三十幕
少々時間が流れて一学年の終了です。
エミリアナはほどほどに手を抜いたが、学年末の試験結果はアナスタシアよりも上だった。
エミリアナはダンスだけは苦手でギリギリ及第点で、その他は余裕で平均値よりも上だ。反対にアナスタシアはダンスは高得点なのだが、その他が平均の少し上でかろうじて高位貴族の体面を保っている状態だった。どうやら、彼女は凡ミスが多いらしい。
幾人かの伯爵令嬢より下の成績で、伯爵令嬢たちは気まずそうだった。
「エミリアナ、これ以上は手抜きしなくてもいいわ。まともに見直しもしない彼女に合わせて貴女の評価が下がるのはもったいないもの」
ルイシーナが呆れたようにため息をつく。
カルロスの隣を望むならば将来は王子妃だ。王子妃がうっかりミス連発では公務に差し障りがあるだろうに、アナスタシアには本気度が足りていなかった。真剣味に欠けている相手に付き合って評価を落とすなど、徒労でしかない。
二学年では専門科目に分かれるので、ルイシーナやイラリオは経営科に進むが、エミリアナはアナスタシアたち婚約者候補と一緒に淑女科だ。まだ成績争いは続くのだが、ずっとアナスタシアに合わせ続けるわけにもいかない。
エミリアナだってセルダ家の家格に恥じない成績をとらないと、ルカスからの無駄な叱責や家庭教師をつけられてさらなる教育を課せられてしまうのだ。
「チャベス様で王子妃に不足ならば、どなたにおしつ・・・、いえ、お譲りすればよいのでしょうか?」
押し付ける、と言いかけて、言い直したエミリアナも落胆を隠せない。そんな二人にイラリオがドヤ顔で会話に加わった。
「二人ともそんな暗い顔をしないで。朗報だよ。
血統を判明させるスキル持ちが見つかった。今、我が家から交渉人をだして話し合っているところだ」
「まあ、本当なの?」
「やったあ!」
顔を輝かせるルイシーナと思わず素でガッツポーズをとるエミリアナ。エミリアナは姉からの驚いた視線に気づいて、すぐにしおらしさを取り繕った。
「お、おほほほ、失礼いたしました。ついつい、本音がでてしまいまして」
「ぶほおっ! い、いや、ダダ漏れすぎるでしょ」
イラリオが遠慮なく吹きだして笑い転げる。ルイシーナがしかめ面になった。
「もう、リオったら、笑いすぎだわ。エミリアナも気を抜きすぎよ? 誰かに見られたら困るでしょう」
「すみません、お姉様」
エミリアナがしゅんとなった。
彼らが今いるのは学園の食堂の二階席だ。メラニアたちが卒業にあたり貸し切っていた席をそのままエミリアナたちに譲ってくれた。今ではセルダ家専用の席となっている。
観葉植物である程度人目を避けられるとはいえ、完全にではない。試験結果もでてくつろいでいる生徒の姿は他にもちらほらと見えている。
「まあまあ、シーナ。明日からの休暇を喜んでいるってことで、誤魔化せるでしょ。
仮婚約から外れるためには多少羽目を外した姿を晒しても構わないんじゃない?」
「そうですよ、お姉様。イラリオ様の案で行きましょう!」
全力でイラリオの提案に乗るエミリアナは両手を握り拳にして力強く頷いている。ルイシーナは二人にジト目を向けた。
「もう、二人とも、そういうところでは変に気が合うのだから。まあ、今はいいわ。
それよりも、血統スキル持ちの話を詳しく教えてちょうだい」
「あ、そうですよ。イラリオ様、スキル持ちの方は協力してくださるのですか?」
エミリアナが期待に満ちたキラキラとした目をイラリオに向ける。イラリオは従兄弟の嫌われ具合に苦笑しつつ、地図を取りだした。大陸地図で主要都市も載っている詳細なものだ。イラリオはある都市を指差した。
「我が国の南に接するアルファーノ国で見つかった。地方都市で冒険者ギルドの職員をしている男性で、我が国の言葉も含めて三か国語が話せる。
意思疎通に問題はないのだが、細かなニュアンスの齟齬を防ぐためにもアルファーノの言葉を話せる相手を交渉人にしたんだ。
どうやら、そのスキル持ちは過去にお家騒動で危険な目に遭ったこともあるようで、スキルの使用はギルドを通した依頼という形で行っているらしい。時にはお断りされることもあるそうだ」
「まあ、依頼なのに、お断りされるの?」
ルイシーナが不思議そうに首を傾げている。イラリオが頷いた。
「ああ、貴族相手だと逆恨みを受けることもあるから、身の安全のために神殿で契約魔術を結ぶ要求をするのだが、それを拒む相手は断っているそうだ」
神殿は各国の首都に建設されている神への祈りの場だ。教会の総本山ともいうべき機関で、神への誓いの儀式を契約魔術とも呼ぶ。神への誓いを破った者には神罰が降るから、契約魔術を行うには神殿で審査を受けて認められなければならない。
お家騒動を内密に済ませたいと願えば、契約魔術には二の足を踏む。公にしても構わない、後ろ暗いところのない相手にだけスキルを使うそうだ。
「我が家も公にしても構わないもの。ギルドに依頼すれば受けてもらえるのではなくて?」
「でも、他国にまで公にすると、侯爵の蟄居だけでは済まないかもしれない。降爵の可能性もあるから、父は慎重に検討すべきだって意見だ」
ルイシーナの問いにイラリオが渋い顔になった。
ライネス家はルイシーナの味方だが、さすがに息子の婿入り先の爵位が下がるのは歓迎しない。
「降爵したら領地も減るのかしら?
王家に返上ではなく、親戚内に分ける形ならば降爵しても親戚たちは何も言わないと思うわ。いずれ、領地は返してもらえるように取り計らえばいいし」
「他者から血縁ではないと訴えられるよりも自ら申し出たほうが王家の心象はいいはずです。降爵もこちらから持ち掛ける代わりに領地の問題は親戚たちに任せるように提案するのはどうでしょう」
ルイシーナが考え込んでエミリアナも案を出した。
ライネス家で確保している退職した使用人のように当時を知る者は他にもいるのだ。実際にバネッサも該当者だ。
もし、万が一にでも仮婚約が成約してしまった後にエミリアナの素性について異議を唱える者が現れたら。それをアナスタシアやチャベス家に利用されて攻撃されたら、降爵どころではない大打撃になりそうだ。そうなる前にエミリアナの素性を明らかにすべきだった。
「うーん、母から伯父上、陛下に働きかけてもらおうか。
表向きは侯爵の思い違いとしておけば、そう重い罪には問われないだろうし。両親と相談してみるよ。
休暇明けにはいい返事ができると思う」
春の休暇は二十日ほどだ。
遠方の者だと往復の移動でほとんどの時間を取られてしまうので、領地に帰省はせずに王都に留まる者も多い。エミリアナたちも今回は領地に戻るのは諦めて王都での社交に力を注ぐ予定だ。イラリオだけは馬車の移動ではなく、天馬に騎乗して領地に戻るつもりだった。
天馬は羽のある馬で森くらいの高さまでは空駆けできる。地上を行くよりも早く移動できるのだが、周囲に風の幕を展開させないと体温の維持や呼吸の確保ができないし、髪型もぐしゃぐしゃに崩れる。貴族の身だしなみとしてはアウトだ。
天馬には馬力があまりないので、馬車を引くのは無理で空中移動できなくなるという欠点もあった。
騎乗できる人間が限られるのであまりメジャーではない移動手段だ。
ライネス家では天馬を数頭所持しているが、馬好きが昂じた公爵の趣味である。イラリオも子供の頃に仔犬を飼う代わりに天馬の子供を飼っていたそうだ。
今回は待望のスキル持ちの情報がかかっているから特別に天馬を使用する許可を父からもぎ取っていた。
「シーナ、期待して待っててね」
満面の笑みで婚約者の手を取ったイラリオはそっと指先に口付けて、ルイシーナを真っ赤にさせた。エミリアナは空気を読んで扇子を広げて目線を隠し、見ていませんアピールだ。
「・・・エミリアナ、あからさますぎるわ。もっと、さりげなく扇子を広げるのよ」
「はい、お姉様」
エミリアナは動揺を隠すように淑女教育を発揮した姉に微笑みを隠すのに苦労した。
二学年に上がってエミリアナは姉たちとはクラスが分かれた。候補以外の伯爵令嬢と顔見知りになって、彼女たちと行動するようになったが、昼食は相変わらず予約席で姉たちと一緒だ。
イラリオが沈んだ顔をしていると思ったら、開口一番に頭を下げられてしまった。
「すまない、エミリアナ嬢。スキル持ちの話だが、交渉がうまくいっていない。
下手をすると、断られるかもしれないんだ」
「え、何故ですか?」
エミリアナは姉を見やった。すでに話を聞いていたのか、ルイシーナも浮かない顔をしている。
「スキル持ちの方が個人の事情でこの件には関われないと言ってきたそうなの。それでその事情を詳しく伺ったところ、スキル発動に必要な貴女の親族の方と因縁があるそうでね・・・」
「ええっと、わたくしの親族、ですか」
エミリアナは姉に渡された両親の調査書を思い浮かべた。
両親のことだけでなく、実家のことも載っていた。特に父方の親族に関しては冤罪の被害者として詳しく記載されていた。
父の両親、エミリアナの祖父母はすでに亡くなっている。どうやら、平民落ちしての国外追放で体調を崩して、とエミリアナの父と同じ目に遭っていた。
長兄は離縁して妻子を守った。妻は祖母の実家を頼って北方の小国へ向かい、祖母の実家の籍に迎えられた。子供がまだ幼かったため、馴染みは早く、もとからの下位貴族のように暮らしているそうだ。
長兄は妻子の後を追うように小国に向かい、そこから行方しれずとなった。ただ、妻が再婚した相手が平民だが、やたらと教養のある相手で前夫と似た色合いの容姿だったらしいとあった。再婚相手の素性は旅人とだけあって、遠方のせいか詳細は不明だ。
次兄は騎士爵を得て兄の婚姻よりも早く独立していた。細君も騎士だったから追放後は一家揃って冒険者となっていた。次兄夫妻は冒険者の活動中に亡くなっており、一人息子がA級ランカーとして有名になっている。
エミリアナの従兄と言われたのが、その一人息子だ。
冤罪の原因となった末妹は強盗に殺されたとあるから、生存が確認されていて接触ができるのは冒険者の従兄だけだった。
「従兄の方が何かなさったのですか?」
「うん、なさったんだ」
首を傾げるエミリアナに苦い顔をしたイラリオが頷く。従兄はスキル持ちの奥方を寝とったと説明されて、エミリアナはあんぐりと大きく口を開けてしまった。
「え、ええ〜。奥様と従兄は不貞を働いたのですか。それは確かに因縁のある相手ですねえ。会いたくないでしょうし、お断りは仕方がないかも・・・」
「今、追加調査を行なってもらっているのだけど、二人だけが悪い話でもないみたいなんだ」
「どういうことですか?」
エミリアナが再び首を傾げると、今度は姉が口を開いた。
「奥様は夫から冷遇されていたという話なの。
医師からの報告では体に痣や生傷が絶えなかったそうで、夫から日常的に暴力を受けていたのを従兄の方が助けて、二人の間に愛が芽生えたと言うのよ。それを聞いてしまったら、二人だけが悪いとは思えないでしょう?」
「ええっと、その話は確かなのですか? そうなら、二人を責めることはできないと思いますけど・・・」
「今、確認中だから、調査が終了するまではなんとも言えないな。
ただ、確認ができて正確な話だと判明した時にどうすればいいのか・・・。他のスキル持ちの捜査も続けてはいるけどね、卒業までに見つかるかどうか。
もし、問題のスキル持ちを説得できたとしても、君の従兄殿は協力してくれるかな?
従兄殿は奥方を庇った際に相手を半殺しにしかけてギルドから接近禁止令がだされたんだって。それから、アルファーノでの活動はしなくなった。我が国やカルデナス国で活躍するようになったらしい。
まずは顔を合わせるかどうか、双方の意思を確認しないとだから、まだまだ時間がかかる」
「そうですね・・・」
エミリアナは肩を落として落胆した。
スキル持ちさえ見つかれば解決すると思っていた。侯爵家の権力と財力でなんとかなると思っていたが、気持ちや感情の問題では繊細で微妙すぎて、どちらも役に立ちそうにはない。
「はあっ、お金に目が眩んでくれる相手だったら、楽だったのに・・・」
「まあ、そう落ち込まないで。いざとなったら、伯父上に頼む手もある。
王家の後継者問題に関わるとつつけば、ギルドのほうで問題視して説得してくれるかもしれないよ」
ルイシーナがため息をついて、イラリオが宥めている。
「エミリアナ嬢も気を落とさないでね。もしかしたら、何も問題がない他のスキル持ちが見つかるかもしれないし」
「ええ、イラリオ様と公爵家の方々にはお世話になっていますから。何もかもお任せで申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
エミリアナは淑女らしく優雅に頭を下げたが、内心ではしょんぼりどよよんがあっくりと落ち込みっぱなしだ。
しばらく、エミリアナの元気がなかったら、テオドラに心配されてしまった。協力者にきちんと報告しなさいと言われて事情を説明すると、なあんだと呆れられてしまった。
「何を悩んでいるのかと思えば、そんなこと。餅は餅屋よ。冒険者ギルドのことは冒険者が詳しいんじゃないの?」
「それはそうだろうけど、冒険者にスキル持ちの職員の人を説得してもらう依頼でもだすの?
あまり、他国にまで公にしたくないのに、そんなことしたら悪手じゃない?」
「依頼なんて形にしなくても協力してもらえばいいのよ。あんたがお願いすれば喜んで応じるわよ、あいつは」
テオドラがあいつ呼びするのは一人しかいない。エミリアナは戸惑った。
「でも、冒険者が貴族からの依頼を受けるのはB級以上でしょう?」
フィデルはまだC級だ。
「だ〜か〜らあ、別に依頼にしなくてもいいじゃない。
幼馴染のお願いってことで、ちょおおおっと、そのギルド職員とお話ししてもらえばいいのよお。なんなら、冒険者繋がりで知人から説得してもらっても構わないと思うわ。
あいつ、意外と高位の冒険者と顔見知りになっているみたいだし。この国ではレアスキルの氷魔法であちこちで人脈を築いているらしいわよ?」
「そうなんだ・・・。テオドラ、詳しいね」
テオドラはフィデルと直接手紙のやり取りができる立場で、エミリアナより詳しいのは当たり前なのだが、エミリアナはなんだか少し寂しく思った。幼馴染の輪に自分だけ入れない疎外感を感じてしまう。
「マルコスが事細かに教えてくれるのよ。別に頼んでないのにねえ。一度、付き合わせたせいかしらあ?」
最後の言葉は小声でエミリアナには聞こえなかっただろう。テオドラはぶつぶつと呟き始めた。
フィデルの浮気疑惑を解くために同席したマルコスはあれから頼みもしないのにフィデルの動向を知らせてくるようになった。また誤解しないように心配してか、それとも修羅場に付き合わされない用心なのか。
養父よりもまめに手紙を寄越すから同僚たちにはテオドラの恋人と思われてしまった。同僚たちに悪気はないのだが、誤解された上に手紙がくるたびに冷やかされて面倒くさい。
「まあ、とにかく、一度ルイシーナ様に相談してみない? 了承を得られたら、あいつと堂々と会えるわよ」
ぴょこんと音がしそうな勢いでエミリアナが顔を上げた。満面の笑みで頷くから、まあ面倒くさくてもマルコスからの手紙はありがたくもらっておくかとテオドラは思い直した。
とうとうフィデルと会える?かどうかは作者も悩み中です。




