三十四幕
テオドラが使用人用の休憩室に入ると、数人の同僚に囲まれてしまった。
「ねえねえ、テオドラは新しい護衛の方とは同郷なんですって?」
「あの方はレイクス士爵のお身内なの?」
きゃいきゃいと尋ねてくるのは独身のメイドばかりだが、他の者も聞き耳を立てているだろう。何しろ、ルイシーナの将来の婿が推薦してきた相手だ。皆、素性には興味津々のはずだった。
テオドラはあまりの騒がしさにうんざりとした顔になった。
「ああ、フィデルね。同じ孤児院にいたのよ」
「まあ、それじゃあ、レイクス士爵の養子になったのかしら?」
「きっと、そうよ!」
「剣の腕前を見込まれたのよ、すごいわねえ」
はしゃいでいるのはフィデルの顔面の良さにだけ惹かれている面々だろうが、本性を知らないって幸せなことだわあ〜、とテオドラは死んだ魚の目になった。
フィデルはイラリオの筆頭護衛騎士とたまたま同姓だった。血縁ではないし、養子にもなっていないのだが、誤解されても否定も肯定もせずに放置でよいと言われている。
フィデルはライネス家所属の騎士という肩書きだが、正確には従騎士だ。レイクス士爵付きの騎士見習いとなって、エミリアナが学園を卒業するまで護衛の依頼を受けているのだ。
貴族の護衛依頼はB級以上なのだが、一部例外があった。指名依頼で名指しされた場合だ。
冒険者の中には腕は確かなのだが、事情があって昇級を見送ったり、一時的に活動を停止していて昇級しない者もいる。ギルドで無茶な依頼だと判断しない限りは受注可能だった。ただし、その場合には何か問題が起こってもギルドでは責任を負わないと明文化していた。全責任は指名した貴族が負うものとされている。
「ああら、呼び捨てなんてずいぶんと親しげねえ。テオドラさんには孤児院に恋人がいたのではなかったかしら?」
嫌味ったらしく話しかけてきたのはテオドラを嫌っているメイドだ。
男爵家の三女だが、貧乏で持参金が用意できないから奉公にでたと聞いている。貴族学園に通う余裕もなくて、学歴がないから侍女ではなくメイドになっていた。孤児院出身のテオドラがプリンでもてはやされているのが面白くなかったらしく、絡んできたことがある。
『プリンなんて誰にでも作れるでしょう。そんなものでよくお嬢様に取り入ったものね!』とトゲトゲしく吐き捨てられたが、テオドラはにんまり笑顔で応じた。
『まあ、そう仰るからにはもちろん貴女も作れるのでしょう?』と彼女と腕を組んで厨房に強制連行だ。料理長を始めとする面々の前で『プリン要員確保しました!』と報告したら、彼女はあたふたとしていたが、容赦なくプリンを作らせた。
結果として、プリンではなく失敗したオムレツモドキができた。
彼女は厨房の皆から冷たい視線を浴びて大人しくなっていたが、たま〜に睨んできたり、嫌味を小声で呟いたりと地味な嫌がらせをしてきていた。
テオドラは面倒くさい相手に内心ではうんざりとなったが、顔にはにこやかな笑み装備だ。
「ああら、ナタリアさんではないですか〜。
ナタリアさんもフィデルに興味がお有りで? わたしはあんな重度のシスコンは御免被りますけど」
「え、シスコン?」
「重度のって・・・」
騒いでいた面々が不安げに顔を見合わせた。テオドラは重々しく頷く。
「ええ、妹(のような相手)最優先なんですよ、いつでもどこでもどんな時にでも。
子供の頃に妹(のような相手)とケンカしたら、髪を切られましたよ。他には食事をとりあげられたり、バケツの水ぶっかけられたりした子もいて、周囲にはヤベー奴認定されてましたね」
「えええっ、本当に?」
「で、でも、子供の頃の話でしょ? 少しヤンチャなだけだったんじゃあ・・・」
「今でも大して変わらないと思いますよ。
妹(のような相手)のために上級冒険者を目指していたヤツですし。
もし、妹(のような相手)と恋人(自称の他人)だったら、間違いなく妹(のような相手)を選びますよ」
しーんと周囲は静まり返っていた。ナタリアも含めてメイドたちは全員顔をひきつらせている。
「さあさあ、貴女たちはそろそろ休憩時間が終わりでしょう。戻る準備をなさいな。
休憩に入った相手を困らせてはいけないわよ」
休憩室の中で一番年嵩の侍女がパンパンと手を叩いた。興味はあるが、侍女の立ち居振る舞いとしては軽率な噂話に加担できないと聞き耳を立てていたから、仲裁役を買ってでた。
テオドラを囲っていた面々が離れていって、テオドラが感謝の会釈を向けると侍女のグループに手招きされた。
「エミリアナ様のお付き同士だし、貴女が専属護衛の方に色々と教えてさしあげてね」
「お嬢様が領都に戻る際もご一緒するのでしょう? その、奥方様の周辺には近寄らないように指導しておくのよ」
最後の言葉は周囲を伺うような小声だった。領都の領主邸でのエミリアナの待遇を知らない者もいるから、あまり大きな声では話せないのだ。
「はい、かしこまりました」
「それでね、今度のお茶会の相談があるのだけど・・・」
スイーツに詳しいテオドラはお茶菓子の相談を受けることがよくある。
侍女たちに頼りにされて可愛がられているので、メイド仲間からは少々浮いているが、もともと料理人見習いとお嬢様付きメイドの二足の草鞋だ。普通のメイドより多忙で変則的な勤務体制だし、仕方ないかと思っていた。
まあ、エミリアナのお気に入りと周知されているのだし、テオドラに嫌がらせしたら自滅一直線だ。
よほどのお馬鹿でない限り、トラブルを起こす奴はいないだろう。ナタリアが少々鬱陶しいが、小蠅を気にしてもねえと割と酷いことを笑顔の裏で考えていた。
エミリアナ付きということで同僚になったテオドラとフィデルは人前では完璧に振る舞っていたが、人気がないとすんと表情を消していつも通りだ。遠慮も気遣いも何もない天敵同士である。
「おい、誰が重度のシスコンだって? 変な噂をたてるなよ」
「ああら、フィデルさんはおモテになりたかったのかしらあ?」
苦虫を噛み潰した顔のフィデルにテオドラは煽るように口角をあげた笑みを向ける。
「よかったわねえ、メイドたちにはモッテモッテよお? 侍女の中にも興味ありげな方もいたわ。
なにしろ、レイクス士爵様の養子だと思われているようだしい」
「・・・それ、やめろって。鳥肌が立つから」
フィデルが本気でげんなりとした顔になった。
レイクス士爵は腕前を確かめるために手合わせした相手だ。何が琴線に触れたのかは知らないが、指名依頼に先立って本当に養子縁組の申し出があったから驚いた。
同姓だったのも何かの縁、というか、曽祖父の兄弟が出奔していたそうで、もしかしたら本当に血縁の可能性があると言われた。レイクス家は代々騎士の家系で曽祖父までは男爵位だったが、スタンピードで領地を保てなくなったという。男爵位を返上してから騎士として生きてきたそうだ。
フィデルの両親はアルファーノのさらに南の国の出身だった。その国は常夏の国で氷魔法持ちが珍しくはないお国柄だ。
両親は自国での商売が失敗して行商人となった。両親のことはそれくらいしか知らないから、本当にレイクス士爵の縁者なのかはわからない。
イラリオなどは『エミリアナ嬢のついでに調べてもらえばいいよ』などと気楽なことを言っていたが、フィデルは遠慮しておいた。
どうも、イラリオの貴族の笑みは苦手だった。
こちらを絡め取ろうとする意思が見え隠れしていて、いい気分ではない。だが、エミリアナは姉の伴侶として信頼しているし、貴族令嬢となった彼女に便宜を図ってくれてお世話になっている相手だ。無下にはできない。
エミリアナは仮婚約者から解放されたら、貴族籍を抜ける。平民に戻るのだが、一代限りの士爵位ならば平民と縁付くのはよくあることだった。
『君がレイクス家の養子になってエミリアナ嬢を娶るのもアリだよね〜』とイラリオに実に爽やかな笑みで言われた時には思わず『何言ってんだ、こいつ?』と顔にだしてしまったが。
エミリアナを娶ることに問題はない。ただ、エミリアナの素性が明らかになった後もお貴族様と関わるのは気が進まなかった。
フィデルの両親はセルダ領の主街道で強盗に襲われて亡くなった。領主の視察に先立ってルート確認をしていた護衛騎士の一団が強盗を退治したが、彼らは重傷の両親を見殺しにしたのだ。
ルカスは関与していなかったが、旅の行商人をさっさと見捨てた騎士たちにお咎めはなしだ。
領民相手だったら利があるから助けたのに、と騎士たちが軽口を叩いたのを耳にした時には殺意さえ覚えたほどだ。
その時の騎士は中年以上ばかりで、今ではほとんどが現役引退していた。
隠居生活しているか、領地の別荘の警備などお飾りな仕事に就いているそうだ。領都の備蓄倉庫の管理と警備を任されている者もいるが、領主邸で会うことはない。実情は若手の補佐役が担っていて、毎月の報告書を届けるだけのお役目だ。
エミリアナは姉から貴族籍に残る打診を受けたそうだが、貴族籍を得るとしたら隣国のブリオネス国だ。サラサール一族の冤罪を晴らせるのではなく、恩赦という形なのが気にいらなかったらしい。
ブリオネス王家の罪悪感を帳消しにするための爵位なんか欲しくないと、エミリアナは言っていた。
エミリアナが貴族籍を選ばなかったことで、ルイシーナはがっかりしていた。イラリオは婚約者のために貴族でなくなってもエミリアナと関わりになる方法を模索中だ。
たとえ、士爵位でも貴族の端くれには変わりがないから、完全に市井の人間となるよりも関わり合いになれると考えているようだった。
「若様の思惑にのるつもりはない。後々が厄介そうだからな」
「それなら、おモテになるのはお困りじゃないですかあ〜? 妹(のような相手)一筋でないとねえ。
重度のシスコンで遠巻きにされても文句なんかないでしょお? 却って、噂には感謝されてもいいくらいだと思うのだけどお〜」
テオドラがふふんと胸を張ってきて、イラアッとさせられる。フィデルはものすごいしかめ面になった。
「もっとマシな言い分は思いつかなかったのかよ? 事情を知らない騎士仲間にも遠巻きにされてるんだぞ」
「姉妹とかを紹介されたりしないからいいじゃないのお〜。
・・・それよりも、あんたいい加減に腹括りなさいよ。まだ、エミリアナには何も言ってないでしょ?」
急に真面目になったテオドラのジト目からフィデルはそっと視線を外した。
「いや、それはだな・・・。その、まだ、彼女は仮婚約から外れてないし」
「はあああっ〜、とんだヘタレねえ。
あんた、せっかくここまで距離を詰めたんだから、外堀埋めなんて姑息な真似しないで堂々と玉砕してきなさいよ」
「いや、玉砕したらダメだろ・・・」
フィデルもまたジト目になって睨み返す。
しばらく、睨み合っていたら、なぜか後日見つめ合っていたと噂されてしまって、二人とも頭を抱えるハメになるのだが。
とりあえず、エミリアナが解放されるまでは共同戦線を維持する仲間同士である。ひとまずは挨拶を交わして穏便に別れた。
「なあんで、あんたがここにいるのよお⁉︎」
「それはこっちのセリフだっ!」
「ええ〜、二人ともどうしたの?」
隠れ家内で鉢合わせしたテオドラとフィデルにのんびりとした声がかかる。家主(?)のエミリアナだ。
「エミリアナ、こいつに合鍵を渡したのお?」
「エミリ、これに合鍵を渡したのか?」
二人同時に叫ばれて、エミリアナは目をぱちくりとさせた。
隠れ家は今でも毎日密かに発動させているから、熟練度も上がっていた。テオドラの部屋をほぼ完成させた辺りで【裏口】という新しい技を獲得した。唯一、隠れ家から外へ持ち出せるアイテムの鍵を作れる技だ。
壁の割れ目でも木のうろでも鍵を差し込める場所に鍵を入れて回すと隠れ家へ通じるドアが現れる。
エミリアナが出現させるドアよりも一回り小さめでガラス戸に柵が嵌っている見慣れないドアだった。エミリアナは「裏口のドアだよ〜」と言っていたから、夢の知識によるものだろう。裏口のドアから隠れ家内の自分の部屋へ入ることができた。
鍵を抜けばドアは消えてしまうので誰かに気づかれることはない。鍵も魔力登録で自分だけの物にできる。
外へ出るには部屋に出現した裏口のドアに鍵を入れて開ければよかった。この鍵のおかげで自由自在に自分の部屋へ出入り可能になった。
隠れ家内のエミリアナが取り付けた指紋認証の鍵も登録し直したから、フィデルもテオドラも自由に隠れ家内を行き来できるようになった。二人ともセルダ邸の部屋は同室者がいるから休日に外出先から隠れ家に出入りするようにしていた。
エミリアナの趣味なのか、鍵の持ち手は飛び跳ねているうさぎの形だ。
テオドラは可愛いと気に入ったが、フィデルには微妙だった。なくさないようにチェーンに通すと、見た目は可愛いネックレスになる。
二人ともネックレスにして服の下に身につけていたと知って、うげえ〜と嫌な顔になった。
まるでお揃いではないか。ペアネックレスとか、ラブラブな恋人同士のようで寒気がする。
エミリアナはそんな二人にはお構いなしでニコニコ笑顔だ。
エミリアナは今でも瞑想タイムを設けていて、よく隠れ家内で過ごしている。【裏口】獲得でテオドラと会える時間が増えていたが、今度はフィデルとも会えると喜んでいた。
テオドラは頭痛がすると額を抑えた。
「あのねえ、エミリアナ。あんた、危機意識がないのお?
貴族令嬢はエスコート以外は異性と触れ合わないものでしょお。なあんで、こんな無防備に誰も入れない隠れ家にこいつを入れるのよお。こいつ、異性よ、男よ、けだものよお」
「・・・おい、最後に変な呼び方入れるな。誰がけだものだ。おれ、いや、私はライネス家所属騎士ですが?」
フィデルが紳士的な口調に改めるが、テオドラの目は冷ややかさが増すだけだ。
「下心満載のヤツが何言ってやがりますう?
ぜえったいにエミリアナに何もしないと誓えるんですかあ? 頭撫でたり、手を繋いだりもしないって言えるのお?」
「・・・それくらいはアリじゃないか? 家族なら、普通だと思うが・・・」
「うん、フィデルとは家族だよね!」
エミリアナがうんうんと頷いている。テオドラははあああっと深いため息を吐いた。
「ああ、もう、あんたらねえ・・・。心配するこっちの身にもなりなさいよお。
隠れ家のことがルイシーナ様たちにバレたらどうするのよお」
「俺たちがしくじらない限り、大丈夫だろう」
フィデルが言外に『お前は迂闊そうだがな』と詰ってくる。
テオドラはギロリとフィデルを睨んだ。
「そういう騎士様はどうなんですかねえ? まあた、面倒くさい女に付き纏われたりするんじゃないのお?
もうすでに目をつけられてるでしょお。誰のおかげで沈静化したと思ってんのよお」
「・・・まあ、それについては感謝したくはないが、全くしないわけでもない」
「え、何があったの?」
エミリアナが不安そうな顔になる。フィデルの恋人疑惑を思い出したのだ。
フィデルが慌てて手を振った。
「待て、勘違いしないでくれ。俺はエミリ一筋だから。他の誰も家族にしようなんて思わないから」
「浮気したら死刑でいいと思うわよお」
「だから、変なこと言うなって!」
エミリアナは揉める二人を見てくすくす笑いだ。
「テオドラってば大袈裟だなあ。フィデルが不埒な真似するわけないじゃない。ダニエルさんでもあるまいし」
「はっ? ダニエルさんって、A級冒険者のダニエルさんか?」
フィデルが剣呑な声をだすと、エミリアナは呑気に頷いた。
「うん。なんかね、脅かすと人の本性が現れるからって・・・」
エミリアナが壁ドンされて護身具を発動させた話をすると、フィデルが無表情になった。テオドラも座った目つきになる。
「ダニエルさんがそうか、そういう真似をしたのか・・・」
「ちょっと、あんたの先輩って女たらしじゃないの。脅かす手段が口説き慣れてる遊び人の感じよお。
その人に例の件を任せてあるんでしょ。大丈夫なのかしらあ?」
「大丈夫だと思うよ。うまく行かないと相応の処罰が待ってるだけだし、きっと全力で取り組んでくれるはず。
ぜひとも、A級冒険者の本気度を見せてもらわないと、ねえ」
エミリアナがにんまりとほくそ笑む。
「そうか・・・。ダニエルさんが戻ってきたら、ちょおおおっとお話したいから、一日だけ休みをもらえると有難いのだが?」
「あら、わたしもお目にかかりたいわねえ」
フィデルが目だけはマジな笑みを浮かべると、テオドラもふふふっと黒いオーラをだしていた。エミリアナは苦笑を漏らす。
「まずはダニエルさんに頑張ってもらわないとだね。イラリオ様にお願いすれば急かしてくれると思うけど・・・」
「わかった。後で連絡をとってみる」
フィデルが速攻で頷いた。
ライネス家の交渉人が緊急連絡時の転移陣を用いて報告をあげてくれるので、情報はこまめに更新されていた。
アーロンからは身重の妻が無事に出産を果たすまでは待ってほしいと懇願されていた。子供の顔を思い浮かべれば、前夫を目の前にしても子供のために自重できる、と考えたようだ。
ゴ・・・、もとい、血統スキル持ちは怯えていてなかなか首を縦に降らなかったが、セルダ家とライネス家の権力と高額報酬に頷くしかなかった。
勤め先のギルドマスターが立会人として付き添うことでなんとか折り合いをつけられそうだった。
アーロンの妻の出産予定日は年末だったから、春になって移動が容易になったら行うことにした。アーロンとスキル持ちがそれぞれグラシアン王国まで出向いてくれると決まった。
アーロンには問題ないが、スキル持ちは逃亡阻止で交渉人の他にライネス家から護衛もつける予定だ。国王への根回しもすんで、今度の春には全て片がつくと誰もが思っていた。
テオドラとフィデルのやり取りは書いてて結構楽しいです。ついつい脱線しそうになります。




