三十五幕
初めて会う従兄はあまり父には似ていなかった。
冒険者家業のせいか、体格が良くて目つきの鋭いワイルドな感じの男性だ。唯一、くすんだ金髪や鳶色の瞳が父と同じ色で、サラサール家の特徴なのかな、とエミリアナは思った。
アーロンは予定より早めに王都に到着してライネス家のタウンハウスでお世話になっている。どうやら、従妹の顔を見たかったようで、血筋確認の前に会いたいと連絡が来た。
イラリオがルイシーナを招待するのに託けてエミリアナもお呼ばれされた。
応接室で挨拶を交わした後は親族同士で交流を深めたいだろうとイラリオが気を利かせてくれた。ルイシーナを庭園の散策に誘って彼らは退出だ。
事情を把握している侍女が付き添う中、エミリアナはアーロンとお茶飲みしながらしばし歓談することになった。
「君は本当にマリ叔母上に似ているね。叔父上が存命だったら、きっと溺愛していただろうな」
アーロンが懐かしそうに目を細めた。そうすると、鋭さが少し和らいで、目元が父に似ているような気がする。
エミリアナはじいっとアーロンの顔を見つめた。
「アーロン様は追放時はまだ子供だったと聞いています。わたくしの両親のことは覚えておられるのですか?」
「ああ、サラサール家の兄弟仲はよかったんだ。父は体を動かすのが好きで騎士になったが、叔父上は書物が好きな方でね。優秀な文官だった。父は書類関係で困った時にはよく叔父上を頼っていたよ。
マリ叔母上は子供が好きな方だったから、よく焼き菓子を作ってはご馳走してくれて・・・」
アーロンが両親との思い出を語ってくれた。
母のマリセラは伯爵令嬢だったが、使用人気質の抜けない実母に前妻の子である姉の使用人のように扱われていた。貴族令嬢らしくなく、家事一般は一通りこなせる女性だったそうだ。
「叔母上の焼き菓子目当てに私も父に連れて行ってもらっていたんだ。叔母上に可愛がってもらって、叔父上が焼きもちをやくほどだったよ」
アーロンが苦笑混じりにこぼして、エミリアナは目を丸くした。子供相手に妬くとは父も大人気ないところがあったようだ。
一通り、両親との思い出話をしてくれたアーロンはさてと表情を引き締めた。
「君が叔父上の子供だと証明されたら、セルダ家とは無縁になる。君はもうすぐ成人年齢になるというし、今更孤児院には行けないだろう。
貴族学園は貴族籍がなければ通えないし、市井に降りて暮らさねばならない。色々と大変だとは思うが、この先の暮らしの算段はつけてあるのかい?」
「ええ、実はセルダ家で経営しているプリン専門店にはわたくしが色々とアイディアをだしておりまして。
姉、いえ、ルイシーナ様は対価として利益の一部をわたくしに支払ってくれていますの。その収益がありますので、しばらくは生活に困りませんわ。
ルイシーナ様からは新店舗の店長になる気はないかと打診されておりますし、孤児院時代の仲間とも連絡を取れて相談はできています。
まだ今後のことは決めておりませんが、少なくとも暮らしに困ることはないと思いますわ」
アーロンはエミリアナの今後を心配していたようでほっと安堵の息を吐いた。
「そうか、安心したよ。
実はね、君がサラサール一族の者だと祖国に伝わると王家からお家再興の打診がくるかもしれないんだ。
もしかしたら、サラサール本家を継ぐ可能性があるかもしれないから、君は貴族に未練があるのか確認しようと思っていた」
「サラサール本家というと・・・、まさか、侯爵家ですか?」
エミリアナは驚いて目を見張った。
ルイシーナからお家再興は示唆されていた。てっきり、父の爵位である子爵家を継ぐ話かと思っていたら、まさか侯爵家だなんて完全に予想外である。
「ああ、サラサール家の領地だった土地は今王家預かりになっていてね。
北方のカルサダ地方なのだが、王都から離れていて管理が大変なようだ。王家から臣籍降下する予定の者はいないから任せる相手がいないし、褒賞として誰かに与えるには王都から離れている上にダンジョンしか特徴のない土地で不人気らしい。王家としては持て余している状態だ。
恩赦という形でサラサール一族に返せば領民との軋轢も起こりづらいし、王家も余力を割かなくて済む、というところだな。
・・・ところで、君は我が一族への嫌疑は聞いているかい?」
アーロンが声を低めて暗い顔になった。彼は当時を知る生き証人だ。誰よりも王家のやり方に思うところがあるのに違いなかった。
「ええ、噂程度のことは聞いております。・・・もしかしたら、冤罪だったのではないか、と」
「ああ、それは事実だ。両親の話によると、ソフィア様は王太子に恋心はなかったそうだ。仲のよい友人関係で嫉妬に駆られて何かするような間柄ではなかったと言っていた。
むしろ、王太子のほうが重い気持ちだと思っていたから、事件が起こった時には本当に寝耳に水の状態だったらしい。
私の両親は騎士として生きていて権力争いから遠ざかっていたことに後悔していたよ。ソフィア様の件をきっかけに政敵相手に外堀を埋められてしまってね。結局、サラサール家は権力闘争で敗れたのだ。
当時の王太子は正義感の強い方だったと聞く。冤罪だったと知ったら、とても正気ではいられなかっただろう。
まあ、どれだけ謝罪されようとも今更だ。誰も生き返りはしないのだから、我々にとってはお家再興なんて無意味な話だ」
サラサール家の末子ソフィアは国外追放された直後に強盗に殺されている。すぐに追いかけたのに間に合わなかった両親はショックのあまり体調を崩して亡くなった。兄弟たちは王家による口封じだったのではないかと疑っていた。全滅を避けるために、家族単位で別々の国へ逃れることにしたそうだ。
長兄は予め妻と相談していた北方に妻子を離縁して追いやり、後を追った。次兄一家は南方の国に逃れて、三男は妻を連れて隣国のグラシアン王国へ。
三兄弟とも連絡を取り合うのは危険だろうと意見が一致した。永遠の別れを告げてそれぞれ家族を守るのに専念したという。
「私の両親が生きていて君の境遇を知ったなら、間違いなく協力したはずだ。私は妻を思うと、どうしてもあの黒虫野郎が許せなくて。
すまない、一族の中で君が一番大変な目に遭っていたのに、私は自分のことを優先してしまった」
頭を下げる従兄にエミリアナはブンブンと首を横に振った。
「え、いいえ、そんな謝らないでください。
事情は伺っております。仕方のないことだと思いますから気になさらないでください。
それに、証人はいるのですが、侯爵が素直に認めないかもしれなくて。確実な証拠で言い逃れできないようにしたかったのです」
「話を聞いた限り、セルダ侯爵はとても野心家なようだ。
もしかしたら、君がサラサール一族の者だと承知で第三王子妃に推しているのかもしれない」
「どういうことでしょうか?」
エミリアナが首を傾げると、アーロンは難しい顔になった。
「ブリオネス王家の弱みを握っていると思ったのかもしれない。外交問題で何かあった時に王子妃がサラサール家の者だと知らされたら、ブリオネス王家は弱腰になるんじゃないか?」
「・・・どうでしょう? さすがに私情よりも国益を優先すると思いますけど・・・」
「そうか、君は貴族の考え方がしっかりと身についているな。
君なら本家を再興しても立派に当主が務まりそうだが、お勧めはできないな」
アーロンがふっと口角をあげて皮肉な笑みを浮かべた。
彼もまたエミリアナ同様にサラサール一族の名誉回復ではなく、恩赦という形が許せなかった。暗黙の了解とはいえ、公式ではサラサール一族に元罪人の記録は残るのだ。今後、それを何かに利用されて不利な状況に陥ることもあるだろう。
おまけに王家が持て余している領地を押し付けられるとか、面倒で厄介な予感しかしない。
「君が貴族に残る気がなくて安心したよ。どうやら、私はお節介すぎたな」
「いえ、心配してくださったのでしょう? お気持ちは嬉しかったですわ。
それに両親の話も聞けてよかったです。両親のことは没落貴族らしいとしか知らなかったから。
わたくしが育った孤児院では孤児の持ち物は処分されて養育費に充てられるので、わたくしには何も残されていなかったのです」
エミリアナは寂しげに苦笑して、ふと思い出した。
「ああ、でも、一つだけ残されていました。母の知人が預かってくれていたもので、蔓模様の小箱がありました。中に母からの手紙が入っていたのですけれど・・・」
ルカスに燃やされた話をすると、アーロンが険しい顔になった。
「それは酷いな。侯爵は確信犯のようだ。その手紙の内容で父親が判明するわけでもないのに、証拠隠滅するとは・・・。
やはり、侯爵は君を権力争いで使い潰す気でいたな。
ルイシーナ嬢たちの協力が得られるならば、彼女たちの庇護下に入ったほうがいい。侯爵の逆恨みが君に向いては大変だからな。私からも助力は惜しまない。ライネス家にも君の力になってくれるようによくよくお願いしておこう」
S級昇級を面倒だからと断るくらいの実力者であるA級冒険者からのお願いだ。ライネス家も知己が得られて御の字だろうし、イラリオの厚意もある。庇護が得られるのは確実だった。
エミリアナはアーロンの言葉に感謝した。
権力欲の強いルカスにしてみれば、エミリアナの血筋が確認されるのは大いに計算外だろう。確かに逆恨みされる可能性はある。その対象になるのは、実子のルイシーナや婿になるイラリオよりも平民になったエミリアナのほうが手をだしやすいはずだ。
エミリアナはそこまで考えが及んでいなくて、ふるっと身震いした。以前、テオドラに忠告された内容が思い浮かんで、よく考えるべきだったなと反省させられる。
「私の連絡先を伝えておこう。何か困ったことがあれば、遠慮なく頼ってくれ。
これでも、レアスキル持ちのA級冒険者で名を馳せているからね。大概なことには対処できるはずだ」
アーロンが連絡先のメモを渡して、力強い宣言をしてくれた。エミリアナはありがたく受け取って、平民に戻った後の生活は安泰だなとほっと息を吐いた。
明後日に王宮に関係者が呼ばれて血筋確認が行われる。ルカスにも内容は伏せて登城命令がでていた。彼はエミリアナの仮婚約の話だと思ったようで上機嫌だ。
ルカスは登城に合わせて仕事内容を詰めて忙しくしていたが、時折顔をにやけさせていると報告が上がっている。
「きっと、父は仮婚約が成約すると思っているのよ。エミリアナは成績優秀で他の候補者たちは追いつけなかったもの。
候補者たちは成績では叶わないから、貴女のスキルで陰口を叩いているくらいだし」
姉の言葉にエミリアナは涼しい顔だ。
「ああ、『ハズレスキルのくせに〜』というやつですね。
表立って言ってくれても構わないのですけどねえ〜。わたくしも思う存分に浄化スキルを誉めそやしてあげますのに」
うふふふとエミリアナは黒い笑みを浮かべている。
相変わらず、カルロスはアナスタシアの浄化スキルがお気に入りのようだが、学園内では大人しくしていた。メラニアは卒業しているが、チャベス家のお茶会での聖女や英雄発言は学園に通う者ならば誰でも周知している。
メラニアが置き土産とばかりに卒業前に改めて流布したからだ。
『嫁ぎ先でスタンピードが起こっても心強いですわあ〜、聖女様や英雄予定のお方にアテがありますもの。是非とも、頼りにさせてもらいますから』とにこやかな笑みでアナスタシアとカルロスにご挨拶もしていた。
おまけに『皆様ももしもの場合はお声がけなさるとよろしいわ。きっと、期待に応じていただけますわよ』と周囲に喧伝していて、アナスタシアもカルロスも顔色がよくなかった。
メラニアはカルデナス国のドラード公爵家に嫁いだ。ドラード公爵家からの要請を無視したら、国際問題になる。
アナスタシアがドラード領でスタンピードが起こりませんように、と教会で祈りを捧げていたらしいとか、カルロスが国外のダンジョン視察と称してドラード領のダンジョンに調査員を派遣して危険がないか確認したとか。不確実な噂が流れていたものだ。
「ようやく、はっきりとさせられると安心する反面、貴女が妹でなくなるのは寂しくなるわ」
「わたくしもです。お姉様には本当にお世話になりましたから。
でも、これで殿下とも関わりにならなくて済みますね」
ルイシーナにつられてエミリアナもしんみりとなったが、カルロスと縁がなくなるのは二人とも大歓迎だ。
何しろ、カルロスはイラリオに思いきり釘を刺されたにも関わらず、諦めが悪かった。経営科で何かと口実を設けてはルイシーナに関わってこようとしているらしい。
イラリオと従兄弟だから親族になるし、エミリアナが仮婚約者で筆頭婚約者候補となれば嫌でもカルロスとの接点をなくすわけないはいかない。
イラリオのこめかみに青筋が何度浮かんだことか。完璧に阻止しているのに、カルロスはしつこく足掻いていた。
国王や王妃には根回しでエミリアナがセルダ家の血筋でないことは伝わっている。エミリアナはとっくにカルロスの婚約者候補から外されていた。ただ、確認が済むまでは公にされていないだけだ。
カルロスには公になってから知らされることになっていた。どうも、カルロスは迂闊に口走りそうだからと両親たちからも信用がないらしい。
エミリアナが候補から外れて、肝心のカルロスは婚約済みのルイシーナにご執心の報告に国王は頭を痛めていた。ついでに、初対面時でのエミリアナへの暴言も暴露すると、王妃は無表情になって握っていた扇子にヒビが入ったとか。
カルロスは王族に残すには不向きだと判断されて、すでに臣籍降下を検討済みだった。
イラリオやライネス家の意向で王都から離れた王領にとじこ・・・、もとい、王領を拝領する予定だった。
臣籍降下するのだから、学園の成績は恥じない程度であればよい。配偶者には親しくしているお相手で、アナスタシアの名が一番に上がっていた。
エミリアナは市井の暮らしに慣れるためにライネス領の領都で暮らすことを提案されている。しばらくはルカスからの報復を警戒してライネス家の庇護下に入るように言われていた。
ライネス夫人がプリンをお気に入りで次の店舗はライネス領都にする予定だから、新店舗にアイディア提供も期待されていた。エミリアナとテオドラが店長候補に上がっていて、ライネス領での暮らしぶりに慣れてからの返事でも構わないと言われている。
テオドラはスイーツ専門店を出す夢に近づいたと歓迎していた。自分の店を持つ予行練習になると喜んでいる。エミリアナが引き受ける場合にはテオドラが副店長の予定だ。
エミリアナの護衛役だったフィデルもエミリアナが平民になったらお役御免になる。また、冒険者稼業に戻るが、指名依頼終了と共にB級にあがることになっていた。
指名依頼やギルドからの依頼は依頼達成値が通常よりも高めで昇級に有利だそうだ。
フィデルはエミリアナと再会できたからあまり昇級にはこだわらなくてなっていたが、レアスキルの依頼はよくあるそうで今度は昇級を焦らずに冒険者活動を行うと言っていた。
ルイシーナがふふっと笑みを浮かべる。
「鬱陶し・・・、いえ、迷わ・・・、いえ、人騒がせな殿下と距離を置けるのは喜ばしいことだけれども」
鬱陶しくて迷惑だとほぼ言い切ったようなものだが、ルイシーナなりに気遣いはしている模様である。カルロスに脈は全く完全に思いきりなしだ。
「エミリアナ、本当に貴族籍に残るつもりはなくて?
寄子貴族の準男爵位ならば陛下にお願いして用意できるわよ。プリンの発案者で専門店に色々なアイディアを提供しているのですもの。その褒賞とすれば、誰も文句なんか言えないはずよ」
「お姉様のお気持ちは嬉しく思いますが、プリンの発案やアイディア提供を公にはしたくないのです。
その、この前のようなことがあっては困りますから」
エミリアナが誘拐未遂について仄めかした。ルイシーナも顔を曇らせて肩を落とした。
御者も護衛もエミリアナが庶子でも支えるのに問題ないと思っていたのに、あの事件が起こってしまった。エミリアナの発想力が知れ渡るのは得策ではなかった。
「そうねえ、貴女がそう言うなら仕方ないわね。でもね、気が変わったら、すぐに伝えてちょうだいな。
ライネス家にはいつでも連絡が取れるようにしておくから」
「はい、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。
わたくしにはテオドラやフィデルがついてますから、心配なさらないでくださいな」
ルイシーナは満面の笑みの妹に悟るしかなかった。貴族として生きるのはこの妹には窮屈だったのだな、と。
すでに確認後の生活を思い描いていたエミリアナたちは翌日には震撼とさせられた。
スタンピードの速報が大陸中を駆け回ったのだ。
場所はブリオネス国北方のカルサダ地方、サラサール家の元領地だった。




