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わたしのスキルはハズレではありませんよ?  作者: みのみさ
第三章 仮婚約者のエミリアナ

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二十九幕

 ルイシーナは夏季休暇が終わる少し前に王都に戻った。プリン専門店のプレオープンのためだ。

 本当は夏季休暇の最終日にオープンする予定だった。新学期の話題になって宣伝効果が得られると思ったのだが、父から待ったがかかった。王妃様がお気に召しているのだから、先に王族に献上せよ、と言われたのだ。

 カルロスの突撃訪問で渡したお土産のプリンはまだ試作段階だと注釈したせいで、今度は完璧な完成品をお渡しせねばならぬ、と言われた。

 仮婚約者辞退を狙っているエミリアナとルイシーナにしてみれば、王妃様相手の点数稼ぎを目論むルカスが面倒くさいし、鬱陶しい。それでも、当主の命令なので、一応は頷くしかない。


 惣菜プリン以外の甘いプリンは改良する余地はない完成品だ。惣菜プリンだけ手を加えることにした。

 中身の具材の味付けを変えたり、栗や鶏肉を加えてみたりした。組み合わせによって三種類ほどの惣菜プリンを完成させた。

 最大の功労者はプリン第一人者とも言えるテオドラだが、エミリアナもアイディアを提供していた。

 プリンは孤児から話を聞いた料理人が作ったと聞いていたが、実はその孤児がエミリアナだったと初めて知った。


「まあ、そうだったの。知らなかったわ。

 エミリアナも言ってくれたら、よかったのに。貴女もプリンの功労者だわ、いえ、原点というべきかしら?」

「でも、わたくしは商人から聞いた話を伝えただけですから。

 惣菜プリンもこんなのが食べたいなあと思って口出ししただけで、実際に作りあげたのはテオドラです。

 彼女が試行錯誤して完成させたのですから、ただ口出しだけしたわたくしの出る幕はないですよ。惣菜プリンはテオドラの功績です」

 驚くルイシーナにエミリアナはあっさりとしたものだ。

 功労者として誇るつもりはない。夢の話をするつもりはないので、他国の商人から聞いた話という前提を貫いている。

「でも、このデザートプリンを考えたのは貴女だわ。十分、誇れる功績よ」

 ルイシーナが顔を綻ばせたのはプリンに生クリームを添えて果物やアイスクリームで飾ったものだ。夢の中ではプリンアラモードと呼ばれていた。


 専門店はお持ち帰りカウンターだけでなく、飲食スペースも備えているカフェだ。せっかくだから、店内だけで味わえるプリンを提供しようとなった。デザートプリンはスタンダードなプリンに別料金で果物やアイスの追加ができるようにした。誰でも自分だけのデザートプリンを楽しめるという謳い文句だ。

 イサークとの取引でローズティーも取り扱い、他のカフェとは一味違う趣向になっている。

 デザートプリンの命名者は王都のタウンハウスの料理長だ。

 ルイシーナが王都で暮らすようになってからデザート料理に力を入れ始めた料理長は休みのたびにあちらこちらの店へと食べ歩きするほど研究熱心で、『新商品はわかりやすいネーミングが一番ですよ!』と力説していた。


「お姉様、王妃様に気に入られるとマズいですから、わたくしのアイディアだとは内緒にしてくださいな」

 エミリアナが困ったように顔をしかめるから、ルイシーナは仕方なく了承した。確かにエミリアナの発想力を買われて仮婚約を成約されては敵わない。

 デザートプリンはエミリアナのアイディアだと顕にせずにオープンすることにしたが、ルカスの横槍で先にプレオープンで王族にお披露目することになってしまった。まさか、王妃様をご招待するわけにはいかないから、エミリアナの仮婚約繋がりでカルロスへの招待状だ。

 学園内ではカルロスとの婚約を望んでいない姿勢を見せているので、カルロスだけを招くとアナスタシアを始めとする他の候補者たちがうるさいだろう。イラリオからカルロスに他にも招待客を呼んでもいいか確認してもらった。

「殿下お一人で味わうよりも感想を言い合える()()()がいたほうがいいですわよ」とルイシーナからの提案を入れ知恵した結果だ。


 予定より一週間早いプレオープンで、ルイシーナやエミリアナも早めに王都に戻る予定だったが、生憎とエミリアナが体調を崩して本調子ではなかった。

 エミリアナには十分に体調を整えてから戻ってもらうことになった。代わりにルイシーナに付き添ったのはテオドラだ。

 テオドラはエミリアナ専属の料理人見習い兼メイドの扱いだったが、数々のプリンの考案者だ。何か質問があった場合に備えてプレオープンの日だけルイシーナのお付きになった。

 テオドラによると、エミリアナの体調不良は幼児並みの情緒が年相応のものに成長途中で混乱が治れば大丈夫だろうと言われた。

 ルイシーナは首を傾げた。

 幼児並みの情緒が成長途中とは一体何があったのか聞きたかったが、ミレイアに落ちついてからご本人に伺うほうがいいですよ、とアドバイスされた。


「ねえ、リオはどう思う? エミリアナが何か悩んでいるなら相談に乗ったほうがいいと思うのだけど・・・」

 相談されたイラリオは苦笑を漏らした。エミリアナの代わりにプレオープンの手伝いに来たのだが、ルイシーナの関心は肝心のプレオープンよりも妹にある。

「気持ちの整理がつかないとアドバイスされても意味がないんじゃないかな。ミレイアの言う通り、彼女が落ちつくのを待ったほうがいいと思うよ」

「そうね・・・」

 ふうとため息を漏らすルイシーナは憂い顔だ。イラリオはその頬っぺたをツンツンと指でつついた。子供の頃のような扱いにルイシーナの空色の瞳が丸くなった。


「もうすぐ、お客様が到着するよ。そんな顔をしていてはお出迎えには向かないよ」

「まあ、リオったら、何をするのよ。もう子供ではないのよ?」

「ふふっ、驚いた顔は子供の頃とそう変わらないよ。シーナが遠慮なく素を晒してくれるのは大歓迎だけど、君が妹ばかり構うのは少し妬けるね」

「もう、何を言っているのよ、妹相手に妬かないでちょうだい」

 ルイシーナはつんと顎を逸らしてそっぽを向いた。

 くすくす笑いの婚約者を横目で睨むと、面白そうに破顔するからますますむくれた。イラリオだって時折子供っぽい振る舞いをして、昔とあまり変わっていないのに。


 イラリオは婚約者の機嫌をとりながら、エミリアナに感謝していた。祖父母が亡くなってからのルイシーナは淑女ぶりに磨きがかかって気安さが減っていった。取り繕いが上手くなって彼女の懐に入りにくくなって困っていた。

 そこへ現れたのがエミリアナだ。

 彼女のおかげでルイシーナの淑女の仮面が剥がれやすくなってこうした気楽なやり取りもできやすくなった。

 イラリオもルイシーナと同様にエミリアナを妹のように思っている。ルイシーナが貴族に残る提案をしたと聞いて、エミリアナには是非とも受けてもらいたかった。

 隣国でも貴族同士であるからには交流は可能だし、イラリオの祖母はちょうどブリオネス国の出だ。何かと理由をつけて会いに行くのも容易い。エミリアナに祖母の家系と縁付くのを薦めれば親戚付き合いも可能になる。

 惣菜プリンやデザートプリンで示した彼女の発想力を鑑みるに、きっと彼女のご先祖同様にスキルも何か有能な力を隠している気がする。

 イラリオは父を急かして血統スキル持ちを早く探しだすのはもちろんのこと、エミリアナの囲いこみも相談することにした。


 


 プレオープンに招待したのはカルロスとアナスタシアの他には伯爵家の令嬢が三人だ。主にルイシーナがカルロスのお相手を務め、イラリオが令嬢方を接待した。

 令嬢方は甘いプリンがお気に入りで、惣菜プリンはまあまあねという反応だ。アナスタシアも今回は大人しくしていて,嫌味や文句も言わずにプリンを味わっている。

 カルロスはどちらも気に入ったようで尊大な態度で料理人を労うように告げてきた。


「どのプリンもこの前頂いたものよりも美味かった。精進したな、と料理人に伝えてくれ」

「はい、殿下。かしこまりました」

 ルイシーナが咄嗟に頭を下げて笑みを隠した。惣菜プリン以外はこの前と同じ味だ。違いがわかっていないのに美食家ぶるカルロスに笑いが込み上げてくるが、爆笑するのはカルロスたちが帰った後だ。

「お嬢様、デザートプリンの用意ができてございます」

 テオドラがワゴンを押してきた。見本としてバニラアイスを添えてオレンジやりんごの飾り切りを盛り付けたデザートプリンが載っている。


「おお、なんだか凄いものがきたな」

「あら、プリンに果物の盛り合わせ?」

「まあ、まるでお花のようだわ」

 カルロスも令嬢たちも驚きで目を丸くしている。

 セルダ家の料理人はデザートにカットフルーツばかり出していたから、果物の飾り切りに凝るようになっていた。エミリアナがこの技を生かさない手はないと主張して、デザートプリンで飾り切りの果物を使うことにしたのだ。


「こうして食べるとさらに美味しくなった気がするわ」

「ええ、食べるのがもったいないくらい綺麗ですけれども」

 令嬢たちが視覚も賑わせてくれる飾り切りに目を輝かせている。カルロスは無言で味わってお代わりまでした。

「凄いな、これは。アイスや果物の組み合わせを変えて、また別のデザートになるなんて。

 いいアイディアだな。これを考えたのは誰だ?」

「我が家の料理人総出で考えてくれましたの。殿下のお気に召して幸いですわ」

 ルイシーナがにこりと微笑んで、テオドラが無言で頭を下げた。料理人の引き抜きを避けるためにも個人名は出さないと決めていた。


「侯爵家の料理人は優秀なのだな。羨ましいぞ。これはさすがに持ち帰れないよな?」

 カルロスが直答を許してテオドラに尋ねたので、テオドラがしおらしく前へでた。

「はい、こちらを再現したいならば、王宮料理人の皆様にお任せするしかございません。きっと、王宮の皆様方ならば、もっと華麗で豪華な飾り付けをしてくださると愚考いたします」

「そうだな、材料がわかっているし、伝えれば再現は可能だろう」

 カルロスが自分のお付きの従者を振り返った。盛り付け場面を目の前にしているので作り方はわかっている。

 従者が頷いて果物の飾り切りの持ち帰りを尋ねてきたので、テオドラが対応することにした。今日もお土産でお持ち帰り用のプリンを用意してあるので、それに果物も足す形だ。


「本日は皆様をおもてなしするために一階席を模様替えして広間にしましたが、オープン後は一般客用でテーブルと椅子でもっと埋まっていますわ。

 二階席は個室で気兼ねなく寛げるようになっております。予約制でのご利用ですので、ご利用の際には事前の予約をお願いいたしますわね」

「身分による忖度はなしだ。早い者勝ちだから、どうしてもと思う日があれば、早めの予約をお勧めするよ」

 イラリオも口添えしてくれて、さり気なく予約票が招待客に回される。一斉に覗き込んだ令嬢の中で一番高位のアナスタシアがまず記入した。伯爵令嬢たちは相談しながら予約するようだ。


 カルロスがむうと唸った。

「母上にお勧めはできないな。警備の観点からお忍びは難しいだろ?

 このデザートプリンを味わっていただきたかったが、城の者に再現してもらうしかないか」

「ドラード領のローズティーも扱っておりますので、こちらも購入していただければより再現度が高くなると思いますわ」

 ルイシーナがにこやかに一番お高い缶をお勧めしている。イラリオが花籠のように盛り付けられた各種缶の詰め合わせを令嬢方に見せて回っていた。


「ああ、このお茶は色も香りも母上がお気に召していた。直接、ドラード領と取引で手に入れていたはずだ」

「まあ、そうでしたの。ドラード領ではお茶の他に香料や染色でも薔薇を用いて独自の香りや色を編みだしているそうですのよ。まだ、少量しか量産できないので、国外にはだせないそうですけれど」

「そうなのか。・・・ルイシーナは他国の事情にも通じているのだな。当主教育の賜物か?」

「近隣諸国の特産品はいつ取引の可能性があるやもしれませんから、頭に入れてありますわ」

「すごいな。もう当主が務まるなら、きっと王子妃教育もこなせるだろう」

「まあ、エミリアナは当主教育は受けておりませんのよ? 淑女科へ進む予定ですので」

 ルイシーナが微笑みの下で『こいつ、何言ってやがりますの?』と訝しんでいると、カルロスが何気なく問題発言をかました。


「女性当主が認められているのだから、姉でも妹でもどちらが後を継いでも構わないだろう。

 ルイシーナはもともと私の婚約者のよ「カルロスはローズティーの詰め合わせはいらないのかい? これはね、オープン記念で特別提供された物だから、一般販売はされていない物なんだけど」

 ずいっとルイシーナとカルロスの間に差し込まれのはローズティー詰め合わせの花籠だ。薔薇を模したリボンで飾られていて本当の花のようだった。

「なっ、イラリオ。急に目の前にだすなよ。驚くだろう」

「ははっ、戯れただけだよ。イヤだな、僕たちの仲じゃないか。そう目くじらをたてるものではないだろう?」

 イラリオの顔は笑っているが、目だけは冷ややかだ。イラリオは体ごと二人の間に割り込んだ。


「そうそう、仮婚約者のエミリアナ嬢に伝言はないのかい? 体調不良で今日は不参加だったのだが、君は心配ではないのかな。仮婚約の相手なのに・・・。

 いや、仮婚約だからこそ、心配などせずともよい、とでも言うのかな。

 それはいささか薄情ではないかと思うのだが?」

「ええっと・・・。オダイジニ、と伝えてくれ。見舞いの花があった、と思うから、渡してくれ」

 イラリオに詰め寄られてカルロスは目を彷徨わせた。やっと、目が合った従者から目配せを受けて、思い出した、というように従者に指図する。

「ルイシーナはセルダ家の直系だからね、傍系のエミリアナ嬢が跡継ぎになるのはおかしいだろ?

 貴族法の不勉強だな、カルロス、君の教育係によおく復習するように伝えておくから」

 イラリオが肩に手を置いて囁いてくる。カルロスは顔を青ざめさせたが、掴む手の力が強くなっていって声がだせなかった。


 プレオープン終了後,一階席の模様替えが行われている間にルイシーナとイラリオは二階席でお茶を頂いていた。プリンは十分味わったのでお茶のみだ。護衛はドアの外に控えていて,二人きりでのんびりとお疲れ様会を開いていた。


「リオ,今日はありがとう。わたくし一人ではおもてなしに不安があったから助かったわ」

「見返りにデザートプリンを堪能させてもらったから気にしないで。

 それに君に頼られるのは婚約者冥利に尽きるからね。却って嬉しいよ」

「まあ,お上手ね」

 ルイシーナはうふふと微笑んで社交辞令と思っているようだ。 

 お世辞ではないのだけどな〜,と苦笑しつつ,イラリオは無理に距離を詰めるつもりはない。まあ挙式までに意識してくれればいいかと思っている。

 ただ,先ほどの従兄弟を思いだすと,こめかみに青筋が浮かびそうになるのだが。


「そういえば,殿下は何を言いたかったのかしら? 

 姉でも妹でも跡継ぎに問題ないなんて,我が家の事情からすれば問題だらけでしょうに,ご存知なかったのかしら?」

「カルロスは少々他家の事情に疎いというか,気にしていないというべきか・・・。

 貴族間の情報に疎いなんて,王族に残るからには許されないのだけど。王宮の教育係に改めて教育内容の確認を促すように伝えるよ。

 何か問題が起こってからでは遅いし」

「そうねえ・・・。

 あのね,リオ。この前,エミリアナから聞いたのだけど,仮婚約なのは殿下もまた王族に残る資質を見極められているからなんですって。知っていて?

 エミリアナは父から殿下をお諌めするべきだって言われたそうだけど,殿下の『婚約者面するな』を免罪符にしたらしいわ」

「まあ,そんなことを言われたら,やる気なんか起きないよね。もともと彼女は仮婚約に乗り気ではなかったのだし。

 カルロスの成長は教育係と彼自身に頑張ってもらうしかないな」

「それがね,殿下ご自身にはそのことを伝えていないのですって。見極められているかどうか気づくのも期待されているらしいわ」

「うわあ,それはまたなんとも無茶な・・・」

 イラリオは顔をしかめて天を仰いだ。


 王太子教育を受けていた長兄やその補佐役となるはずだった次兄に比べて,三男のカルロスの王族教育は軽いものだっだ。次兄の立太子が決まってから再教育されたと聞いている。臣籍降下予定だったカルロスに急に察しの良さを期待しても難しいだろう。


「エルネスト様にお子ができればカルロスの継承順位は下がる一方だ。もしかして,すでに臣下に降りる検討をされているのかな?」

「もし,そうなるなら,仮婚約はどうなるのかしら?」

「婿入り,もしくは伯爵位以上の爵位を得て王領の土地を分けてもらえるはずだけど。婿入りはもう候補先がないだろうから,伯爵位以上の臣下になるしかない。

 その場合の配偶者はカルロスの意見を反映した相手になると思う。きっと,後顧の憂いを断つために継承権は放棄することになるだろうから,派閥や貴族間のパワーバランスは考慮しなくていいし。

 ・・・ねえ,シーナ。もし,カルロスが臣下に決まって,君に求婚してきたらどうする?」

「え,エミリアナではなくて,わたくしなの?

 もしかして,殿下は侯爵位につきたいのかしら。でも,母のような事情でもない限り,侯爵はわたくしが継ぐのよ」

 小首を傾げるルイシーナにイラリオは渋い顔になった。


「きっと,カルロスは君に懸想してると思うんだ。さっきだって,君のことを『婚約者の予定だった』って言いかけたのだと思うし」

「まあ,それはないと思うわ。

 だって,初めて顔を合わせた時なんて,ずっとそっぽを向いて何を話しかけてもむすっとしていたのよ? エルネスト殿下のご不幸がなくても,きっと婚約は成立しなかったはずよ。

 おばあ様がわたくしを蔑ろにしそうな相手を選ぶはずなかったもの」

「へえ、それじゃあ,僕は先代のお眼鏡に適ったのかな?」

 イラリオが弾むような声で告げると,ルイシーナがこくりと頷く。


「ええ、わたくしが信頼できる相手がいいとおばあ様にお願いしてリオとの婚約が整ったの。

 だから,殿下から申し込まれてもお受けするわけないわ。大体,わたくしたちはすでに婚約済みなのだから,横槍を入れるなんて陛下もおば様も反対なさるでしょう。殿下が出る幕はないのよ」

「うん,そうだね」

 キッパリと言い切る婚約者がとても頼もしかった。イラリオは頬を緩ませて,そっとルイシーナの手に触れた。にぎにぎして手を繋ぐと,ルイシーナが不思議そうに見上げてくる。

「なあに、握手でもしたいの?」

「んー,握手でもいいけど,僕はこうしたいかな」

 イラリオがお互いの指を絡ませてお祈りする時のような手の繋ぎ方をした。ルイシーナはきょとんとして首を傾げた。

「えっと、リオ? これは・・・」

「ん、市井では『恋人繋ぎ』って言うらしいよ」

「こ、こいびと⁉︎」

 驚くルイシーナにイラリオはにこりと笑いかけた。

「普通に手を繋ぐより、親密さがあるでしょ?」

「え、あ、あの、恋人って・・・」

「僕らは婚約者同士なんだから、恋人の振る舞いをしてもおかしくないと思うのだけど。

 シーナはこうしているのはイヤかな?」

「い、いやではないけど・・・。その、落ちつかない、と言うか、なんだかくすぐったい、と言うか」

 ルイシーナが目を泳がせて、イラリオは指先を少し動かした。

「ひゃあっ!」

 ルイシーナが淑女らしからぬ叫び声をあげて真っ赤になった。

「リ、リオ! 何してるのよ?」

「くすぐったいって言ったから、撫でてみた」

「撫でなくていいわよ!」

 ルイシーナは怒りながらも手を離す気配はない。嫌ではないのだろうと、イラリオの笑みは深くなる。

「じゃあ、撫でないから、こうしていてもいいかな?」

「・・・リオが嫌じゃないなら・・・」

 ルイシーナは赤くなって目を伏せていた。



 エミリアナが王都に戻ったのは夏季休暇が終わる数日前だ。

 プリン専門店はプレオープン後すぐに開業していて、繁盛していた。姉と様子を見に行ったエミリアナはイラリオの姿を見かけて声をかけようとしたが、姉に止められた。


「待って、エミリアナ。リオに会うのはちょっと・・・」

「え、どうしたのですか、お姉様。イラリオ様とケンカでもしましたか?」

「そういうわけではないのだけど・・・」

 ルイシーナの目が泳いでいる。エミリアナが首を傾げているうちにイラリオの姿が見えなくなってしまった。

「お姉様?」

「あのね、エミリアナは『恋人繋ぎ』って知っていて?」

 ルイシーナが視線は逸らしたまま尋ねてくる。エミリアナは頷いた。

「はい、孤児で街中に出かけていた時に見かけたことがあります」

「・・・もしかして、リオにその話をしたことがある?」

「ええ、市井の様子が知りたいと聞かれた時に話しましたけど」

「あ、貴女のせいね!」

 いきなり姉に詰め寄られてエミリアナは目を白黒させた。

「え、お姉様、何かあったのですか?」

「何か・・・、う、あ、な、なんでもないわ」

 何を思ったのか、ルイシーナが赤くなって言葉を濁した。エミリアナが不審そうに見つめてくるが、答える気はなさそうだ。

 エミリアナがお付きのメイド姿のテオドラを振り返ると、口パクで『後で』と告げられる。


 エミリアナが邸に戻ってからテオドラに尋ねると、イラリオと何か進展があったようだと告げられた。

「進展?」

「うん、この前のプレオープンの終了後にお二人でお茶をして休憩していただいていたの。その時にルイシーナ様が赤い顔をしてて、イラリオ様はなんだか嬉しそうな顔をしていたから。

 お二人は幼馴染のせいか婚約者より友人という感じだったのだけど、それが少し婚約者よりになった、という感じね」

「へえ、何があったのかな?」

「そういうあんたはどうなのよ?」

 エミリアナが恋バナにわくわくとした顔になるが、テオドラに突っ込まれて、うっと視線をうろうろとさせた。


「え、えっと、やっぱり、本人に聞かないとどういうつもりかはわからないんじゃないかなって・・・」

「はああああっ、ようやく自覚したかと思ったのに・・・。

 まあだ、そんなこと言ってるしい〜。もう、焦ったいわねえ」

「だ、だって、フィデルからは家族だってしか言われたことなかったし・・・」

 エミリアナがしゅんとなったので、テオドラはこれ以上は他人が口を挟むことではないなと思い直した。

「まあ、会った時のお楽しみにしときなさいな。あんたには悪い話にはならないから。

 フィデルに会いたいって気持ちに変わりはないんでしょ?」

「うん」

 即答である。それだけでエミリアナの気持ちは確かだと思うのだが・・・。

「まずはあいつには会えるようになってもらわないと、ね」

 テオドラの小さな呟きは再会を期待して考え込んでいるエミリアナには届かなかった。

一緒に居るうちに似てくるものなのか。似た者姉妹ですね。

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