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わたしのスキルはハズレではありませんよ?  作者: みのみさ
第三章 仮婚約者のエミリアナ

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二十八幕

 エミリアナは両親の調査書をめくった途端にはっと息を呑んだ。

 調査書には両親の似顔絵も描いてあって、母親の顔が今のエミリアナにとてもよく似ていた。いや、エミリアナが母親とそっくりなのだ。今の自分の根幹が見えた気がする。


 母は栗色の髪に深緑の瞳でストレートな髪質や丸い瞳の形まで同じだった。母のマリセラは成人してすぐの婚姻で、翌年には夫の妹が断罪されて貴族籍から抜かれている。エミリアナを生んですぐに亡くなったから、没年は二十歳で今のエミリアナとは数歳しか違わない姿だ。

 将来の自分の姿を見ているようでなんだか落ちつかない。それでも、初めて見る両親の顔に深緑の瞳は釘付けになっていた。

 父親は美形というほどではないが、整った顔立ちでくすんだ金髪に鳶色の瞳をしていた。一見、穏やかそうな感じだが、母の実家を潰したのは父の手腕とあった。高位貴族らしい立ち回りをしたようで、見た目通りの温和な人柄ではなかったようだ。

 父と母は隣国の貴族学園で知り合い、貴族にしては珍しい恋愛結婚だった。

 父には持病があったが、治癒魔法に頼るほどではなかった。貴族ならば手に入りやすい薬の服用で問題はなかったから、貴族でいる間は大丈夫だった。冤罪のせいで平民落ちして薬が手に入らなくなって発作を起こして亡くなったとある。


 エミリアナは深いため息をついた。

 隣国の第一王子のやらかしを公にすると、王子主導で行った女性官吏の登用までケチがつくから冤罪と認めるわけにはいかないとか。隣国では周辺諸国に比べて女性の社会進出が遅れていた。女性官吏登用を台無しにできないのだろうが、やらかしの被害者にしてみれば実に複雑な心境だ。

 貴族籍にさえいれば父が亡くなることはなく、母だって整った環境の出産で命を落とすことはなかった。エミリアナだって孤児にならずに両親と暮らしていたはずだ。父は子爵位だったから、今の侯爵家の暮らしよりグレードが下がるだろうが、前世で庶民だったエミリアナには問題ない。

 両親との思い出があればお家再興も考えたかもしれないが、元の平民暮らしを目指していたエミリアナは貴族社会に未練はなかった。

 せっかくのルイシーナからの申し出を断るつもりだったが、話を聞いたテオドラから待ったがかかった。


「あんた、考えが甘いわよお。貴族令嬢が平民になって何の後ろ盾もなく無事に過ごせると思ってるの?」

「え、後ろ盾?」

 きょとんとするエミリアナにテオドラは深いため息をつく。

「バラハの町では領主直轄孤児院の子供は領主様の持ち物とみなされているのよ。だから、孤児だと見下されても実害はなかった。でも、孤児なんて、八つ当たりして憂さ晴らししても誰も文句なんか言わない相手なんだから、結構理不尽な目に遭うことが多いのよ。

 実際、卒院して他の町に行った先輩の中には泥棒の濡れ衣を着せられたり、雇用条件を誤魔化されて賃金をもらえなかったりでやっていけなかった人がいるわ。バラハに戻っても悪評が知られると肩身が狭い思いをしたみたいだし。

 元貴族令嬢なんて後ろ盾のない孤児と同じよ、いいえ、もっとひどいかもしれないわ。下手をすると、娼館に売られたりするわよ?」

「ええっ、人身売買は犯罪だよ?」

「悪党どもにはそんな綺麗事通じないわよ。バレなきゃ、罪に問われないんだから」

「でも、わたしの髪も瞳も平民によくある色だし、平民の服を着てれば元貴族なんてわからないよ」

 はあああっと、テオドラは深く息を吐いてから頭を左右に振った。


「甘い、甘すぎるわあ〜。

 あんたねえ、姿勢がよいし、立ち居振る舞いや仕草だって優雅でお上品。所作がもう平民で通らないものになってるのよ。

 絶対、平民の服を着たくらいじゃ、誤魔化せないって。髪や瞳の色だって、明るい色ばかりがお貴族様じゃないでしょお?

 今のあんたが平民になっても周りから浮くだけよ。大体、身元保証人や紹介状がないと働けないのにどうやって暮らしていくつもりなの?」

「それはまだ考えてなかったけど・・・。まずは侯爵様と血縁関係はないってはっきりさせて仮婚約を解消しないとだし。

 お姉様とは血の繋がりはないけど、本当に妹のように思っているって言ってもらえたの。平民になった後のことは頼めば身元保証人や紹介状は用意してもらえると思う。

 裕福な商人とか下位貴族のお嬢様の家庭教師あたりには推薦してもらえるはずだよ」

「あんたは第三王子殿下の仮婚約者で貴族社会では知名度があるわ。元婚約者候補筆頭に教わるだなんて、しがらみが面倒くさいとか思われないかしらあ?

 お貴族様って、派閥争いとか権力闘争とか面倒くさいしがらみが色々とあるんでしょう?」

「そ、それは・・・」

 テオドラのジト目での指摘にエミリアナは目を泳がせた。確かにテオドラの言うことには一理ある。 


「それに裕福な商人もそういう情報には気をつけているわよお? 商売に関わるお貴族様の不興は買いたくないもの」

「でも、お家再興って言われても、お父さんには領地はなかったの。爵位だけで王宮の文官職で生計を立ててたから、わたしが爵位を継いでも働かないと収入はないよ。

 どの道、働くのには変わりはないんだし、平民になったほうが職種は多いと思う」

 貴族令嬢が働くとなると、貴族家の侍女やメイド、または王宮勤めの騎士や文官など身元の確かさを求められる仕事だ。職種が限られる代わりに身分によって理不尽な目に遭うリスクは少ない。

「お家再興を持ちかける側もその辺は考えているんじゃないかしらあ? 爵位を継いでも、暮らしていけなくてすぐに没落したなんて再興の意味がないんだし。

 確か、爵位ごとに年金の支給とかがあるんじゃなかったっけ?」

「褒賞とかで爵位だけ与えられた場合に支給されてたと思うけど、他国も同じだったかな?」

 エミリアナが首を傾げた。

 文官職を目指すならば教わる内容だが、生憎とエミリアナは仮婚約のせいで淑女課に進む予定だ。他国の貴族事情までは詳しく知らなかった。


「テオドラはどうしてそんなに貴族に残るのを勧めてくるの?」

 エミリアナが不思議そうに尋ねると、テオドラが肩をすくめた。

「だって、貴族になろうと思ってもそう簡単になれるものではないじゃない。

 それに、あんたのご両親は冤罪で貴族籍を追われたのよ。悔しいとか無念だとかは思わない?

 ご両親のためにも貴族籍に返り咲いてもいいと思うのだけど? 隣国なら仮婚約者だったこの国より注目されないと思うわ。この国より暮らしやすいんじゃない?」


 グラシアン王国の西がブリオネス国で東はカルデナス国だ。

 この三国はもともと一つの大国だったが、ダンジョンの多さから管理の問題で三つに分かれた。言語は今でも同じ言葉だが、国ごとに少々発音が異なる。どの国も他の二国が訛っていると思っているようだと、外交官の間では定番の笑い話になっているらしい。

 エミリアナの両親が追われたのが西のブリオネス国で言葉は通じるし、文化や生活様式もグラシアンとあまり変わらない。グラシアンから移住するなら東西のカルデナスかブリオネスと言われているし、エミリアナがブリオネス国で爵位を授かっても暮らしていけるだろう。


「でも、誰も知らない国で一人で暮らしていくなんて・・・」

「一人じゃないわよ。少なくともあたしは一緒だし、ルイシーナ様は援助するって言ってるんだから、慣れてる使用人を連れていくのを認めてくださると思うわ」

 顔を曇らせたエミリアナにテオドラはあっけらかんとして告げた。エミリアナがきょとんとして目を見開く。

「え、一緒にって・・・。テオドラも移住するってこと?」

「そうよお。大親友のあたしが一緒なら、寂しくないでしょお?」

 いつの間にかに親友から大親友にランクアップしていたが、エミリアナはそこには突っ込まなかった。


「でも、テオドラはデボタさんの養子になって家族ができたのに、離れ離れになっちゃうよ?」

「あたしが養子になったのは調理のスキルのおかげでもあるんだけど、もう一つしつこい愛人勧誘から逃れるためでもあったのよねえ。相手は男爵家の跡取りだから、他国に移住して会う機会がなくなるのは大歓迎だわ」

「はっ? あ、愛人勧誘って?」

 エミリアナが驚きのあまり声を裏返させる。テオドラがどうどうと宥めるように手を振った。

「落ちつきなさいよお。もう済んだことなんだから」

「だ、だって、愛人って、まだ未成年なのにそんな非常識な!」

「その非常識が服を着て歩いているようなヤツだったのよ。ほら、子供の頃にあんたを虐めた兄弟がいたでしょう。

 そいつらがあたしを引き取りに来て一悶着あったのよ」

 テオドラが憂鬱そうに教えてくれた。


 他領の男爵が祖父だった兄弟は駆け落ちした次男の子供だった。後を継ぐはずだった長男夫婦が子供と共に流行病で亡くなったから、兄弟は祖父の養子になった。

 兄が跡取りで弟は領地の屋敷の家令になることが決まった。兄には政略結婚の婚約者がいて、弟の妻は侍女長となって共に屋敷を取り仕切る相手を選ぶことにした。平民相手でも構わないと言うので、弟が望んだのは一時期世話になった孤児院で目をつけた美少女テオドラだ。

 現在の家令には子供がいなかったから、テオドラを養子にとって弟が婿入りする形にしようとしたが、テオドラはプリン発案者の一番弟子になっていた。かぼちゃプリンを考案していたから余計に領外にだすのは無理だった。

 孤児院長が断ると、兄弟は孤児院長の弱みを握って脅してまで養子縁組を企んだ。


「あの兄弟はどクズだったわ。弟の妻になれば兄も共有できるって、あいつら兄弟であたしを娼婦扱いするつもりだったのよ。

 孤児院長を脅して断られないようにしたせいか、弟がベラベラと得意げに暴露しやがったの。マルコスが神父様を呼んでくれたからその場は助かったわ。激怒した神父様がお説教してくれて、そんな破廉恥な輩は破門すると宣告して申し込みを撤回させたの。

 でも、粘着そうなヤツらだったから、先に養子になってしまったほうがいいってお養父さんが立候補してくれたのよ」

「・・・ねえ、テオドラ。その兄弟の家名を教えてくれる?」

 エミリアナがにこりととびっきりの笑みを浮かべているが、目だけはマジである。テオドラは悪い予感を覚えて身震いした。

「え、まさか、何かするつもり?」

「それはお姉様次第だなあ。お姉様の判断を仰ぐ案件だから。

 孤児院からは報告がきてないと思うの。何事も報告は大事なのにねえ」

 ふふふっと微笑むエミリアナの背後に轟く雷鳴が見えた気がする。


 侯爵家に睨まれたら男爵家では太刀打ちできないだろう。テオドラが迷ったのは一瞬で、まあいいかと思い直した。あんなどクズどもが領主になったら、領民が迷惑する。人助けになることだし、あいつらの冥福を祈ってやろうと、遠慮なく家名を告げた。

 エミリアナはしっかりとメモした上にテオドラから聞いた兄弟の所業も素早く書き留めて、緊急時用の報告書を作成した。ふふふっと嬉しそうに黒い笑みを浮かべる。


「テオドラ、大丈夫だよ。もう、これで何も心配することはないからね」

「・・・うん、まあ、あいつらの自業自得だし。因果応報と思えば仕方ないしねえ。

 ねえ、エミリアナ。やっぱり、あんた、お貴族様に向いてると思うわあ。

 もう一度、しっかりと考え直してルイシーナ様に返事をしたほうがいいわよ。隣国の暮らしが心配なら、調べてみてから判断しても遅くないし。

 あんたが隣国に行くなら、料理長としてあたしもついていってあげるわよ? なんなら、お養父さんが料理長であたしはスイーツ担当でもいいし。

 あんたのプリンのおかげで今のあたしがあるんだから、それくらいの恩返しはしてあげるからよく考えなさいな」

「でも、貴族のままだとフィデルとは家族でいられないよ・・・」

 エミリアナがしゅんとなって俯いた。


 フィデルの恋人と思った女性はただの誤解だったと聞いている。たまたま女性が蹴躓いてフィデルが抱き止めたところを見てしまっただけだと、タイミングが悪かったと言われた。ゆっくりでも馬車で通り過ぎざまの一瞬の出来事だったから、確かにそう言われればそうかも、と思える。

 恋人でなかったと知ってホッとしたものの、いつかは起こり得ることなのだと気づいてしまった。

 それでも、フィデルに家族ができるわずかな間だけでもいいから会いたかった。孤児の時のようにフィデルと話したり、一緒に出かけたりしたかった。

 平民ではごく当たり前のことなのに、貴族令嬢のままでは叶わない願いだ。


「フィデルと家族でいたいなら、もっと簡単な方法があるじゃない。あんたのお父さんは子爵だったんでしょ?

 子爵家なら平民との婚姻もありだと思ったけど?」

「確かに下位貴族はそんなに血統に厳しくないから、富裕層の平民と縁づくこともあるけど・・・」

 エミリアナはそれがどうしたの?と、首を傾げている。

 テオドラは呆れた顔になった。エミリアナの情緒は孤児院時代から成長していないのか、フィデルと自分に当てはめる事例だとは思っていないようだ。

「表情の制御は貴族の基本装備だって聞くけど、感情制御にも繋がるのかしら?」

「テオドラ、どうしたの?」

 テオドラの呟きは小声すぎてエミリアナには届かなかったようだ。テオドラは頭痛がするかのように、ぐりぐりとこめかみを揉みほぐした。


「あー、うん。こういうことは第三者が口を挟むとロクなことにならないから、あたしは静観するわあ〜。

 あいつと会った時によおく話し合いなさい。言わなくても通じるなんてことは絶対にないからね、自分の考えや思いを全部あいつにぶつけるのよ?」

「・・・会えたら、ね。仮婚約が解消されないうちはまだ無理そうだよ」

 エミリアナが切なげに微笑を漏らして肩を落としている。テオドラは少しだけお節介を焼くことにした。

「さっきの下位貴族の婚姻の話、もっと親身になって考えてみなさいよ。お家再興の判断材料になるから。

 ・・・ああ、それと、上級冒険者って貴族家と接点ができるから、貴族のほうでもお目当ての相手に指名依頼とかできるそうよ」

「ふうん、そうなんだ」

 エミリアナが素直に頷いているが、反応は薄い。もう一推し必要そうだ。


「これはあたしの独り言なんだけどね、どこかの誰かさんは貴族との接点を求めて上級冒険者を目指しているのよ。

 どお〜しても会いたい相手がいるんだって。なんでも、最愛の相手とお貴族様に引き裂かれたそうよお?」

「へえ、まるで恋愛小説みた、い・・・って、あれえ?」

 エミリアナが何かに気づいたように目をぱちくりとさせている。テオドラは気づきの邪魔をしないように退散することにした。

「じゃあ、あたしは戻るから。さっき言ったこと、よおく考えるのよお?」

「え、あ、うん」

 エミリアナはテオドラを見送って、しばしぼうっとしていた。

 テオドラとの会話を最初から思い返して、最後のほうではっとする。

「え、最愛の人とお貴族様に引き裂かれたのって・・・、え、まさか? え、え、ええっ!」

 大混乱するエミリアナはその晩、知恵熱をだして寝込んだ。

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