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わたしのスキルはハズレではありませんよ?  作者: みのみさ
第三章 仮婚約者のエミリアナ

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三十二幕

 血統スキル持ちと従兄の件はダニエルに任せたが、二人の居住地はアルファーノ国とカルデナス国で距離があった。二人を説得して意見調整するだけでも数カ月はかかる。

 イラリオから天馬の貸与の申し出があったが、冒険者は天馬に嫌われているから無理だとダニエルに残念そうに断られた。

 天馬は魔獣の血を引いている。空飛ぶ馬のような魔獣から角と牙を無力化して飛行能力だけを残すよう品種改良されたそうだ。だが、魔獣の本能が少しは残っているようで同胞を葬ってきた冒険者は毛嫌いされて乗せてもらえないという。

 同胞の血を嗅ぎつけているのか、それとも断末魔の気配を察しているのか。天馬だけしか感じ取れない何かがあるようだ。

 代わりにライネス家の交渉人が協力することになったが、主に逃亡防止の監視役だった。

 スキル持ちが雲隠れしないための用心だ。スキル持ちもアーロンの憎悪を自覚していて、顔を合わせれば即死と怯えているそうだ。


 その間にイラリオも母から国王に働きかけてもらって根回しを済ませておくと言っていた。特にルカスには最後まで何も知らせず、気取らせもしないように慎重に行う必要がある。無駄な抵抗を避けるために完全に外堀を埋めてから、ルカスを血筋確認の舞台に引っ張りだす予定だ。

 ルイシーナも降爵を自ら申し出る代わりに領地の返上は免除してもらい、ルカスの蟄居と伯爵位にランクダウンでダメージを最小限にする方向で話を進めてもらっていた。


 エミリアナはアナスタシアをカルロスの配偶者に推す必要がなくなって、手抜きをやめた。淑女科で優秀な成績(ダンスを除く)を収めて、アナスタシアに睨まれてもどこ吹く風だ。

 もうすぐ、仮婚約者の座を降りられると思うと、大概のことには寛容でいられる。

 エミリアナは前期試験でトップをとったせいか、『ハズレスキルのくせに〜』と陰口を叩かれるようになった。成績では文句のつけようがないので、唯一の欠点と思われるハズレスキルを攻撃材料にされているが、本人はノーダメージだ。

「何かほざいてやがりますわね、うふふふっ」と余裕の笑みで、テオドラに「悪役みたいだからやめなさい」と諭されるくらいである。

 高笑いはしていないのに何故だ、解せぬ、と首を傾げていたら、テオドラにジト目でため息をつかれてしまったが。


 そんなこんなでエミリアナはうきうきとして迎えた夏季休暇は領地に帰省したが、前年よりも短めの滞在だった。プリン専門店の一周年記念で第二号店をだす準備のお手伝いがあるから早めに王都に戻った。

 プリンは大好評で王都民にも受け入れられた。レシピを探る勢いが日々増していて、領主権限での秘匿も難しくなっていた。ルイシーナの意向で一流の料理人が勘付く前にレシピを一般開放することになった。

 焼きプリンが出回り始めていたから、本家本元の滑らかな蒸しプリンが再現されるのも時間の問題だった。その前にレシピ料を稼ぐ方向にシフトチェンジだ。


 エミリアナは第二号店を記念して新しいプリンを作ってもらった。前世の好物の黒ゴマプリンだが、見た目が地味というか、食べても大丈夫かと心配されたので、苺味も開発してもらった。赤というよりも薄いピンク色で、黒ゴマプリンの本体の灰色とスタンダードなプリンを加えた『三色プリン』で発売予定だ。

 同じ色の薔薇の花束をオープン記念で配布することになり、希少な黒バラをイサークの領地から仕入れることにした。メラニアの婚姻後も手紙のやり取りで交流は続いていて、ドラード領との取引もスムーズだ。


 第二号店では店内のお召し上がりで黒ゴマプリンにバニラアイスと餡子に無色のゼリーやミックスフルーツを添えたものをだすことにした。黒蜜はお好みでかけてもらえるように別添えだ。

 夢で見たあんみつをイメージしたのだが、寒天が見つからないのでゼリーで代用した。小豆やみつ豆に似た豆はあったので、甘さ控えめの餡子も作れて味的には夢の中のあんみつに近い。

 見た目が一号店のデザートプリンに比べると地味な分、ドラード領で開発した食用のバラをアイスに練り込んだり上に飾ったりしてみた。

 器も凝ってもらい、和のイメージを伝えて抹茶色にしてもらった。普段は食器に使わない色で訝しがられたが、ドラード領のバラが目立って華やかさが際立った。


 エミリアナが忙しくても楽しさも充実した休暇を終えようとした頃に王家からの手紙が届いた。いつも通りに王妃からお茶会か音楽サロンへの招待かと思ったが、差出人は予想外の人物だった。

 エミリアナは呼び鈴を鳴らして専属侍女を呼んだ。

「モニカ、今日はイラリオ様がいらしていたわよね? 大至急、お姉様とイラリオ様に相談したいことがあるから、先ぶれをだしてちょうだい」

「はい、かしこまりました」

 モニカの姉のミレイアがルイシーナの専属侍女筆頭だ。すぐに返事が来てエミリアナは二人がお茶会を行っている応接室に出向いた。


「お姉様、イラリオ様。お邪魔してごめんなさい。でも、これを読んで意見を聞かせてもらいたいの」

 エミリアナが封筒を差しだすと、二人とも訝しげな顔をしながら目を通した。イラリオの顔がみるみる険しくなり、ルイシーナは???と疑問符を浮かべている。

「エミリアナ宛なのでしょう。どうして、わたくしも誘われるのかしら?」

 手紙はカルロスからで評判の歌劇のチケットが二枚同封されていた。

 仮婚約者として一度くらい交流を持つべきだ。親族となるルイシーナとも親交を深めたほうがよいと、姉も同伴で歌劇へのご招待だった。


「この劇はお姉様が観たがっていたものではありませんか? でも、チケットはもう完売で手に入らないって言ってたものですよ」

「そうだけど・・・。普通はエミリアナの趣味にあったものを選ぶべきではないのかしら?」

「あいつの本当の狙いは君だよ。エミリアナ嬢はカモフラージュにすぎない。

 学園では隙がないと見て、姑息な手段にでたのだろう」

 イラリオが黒いオーラを放っている。学園ではいつもイラリオが婚約者の隣を陣取っていてガードしているから、カルロスがつけいる隙はないのだ。


「まあ、殿下は王族に残るのを諦めたのかしら?

 高位貴族の婿入り先はもうないから、リオと交代して我が家に婿入りするつもりなの? まさかねえ」

 ルイシーナは半信半疑のようだが、エミリアナもイラリオの意見に同意した。

「お姉様、殿下は交友関係を重視した学園生活を謳歌しています。候補者以外から婚約者を選ぶならば、今の成績では許可がでません。

 でも、婿入りならば、成績は関係なく可能ですわ。

 もともと、お姉様の婚約は王家との縁を繋ぐものでしたから、ご自分がとって変わっても構わないとか思っていそうですよ」

「ええっ! 絶対にイヤよ」

 ルイシーナがバッサリと切って捨てた。初対面時の印象が悪すぎて、カルロスを配偶者にするつもりは全く全然さっぱりカケラもない。


「そもそも殿下はわたくしのことは嫌っているはずなのに。そんなに侯爵家に婿入りがしたいのかしら?」

 侯爵家が目当てではなく、ルイシーナを狙っていると思うのだが、イラリオもエミリアナも指摘は避けた。

 イラリオにしてみれば、ルイシーナはカルロスに嫌われていると思ってくれていたほうが都合がよい。エミリアナも話を聞いた限りではカルロスは好きな子に素直になれないタイプではないかと思ったが、わざわざ親切に解説してやるつもりはない。

 ヤツには失礼千万な真似ばかりされているのだ。好感度なんて地の底だった。

 それにイラリオのほうが姉を大切にして幸せにしてくれると思う。姉とイラリオはお似合いだから、お邪魔虫は即刻排除である。


「エミリアナ嬢、この手紙とチケットは預かっても構わないかな。婚約者としてぜひとも抗議しなければ」

「それよりも、もっと良い手がありますよ。親族として(・・・・・)親交を深める(・・・・・・)のが目的のご招待なのですから」

 エミリアナがにこりと目だけはマジな微笑みを浮かべて、ある提案をした。




 カルロスはそわそわとしていた。

 王族のお忍び用のボックス席で待ち人が現れるのを今か今かと待ちかねているのだ。

 学園内では同じ経営科だというのに、ルイシーナとは満足に話すことさえできない。いつも、イラリオが間に入って会話を掻っ攫っていくのだ。

 イラリオとは従兄弟同士だし、エミリアナが仮婚約者だから、ルイシーナに頻繁に話しかけても周囲にはまだルイシーナ狙いだとはバレていない。クラスメイトより親しげに振る舞っても許容範囲なのに、毎回イラリオに邪魔されて腹立たしい思いをしていた。


 エミリアナをダシにすればルイシーナを呼びだせるはずだと、側近候補の文官から入れ知恵されてルイシーナの好みを調べさせた。

 彼女が見たがっていた歌劇を突き止めて、完売していたチケットをなんとか伝手を辿って譲ってもらって、ようやくルイシーナと話せる機会を得たのだ。いつも邪魔されるイラリオ抜きで、テンションも上がるというものだ。

 浮ついていたカルロスは案内係が連れてきたお連れ様を目にした途端に、さあっと青ざめた。

 エミリアナをエスコートしてきたのはイラリオでにこやかな笑みを浮かべてはいるが、目だけは今にも射殺しそうな殺気を放っている。


「な、なんで、イラリオが・・・」

「やあ、カルロス。お誘いありがとう。シーナは都合がつかなくてね。

 将来の親族と親交を深めたいならば義兄となる私相手でも構わないよね構わないだろう構わないはずだよねえ」

 最後の早口の圧に、カルロスはひくっと頬がひきつった。

「殿下、お姉様が観たがっていた劇なので、お姉様は残念がっていましたわ。

 わたくしの好みとは()()異なりますので、観劇意欲はあまり湧かないのですけれど、趣味ではないからとお断りするのも失礼ですもの。

 困っていたら、義兄になるイラリオ様が姉に代わってご一緒してくださると言うので、お願いしましたの」

 エミリアナのトゲトゲな言葉に動揺しているのはお付きの従者だ。今回の件はカルロスの独断なのか、彼は把握していなかったようだ。


 エミリアナは扇子で口元を隠して、ほほほと上品に微笑んだ。

「従兄弟同士でじいっくりと話し合いたいそうですわよ? 未来のお義兄様が。

 わたくしは殿方のお邪魔をするのは気が引けますので、これで失礼させていただきますわ。

 男同士でごゆっくりどうぞ〜」

 最後の言葉だけ聞けば何か誤解を受けそうなセリフを残してエミリアナは素早く退出した。青くなったカルロスの助けを求める視線はまるっと無視だ。


 エミリアナが馬車に戻ると、お付きのメイドが話しかけてきた。

「お嬢様、この近くに評判の焼き菓子の店があるそうですよ。お土産に買っていかれてはどうでしょうか?」

「あら、そうなの」

 エミリアナはしばし悩んだが、観劇せずに戻るだけだから、時間は余っている。少しくらい寄り道するのもいいかと思い直した。頷くと、メイドが御者に道順の変更を伝える。


「貴女、王都にはもう慣れたの? 評判のお店なんてよく知っていたわね」

「え、ええ、その、同僚の方が教えてくれまして・・・」

 メイドは視線を泳がせていた。

 彼女は領都の邸から配置転換になったばかりで一月ほど経つ。王都は初めてだと言っていた。第二号店のオープン準備でテオドラが借りだされていて、今だけエミリアナ付きのメイドとなっていた。

 これまでは緊張が解けていないのか、こんな風に自らの意見を言ってくることはなかった。ようやく慣れてきたのかな、とエミリアナは気にもとめていなかったが、メイドのほうは話しかけられてから緊張が増したようだ。どことなく、ギクシャクとしている。


「ベロニカはもうタウンハウスにも馴染んだようね。今は第二号店の準備で何かと慌ただしいから大変でしょう?」

「え、ええ、そうですね。・・・あのう、プリンはお嬢様の発案だとお伺いしたのですけれど、どうやって考えつかれたのですか?」

「発案というのは正しくはないわね。他国の料理でこういうものがあると料理人に話したら、興味を持った料理人が再現してみたのよ。

 だから、わたくしのアイディアではないわ。わたくしは人伝の話を料理人にしただけだもの」

「・・・そうなのですか。でも、デザートプリンや今回の三色プリンはお嬢様の案ですよね?」

「こういうものがあったらいいなと思っただけよ。それを実現してくれた人のほうがすごいのよ」

 メイドはエミリアナの言葉に納得がいかないのか、不満げな顔をしていた。何がそんなに気になるのかなと、エミリアナが内心で首を傾げていると、馬車が止まった。

 外を見ると、意外なことに人気のない路地のようだ。


「隠れた名店なんですよ。馬車止めなんかないですから、ちょっと買いに行ってきますね」

 メイドが止める間もなく素早く降りていった。エミリアナは不安になって御者に話しかける。

「ねえ、こんなところに馬車を止めていて大丈夫かしら?」

「それが転回させるような場所はな、ぐわあ」

 いきなり悲鳴がして、エミリアナはびくりとした。

 護衛がいるはずなのに何が起こったのか。御者席を覗く前に乱暴にドアが開けられて見知らぬ男性が入り込んできた。

「あ、だ」

 誰なの? と叫ぶ前にエミリアナは目の前の男に口に布を押し付けられた。何か刺激臭がしてくらっと意識が遠のく。

 メイドが戻ってきた時にはセルダ家の馬車は制圧されていた。




 エミリアナは久しぶりに前世の夢を見ていた。成長するにつれて頻度は減っていたが、今日は両親と一緒にお出かけしている。まだ幼い頃の出来事だ。

 外食時にデザートを食べるのは禁止されていた。すぐにお腹いっぱいになって食事があまり入らなくなるからだ。

 幼い女の子が駄々をこねると、ワガママはダメと怒られて悲しくなった。

 パフェなんてお家では食べられないのに、「パパとママだけずるい」と泣いていたら、パパが「しょうがないなあ」と一口だけくれた。パパとママはセットのお食事でデザート付きだった。

 ママが怖い顔をしているが、「一口だけだから」とパパがママの分もくれた。全部で二口だ。

 泣き止んでぱあっと笑顔になったら、「現金ねえ」と呆れながらも、ママがもう一口くれた。

「これでおしまいよ、あまり食べすぎるとご飯が食べられなくなるからね」

「うん、まま、ありがとお!」

 にこにこ笑顔の幼児の名前はなんと言ったか。

 エミリアナの夢では名前を呼ばれる前にいつも目が覚めてしまう。


 エミリアナは前世の名前は知らないままでも、両親の思い出さえあればいいと思っていた。

 目覚めれば詳細は忘れてしまう夢でも幸せな余韻は残る。今世では親の顔も知らない孤児だったから、眠って夢を見るのが楽しみだった。それが段々と起きている時間、今世を過ごしている間のほうが楽しくなっていった。

 きっと、転生して何もなかったエミリアナに大切なものが増えていったからだろう。比例するかのように夢の時間は短くなっていったが、エミリアナが不安に思ったり悲しんだりすると夢を見る。

 今も不安だから夢を見ていると思うのだが、さっきから優しく頭を撫でられる感触がしている。何も不安になるはずがないのに、どうして夢を見たのか。

 うつらうつらとしてエミリアナはうっすらと目を開けた。ゆっくりと瞬きをすると、聞き覚えのない声がした。


「エミリ? 目が覚めたか?」

 エミリと呼ぶのはこの世界で一人しかいない。でも、声は覚えているよりも低くなって深みがあった。

「エミリ、大丈夫か? うおっと」

 がばっと起き上がったエミリアナの目の前では大きく赤い目を見開いた青年がいた。所在なさげに片手を挙げたまま固まっている。

「ふ、ふぃでるう?」

「ああ、大丈夫か。エミリ、眠り薬を嗅がされたようだけど、どこか調子の悪いとこ「フィデルだあ!」

 エミリアナは頭突きするかのような勢いで抱きついた。ぐえっと悲鳴が聞こえた気がするが、見事にスルーだ。

「フィデルだっ、フィデルだあ〜」

「あ、ああ、うん。俺だよ、エミリ、もう大丈夫だから落ちついて」

 エミリアナが遠慮なくぐりぐりと頭を擦りつけていると、ぽんぽんと背中があやすように叩かれる。


「もう大丈夫だ。エミリを攫おうとした奴らはやっつけてあるから。落ちつけって」

「やだあ、起きたら忘れちゃう! フィデルもいなくなっちゃうからイヤあ」

「いや、夢じゃないから。俺は本物だから」

 フィデルは苦笑して背中を撫でてやった。

 ぐりぐりぐりぐりと頭を擦り付ける仕草はとても貴族令嬢には思えない。綺麗な少女に成長していて気後れを感じていたが、エミリアナの中身は思ったよりも変わっていなくて安堵する。

 しばらく、興奮したエミリアナが満足するまで好きにさせていたら、頭を擦りつけなくなった代わりにすんすんと鼻を啜る音がした。


「エミリ、泣いてるのか? 何度でも言うが、夢ではないからな。

 これは現実だ。もう怖いことは何もないから。

 俺もいなくなったりしないから安心しろ」

「・・・夢じゃないなら、どうしてフィデルがいるの? わたし、変な男に襲われて」

「そいつらならやっつけたから何も心配はない。テオドラ宛に伝言を託したから、もうすぐ迎えが来るはずだ」

「お迎え? え、なに、どういうこと?」

 エミリアナは鼻水をぐずぐずさせたまま、顔をあげた。

 記憶にあるよりももっと引き締まって鋭角的になった顔つきのフィデルが目の前にいる。黒髪は以前聞いた通り、少し長めで深緑色の髪紐で縛ってあった。

 フィデルは少しバツが悪そうに頬を掻いた。


「あー、その、なんだ。王都に来る用事があってな・・・、たまたま、そう、たまたまエミリが乗った馬車を見かけて。

 なんか男連れだったから心配になって後をつけただけだ。別に、尾行してたわけじゃないぞ。

 ・・・王都に来るたびにセルダ家の様子を伺っていた、とかではないからな」

 気まずそうに視線を彷徨わせていては言い訳にしか聞こえない。要するに、フィデルは王都に来るたびにエミリアナの動向に探りを入れていたと白状したようなものだ。


「フィデルは心配して様子を見てたの? 男連れって、イラリオ様のこと? お姉様の婚約者だよ。

 今日は殿下をシメるから同行してたの」

「シメるって、その殿下とやらは何をやらかしたんだ・・・。

 待てよ、殿下って、エミリの仮婚約者とかになったヤツか? もしかして、第三王子か?」

「え、なんで、フィデルが知ってるの?」

 エミリアナが驚いてぎゅうっとしがみつく手に力がこもった。フィデルは安心させるように背を撫でる。


「なんでって、上流階級と伝手のある人間なら誰でも聞いたことがあるぞ。

 この国の第三王子が王族に残るが、婚約者候補がなかなか決まらないって。

 なんでも、流行病で令嬢が減っているから、他国との縁組も視野に入れているようだって聞いた。それなら、さっさと他国と縁づいてエミリを解放しろって思ったさ」

 エミリアナはほっとした。

 フィデルには仮婚約解消を狙っているのは伝わっていないようだ。一応、他に漏れるとマズい話だから、テオドラ自身の安全のためにも彼女には口止めをしていた。

 エミリアナは安堵したせいか、ようやく今の状況を気にかける余裕がでてきた。

 フィデルと一緒にいるのはセルダ家の馬車の中だ。窓の覆いが降りていたが、ランプの灯りから外はもう陽が落ちて暗くなっているのはわかる。

 周囲は物静かで人の気配はない。

 エミリアナは御者の安否が気になって顔をあげた。


「ねえ、フィデル。他に人はいなかった?

 御者が悲鳴をあげてて、護衛はいなかったみたいなの。メイドは出て行ったままだったし」

「ああ、そいつらな。グルだった、人攫いの一味だ」

 フィデルは御者の悲鳴は演技だったと厳しい顔になった。

「え、グルって・・・。御者も護衛もベロニカも?」

 目を見開くエミリアナに、フィデルが重々しく頷く。

「ああ、そいつら、馬車からセルダ家の紋章を剥ぎ取っていた。エミリを乗せたまま、どこかに行こうとしてたところを捕まえてある。

 お貴族様は誘拐されたとか公になったら、醜聞になるんだろ? エミリが無事でも瑕疵にされるなんて冗談じゃない。

 時折、パーティーを組む上級冒険者が男爵家の出でな、王都に滞在中はお屋敷を使わせてもらっているんだ。そのお屋敷が近くにあったから、避難させてもらった。

 普段は管理の老夫婦しかいないから、人目に触れることはない。老夫婦は口の堅い人たちだから秘密は守ってもらえる。安心しろ」

 エミリアナはほっとした。醜聞になれば仮婚約を解消しやすくなるが、セルダ家の家名にも傷がつく。ルイシーナに迷惑はかけたくなかった。


 ぽんぽんと弾むように頭を撫でられて不思議そうに見上げると、赤い瞳が和らいでいた。

「エミリ、綺麗になったな。見違えたよ」

「え、え、な、何言って!」

 エミリアナは一気に赤くなってあわあわと慌てた。フィデルがふっと優しく笑う。

「正直なこと言うと不安だったんだ。エミリはすっかりお嬢様になってしまって、孤児だったことは忘れたいと思っているかもしれないって。

 でも、エミリ付きのメイドになったとかテオドラが自慢してくるから、それはないとわかっていた。それでも、自分で確かめないと不安でな。

 要するに、俺の自信のなさからエミリを疑ってしまったんだ。ごめんな、こんな情けないヤツでガッカリしたか?」

「え、フィデルはカッコよくなったよ。ギルドでもモテてるって聞いて、納得したもん。

 わたしこそ、ごめんね。手紙では詳しいことは書けなくて。お父さんの小箱もフィデルに預けたままにしちゃってたし」

 エミリアナはぶんぶんと首を振ってしょげていたから、フィデルが赤くなった顔を隠すように手で顔を覆ったのには気づいていなかった。

 フィデルはごほんと咳払いして表情を整えた。


「あー、そう言うことはあまり気軽に言わないほうがいいぞ。勘違いするヤローがでたら困るからな」

「えー、誰にでも言わないよ。フィデルだからだよ」

 エミリアナがぷくうと膨れて拗ねた。フィデルはまたもや撃沈しかけたが、根性でなんとか堪えた。

「そ、そうか。それなら、いいんだ。ところで、預かった小箱なんだが、俺は成人までは孤児院を拠点にしているから、神父様に保管してもらっているんだ。俺に何かあった場合にはエミリに届けてもらうよう話してある」

「ええ! やだよ、フィデルに何かなんて!」

 エミリアナがむぎゅうとしがみついてくるから、フィデルはぎょっとした。


「こら、エミリ! あんまりくっつくな!

 お前、少しは成長したかと思ったのに、そういうところは変わってないな。

 自分の性別を忘れるなよ」

「何それえ? 久しぶりに会えたんだから、くっついてもいいじゃない」

 エミリアナはくっつこうとしてフィデルに阻まれてジタバタしている。二人で戯れあっていると、遠慮がちな声が外からかかった。

「あのう、侯爵家からのお使いがお見えなのですが・・・」

 セルダ家からのエミリアナのお迎えだった。

今回は急展開です。とうとう再会できた二人ですが、フィデルにはストーカー疑惑が・・・。

各人からのコメントです。

テオドラ「・・・うわあ〜、嘘でしょお(ドン引きしている)」

マルコス「犯罪でもって犯罪を制す?(毒をもって毒を制すと言いたいらしい)」

神父様「まあ、気持ちはわかるがやめておきなさい。信徒から犯罪者がでるのはちょっとのう(ちょっとだけ遠い目)」

エミリアナ「え、フィデルは心配してくれてただけだよ?(不思議そうな顔)」

まあ、当人が気にしていなければ無罪ということで。

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