになった。
エミリアナが【増築】で広げたのだ。
以前から、皆で過ごせる談話室のようなスペースが欲しいと思っていたし、今回は運搬時に人目に触れるだろうからこれくらいの大きさは必要だった。
貴族家の大広間はダンスも可能なパーティー会場になるから、かなり広い。十分、家レベルで通る大きさだ。
ドアからの採光だけでは薄暗いため、大型ランプを四隅に置いて光源を確保している。内部は相変わらず地肌のままで見た目はただの穴蔵だ。
立派なドアが出現したのに、内部は真っ暗な穴蔵で初めて目にする者は落胆を隠せないが、広さには納得した顔になる。『隠れ家』は収納量が家レベルのスキルなのだと誰もが認識していた。
魔石の梱包が溜まっているというので、エミリアナたちは梱包のお手伝いから始めた。
発掘作業とその護衛に人手が裂かれるから梱包は天候が悪い時にだけ行われていたそうだ。足を骨折した冒険者が一人いて、治るまでは梱包作業に割り振られていた。荷馬車に乗るくらいの量があれば十分だと思って、今まではのんびりと詰め込んでいたという。まさか、いきなり家サイズの収納量になるとは予想外だったらしい。
「護衛の報酬よりは下がるけど、梱包でも給金がもらえるし。何より、ここは滞在費も報酬に入っていて、食費込みなんだ。あたしら、貧乏な冒険者には有難い仕事なんだが、一人で延々と作業してると気が滅入ってねえ。
あんたたちが来てくれて助かったよ。
あたしの足じゃあ、木箱が運べなくて、いつも相棒が護衛が終わってから運んでくれてたし」
足を骨折したのはパロマという女性冒険者だった。彼女はD級で相棒はC級の女性冒険者だ。故郷が不作で飢饉に陥り、口べらしで奉公にだされたが、奉公先が倒産してしまったという。
「退職金ももらえなくてねえ。食い扶持を稼ぐために冒険者になったんだけどさ、装備を整えるのに金がかかってしまって。懐具合がカツカツだったから、ここの仕事はちょうどよかったのさ」
パロマの怪我は荷馬車の事故に巻き込まれてのものだから、治療費も支払われるそうだ。
「スタンピード後の荒地ではそんなに収入があるとは思われないのだが、冒険者ギルドから支払いがあるのかね?」
レイクスが不思議そうに尋ねると、パロマがパタパタと手を振った。
「いや、今回のスタンピードは異例の早さで収束したからね。そんなに損害はでてないそうなんだ。
人的被害もあまりなかったし、ここが荒地なのは元からだから、耕作地への影響もない。おかげであたしは治るまで食いはぐれることなくて助かってるよ」
「そうだったんですね」
「そんなに待遇がいいなら、あの冒険者もここの仕事を請負えばよかっただろうに」
「あの冒険者?」
フィデルが苦々しく愚痴ると、パロマが首を傾げた。
真紅のダニエラという女性冒険者に絡まれた話をすると、パロマが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ああ、あの女か。エミリちゃんたちも災難だったねえ。
あいつは腕前はA級に匹敵するけど、態度が悪いからB級から上がれないのさ。
依頼人には丁寧に接するけど、それ以外の人間には横柄というか。冒険者以外を、いや、冒険者でも自分より下の階級だと傍若無人に振る舞うし。
『怪力』のスキル持ちで有名なヤツなんだけどね、A級冒険者に絡んでここの責任者と揉めたそうだよ。ここには出禁にされたと聞いてる。
あんなヤツとは関わり合いにならなくて正解だよ」
「そのA級冒険者はダニエルさんのことか?」
フィデルが尋ねると、パロマがぱあっと顔を輝かせた。
「え、あんたたち、ダニエルさんの知り合いだったのかい! 早く言っておくれよ。
彼には世話になったから、お礼をしたいと思っていたんだ。連絡先を教えてなんて図々しいことは言わないからさ、せめて話ができるように伝えてほしいんだけど・・・」
「ダニエルさんなら、もう少ししたらこちらに来るはずです」
「そうなのかい。だったら、それまでには足を治しておかないとね」
パロマが怪我をした時に助けてくれたのがダニエルだという。パロマは気絶していたから、元気な姿を見せてお礼を言いたいようだ。
エミリアナたちが梱包作業に加わったので、数日間でも大分木箱が溜まった。他の素材の梱包も頼まれて、一週間後には領都に運ぶことになった。ちょうど、住民への根回しが済んだアーロンも同行してくれて警備は万全である。
エミリアナたちは馬での移動だ。一応、物資などの定期便があるのだが、荒地での舗装されていない街道は揺れがひどく、馬車だとぬかるみにハマったりして余計に時間がかかったりする。機動力と便利さでは馬のほうが優っていた。
エミリアナは行きと同じくレイクスに同乗させてもらった。フィデルとアーロンは隠れ家があるが、念のために携帯食料や非常用品などを運んでいる。
アーロンに隠れ家をお披露目したら、口も目も大きく見開いてぽかんとされてしまった。各国へ出向くこともある上級冒険者でも、これほど快適で便利な住まいにはお目にかかったことがないのだ。
「え、何これ。いやいやいや、いくらなんでも非常識すぎるだろ・・・」
「ええー、アーロンさんに言われたくないですよ」
頭を振るアーロンにエミリアナがぷくうと膨れる。
光魔法持ちのアーロンは幻影を見せて相手を惑わせたり、地形を誤認させたりしている。視覚を誤魔化せるほど詳細で繊細な幻影など、この世界には映像技術がないので、十分非常識な技のはずだ。
「いやあ、エミリはサラサール家の特徴を一番濃く受け継いだかもしれないな」
アーロンが苦笑混じりに教えてくれたことによると、サラサール一族では幼い頃に不思議な夢を見る者が多いらしい。
「この世界ではない不思議な世界の夢だ。
魔力はなく、機械文明が発達した世界で、人々は空飛ぶ乗り物や遠く離れた場所の人物と話せる機器を利用していた。
私も幼少期に見たことがある。その夢のおかげで通常ではないスキルの使い方を思いついたのだが、エミリは規格外だな」
「え・・・」
エミリアナは驚いた。
アーロンも夢を見ていたとは思わなかった。いや、彼はサラサール一族と言ったのだ。
どうやら、サラサールの血筋には転生者が多いらしい。でも、転生だと自覚するほど夢を頻繁に見る者は稀なのだろう。
「エミリも何か夢を見たのだろう?
ああ、詳しいことは聞かないから安心してくれ。夢の技術の情報は規格外のものが多いからな。秘匿しておいたほうがいい。
レイクス殿、くれぐれも隠れ家のことは内密にお頼みしますよ。もし、他家の貴族にでも知られたら、厄介だ。こんなに無防備な従妹が平民になるなんて、心配しかない。胃が痛くなりそうです」
「ご心配には及びませんよ」
腹をさすって顔色が悪いアーロンにレイクスが力強く請け負う。
「我が主はエミリアナ嬢の血筋を探った時にサラサール家のことも調べました。先祖代々、変わったスキル持ちが多いと興味を持たれて調べておりましたので、サラサール一族の特異性も承知しております。
エミリアナ嬢のスキルもハズレと偽っているのではと察していますので、何かあった場合には力になってくれるでしょう。
何より、エミリアナ嬢は主にも妹のように思われていますから、何も案じることはございません」
エミリアナはくすぐったい思いがして、そおっと首をすくめた。ルイシーナに本当の妹のように思っていると言われて嬉しかったが、イラリオもだとは思わなかった。
今世では孤児で家族の縁がないと諦めていたが、成長するにつれて様々な縁ができて喜ばしい限りだ。
フィデルはエミリアナが嬉しそうだから、まあいいかとこっそりと息を吐いた。
これまでは『エミリ』と愛称を呼ぶのは自分だけだったが、エミリアナが冒険者の通り名で『エミリ』と名乗ることにしたから、彼だけの呼び名ではなくなった。少しだけ残念に思うが、エミリアナの気持ちが一番大事だ。
エミリアナは従兄のアーロンにも懐いて、エミリ呼びも受け入れている。アーロンが兄ポジションにつくのは大歓迎だった。フィデルは別の家族枠に収まるつもりだし、エミリアナも了承してくれたのだから、気持ちには余裕がある。
早く、仮婚約解消で堂々とエミリアナの配偶者(予定でも可)を名乗りたいものだと考えていた。
領都までは街道以外の直通ルート、野山を大型馬で駆け抜けて二日の距離だ。慣れないエミリアナの体調を考慮して三日の旅程にした。大型馬も休憩をこまめにとるから走りづらい野山でも元気に疾走してくれる。
馬車だと街道以外の道はないし、宿場町毎に手紙や荷物の積み替えもあるから、一週間から十日ほどかかった。それも街道の状態が良好な場合なので、悪天候時はさらに旅程は伸びる。エミリアナたちは時間を優先した結果、町での宿泊は諦めて野宿するしかない。
エミリアナのスキルが隠れ家で良かったとしみじみ実感するのは風呂やトイレの時だ。就寝も寝心地の良いベッドで休めるから、特に年長者のレイクスには感謝されている。
騎士の仕事で伝令や早駆けを務める場合には野宿することが多く、レイクスも慣れてはいるが、やはり見知らぬ土地のスタンピード後では警戒心MAXで普通は心身ともに休めることはない。
「こんな便利で快適で、しかも安全とか。ああ、緊張感がどこかに行ってしまいそうだ・・・」
「張り詰めてばかりでは休んだとは言えないでしょう。気力体力共に万全の状態にしておくのは冒険の基本ですよ」
今のレイクスは冒険者なのだとアーロンから指導が入るが、こんなに楽な旅路の冒険者は他にいないとフィデルはツッコミたい。
「まあまあ、レイクス様、アーロン様。お茶のおかわりはいかがですか?」
テオドラがメイドモードで接してくる。
隠れ家内で過ごす時間は安全な領都で待機しているテオドラも一緒だ。エミリアナが大広間にした場所の一角に寛げる応接セットを設置した。エントランスホールの片隅にカフェでも備えた感じだった。
客室の一つを改装して馬小屋にしたから、馬たちも安全に寛いでいて馬泥棒の心配もない。
テオドラが食事の用意もしてくれるので、野宿とは思えない快適な旅生活である。今は食後のお茶を味わっていたところで、テオドラと情報交換だ。
スタンピードから数カ月が経っていた。世間では夏季休暇の時期で領都では苦学生のアルバイトが目立つようになったという。
貴族家の次男三男など婿入り先がなければ、王宮文官の準男爵位か騎士爵を自力で得なければならない。どちらも一代限りの爵位だが、子供は平民か下位貴族との婚姻は認められている。ただの平民から貴族に嫁ぐよりはマシな待遇になるのだ。
「フィデルが養子になってくれれば騎士への推薦も可能だし、ただの平民よりも審査が通りやすくなる。一代限りでも貴族籍があるのは心強いことだよ。寄子貴族の待遇を得られるからね」
レイクスがニコニコと悪気のない微笑みで告げてくるが、フィデルには外堀埋めとしか思えない。
まあ、エミリアナが目を輝かせて聞き入っているし、『フィデルの騎士姿って格好いいものねえ〜』と独り言をこぼしているから、半ば諦めモードで受け入れてはいるが。
テオドラがお茶を淹れてくれてから報告してきた。
「ダニエルさんから連絡が入りましたよ。あちらは順調だそうです。予定通りにカルサダ地方入りができると思います」
ダニエルの元義兄、ゴミ呼ばわりされている血統スキル持ちはギルドマスターの同席を強く求めたらしいが、一度はグラシアン王国まで来てくれたのにスタンピード発生でお流れになったのだ。多忙なギルドマスターに二度も他国にまで出向く余裕はない。
スキル持ちは泣く泣くダニエルとの二人旅で、しょっちゅう泣き言が入るらしい。ダニエルは上機嫌で脅しながら引き連れているとか。
「まあ、姉への仕打ちの恨みがあるだろうから、脅すくらいは仕方ないだろう」
「そうだな、ヤツのように暴力を振るったわけでもあるまいに。相変わらず、根性なしだな」
フィデルとアーロンが冷笑たっぷりに皮肉っている。他の者も大なり小なり同意できるので、黙って頷いたところでテオドラから追加報告だ。
「ダニエルさんから問い合わせがあったんだけど、B級冒険者の『真紅のダニエラ』という人物がまだ発掘現場やその付近にいるか確かめてほしいそうよ」
「あー、付近にはいたな」
「今もまだあの宿に泊まっているのかしら?」
フィデルとエミリアナが顔を見合わせていると、レイクスがアーロンとテオドラに説明していた。
「なあによ、それえ。ただの言いがかりじゃない。
ギルドに妨害行為だって訴えてもいいんじゃあない?」
テオドラが呆れたあまりに素に戻って騒いだ。アーロンも顔を曇らせている。
「発掘現場から出禁にしたが、まだあの辺りにいたのか・・・。街道沿いに現れる魔獣を狩っているのだろう」
「あれから十日以上は経つ。そろそろ、他の場所に移動する頃合いではないか?」
レイクスの言葉に皆で考え込んだが、帰路は街道を通らずに来たから最新情報は不明だ。
絡まれて不愉快な思いをしたダニエルにしてみれば、また出くわすのはごめんなのだろう。テオドラが領都の冒険者ギルドで情報を仕入れてみると提案してその場は解散になった。




