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わたしのスキルはハズレではありませんよ?  作者: みのみさ
第四章 冒険者のエミリアナ

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四十二幕

 サントスは目の前の相手と冒険者登録用紙を見比べた。

 新人冒険者にしてはとうがたっているが、貫禄のある中年男性だ。冒険者にしては立派な剣を持っていて、どことなく気品を感じさせる佇まいだった。もしかしたら、没落貴族かもしれない。


「おや、何か不備でもあったかね?」

「い、いいえ! 問題ありません」

 サントスは慌てて水盆を用意した。身元詮索などは御法度だった。興味津々でいたのが先輩にバレたら大目玉だ。

 サントスはスタンピード発生で人手が足りなくなったギルドに臨時で雇われたアルバイトだ。スタンピード後の後始末もまだまだ時間がかかるし、このまま職員にならないかと声をかけられている。資質に問題ありとされて本採用が見送られては困りものである。


「お待たせしました。こちらが冒険者カードになります」

 サントスはカードを手渡すと、カード使用時の注意事項を伝えた。目の前の新人冒険者はふむふむと頷いている。

「新人の皆様には冒険者活動の手引きとして初心者講習が受けられます。無料ですが、予約制となりますので、希望する場合はこちらに記入をお願いいたします」

「ほう、任意なのかね?」

「はい。必要ないと仰る方は講習を受けなくてもすぐに依頼を受けられますが、先輩冒険者からのありがたいアドバイスもありますから、講習を受けるのをお勧めしています。レイクスさんはいかがなさいますか?」

「ありがたいお話だが、弟子がC級冒険者でな。弟子から必要事項を教わろうと思っている」

「はあ、お弟子さん、ですか?」

 サントスは首を傾げた。

 師匠が新人冒険者で弟子がC級とはどういうことなのか?


「もしかして、レイクスさんは一度冒険者を引退して復帰なさった方ですか?

 希望すれば、引退前より一ランク下の階級から復職できますが」

「ああ、いや、そうではない。私は弟子に剣の稽古をつけていてね」

「おじ様、手続きは終わりましたか?」

 男性と同じく濃い茶色の髪をした少女が話しかけてきた。深緑の瞳をキラキラとさせていてなかなか可愛らしい顔立ちだ。

 元気で可愛らしい女の子が好みのサントスにはストライクゾーンだった。

 嬉々として話しかけようとしたサントスは悪寒がしてゾクっとした。強い視線を浴びせてくるのは、この辺りでは珍しい黒髪の男性冒険者だ。彼は赤い瞳を剣呑に細めた。


「師匠、エミリの依頼は確認した。いつでも出発できる」

「そうか。こちらももうすぐ終わる。

 さて、他には何かありますかな?」

 後半はサントスに向けた言葉だ。サントスは慌てて首を横に振った。

「いいえ、これで手続きは終わりです。

 冒険者登録いただき、ありがとうございました。今後の活躍を期待しております」

 サントスは新人に向けた挨拶を述べて、三人の冒険者を見送った。ほうっと息を吐いていると、隣のブースの担当だった先輩から声をかけれた。


「よお、どうだった。氷の魔王様に睨まれた感想は?」

「氷の魔王?」

「ああ、さっきの黒髪の冒険者だ。

 まだC級なんだがな、氷魔法のスキル持ちで珍しい戦い方をするって有名なヤツだ。上級冒険者に知り合いが多くて、よくパーティーに誘われたりするそうだ」

「氷魔法だと獲物の保存が主でしょ。戦闘の役に立つんっすか?」

 サントスがすっかり気を緩めて素で応じると、先輩は頷いた。


「スキルで作った氷の剣で攻撃すると、傷口から凍らせることができるそうだ。目玉の水分を凍らせて目潰しするとか、一見地味だが効果は抜群な技を発動させられるそうでな」

「へえ、すごいっすねえ。でも、なんで、睨まれたんっすかね、俺」

「ニッブイなあ〜。あの女の子に粉かけようとしたからだろ。

 下心見え見えだったぞ、お前。顔が緩んでたんだよ」

「ええ〜、可愛い女の子に声かけるくらい、いいじゃないっすかあ。

 受付としてアドバイスするのは当然のことっすよ。あの女の子も新人登録したんでしょ?」

「いや、あの子は身分証だけの登録者だ。ただ、珍しい収納スキル持ちで協力を要請されたらしい。知り合いのA級冒険者から推薦されてきてくれたんだよ。確か、家くらいの収納量って言ってたな」

「家レベルってすごいっすねえ。大概は荷馬車くらいなのに」

 サントスが感心していると、先輩は先ほど受け付けた書類に目を通した。


「普通の収納スキルなら大したものだがな。どうやら、収納の一種らしいんだよ。

 収納スペースには人力で運搬作業が必要で、倉庫のような収納らしい」

「ええ? 収納スキルって自動で出し入れできるのに、人力でって不便じゃないっすか?」

「だから、付き添いがいたんだよ。

 おじさんがお貴族様お抱えの騎士で、剣を教えてる弟子と一緒に護衛兼運搬役なんだってさ。どうせなら、おじさんも冒険者登録したほうがメリットがあるって思ったんだろ」

「ああ、なるほど〜」

 サントスは納得したように頷いた。


 身分証目当ての登録者はスキルによってはギルドから依頼を受けることがある。冒険者として活躍するつもりがなければ、報酬だけもらって依頼達成による昇級などは断るものだ。

 あの少女もそういう登録者なのだろう。冒険者ならこれからも顔を合わせる機会はあるだろうが、今後に発展する縁はない相手だ。

 サントスは早々に諦めることにしたが、先輩が同情心たっぷりに慰めてくる。


「まあ、あの子はいいとこのお嬢様らしいし、お前には高嶺の花だったんだよ。

 そのうち、お前にも相応しいお相手が見つかるだろうから、そう気を落とすなよ」

「いや、ちょおっと声かけようかなってくらいだったんで。落ち込んではないっすよ?

 ねえ、先輩、聞いてます? なんで、勝手に『失恋うさ晴らし飲み会』とか企画しようとしてんすか?」

「ええー、お前、新しい出会いは欲しくないのか?

 失恋して慰められて次の恋が始まるものだろ」

「先輩はそうだったんっすかあ〜」

 二人でわちゃわちゃ話してたら休憩から戻った本職の受付嬢から冷たい視線を浴びせられてしまった。次の恋探しどころではなくなったのである。


「アーロンさんはこの先の戦闘跡地で護衛についているそうです」

 ギルドの受付から情報を得たフィデルが報告すると、レイクスが地図を広げて確認する。エミリアナも横から覗き込んでいた。

 レイクスは明るい茶色の髪なのだが、エミリアナの身内設定で濃い色に染めていた。エミリアナと髪色を同じにして、伯父と姪になることにしたのだ。


 エミリアナは平民になる特訓中だが、まだ上品な所作は隠しきれない。ただの平民と言い張るには無理があるので、裕福な商人のお嬢様のフリだ。レイクス士爵の妹が商家に嫁いだそうで、彼の姪を名乗ることにした。

 士爵からは『ブルノと呼んでくれ』と言われたが、さすがに名前呼びは遠慮したい。おじ様呼びで勘弁してもらった。

 フィデルも師匠呼びで名前呼びを逃れている。実は、レイクスからまたもや養子縁組を申し込まれて返事は保留中だった。

 どうやら、イラリオはルイシーナが気に入っているエミリアナを逃すつもりはないらしい。フィデルも一括りにされてまとめて囲われる可能性が濃厚になっている。


 赤狼に襲われた件は本気でヤバいと思ったから、身分で防御力が上がるなら仕方ないかとは熟考中だ。

 赤狼は討伐推奨レベルがA級以上だった。B級相当の実力はあると思われているフィデルでも危なかった相手だ。

 テオドラにはもしもの場合はエミリアナの隠れ家に避難しろと予め伝えてあったから、彼女たちの安全に関しては心配なかった。ただ、フィデル自身の安全だけが問題だった。

 エミリアナに自分の亡骸など目にさせてはならないと移動しようとしたら、空からダニエルが降ってきた。一回転して格好よく着地後に『正義のヒーロー、ダニエル見参!』などとやらかした時には本気で赤狼を押し付けてしまおうかと思ったが、まあ彼のおかげで助かったのは確かだ。


 少々、ネーミングセンスに???をつけたくなる先輩だが、悪い人ではない。


 そのダニエルは血筋確認のスキル持ちを迎えに行っていた。彼が行くと、スキル持ちはアーロンを相手にするのと同じくらいに怯えるのだが、それを知っていて行くのだからダニエルもいい性格をしている。

 尤も、ダニエルにとっては親代わりの姉を虐げて傷つけていた相手だ。『つい、くびり殺しても仕方ないよね?』と艶やかな微笑みで宣った時には『つい、ではないです。害虫ではなく、人間扱いしてあげてください。一応は』と返してしまった。

 フィデルもまた『大切な存在を傷つける相手は抹殺でいいか』と思考回路が似ているので、説得力は弱いのだが、ダニエルに言質を与えてはいけない。本当に実行しそうだ。フィデルとしては用が済んだ後にしてもらいたい。


「ふむ、途中に宿泊可能な食堂があるな。一応、宿をとっておこうか。昼食もとってから現地に出向いたほうがいいだろう」

「おじ様、馬で移動しますか? わたし、乗馬はできるけど、早駆けは得意ではなくて」

 エミリアナが困ったように首を傾げると、レイクスが優しく目を細めた。

「ああ、心配することはない。軍馬にも使われている大型な馬を借りた。二人乗りも可能だから、私が乗せてあげよう。フィデル、構わないだろう?」

「・・・もちろんです、師匠」

 フィデルは面白くない内心を隠したつもりだったが、レイクスにはお見通しだったようで釘刺しされてしまった。

 婚約者でもない未婚の男女が相乗りは貴族的にはよろしくない。不足の事態が起こった場合の対処もフィデルよりもレイクスのほうが的確だろうから仕方がないのだが。


 レイクスには子供がいなかった。

 もともと奥方は病弱で子供が望めないかもしれないと言われていて承知した上での婚姻だ。恋愛結婚で今でも奥方との仲は良好だが、奥方は子供好きな人だったから、子供がいなくて寂しい思いをしていたそうだ。

 奥方はフィデルの養子縁組も喜んで賛成したそうで、今回は期待が大きいらしい。

『責任重大でプレッシャーだよ』とレイクスは微笑んでいたが、プレッシャーなのはフィデルのほうだ。そんな話を聞かされた上に、エミリアナの旅支度を整える用意までしてもらったから断る選択肢は取りづらい。

 なし崩しに養子縁組が決定しそうだが、エミリアナはレイクスの奥方と楽しそうに商家のお嬢様の旅支度をしていたから、まあいいかと納得してきてはいる。

 この旅が終わったら、完全に納得させられているのだろうな、と苦笑するしかないフィデルだ。


「何かお土産でも買えるかしら? テオドラに何か買っていきたいのだけど・・・」

「復興は早いほうだと思うが、何せスタンピード後だからどうかな?」

 レイクスが首を傾げていた。

 後始末に参加する冒険者や協力者のための宿や食事は十分整っているが、観光客用の設備はまだ不十分ではなかろうか。


 テオドラも今回の旅の同行者だが、彼女はカルサダ地方に入ったところで別行動だ。掃討戦は終わっているが、スタンピードの影響で生息地を荒らされた魔獣は凶暴化しているし、生息地以外に出没することもあって行動は予想できない。

 まだまだ油断は禁物で非戦闘員のエミリアナの護衛だけで手一杯だ。テオドラには地方都市で待機してもらっている。

 もしもの場合はエミリアナの隠れ家に避難するので、テオドラの鍵で安全な都市に【裏口】を確保しているのだ。

「テオドラなら珍しい食材とか喜ぶんじゃないか? カルサダ地方の農産物でも手に入れれば十分だと思うぞ」

 乙女心を解さないフィデルの提案は一旦は保留とされた。


「おや、一部屋しか空いていないのか?」

 レイクスが顎に手を当てて考え込んでいる。アーロンのいる場所では宿泊場所が確保できるか不明のため、食堂で空室を聞いたら一部屋だけだった。

「おじ様と一緒のほうが心強いですわ」

 エミリアナが了承したので宿を取ろうとしたら、背後で盛大に鼻を鳴らす音がした。


「はん! どこの深層のご令嬢なのさ。

 スタンピード後の復興にお遊びで来られても迷惑なだけだよ。とっとと大都市にでもお帰りよ!」

 腕組みして偉そうに睨みつけてくるのは女性冒険者だ。

 フルプレートアーマー装備に巨大なメイスを付き添いの子分?らしき人物が預かっていて、女性にしては珍しく物理攻撃手段が得意のようだ。子分から姐御と呼ばれているからにはチームリーダーなのかもしれない。


 エミリアナはきょとんとしていた。

「ご令嬢って、わたしのことですか?

 ギルドから収納スキルの依頼で来たのですけど、帰れというからには貴女はギルドの方ですか?

 依頼取り消しということでよろしいでしょうか」

「え、ギルドの依頼? 姐御、まずいっすよ!」

「は、はん! そうやって脅そうとしても無駄だよ。美男子を二人も侍らせてさ、こんなところまで何しに来たんだか。

 ここはね、お姫様が来るようなところじゃないんだよ!」

「だから、ギルドの依頼なのですけど?

 妨害行為を受けたと報告しますけど、よろしいのですね」

 エミリアナは困惑してレイクスやフィデルに視線を向けた。ご令嬢呼びで自分が呼ばれたと思ったから対応したのだが、お姫様呼びとか言いがかりにしか思えない。


「紅のフルプレートアーマーにメイスか。真紅のダニエラとか名乗ってるB級冒険者だったか」

 フィデルがぼそっとこぼしてから、じろりと睨め付けてきた。

「ダニエルさんから聞いてる。

『名前が似ているから勘違いされて迷惑だ、改名しろ』とか迫られて困ったらしい。ダニエルさんの美貌にも『男のくせに』とかいちゃもんをつけたそうだな。『冒険者なら腕っぷしで語れ』だったか?

 ダニエルさんにコテンパンにされたくせに、しつこく付き纏っていた痴女だ」

「ち、痴女だって! このあたしが?

 何言ってんのさ、この小僧がっ!」

「レディー、弟子が生意気を言って済まない」

 いきり立つ女性冒険者とフィデルの間にさり気なくレイクスが割り込んだ。すっと胸に手を当てて優雅な礼を披露する。


「レディー、姪の言う通り、我々はギルドの依頼を受けてきたのです。勝手に放棄して戻ることは許されません。

 優秀な冒険者とお見受けする貴女のような方ならばわかっていただけると思うのですが・・・。

 我々は何か貴女の気に触るようなことをしてしまったのでしょうか?」

 ふっと翳りを帯びた眼差しでレイクスが女性冒険者を見つめる。女性の頬にみるみる朱が昇っていった。


「い、あ、う。レ、レディーなんて、あたしにはダニエラって名前があるんだ。

 変な呼び方はしないでおくれ!」

「これは大変な失礼を。ダニエラ嬢、お許しください。

 姪の依頼に伴って冒険者登録をしたばかりの新参者でして。どうも、冒険者の礼儀がわかっておりませんで申し訳ない」

「・・・嬢とかも不要だよ。

 ただ、あたしらはここで命懸けで戦ってきたんだ。チャラチャラと物見遊山で来られても迷惑なんだよ。

 どう見ても、そのお嬢さんは冒険者って(なり)じゃないだろ」

「ええ、姪は冒険者ではありません。収納スキル持ちで魔石運搬の依頼を受けただけです。

 姪には戦闘能力はありませんので、伯父である私と弟子が護衛についていますが問題があるのでしょうか?

 ギルドでは何も咎められませんでしたが」


「だったら、ここで宿を取らなくてもいいだろ。

 魔石の発掘場所には宿泊施設があるんだから。ここはあたしら、一般の冒険者に譲るのが筋だよ」

「あちらに宿泊場所があるのですか。良いことを聞きました。それではあちらに移動しますね」

 レイクスが目だけは笑んでいない貴族の笑みを向けるが、顔面の良さから冷ややかさは伝わらなかったようだ。ダニエラが満足げに頷いて、そおっと遠ざかろうとしていた子分は安堵の表情を浮かべる。

 エミリアナたちはレイクスに促されてその場から立ち去った。


 フィデルが不満そうに顔をしかめる。

「宿を取りたいがためのいちゃもんだった。正当性はこちらにある。譲る必要はなかったのでは?」

「叩きのめしてもよかったが、揉め事は面倒だろう。しつこそうな手合いだし、関わりになりたくないな。

 ベラスコ氏だって、辟易していたのだろう?」

「そうですが・・・」

「それより、そこの林で隠れ家に移動しないか? テオドラ嬢に頼んで食事を用意してもらおう」


 レイクスにはエミリアナのスキルを披露して他言無用をお願いしていた。レイクスがエミリアナの保護者兼護衛である以上、緊急事態に備えて情報共有は必要だ。

 隠れ家は避難場所にもなるし、【裏口】で入り口の扉とは別の場所に移動も可能だ。緊急脱出にも使えるお役立ちスキルなのだ。

 レイクスは他言無用を誓ってくれたが、彼の主人は何かと聡いイラリオだ。エミリアナのスキルもハズレとは思っていない節があるから、いずれは勘付かれるかもしれない。イラリオとの縁が切れそうにない以上、秘密に巻き込んでしまったほうが便利かもしれない。

 フィデルは後でエミリアナに相談してみようと思った。


 アーロンは十日に一度くらいの割合で領都に戻ってブリオネス王家の使者とお話し合いをしているそうだ。それ以外は魔石の発掘現場で護衛の仕事をしていた。

 魔獣の中には同種の魔石を喰らってより凶暴に強くなる個体もいるそうで、魔石を狙って襲ってくる魔獣もいるのだ。掃討戦で討ち漏らして現地に帰化する魔獣もいるからまだまだ警戒は解けない。


 魔石の発掘現場での宿泊場所は大きな天幕が張られたドーム状のテントだ。一応、水浴び施設やご不浄も用意されている。仕切りは厚めの天幕だが、物音は丸聞こえだった。テントの使用者が風の幕を展開させて防音するしかないようだ。


「・・・グランピングみたい」

 エミリアナは夢の知識から似たものを思い浮かべてぽつりと呟いた。フィデルがこつんと額を突いてきて、めっとされてからハッとした。

 夢の話はさすがにまずいだろう。隠れ家を受け入れたレイクスにだって内緒だ。

「エミリ、気をつけろよ」

「う、うん。つい、気が緩んじゃってごめん」

 エミリアナがしゅんとなると、フィデルが苦笑しつつ頭を撫でてくれる。

 エミリアナが第三王子の仮婚約者と知られていない場所だからできることだ。今のエミリアナはレイクスの姪で、ただのエミリを名乗っている。久しぶりに何のしがらみもない気楽な身分で、つい浮かれ気味だった。

 エミリアナは危ない危ないと気を引き締めることにした。


 発掘の責任者にギルドの依頼を告げてアーロンの知人だと名乗ると、すぐにアーロンが呼ばれてきた。責任者はアーロンの顔見知りの領民で、彼が戻れない状況に同情して何かと便宜を図ってくれるそうだ。

「やあ、エミリア、いや、エミリ。よく来たね。済まないな、ここまで来てもらって」

「いいえ、アーロンさんのほうが大変でしょう。こちら、頼まれていたものなのですが」

 エミリアナが小箱を渡すとアーロンの頬が緩んだ。


 アーロンは知人の遠話スキル持ちのおかげで家族と一日に一度は話ができるのだが、物資の受け渡しはできなかった。配達でアーロンの妻子の居場所を特定されて人質にされては敵わないからだ。今、妻子はダニエルが受け継いだ王都のタウンハウスに匿われている状態だ。

 エミリアナが妻から託された荷物を渡すと、アーロンは嬉しそうだ。娘が生まれて数カ月で離れたのだ。せめて、娘の絵姿を手元に置きたいと願っていたという。


「ああ、ありがとう。これでまだ頑張れる元気がでたよ」

「無理はなさらないでくださいね。奥様も心配してましたよ」

 エミリアナはアーロンの妻の親戚を装っていた。サラサール家の縁者とバレない用心だ。レアンドラもアーロンの母方の従妹だと偽ったと聞いている。

 アーロンは大きくため息をついた。


「私も早く戻りたいのだが、この地を放置するのは気が進まないんだ。

 サラサール家の後の領主は王都を離れるのを嫌がったそうだ。代官を置いて統治させていたが、その代官が税収を着服していてね。長年バレなかったせいで大胆になったらしくて、ダンジョンの管理費にも手をつけていた。

 そのせいで今回のスタンピードが起こったから、住民たちは代官を置くのを拒否している。代官任せで着服に気づかなかった領主も処罰されて、今この地方の統治者はいない状態なんだ。

 王家からはサラサール家を再興させるから領主となれと言われているのだが、私は貴族に戻るつもりはない。王家から信頼できる代官を派遣するように要請しても住民に嫌がられてしまって。

 住民の中には私が治めればいいという者もいるから話が進まないんだ」


「アーロンさんは今回の功労者です。褒賞をもらってもいい立場なのに、スタンピード後の土地を治めろだなんて、おかしい話なのですよ」

 エミリアナが書類の束を取り出してアーロンに渡した。

「こちらは姉たちがまとめてくれた資料なのですが、スタンピードで荒らされた土地は王家直轄地になることが多いのです。王家主導で復興を図り、スタンピードの再来を防ぐためです。

 スタンピード後の荒地を治めろなんて、罰ゲームでしかありませんよ。アーロンさんはギルドから抗議してもらっていいと思いますし、カルデナス国からもです」

「カルデナス国から?」

「ええ、アーロンさんのお住まいはカルデナス国でしょう?

 今回の功績でS級に上がれば、カルデナス国内でS級冒険者を失うのは得策ではないと判断するはずです。

 カルデナス王家だって、抗議してくれるでしょう。アーロンさんは我が国でも活躍なさっているから、グラシアン王家もブリオネス国がS級冒険者を独占して搾取するつもりだと思いますよ。

 きっと、ライネス家がそう動くでしょうから」

 アーロンはライネス家のタウンハウスで世話になったのを思い出した。従妹をよろしく頼むと挨拶したのに、自分のほうがよろしくされそうになるとは思いもしなかった。


「それに住民の方も代官や領主の指示や差配がなくてもスタンピードに迅速な対応ができたのですから、統治者がいなくても立派にやっていけると思います。

 各都市の市長の合議制で領政を行い、税収は王家から役人を配置してもらえば何とかなるはずです」

「・・・なるほど」

 アーロンはしばし考え込んでから、顔を上げた。


「私はどうやら考えすぎたようだな。昔の感覚のまま、領民は庇護する相手だと思っていた。しかし、彼らはサラサール家がいなくなってからも緊急時の対応マニュアルをしっかりと覚えていて実践している。

 一介の冒険者となった私の守る相手ではなくなっていたのだな」

「そうですな、今のアーロン殿が最優先で守る相手は奥方とお子さんでしょう」

 レイクスも同意して大きく頷く。アーロンは吹っ切れたような顔になった。


「今度の話し合いで提案してみるよ。ああ、住民たちにはその前に根回ししておかないと」

「お子さんの絵姿で惚気ながら話せば、皆様無理強いはしないはずです。生まれたばかりの我が子を置いて、尽力なさっているアーロンさんへ感謝の気持ちが湧くでしょうから。

 それに合議制のほうがこの地の皆さんには合っていると思いますもの。

 なにしろ、『終わりよければ全てよし』の土地柄なのですから、下手な横槍を入れそうな代官や領主はお呼びではないのでは?」

 エミリアナの言葉に皆、ああと納得の顔になった。


 アーロンが早速根回しに動き、エミリアナたちは宿泊施設に案内された。空きが少ないので、大きいテントに三人まとめてだが、隠れ家をこっそりと使用するつもりだから問題はない。

 アーロンの件が片付くまでは普通に冒険者活動をする予定だ。

 エミリアナは久しぶりの平民生活にワクワクとして楽しみだった。

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